その22「口直しとルナの問い」
ティナ
「行こう。ヨータ」
ティナ
「まだ時間は余ってる」
ティナ
「少しでも、ダンジョン攻略を進めるとしよう」
ヨータ
「……分かった。着替えてくる」
ヨータは2本の剣を手に、更衣室の方へ歩いた。
ティナも、ヨータの後に続いた。
ヨータは途中、ルナの方へ振り返った。
ルナは、ヨータを見ていた。
だが、ヨータと目が合うと、視線を逸らした。
そして、ヨータに背を向けた。
ヨータ
(アマガミのやつ、大丈夫かな?)
ヨータ
(あいつ、プライド高いからなあ……)
ティナ
「どうしたの? ヨータ」
ヨータ
「……ルナのこと、あそこまで言いくるめる必要、有ったのか?」
ティナ
「そっちこそ」
ティナ
「『サンダーキス』を使うのに、口にする必要有った?」
そう言ったティナの表情は、不機嫌そうだった。
ヨータ
「あれは……」
ヨータ
「飛び級ちゃんの手札が分からなかったから、なるべく1撃で倒したかったんだ」
ヨータ
「それで、ほっぺとかおデコにするより、口にした方が威力が出ると思ったんだよ」
ティナ
「まあ、ミユリさんはヒーラーだからね」
ティナ
「短期決着を狙うというのは、理に適っているよ」
ヨータ
「……だろ?」
ティナ
「けど、鬼畜だね」
ヨータ
「ぐぅ……」
2人は更衣室の、扉の前に立った。
ティナが、扉を開いた。
そして、ヨータの体を押した。
ヨータ
「えっ?」
ヨータは更衣室へと、押し込まれた。
ティナも、ヨータに密着するようにして、更衣室に入った。
ヨータとティナは、更衣室で2人っきりになった。
ティナは、ヨータの肩に、手を乗せた。
そして、ヨータに口づけをした。
ヨータ
「ん……」
ティナは強引に、ヨータの口を広げた。
ティナの舌が、ヨータの舌を撫でた。
ティナ
「ん……はぁ……」
ヨータの口内を堪能すると、ティナは口を離した。
ティナ
「口直しだよ」
ヨータ
「飛び級ちゃんが聞いたら泣くぞ」
ティナ
「べつにミユリさんに、悪感情が有るわけでは無いよ」
ティナ
「……いや」
ティナ
「彼女はヨータを、変態呼ばわりしたからね。ちょっとは悪く思ってるかも」
ヨータ
「許してやれよ。それくらい」
ティナ
「そうだね」
ティナ
「痛い目は見たワケだし、根に持ったりはしないことにするよ」
ヨータ
「そうしてくれ」
ヨータ
「それとここ、男子更衣室だぞ」
ティナ
「知ってるよ」
そう言うと、ティナは更衣室を出て行った。
ヨータは、手早く着替えを済ませ、更衣室を出た。
訓練場に戻ると、ルナたちの姿はなくなっていた。
おそらくは、寮に帰ったのだろう。
たくさん居た野次馬も、ほんの数人になっていた。
ティナは、扉の脇に立っていた。
ヨータは彼女に、声をかけた。
ヨータ
「お待たせ」
ティナ
「うん」
2人は、下駄箱に向かった。
そして靴を履き、校舎を出た。
それから、それぞれの寮に戻るため、いったん別れることにした。
ティナ
「それじゃ、スクーターの所で」
ヨータ
「ああ」
ヨータ
「どうせまた着替えるんだから、訓練着のままで良かったかもな」
ティナ
「目立つけどね」
ヨータ
「今日はもう、十分に目立った」
ティナ
「そうだね」
ヨータは寮に戻り、戦闘服に着替えた。
そして、駐車場でティナと合流し、中型ダンジョンに向かった。
2人はスクーターに乗り、中型ダンジョンに移動すると、35層までおりた。
狼A
「ガウッ!」
狼B
「グウウッ!」
2体のビッグレッドウルフが、ヨータに向かって突進してきた。
ビッグレッドウルフは、通常のレッドウルフの、倍ほどの体長が有る。
野生の狼ではありえない、巨体だった。
胆力の無い冒険者であれば、気圧されてしまっただろう。
ヨータ
「…………」
ヨータは、冷静だった。
平常心で、狼の動きを観察していた。
ヨータの手には、ルナに貰った刀が、握られていた。
狼の1体が、ヨータに飛びかかった。
ヨータは斜め前に出て、狼の攻撃をかわした。
そして、すれ違いざまに、狼の胴を断った。
狼は2つに別れ、地面に倒れた。
狼B
「ガウワッ!」
すぐに2体目が、ヨータに飛びかかってきた。
ヨータはそれを横に回避し、狼の肩を掴んだ。
そしてそのまま、背に飛び乗った。
ヨータは、狼に張り付くような姿勢で、後頭部にキスをした。
そして心中で、スキル名を唱えた。
ヨータ
(『サンダーキス』)
狼B
「ギャウッ!?」
狼の全身に、電撃が走った。
狼は、ビクリと体を強張らせ、地面に倒れた。
一方、ティナのゴーレムが、もう1体の狼を、殴り倒していた。
戦闘が終了すると、ティナはヨータに歩み寄った。
ティナ
「剣は、どんな感じ?」
ヨータ
「悪くない」
ティナ
「……そう」
ティナ
「今、敵にキスした?」
ヨータ
「ああ」
ヨータ
「飛び級ちゃんとの試合だと、キスしないと勝てなかったからな」
ヨータ
「ちょくちょくと、敵にキスを当てる練習も、していこうかなって」
ティナ
「ヨータの口が、獣臭くなったら嫌だけど」
ヨータ
「いや。魔獣って、意外と無味無臭だぞ」
ヨータ
「少なくとも、洗ってない野良犬みたいな臭いはしない」
ティナ
「野良犬の臭いとか、嗅いだこと無いよ」
ヨータ
「そう?」
ティナ
「ホントに無味無臭?」
ヨータ
「ああ」
ティナは、ヨータの手を引いた。
お互いの唇が、惹かれあった。
ヨータ
(『エナジーキス』)
スキルがかけ直された。
10秒ほど、2人は口を重ねていた。
ティナはヨータから、顔を離した。
ティナ
「味見」
ヨータ
「どうだった?」
ティナ
「うん。いつものヨータの味がしたよ」
ヨータ
「ちょっと引くんだが」
ティナ
「えっ?」
……。
2人はダンジョンの、40層までおりた。
ティナ
「今日はこのへんにしておこうか」
ティナが言った。
ヨータ
「そうだな」
ヨータもティナに、同意した。
その日の攻略は、そこまでになった。
2人は地上に帰還し、スクーターに跨った。
そして、学校の駐車場に戻った。
ティナはヨータと別れ、女子寮に入った。
ルナ
「ミナクニさん」
玄関の少し奥。
1階の廊下に、ルナの姿が有った。
ルナは無表情で、ティナの名字を呼んだ。
ティナは、ルナに微笑んだ。
ティナ
「やあ。アマガミさん。偶然。実に偶然だね」
ルナ
「……少し質問をさせていただいても、よろしいでしょうか?」
ティナ
「質問の内容にもよるけど、とりあえずどうぞ」
ルナ
「中型ダンジョンの、攻略具合を教えて下さい」
ティナ
「負けたくないわけだ? ヨータに」
ルナ
「別に、彼に限った話ではありません」
ルナ
「私は、相手が誰であれ、負けるわけにはいかないのです」
ティナ
「諦めたらどうかな?」
ティナ
「君じゃあ、ヨータには勝てないよ」
ルナ
「諦めるなどという選択肢は、ありません」
ルナ
「私には、背負っているものが有るのですから」
ティナ
「偉いつもりなんだ?」
ティナ
「普通の人と違って、背負うものが有るから、偉いってわけだ」
ティナ
「それで君は偉いから、ヨータを切り捨てても良かったって、言うんだね」
ルナ
「切り捨てるなどと、大げさではありませんか?」
ルナ
「パーティを抜けるなどというのは、良くあることでしょう?」
ティナ
「良くあること……か」
ティナ
「ヨータはさ、初めて会った時……」
ティナ
「街に出た魔獣の死体を、大事そうに袋に詰め込んでた」
ティナ
「どうしてそんなことするのかって、聞いてみたらさ」
ティナ
「30円になるんだって」
ティナ
「8歳の子が、魔獣を倒したら、30円になるんだってさ」
ティナ
「『たった30円?』って、ボクは言った」
ティナ
「言っちゃったよ」
ティナ
「まだガキだったからさ、何も知らなかったんだよ」
ティナ
「君は知ってる?」
ティナ
「お金が無いと、ごはんをお腹いっぱい食べられないんだ」
ティナ
「知らないかな? 知らないだろうね」
ティナ
「30円のうち、10円は、『トレジャーハンター』の子にあげるんだってさ」
ティナ
「だから、20円だ」
ティナ
「魔獣を5匹殺して、ようやく100円になる」
ティナ
「それでね、100円くらい有れば、何か食べ物が買えるかなって思うよね」
ティナ
「けど、ダメなんだって」
ティナ
「魔獣と戦うためのナイフが、1万円するんだって」
ティナ
「使ってると、ナイフはダメになってくから」
ティナ
「1本のナイフで、上手く500匹の魔獣を倒さないといけない」
ティナ
「次のナイフ代を確保して、そこからようやくだよ」
ティナ
「ボクはヨータに、お腹いっぱい食べさせてあげたかった」
ティナ
「ボクの両親も、そう思ってた」
ティナ
「けど、ヨータは遠慮してね」
ティナ
「たまにしか、家に来てくれないんだ」
ティナ
「レストランみたいだって言ってたね。家の料理を」
ティナ
「別に、普通の家庭料理なんだけどね」
ティナ
「とにかく、遠慮するんだよ」
ティナ
「だからね、ボクはよく、お菓子を食べることにしたんだ」
ティナ
「それでね、全部は食べられないから、半分あげるって、ヨータにあげた」
ティナ
「ヨータはね、仕方ないから食ってやるよって言ってね」
ティナ
「それでも痩せてたけどね」
ティナ
「そんな風だから、ヨータの体には、日に日に傷が増えていった」
ティナ
「けど、冒険者学校に入ってから、それが止まったんだ」
ティナ
「君たちとパーティを組んでから」
ティナ
「ヨータはね、君たちのことを、楽しそうに話してくれたよ」
ティナ
「特に、君のことをね」
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