その23「中型ダンジョンと快進撃」
ティナ
「悔しかったよ。ヨータの1番はボクだと思ってたからね」
ティナ
「けど、ヨータが幸せそうなのが、嬉しかった」
ティナ
「良いパーティなんだろうなって、思った」
ティナ
「気のせいだったね」
ルナ
「私は……」
ルナ
「私は、彼がお母さんに捨てられていたということすら、最近まで知りませんでした」
ルナ
「私は知らなかったのに、オオバさんは知っていました」
ルナ
「彼は私には、気を許していなかった」
ルナ
「そういう事でしょう?」
ルナ
「そんな彼の気持ちを、慮れと言われても、不可能です」
ルナ
「私と彼の間には、ずっと隔たりが有ったのです」
ルナ
「ビジネスライクに接して、何がいけないというのですか?」
ティナ
「ビジネス……?」
ティナの表情が、冷えた。
ティナ
「ビジネスだって言うのならさ……」
ティナ
「笑顔をエサになんか、するなよ」
ティナは冷たい眼光を、ルナに向けた。
ルナ
「…………?」
ルナはティナの視線に、怯まなかった。
それよりも、話の内容の方が、気になっていた。
ルナ
「笑顔? 何の話ですか?」
ティナ
「君は……」
ティナは眉を顰めた。
表情は固くなったが、嫌悪の情は、消え失せていた。
ティナ
「そういうことか……」
ティナは呟いた。
その声は、ルナの耳にも届いた。
だが、意味までは届かなかった。
ルナ
「あの、何を1人で納得されているのでしょうか?」
ティナ
「止めた」
ルナ
「はい?」
ティナ
「君はいつの日か、物凄く苦しむ時が来るだろう」
ティナ
「だから、これくらいにしておいてあげるよ」
そう言ったティナの表情には、嘲りも怒りも無かった。
ティナはルナに、哀れむような顔を向けていた。
ルナ
「予言のつもりですか?」
ティナ
「かもね」
ティナ
「それじゃ、さようなら」
ルナ
「まだ最初の質問に、答えていただいていないのですが」
ティナ
「ダンジョンの話? それなら、40層まで行ったよ」
ルナ
「……! もうそんなに……!」
ルナは、驚かざるをえなかった。
ヨータは少し前まで、ルナたちと一緒に、小型ダンジョンで戦っていた。
中型ダンジョンの敵は、小型ダンジョンよりも強い。
普通であれば、もっとてこずる筈だった。
しかも、ヨータたちは、4人パーティですら無い。
たった2人で、中型ダンジョンを攻略し、ルナたちの先を行っている。
並外れていると言えた。
ティナ
「ヨータの実力は、こんなものじゃない」
ティナ
「マッピングの手間がかかっているだけで、戦力にはまだまだ余裕が有る」
ティナ
「君はそこで、ヨータの背中を見ていると良いよ」
そう言ったティナの表情は、自身に満ちていた。
ヨータの力を、心の底から信じている様子だった。
ティナ
「……質問は終わりで良いね?」
ティナはそう言って、足を動かした。
そして、ルナとすれ違い、去っていった。
ルナ
「…………」
取り残されたルナは、自分の部屋に足を向けた。
扉を開け、自室へと入った。
部屋は、4人部屋だった。
パーティの仲間と住んでいる。
だから、3人暮らしだ。
部屋の中には、メイとナミの姿が有った。
ナミのベッドの上。
2人は、並んで座っていた。
ルナ
「皆さん」
ルナは部屋の入り口から、2人に声をかけた。
メイ
「ん?」
ナミ
「何?」
ルナ
「ダンジョン攻略の予定を、少し早めたいと思うのですが、構いませんか?」
メイ
「私は構わん」
メイは堂々たる様子で、ルナの提案を受け入れた。
ナミ
「えっ? 大丈夫かなあ?」
ナミは少し、不安そうにしていた。
メイ
「心配するな」
メイ
「ナミは私が、命に代えても守ってみせる」
ナミ
「いやいや。普通に守って欲しいなあ」
メイ
「そうか?」
ナミ
「メイちゃんが死んじゃったら、嫌だよ」
メイ
「そうか」
メイ
「アマガミ。攻略を早める理由は?」
ルナ
「オニツジさんが、中型ダンジョンを、40層まで攻略したらしいです」
ナミ
「えっ? 凄いね」
ナミ
「2人パーティなんだよね?」
ナミ
「ミナクニさんと2人っきりで、ダンジョンを攻略してるんでしょ?」
ルナ
「はい……。2人っきりで……」
ルナ
「これは……とんでもないことです」
ルナ
「ミナクニさんは、まだ余力が有ると言っていました」
ルナ
「このままでは、私たちは彼に、追いつけません」
ルナ
「ですから……」
ナミ
「ちょ、ちょっと待ってよ! つまり……」
ナミ
「オニツジくんに追いつけるくらいにまで、ペースを早めようってことだよね?」
ルナ
「はい」
ナミ
「それって……」
ナミ
「オニツジくんのペースが、絶対に追いつけないレベルだったら、どうするの?」
ルナ
「それは……」
ルナ
「そんなことは……あってはならないのです……」
メイ
「オニツジが『キス魔』だからか」
ルナ
「…………」
メイ
「もしあいつが『勇者』とかなら、そこまで焦りはしなかっただろうな」
メイ
「なあ、アマガミ」
メイ
「ラベルが『キス魔』でも、あいつは『勇者』の器だ」
メイ
「いや。それ以上かもしれん」
メイ
「そう認めてやることは、出来ないのか?」
ルナ
「私が彼を認めたら、それが何だっていうんですか?」
ルナ
「彼は凄い人です。そんなこと、中等部の頃から分かってますよ」
ルナ
「だけど……」
ルナ
「クラスの皆、笑ったじゃないですか」
ルナ
「オニツジさんが『キス魔』だって分かって、笑いました」
ルナ
「みんな、オニツジさんの凄さを、知ってるはずなのに」
ルナ
「そんなこと忘れたみたいに、笑いましたよ」
ルナ
「人はラベルを見ます」
ルナ
「オニツジさんのラベルが『キス魔』である以上、勝たなくてはならないんです」
メイ
「確かに、人はラベルを、完全には無視出来ない」
メイ
「だが、それだけでは無いはずだ」
メイ
「オニツジは、ラベルに押し潰されるような男では、無い」
メイ
「1度笑われた。だが、それだけだ」
メイ
「いつの日か、誰もあいつを笑えなくなる」
メイ
「私はそう信じている」
ルナ
「…………」
ナミ
「ねえ、それで結局どうするの?」
メイ
「ペースを上げるのは、構わないと思う」
ルナ
「よろしいのですか?」
メイ
「ああ。私の天職も、それを望んでいる。だが……」
メイ
「考え無しには、なるなよ」
メイ
「パーティを指揮する者として、最低限の仕事はしろ」
メイ
「それが、私たちから命を預かっている、お前の義務だ」
ルナ
「……はい」
ルナ
「あの……オオバさん」
メイ
「うん?」
ルナ
「あなたが私のパーティに居てくれて、良かったです」
ルナはそう言って、はにかんだ。
ナミ
「むっ!」
ナミは見当違いの危機感を、勝手に募らせていた。
……。
土曜日になった。
授業が無い、稼ぎ時だ。
ヨータはティナと共に、中型ダンジョンに潜っていた。
どんどんと、攻略を進めていた。
凄まじい速度だった。
ヨータが敵を仕留める速度は、並の冒険者よりも、遥かに早い。
結果として、攻略のペースも、早くなった。
2人は既に、ボス部屋まで到着していた。
階層で言えば、60層になる。
ヨータとティナは、中型ダンジョンのボスと、対峙していた。
ボスの名前は、ジャイアントファイアコング。
炎をまとった、ゴリラのような魔獣。
その大型版だった。
身長は、5メートルを超える。
下手に近付けば、炎によるダメージを受ける。
さらに、俊敏さに優れ、力も強い。
これといった弱点は無い。
強敵だった。
2人で挑むような敵では無い。
そもそも、学生が相手をするような敵でも無い。
だが……。
ヨータ
「はあっ!」
ヨータの刀が、ファイアコングの脚を、裂いた。
それはルナに貰った、上等な刀だった。
刃は大した抵抗も、受けなかった。
スッと、毛皮と肉を斬った。
コング
「グォォ……!」
鮮血が舞った。
ファイアコングは呻き、膝をついた。
ティナ
「行くよ! 氷雨!」
ティナは、杖を構えた。
少し曲がった杖だった。
杖を敵の方へ向け、呪文を唱えた。
ファイアコングの頭上に、無数の氷柱が出現した。
そしてそれは、ファイアコングへと降り注いだ。
コング
「ゴアアアアアアァァッ!」
直撃だった。
多数の氷柱を受け、ファイアコングは傷だらけになった。
身を裂かれ、ファイアコングは悲鳴を上げた。
ティナ
「今だ!」
ヨータ
「おう!」
ヨータは地面を蹴った。
敵に向かい、跳んだ。
魔獣の頭の高さまで。
そしてヨータは、ファイアコングの首に、斬りかかった。
コング
「ガ……!」
ヨータの刃が通った。
その攻撃は、皮と肉だけでなく、骨にまで達していた。
ファイアコングの首が、切り離された。
ヨータは空中で、刀を鞘に納めた。
そして、軽やかに着地した。
地面に立ったヨータは、ファイアコングに右手を向けた。
ヨータ
「『トレジャー化』」
ヨータは、スキル名を唱えた。
ヨータのスキルを受け、魔獣の死骸が輝いた。
死骸は消滅した。
その代わりに、巨大な魔石と、あと一つ、アイテムが出現した。
ヨータ
「これは……」
ヨータはドロップアイテムを、拾い上げた。
それは、赤い布だった。
ティナ
「マントみたいだね」
ティナが、布を見て言った。
ヨータ
「ふーん?」
ヨータはそのマントを、羽織ってみせた。
そして、マントを着用したまま、ティナに背中を見せた。
ヨータ
「似合う?」
ティナ
「ぜんぜん」
ヨータ
「む……」
ティナ
「ウソウソ。似合ってるよ」
ヨータ
「信じて良いんだろうな?」
ヨータは目を細め、ティナの表情を窺った。
ティナはただ、ニコニコしているだけだった。
そのとき、ダンジョンが震え始めた。
2人は光に包まれた。
そして、地上へと強制送還された。
ダンジョンへの入り口が、消えていた。
ダンジョンが有った場所は、更地になっていた。
ヨータはそれを見て、満足そうに言った。
ヨータ
「中型ダンジョン、クリアだな」
ティナ
「うん!」
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