その13「コアとボス」
ヨータ
「どういう呪文を使うんだっけ?」
ティナ
「見てて」
ティナ
「岩徒-ガント-、2連」
ティナは杖を構え、呪文を唱えた。
すると、ティナの前方に、魔法陣が出現した。
そして魔法陣から、岩のゴーレムが、2体出現した。
ティナ
「ボクは普段はね、こうやって身を守るんだ」
ヨータ
「強いのか? それ」
ティナ
「まあまあね」
ヨータ
「今のお前より?」
ティナ
「…………」
ティナはちらりと、形が歪んだ杖を見た。
ティナ
「当然だろう? ボクを何だと思っているのかな?」
ヨータ
「なら良いが」
ヨータ
「ちょっとこの辺で、レベル上げでもしていくか?」
ティナ
「良いよ」
ヨータ
「お前、レベルいくつだっけ?」
ティナ
「25」
ヨータ
「それじゃ、ここで戦っても、あんまりレベルは上がらねーな」
ティナ
「まあそうかもね」
ヨータ
「進んで大丈夫か?」
ティナ
「ボクの心配?」
ティナ
「ボクからすると、君の方が心配なんだけどな」
ヨータ
「俺は戦えてるだろ。スキルのおかげだけどさ」
ヨータ
「お前の方こそ、さっきちょっと、危なかっただろ」
ヨータ
「けっきょく接近戦の練習も、まだ出来てないからな」
ヨータ
(キスばっかりしてたせいで)
ティナ
「心配しなくても大丈夫だよ」
ティナ
「ボクの岩徒は優秀だからね」
ヨータ
「無理すんなよ?」
ティナ
「無理してないってば」
そう言うと、ティナはヨータにキスをした。
そして、腕輪を操作し、マップを出現させると、先へと歩いていった。
岩のゴーレムも、ティナの前後を守るように、彼女に同行した。
ティナ
「ほら、行こう」
ヨータは、ティナの後を追った。
その後、何度も魔獣と出くわしたが、苦戦することは無かった。
適正レベル以上の敵を倒すと、多くの力を取得できる。
ヨータのジョブレベルは、上がっていった。
ヨータの基礎能力が上がることで、『エナジーキス』も効果を増した。
おかげで階層を下っても、あまり敵が強くなったようには、感じなかった。
ティナのゴーレムも、優秀だった。
2体のゴーレムは、ティナをしっかりと守り、彼女に敵を近付けなかった。
ティナ自身も、『エナジーキス』のおかげで、疲労せずに戦うことが出来た。
2人はどんどんと、先へ進んだ。
そしてついには、28層にまでたどり着いていた。
ティナは、冒険者の腕輪を操作した。
空中にマップが浮かび上がった。
だが……。
ティナ
「あれ……」
ヨータ
「どうした?」
ティナ
「ちょっと待ってね」
ティナは腕輪を操作し、マップの拡大縮小を、繰り返した。
ティナ
「やっぱり……。見て」
ヨータ
「…………?」
ヨータは空中のマップを見た。
だが、階段付近を除き、マップが描画されていないように見えた。
ヨータ
「地図が未完成なのか」
ティナ
「うん。ここから先は、未踏破エリアだね」
今存在しているマップは、他の冒険者たちがマッピングをしたものだ。
つまり、冒険者が踏み入れたことの無い階層では、マップは存在しない。
自分たちで、1からマッピングしていくしか無かった。
ヨータ
「1個上で狩るか?」
未踏破エリアで戦うのは、踏破済みのエリアで戦うよりも、リスクが有る。
安全面を考えれば、踏破済みエリアで稼いだ方が良い。
ティナ
「ヨータはどうしたいのさ?」
ヨータ
「正直言えば、マップを埋めたらノルマの代わりになるのは、美味しい」
マップの作成は、リスクを伴う。
だからといって、皆が踏破済みエリアだけで戦うようでは、攻略が滞ってしまう。
なので、未踏破エリアのマッピングには、報酬が設定されていた。
階層が深いほど、その報酬は大きい。
ただ魔獣を倒すよりも、実入りは良いと言えた。
ヨータ
「けど、無理して負担がかかるのは、後衛のお前だからな」
ティナ
「それなら、行こうか」
ヨータ
「良いのかよ?」
ティナ
「うん。だけど今日は、この階層だけだからね」
ヨータ
「分かった」
2人は、階段と接した部屋を、出ることに決めた。
部屋は、細長い通路と繋がっていた。
2人はゆっくりと、通路を歩いていった。
ヨータ
「なあ、この感じ……」
ティナ
「うん。ボスっぽいね」
ヨータ
「ぽいなあ」
ダンジョンの最下層には、ボスが存在する。
ボスは、ダンジョンの核である、『ダンジョンコア』の化身だ。
ボスを倒すことは、ダンジョンを踏破することと、同義だった。
当然だがボスの強さは、普通の魔獣よりも、遥かに上だ。
冒険者が命を落とすのは、大半がボス戦の時だ。
それくらい、ボスと通常のモンスターでは、攻略難度に差が有った。
そして、ボス部屋への通路は、長い一直線になっていることが多かった。
ヨータにも、ボスとの戦闘経験が有る。
今の状況は、以前ボス部屋に入った時と、よく似ていた。
ヨータ
「引き返すか?」
安全を考慮するなら、迂闊にボスと戦うべきでは無い。
ヨータはティナの意思を確認した。
ティナ
「そうしたいのかい?」
ヨータ
「2人でボスと戦うか? フツー」
ヨータが前にボスと戦った時は、4人パーティだった。
ルナ、メイ、ナミ。
3人とも、非常に有能なメンバーだった。
おかげで勝つことは出来た。
それでも、楽勝だったとは言い難かった。
ティナ
「けど、今のボクたちには、天職が有るからね」
ティナ
「今までは辛かった相手でも、勝てるかもしれない」
ヨータ
「『賢者』様はそうかもしれんが」
ティナ
「『キス魔』だって、凄い天職だよ」
ティナ
「普通の呪文やスキルじゃあ、ここまで強くはなれない」
ティナ
「むしろ、君が『キス魔』じゃ無かったら、ボクは撤退を、提案していたと思うよ」
ヨータ
「嬉しいような、そうでも無いような」
ヨータ
「どうして『キス魔』なんだろうなあ。俺は」
ティナ
「どうしてだろうねぇ」
ティナ
「案外、くじ引きとかで決まったりするのかもね」
ヨータ
「『キス魔』なんか、クジに入れとくなよ。まず」
ティナ
「あはは」
ティナ
「通路の終わりの所で、1回キスしよう」
ティナ
「敵わないと思ったら、すぐに逃げる。良いね?」
ヨータ
「了解」
2人は、長い通路の端まで、歩いた。
そこから広い部屋が、断片的に見えていた。
立ち止まった2人は、部屋の直前でキスをした。
ティナ
「ふぅ……」
スキルをかけ直すと、2人は先へ進んだ。
通路の先の、大部屋に入った。
そこは、直径40メートルは有る、円柱形の部屋だった。
他の部屋よりも、天井が高い。
2人が通った道以外に、出入り口は見当たらない。
行き止まりのようだった。
ヨータ
「…………」
ヨータは上方を見上げた。
空中に、大きな半透明の石が、ふわふわと浮いていた。
縦長で、高さ2メートルほどの、大きな石だ。
横幅も、90センチ近く有る。
石は赤く輝いていた。
ダンジョンを形作る、力の結晶。
ダンジョンコアだ。
コアは2人の侵入を、感知したのだろう。
段々と、輝きを強めていった。
そして……。
コアは魔獣へと、姿を変えた。
どんと。
地響きと共に、魔獣は部屋の中央に、着地した。
ゴーレム
「…………」
その魔獣は、大きな青いゴーレムだった。
右手に剣を、左手に盾を持っていた。
そのどちらもが、人の持つ武具よりも、遥かに大きい。
ティナ
「やっぱり……!」
ヨータ
「こいつは……」
ヨータ+ティナ
「「アイスゴーレムナイト」」
ヨータ
「進○ゼミで習った奴だ」
ティナ
「割と定番らしいね。赤○ン先生には習ってないけど」
ティナ
「硬そうだね。ボクの呪文で仕留めようか?」
ヨータ
「いや……」
ヨータはまっすぐに、ゴーレムの方へ歩いて行った。
そして、ゴーレムの正面に立ち、剣を構えた。
ヨータ
「腕試しさせてくれ」
ティナ
「もう……。無茶をしてはダメだよ?」
ヨータ
「ヤバくなったら助けてくれ」
ティナ
「うん。任せて」
ヨータは剣を構えたまま、ゴーレムの出方をうかがった。
ゴーレム
「…………」
ゴーレムは、ヨータへと剣を振り下ろした。
鈍そうな外見だが、重力をも味方にした剣撃は、重く鋭い。
未熟な冒険者であれば、そのまま断ち切られていただろう。
だが……。
ヨータはその剣を、正面から迎え撃った。
ヨータ
「はああああああっ!」
ヨータの剣が、全力で、ゴーレムの剣を叩いた。
すると……。
ティナ
「えっ……!?」
弾かれたゴーレムの剣が、ダンジョンの壁に突き刺さった。
ティナ
「ボスにパワー勝ちした……!?」
ヨータ
(行ける……!)
ヨータ
「うらああああああぁぁぁっ!」
ヨータは全力で、ゴーレムに斬りかかった。
無防備な左脚へ、斬撃が走った。
重いゴーレムの体では、回避は不可能だった。
ヨータの剣が、ゴーレムに直撃した。
ゴーレムの体は硬い。
並みの剣では、大した傷も与えられなかっただろう。
だが、ヨータの一撃は違った。
速く、強く、そして重さが有った。
ゴーレムの脚が、粉砕された。
青い破片が、ヨータの周囲に飛び散った。
ゴーレムは片足を失った。
片足では、重心を保つことなど出来ない。
ゴーレムは、しりもちをついた。
そして……。
ヨータ
「折れたあああああぁぁぁっ!?」
ヨータの剣が、根元から折れ、宙に舞っていた。
刃先はくるくると回り、地面に突き刺さった。
ヨータは丸腰になってしまった。
一方、しりもちをついたゴーレムには、大した攻撃は出来ない。
お互いが、攻撃手段を失っていた。
痛み分けのような形になった。
ティナ
「ありゃ……」
ティナ
「ボクが仕留めるから、離れていてくれたまえ」
ヨータ
「おう……」
素手で戦闘を継続するほど、ヨータは戦闘狂では無い。
ヨータは素直に、ゴーレムから離れた。
それを見て、ティナはゴーレムに、杖を向けた。
ティナ
「獄炎柱、3連」
ティナは呪文を唱えた。
ゴーレムの真下から、3つの火柱が上がった。
直撃を受けたゴーレムは、バラバラになって散らばった。
砕けたゴーレムは、ぴくりとも動かない。
即死したようだった。
ヨータ
「え? 1発?」
ティナ
「正確には3発だけど」
ティナ
「魔術の威力も、君のおかげで強化されているみたいだね」
ヨータ
「そうなのか」
ヨータ
「『トレジャー化』」
ヨータは、ゴーレムの欠片に手を向け、唱えた。
残骸が輝き、後にはダンジョンコアが残された。
魔獣化する前よりも、小さくなっている。
今の大きさは、縦に80センチほどだ。
『トレジャー化』の力で、無害化されていた。
ヨータはコアに歩み寄り、それを拾い上げた。
ティナ
「ダンジョン攻略おめでとう」
ティナはヨータに駆け寄り、軽くキスをしてきた。
ヨータ
「ん? ああ。おめでとう」
そのとき……。
ダンジョンが、震えはじめた。
2人の体が、光に包まれた。
そして……。
気がつけば、2人は地上に立っていた。
2人の周囲には、他の冒険者の姿も有った。
2人と同じダンジョンに、潜っていた人たちだった。
ダンジョンが攻略されると、中に居た冒険者たちは、排出される。
例外は無い。
ダンジョンが有ったはずの場所は、ただの更地になっていた。
ヨータ
「コア、納品してくるわ」
ヨータは査定所を見た。
ティナ
「えー? もったいないよ」
ティナ
「要らないなら、ボクが貰っても良いかな?」
ヨータ
「どうぞ」
ヨータはティナに、コアを手渡した。
ティナ
「ありがとう。ヨータ」
ティナはそれを、大切そうに抱えた。
ヨータ
「それじゃ、報告と、普通の魔石だけ納品してくるか」
ティナ
「そうだね」
2人は査定所に向かった。
そこでボスの撃破を報告し、コア以外の魔石を納めた。
身軽になると、2人はスクーターへ向かった。
ヨータ
「それじゃ、帰るか」
ティナ
「うん」
ヨータとティナは、スクーターに跨った。
ヨータは、スクーターを発進させた。
ティナがコアを抱えているので、行きよりも安全運転だった。
ティナ
「ヨータヨータ」
帰りの道中で、ティナが口を開いた。
ヨータ
「ん~?」
ティナ
「もう、小型ダンジョンには、潜らない方が良いね」
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