その11「長いキスとおんぶ」
2人は、半開きになった口を、軽く触れ合わせた。
ティナの吐息が、ヨータに触れた。
ヨータは息をするのを、恥ずかしく感じてしまう。
だが、今度のキスは、長時間続ける必要が有る。
息を我慢し続けるなど、不可能だった。
ヨータ
「ふぅ……」
少し我慢した分、ヨータは強く呼吸してしまった。
自分の息が、ティナに触れている。
ティナもそれを、感じているに違いない。
そう考えると、ヨータは湧き上がる羞恥心を、抑えることが出来なかった。
ティナ
「んぁ……」
ヨータ
(ああ恥ずかしい……)
ヨータ
(女のこいつが平気なのに、俺が止めて下さいとは言えんよなぁ)
ヨータ
(スキルを手に入れるチャンスでも有るし……)
ヨータ
(これくらい、根性で我慢せんとな)
ヨータ
(ちょっと気持ち良いし)
ティナの唇は柔らかい。
それと触れ合っていると、蕩けるような気持ちになった。
ヨータ
(俺の唇は、こんなに柔らかく無いだろうな)
自分だけが、良い気持ちをしているのではないか。
ヨータはティナに対し、少し申し訳なく思った。
そのとき……。
ティナが、舌を伸ばしてきた。
ぬるりと。
ティナの熱い舌が、ヨータの唇を舐めた。
ヨータ
「ッ!?」
ヨータは慌て、ティナから離れた。
ティナ
「んぅ……?」
ティナ
「どうしたの? ヨータ」
ヨータ
「お前……舌……」
ティナ
「舌?」
ヨータ
「入れてきただろ」
ティナ
「えっ……」
ティナ
「ちょっと夢中で、気付かなかったよ。ごめんね」
ティナ
「気持ち悪かった?」
ヨータ
「いや。別に良いんだが……」
ヨータ
「いきなりやられると、ビックリするってだけで」
ティナ
「そう」
ティナ
「無意識でやってしまうみたいだから、気をつけてね」
ヨータ
「ああ」
ティナ
「続き、しよっか」
ヨータ
「そうだな」
そのとき、スキルの力が消えた。
ヨータは、全身に湧き上がっていた力が、無くなっていくのを感じた。
ティナ
「あっ……」
ティナにかかっていたスキルも、ヨータと同時に切れてしまったようだ。
彼女はそれに、気付いたような仕草を見せた。
ヨータ
「切れたみたいだな」
ティナ
「うん」
ティナはストップウォッチを止め、時間を見た。
ティナ
「だいたい6分くらいみたいだね。スキルが続くのは」
ヨータ
「ジューブンだな」
ヨータの前のパーティでは、治癒術師のルナが、強化呪文を得意としていた。
ルナの強化呪文の、効果時間は、5分にも満たない。
ルナは、同年代の中では、最高クラスの治癒術師だ。
そんな彼女よりも、効果時間が優れているのなら、かなり優秀だと言えるだろう。
ティナ
「うん」
ティナも、知り合いの強化呪文と比べたのか、ヨータに同意した。
ティナ
「次は、時間にばらつきが無いか、試してみよう」
ヨータ
「ああ」
……。
2時間後。
ヨータはベッドの上で、仰向けで寝転がっていた。
ティナはヨータにまたがり、覆いかぶさるようにキスをしていた。
ティナ
「んぅ……ちゅっ……れろ……」
ティナの舌が、ヨータの舌に触れた。
ヨータは最初、ティナの舌に驚いたが、繰り返される内に、多少は慣れてきていた。
内心ではドキリとしつつ、平静を装って、彼女の行為を受け入れていた。
やがて、スキルが切れた。
ティナ
「…………」
ティナはストップウォッチのボタンを押した。
そして、ヨータに体重を預けたまま、表示された数字を見た。
ティナ
「5分58秒だね」
ティナ
「効果時間は、かなり安定していると言って良い」
ヨータ
「もう測らなくても良いか」
ティナ
「ううん」
ティナ
「10や20の計測で、分かったつもりになるのは危険だよ」
ヨータ
「そういうもんか」
ティナ
「うん」
ティナ
「それじゃ、もう1度……」
ヨータ
「いや」
ヨータ
「そろそろ帰った方が良いと思うぞ」
ティナ
「けど……」
ヨータ
「流石に、日暮れまで男子寮に居るのは、不味いだろ」
ティナ
「……うん。そうだね」
ティナはヨータの上で、膝立ちになった。
そして、ヨータの上から体をずらし、ベッドから下りた。
ティナ
「それじゃあまた……」
そのとき……。
立ち上がったティナの体が、ぶるりと震えた。
ティナ
「んあっ……」
そして、地面に座り込んでしまった。
ヨータ
「ティナ……!?」
ヨータは慌ててベッドから下りた。
そして、ティナの前で膝をつき、彼女の肩に、自分の手をのせた。
ヨータ
「おい、大丈夫か!?」
ティナ
「うん……。平気だよ」
そう返すティナの呼吸は、少し荒かった。
ティナ
「ちょっと、キスをしすぎたかな?」
ヨータ
「なんじゃそりゃ」
ティナ
「同じ姿勢のまま、有酸素運動を続けた結果、体に負荷がかかったのだろうね」
ヨータ
(有酸素運動か? アレ)
ヨータ
「つまり、疲れたってことか」
ティナ
「そういうことだね」
ヨータ
「立てるか?」
ティナ
「もし立てないって言ったら?」
ヨータ
「つまり、立てるんだな?」
ティナ
「ちょっと立てないかも」
ヨータ
「ちょっとって」
ヨータ
「……寮までおんぶしてやろうか?」
ティナ
「良いね。それ」
ヨータはティナに背中を見せた。
ヨータ
「ほら、おぶされ」
ティナ
「うん。ありがとう」
ティナは、ヨータの背におぶさった。
体勢が安定すると、ヨータは歩きだした。
ヨータ
「ドアの枠に気をつけろよ」
ティナ
「分かった」
……。
ヨータはティナを、女子寮の前まで送り届けた。
おんぶ姿は目立つ。
途中、何人かに姿を見られた。
だがヨータは、気にしないフリをした。
寮の玄関前で、ティナはヨータの背から下りた。
ティナ
「それじゃ、また明日」
ティナは玄関を背にして、ヨータに別れの挨拶をした。
ヨータ
「ああ」
ヨータ
「明日はダンジョンで、スキルを試してみようぜ」
ティナ
「うん。楽しみだね」
ティナは玄関の方へ歩いた。
そして、扉を開き、寮へと入っていった。
ヨータ
(俺も寮に帰るか……)
ヨータは女子寮に背を向けた。
そのとき……。
ルナ
「あっ」
ヨータ
「ん?」
メイ
「オニツジか」
ルナのパーティが、ヨータの前に姿を現した。
ナミ
「やあ」
ナミが気さくに挨拶してきた。
なのでヨータも、同じ風に答えることにした。
ヨータ
「やあ」
ルナ
「……オニツジさん」
ルナ
「男子であるあなたが、女子寮で何を?」
ルナがヨータに尋ねた。
ヨータ
(無表情だなコイツ)
ヨータ
(俺が『キス魔』になる前は、もっと笑ってただろ)
ヨータ
(『キス魔』の俺には、笑いたくないか?)
ルナをからかってやろうか。
ヨータはそんなつもりになった。
ヨータ
「いや。キスさせてくれる子でも居ないかなって」
ルナ
「っ! あなたは……!」
ヨータ
「冗談だよ。真に受けんなアホ」
ヨータはへらへらと笑った。
軽い調子のヨータを、ルナは睨みつけてきた。
ルナ
「言って良い冗談と、悪い冗談が有ります」
ヨータ
「世間というのは君じゃないか」
ルナ
「えっ?」
ヨータ
「いや別に」
ヨータ
「そんじゃ」
ヨータは歩き、ルナとすれ違おうとした。
すれ違いの直前で、ルナがヨータを呼び止めた。
ルナ
「あっ! ちょっと……!」
ヨータ
「うん?」
ヨータは足を止め、意識だけを、ルナの方へ向けた。
2人は、並んで立つ形になった。
ルナ
「……お元気でしたか?」
ヨータ
「見ての通りだが」
ヨータ
「つーか、教室で会ってんだろ」
ルナ
「ここ数日、お話をする機会が、有りませんでしたから」
ヨータ
「話したいなら、話しかけてきても良いんだぞ」
ルナ
「別に、話したいとかでは無いです」
ルナ
「ちょっと気になっていただけですから」
ヨータ
「そっすか」
ルナ
「……それでは、失礼します」
ルナは足早に、寮へと入って行った。
ヨータは、残された二人の方へ、顔を向けた。
ヨータ
「俺の代わりは見つかったか?」
メイ
「いや」
ヨータ
「バランス悪いだろ。お前ら3人だと」
メイ
「そうだな」
メイ
「ワクワクしてしまう」
ヨータ
「…………」
ナミ
「探してはいるんだけどね」
ナミ
「高等部にもなると、パーティもほとんど固定だから」
ナミ
「新メンバーを入れるって言っても、なかなかね」
ヨータ
「ふーん?」
メイ
「一応、ウチに入っても良いという奴も、居るには居たんだがな」
メイ
「アマガミやナミに対する、下心が目に見えていた」
メイ
「そういう連中は、アマガミは嫌いだからな」
メイ
「結局しばらくは、3人でいくことになりそうだ」
メイ
「大変だがな」
ヨータ
「自業自得だな」
メイ
「そうだが」
メイ
「そっちはどうだ?」
ヨータ
「……アマガミには、黙っといてくれるか?」
メイ
「どうした? 誰かとキスでもしたか?」
ヨータ
「した」
ナミ
「えっ!? 相手は?」
ヨータ
「ティナ」
ナミ
「ああ、ミナクニさん」
ナミ
「やっぱり2人はそういう関係だったんだね」
ヨータ
(やっぱり?)
ヨータ
「いや別に、ただの友だちだけど」
ナミ
「ただの友だちなのに、キスしちゃったの?」
ヨータ
「ああ」
ヨータ
「あいつは良い奴だからな」
ヨータ
「俺が困ってるのを見て、放っておけなかったってわけだ」
ナミ
「うーん……?」
メイ
「私とはしなかったのに、幼馴染とはしたんだな」
メイ
「仲間だったのに」
ヨータ
「オオクサに止められただろ」
メイ
「そうだったか?」
ナミ
「そうだね」
ヨータ
「覚えとけよ」
メイ
「ふむ……」
メイ
「それで、スキルは身に付いたのか?」
ヨータ
「ああ。1つだけな」
メイ
「どんな風だ?」
ヨータ
「バフ系」
ナミ
「やっぱりキスするの?」
ヨータ
「まあ、『キス魔』だからな」
ナミ
「うーん……」
ナミ
「もっと穏当なスキルなら、良かったのにね」
ナミ
「それなら入れるパーティも、すぐ見つかったと思うのに」
ヨータ
「別に」
ヨータ
「なんとでもなるさ」
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