.5 コダジョー
スピードを緩めながら自転車を漕いで帰路に着いていると、逆側の歩道に何やら小さな人集りが出来ているのが見えた。
「ここちゃん、そだい!」
後部座席に座る剛志が、急に声を上げてそう言うもんだから何事かと私は自転車を漕ぐのを止める。
「そだい、そだい!」
そだいって何だっけ?、となりながらも剛志のテンションの上がり方にあの人集りに何かあるのかと思って、私は自転車のブレーキをかけて完全に停車させた。
それほど視力の良い方ではないので、目を凝らしながら逆側の人集りを見ると背の高い男性をお子様連れのママさん達が囲っているようだ。
子供連れに人気の男性。
ママさんバレーのイケメンコーチとかそういうのかと思ったが、どうもママさん達の囲いから距離を取って若い子らもその男性に向かってスマートフォンを向けているので、違うようだ。
ん?
違うのかな?
知らない人でもカメラで映したくなるようなイケメンのパターンもあるのか?
でもそうだとすると、剛志がこんなにテンション高く騒いだりはしないだろうし。
振り返って後部座席を見ると、剛志はすっかり人集りの中心の男性に夢中で指を差してわーわーと言っている。
人を指で差すものじゃないと、教えてやりたいとこだがどうも今は聞く耳持たずと言ったところだ。
先程剛志に気を遣わせてしまった負い目があるし、テンションが高い剛志を無視して人集りのことも無視して帰った場合、暫く口を聞かないモードになりかねないので、私は逆側の歩道へ渡ることにした。
丁度、横断歩道が近くにあるし。
口を聞かないモードは、自立できてない剛志にやられるのはただただうっとおしいだけなので。
「つよくん、近くに行ってみたい?」
「うん!」
一応の確認を取ってみると、被せるぐらいの元気な返事が返ってきた。
いまいちそだいという言葉にピンと来てない私は、何故ここまで剛志がテンション高くあるのか不思議であったが、喜んでくれるならそれでいい気がしてきた。
自転車から降りて手で押しながら、近くの横断歩道を渡る。
ママさん達の囲いが男性の足を止めていたので、安全にゆっくり辿り着いても問題無かった。
剛志がそだいと連呼してる中、人集りに近づいていって、私はやっと中心の男性が誰かわかった。
剛志が毎朝観ている特撮番組の主人公、曽代大介役を演じていた
特撮番組終了後、映画を中心に活躍してる実力派個性俳優とか言われてる俳優だ。
毎朝剛志が観てる特撮番組は数年前の番組なので、毎朝TVに映ってるその姿と今は髪型がかなり違っていて、私は近くに来るまであの曽代と目の前の古田穣治が結びつかなかった。
さすが毎日真剣に観ているだけあって、剛志は遠目に見てもこの姿が曽代と判別できるのだろう。
付き合って観てる私も毎日古田穣治の顔を観ているのだけど、朝の支度をしながらのながら見なので髪型が変わって少し歳を取ってる今の姿は遠目には重ならなかった。
大体、TV画面の中では茶髪で短髪の爽やか青年だったのに、今やグレーに染められたウェーブのかかった長髪でしかも左側は刈り上げられているというオシャレって難しいなと思わされる髪型なので、それを重ねようと言うのが無理がある。
多分、この古田穣治を囲んでいるママさんは今を追いかけてるファンなんだろう。
私はずっと過去ばかり観てる気がして、その囲いに近づくことに少し引け目を感じてしまった。
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