.9 虚ろに揺らぐ

 私を守るということは、自身の命を投げ出すということ。


「だからさ、暫くそばにいてほしい。全てが終わるまで、俺に守らせて欲しい」


 モンスターがいつ現れるかは、ワイドショーでは言ってなかった。

 元から決まってないのか、誰も証言できていないのか。

 そもそもモンスターなんてモノがいるかどうかも、怪しい話なんだ。


「あのね、翔。私ね、付き合っている人がいるの」


「そ、そっか。そうだよな」


 正直、ヒーロー・チェーンとかいう都市伝説も、織田翔のことも信じられない。

 姑息だとは思わないけど、しつこい性格の織田翔が、嘘を並べて私を口説こうとしてるのかもしれない。

 だから、私は試した。

 滴のことを言えば、織田翔はどう反応するのか。


「じゃあ、その彼氏にも説明させてくれないか。ヒーロー・チェーンのこと」


「説明、って。ねぇ、何でそんなにヒーロー・チェーンのこと信じられるの?」


 あまりに嘘臭い都市伝説を、こんなに信じられるのは不思議だ。

 私なら例え痣が出来たって、偶然で済ますし、馬鹿らしくて人に話そうなんて思わない。


「俺さ、やっぱりまだ來未のことが好きなんだよ」


 織田翔は首筋を擦りながらそう言った。

 それ以上、何も言わなかった。

 まるで、それが全てだと言わんばかりに。


 やめてほしい。

 そういうことを真っ直ぐな瞳で言うのは。

 さっきまで虚ろな瞳だったのに、一瞬かつての力強さを取り戻していた。

 あのキラキラした、瞳。

 夢を追う、瞳。

 今はその対象が私なのだろうか?

 私を守ることが、彼の夢になったのだろうか?


 織田翔は、今、私を選んだのか。

 全てを捨てて。


 私は――私は何を選ぶ?


 織田翔。

→佐波滴。


「ごめんね、翔。私、翔の言ってること信じられない」


 輝いていた瞳が、再び虚ろに揺らぐ。

 織田翔の瞳を曇らせているのは、私のせいなのだろうか?


「そっか……そうだよな。久しぶりに会っていきなりこんな話、信じられないよな」


 織田翔に嘘をつかれたことは無かった。

 だけど、あまりにもあまりな話だ。


 ヒーロー・チェーン?

 都市伝説?

 なんだそれは、としか言いようが無い。

 

 織田翔はアメリカに渡り、夢に破れ、疲れ果て、壊れてしまったのだろう。

 だから、ありえないヒーローごっこにすがってるのかもしれない。


「ねぇ、話はそれで終わり?」


 そう思うと、急に冷めた。

 いや、最初から冷めていたことに気づいただけかもしれない。

 私は、織田翔との恋愛ごとからすっかり覚めてしまっている。

 その感覚は、自分でも驚くほど言葉として音に乗る。


「ああ、終わり、だ」


 織田翔の歯切れが悪くなった。

 私に取りつく島もないことを理解したのだろう。

 虚ろに揺らぐ瞳に、悲哀の色が混ざる。

 今すぐ泣き出してしまいそうだった。

 元カレのそんなみっともない姿を見たくなかったので、私は早々にこの場を去ることにした。


「もうこれで最後だから。さようなら」


 織田翔は返事もろくにせず、頷くだけだった。

 一発ぶん殴ってやれる空気じゃなかった。

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