Ep.1 家族
.1 名前
自分、という在り方。
小学生の時に、私は図書委員をやっていた。
いつしか私はトショというあだ名で呼ばれ始めた。
誰が呼びはじめたかも定かではないそのあだ名は、初めこそ馴れなかったものの段々と自分の事だと違和感なく受け入れた。
中学生の時に、私は美化委員をやらされた。
風邪で欠席した日に勝手に決まった話だった。
その日からあだ名はビーカーに変わった。
慣れ親しんだトショというあだ名は、あっという間に廃れていった。
トショと呼ばれること、トショというあだ名に愛着すら持ち始めた私は、ビーカーというあだ名になかなか馴染む事ができず中学校三年間を違和感を持ったまま過ごした。
高校生になると、私は成り行きで生徒会の役員になった。
一年生では、書記。
二年生では、副会長。
三年生になると、生徒会長を務めた。
あだ名はどの役職だろうと、セイトカイ。
教師ですらそう呼ぶのだから、誰も私をトショともビーカーとも呼ばなくなった。
成り行きでなったとはいえ、生徒会役員になった私は責任感に芽生え、セイトカイと呼ばれる事に嫌な気はしなかった。
大学生になると、シンプルにメガネと呼ばれた。
高校三年生の受験勉強中からかけ始めたので、メガネと呼ばれてもしっくりと来なかった。
私の特徴を指すあだ名だったが、それでいて眼鏡をかけている人間なら誰にでも当てはまるあだ名だ。
役職名で呼ばれ続けた今までとは違うあだ名だったが、何故だか一番嫌なあだ名だった。
元から馴染まなかった大学の友人達とも、それを理由にさらに一歩置いた間柄になった。
社会人になったばかりは新人と呼ばれ続けた。
怒鳴られたり、誉められたり、励まされたり。
どの場面でも新人と呼ばれ、それが社会の洗礼なんだと信じて止まなかった。
入社時に同僚等いなかったので、他にあだ名はつかなかった。
長く会社にいると、役職につくことになった。
部長だとか、課長だとか。
長くいればいるほど、役職が上になるわかりやすい会社だ。
新人と呼ばれた日々が懐かしかった。
新入社員を新人と呼ぶ日が訪れた。
そんな私も愛する人と出会い、共に歩むことを誓い合い、妻とした。
やがて、二人の間に子供が生まれた。
妻に似た可愛い女の子だ。
すくすくと育ち、今年で十六になる。
妻は私をアナタと呼び、娘は私をパパと呼んでくれる。
幸せがある、代えがたい程の幸せが私の手の中にある。
それがいつまでも続く事を願っている。
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