ヒーロー・チェーン

清泪(せいな)

Op

.1 都市伝説


「ヒーロー・チェーンって知ってる?」



 片手に持った携帯電話の画面に集中しながら彼女は、そんなことを口にした。

 僕は、突然の質問に巧く聞き取れなくて間抜けな返事を返した。


「だから、ヒーロー・チェーンって知ってる?」


 聞き慣れない言葉に僕は、素直に首を横に振った。

 彼女はそんな僕を横目で僅かに見て、直ぐに携帯電話の画面に視線を戻した。


「女子高生で流行ってるんだって」


 なるほど。


 やはり、僕が知る由も無い話だ。

 僕は女子高生ではないし、女子高生の知り合いもいない。

 僕はしがないサラリーマンで、今もこうして会社で休憩時間を過ごしている。

 僕に妹はいないし、親戚にいたとしても交流はなく、年下の彼女がいるわけでもない。

 つまり、女子高生なんて縁がないという話だ。


「知らないなぁ~」


 携帯電話の画面を凝視しながら彼女は、そうぼやいた。

 もちろん、彼女も女子高生ではない。

 僕より年上の先輩だ。

 が、知らなかったのがとても悔しいのか携帯電話の画面を睨みつけている。


 少し可笑しな光景だったので、僕はそっとしたままにして椅子から立ち上がり自動販売機で彼女と二人分の缶コーヒーを買った。

 彼女は微糖、僕はブラック。

 会社の休憩室には今、僕と彼女の二人だけしかいない。


 誰しもが、必死になって働いてる姿が思い浮かぶ。

 僕も、つい先程まで時間を忘れて仕事に没頭していたからだ。

 納期というものは、どれだけ戦っても新しく現れるモンスターの様だ。

 倒しても倒しても、現れる。

 経験値とお金は手に入っても、一向に世界は平和にならない。

 自分は平和にならない。

 そういえば最近ゲームやってないなぁ。


 手に持った微糖の缶コーヒーを彼女の視界に入る様に差し出す。

 ありがと、と軽く言って彼女はそれを受け取って、僕はまたパイプ椅子に座る。

 古くさい椅子が軋む。

 未だに携帯電話とにらめっこしてる彼女を見て、僕はさっきのが何の話なのかと疑問を口にしてみた。


 本当は興味が無かったが、話を振らないわけにもいかなかった。


「都市伝説。ほら、口裂け女とかああいうの」


 口裂け女なんていつの時代の話だろうか?

 僕が幼少の頃からそれは、昔話の一種だった気がする。

 子供の頃は確かにそういう得体の知れないモノが怖かったりしたが、今は何よりただ他人が怖い時代だからそういうモノが古く思えた。

 口裂け女には対処法があったけど、ただの他人には対処法なんて無い。


「そういうの信じないタイプ?」


 素直に頷いて見せた。

 明らかに不満そうな顔を浮かべられる。

 こっちとしては素直さを褒めて欲しいぐらいなのに。

 つまんない、と彼女は不満たっぷりに呟いてから携帯電話を閉じて缶コーヒーを開けた。

 一口飲んで、盛大に溜め息をつく。


 僕はただじっとそれを見ていた。

 こういう時は彼女が何かを言うまでそっとしておくのが、利口ってヤツだ。

 というより、僕にはそうするしかできない。

 彼女はコーヒーを飲んでは溜め息をつき、飲んでは溜め息をつきを繰り返す。

 その間に何度か僕を睨んできたが、僕は何も言わずちびちびとコーヒーを飲んでいた。


 缶コーヒーのブラックは嫌いだ、僕には合わない。


 やがてコーヒーを飲みほしたところで彼女は、息を吸い込んだ。

 吐いた分の溜め息を回収してるみたいだ。

 日頃から、溜め息をつくと老ける、と言っているから吸い込んでチャラにしてるのかもしれない。


「休憩時間を有意義に過ごそうと話題を提供しているんだから、もっとノってきなさいよ」


 有意義に過ごすのに、オカルト話が主な都市伝説の話をするのはどうかと思ったが僕は頷いた。


 もう一度、さっきの話が何なのかを聞く。

 そういえば、僕はただ都市伝説を信じてないと頷いただけなのに何故怒られたんだろう?

 彼女は、携帯電話をもう一度開いた。


「ヒーロー・チェーンって女子高生で流行ってる都市伝説があるんだって。ほら、インターネットニュースにも取り上げられてる」


 彼女は、携帯電話の画面を僕に向ける。

 近すぎるぐらいに眼前に向けられた画面には、大手の検索サイトのトップページが表示されている。


 女子高生で大流行、ヒーロー・チェーンとは?


 週刊誌の安易な見出しの様だ。


「私もとうとう流行に取り残されてしまった」


 彼女はそう言って、携帯電話を閉じる。

 眼前で閉じられたので、眉間が挟まれそうになった。


 彼女が女子高生だったのは、実に八年も前の話だ。

 時代に取り残されたかどうかはわからないが、女子高生の話題についていけなくても無理はないと思う。

 流行なんてついていけなくても困りはしないと僕は思ってる。

 ましてや、こんなテレビのニュースで聞くことも無いような都市伝説についていけないからといって、どうだと言うんだろうか?


 と、言ったところで彼女は聞きもしない。

 彼女にとって時間を感じてしまう事はとても重大な事らしい。

 肝心の内容の説明が一向に始まらない。


 休憩時間が終わりそうだ。

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