.6 迫られる選択

「痣が浮かび上がった人間が、ヒーローになれば解決じゃないか」


 愛深の手が離れる。

 これで、物理的にも精神的にも遠くなった。

 手が届く範囲だというのが、とても信じられない。


「でもね、ヒーローに変身した人はモンスターを殺した後、死んじゃうんだ」


 殺される、殺した、死ぬ。

 簡単に死が並ぶ。

 都市伝説、こんなものが女子高生に流行るのか。


「でも、何で今そんな話を……」


 私は言いかけて、愛深のぎこちない微笑みが崩れていく様を見てしまった。


「パパの首筋にね……痣があるの」


 感情を押し殺した様な、無機質な温度のある言葉を愛深は口にする。

 私はすぐに首筋に指を当てた。

 愛深が触れた場所をなぞっていく。

 指先に触れる感触では、痣の有無はわからない。

 しかし、確かに違和感はあった。


「ねぇ、パパ……」


 先程とは違い、まるで何かを懇願するように愛深は私に言葉をかける。

 じっと見つめてくる瞳が、潤んでゆくのが電気を消した部屋でもわかる。


「……パパが愛しているのは誰?」


 愛深の問いに、私はすぐに返答出来なかった。

 何と答えようか、選択肢が頭に浮かぶ。


 長年連れ添った妻である郁子、そして二人の間に生まれた娘である愛理。

 それとも今目の前にいる、愛深か。


 私は不誠実ながら、少し考えた後、ようやく答えを選ぶことが出来た。


「家族、だよ」


「そっか、そうだよね。今日はその話をしに来たんだし」


 愛深が再びぎこちなく微笑む。

 頬には一筋、涙が零れていく。


「すまない……わかってくれとは言わない。ただ、愛深のことも愛していたのは確かなんだ」


 本当の気持ちだった。

 援助するという怪しい関係性が嘘のように、私には確かに愛深が必要な存在になっていた。


「わかってる……大丈夫、わかってるから。ありがとう、パパ」


 パパ、という呼び方。

 ありがとう、という言葉。

 私と愛深の間を埋めて、私と愛深の間を遠ざけていく。


「愛深……私は君のパパになれたのかな?」


 愛を求められた私は、ちゃんと与えられたのだろうか?


「何それ……わかんないよ」


 止まらぬ涙に、愛深は静かに瞼を閉じた、


「私には、本当のお父さんがいないし。でも、パパはパパで、きっとお父さんじゃないと思う」


 優しく、愛深はそう言った。

 私を傷つけないようにか、自分を傷つけないようにか、それはわからなかった。

 結局、私は愛深の求めるものにはなれなかったということか。

 彼女のワガママに付き合っていた気になっていたが、本当は違っていたのかもしれない。


 ヒーロー・チェーン。


 突然告げられた、物騒な都市伝説。

 死を前にして愛する人と自分とを天秤にかける様な、無粋な話。

 愛情を確認するための作り話だったかもしれない。

 愛深と答えていたならば、彼女は泣かずに済んだのかもしれない。

 互いの温もりをもう一度確かめあい、禁忌でそれでいて美しい思い出として終焉を迎えれたかもしれない。

 それでも、家族を選んだ私に、愛深にかける言葉はもう無かった。


 そうして、私と愛深の別れは言葉なく終わった。

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