Ep.2.9 虚ろに揺らぐ Ex.希望

 私を守るということは、自身の命を投げ出すということ。


「だからさ、暫くそばにいてほしい。全てが終わるまで、俺に守らせて欲しい」


 モンスターがいつ現れるかは、ワイドショーでは言ってなかった。

 元から決まってないのか、誰も証言出来ていないのか。

 そもそもモンスターなんてモノがいるかどうかも、怪しい話なんだ。


「あのね、翔。私ね、付き合っている人がいるの」


「そ、そっか。そうだよな」


 正直、ヒーロー・チェーンとかいう都市伝説も、織田翔のことも信じられない。

 姑息だとは思わないけど、しつこい性格の織田翔が、嘘並べて私を口説こうとしてるのかもしれない。

 だから、判断基準だった。

 滴のことを言って、織田翔がどう反応するのか、が。


「じゃあ、その彼氏にも説明させてくれないか。ヒーロー・チェーンのこと」


「説明、って。ねぇ、何でそんなにヒーロー・チェーンのこと信じられるの?」


 あまりに嘘臭い都市伝説を、こんなに信じられるのは不思議だ。

 私なら例え痣が出来たって、偶然で済ますし、馬鹿らしくて人に話そうなんて思わない。


「俺さ、やっぱりまだ來未のことが好きなんだよ」


 織田翔は首筋を擦りながらそう言った。

 それ以上の説明は無かった。

 それが全てなんだ、ということ。


 やめてほしい。

 そういうのを真っ直ぐな瞳で言うのは。

 さっきまで虚ろな瞳だったのに、一瞬かつての力強さを取り戻していた。

 あのキラキラした、瞳。

 夢を追う、瞳。

 今はその対象が私なのだろうか?

 私を守ることが、夢なのだろうか?


 織田翔は、今、私を選んだのか。

 全てを捨てて。


 私は――私は何を選ぶ?


→織田翔。

 佐波滴。


「わかった、翔を信じる」


 半年前まで私が求めたキラキラしたものが、そこにはあった。


「ありがとう、来未」


 織田翔は少し息を吐いた後、にこやかに微笑んだ。

 死を覚悟しているというのに、昔みたいに優しく微笑んだ。

 何でそんな顔が出来るのだろうか。

 私にはわからない。

 もっと恐怖に怯えてしまっても誰も笑いはしないし、咎めたりもしない。

 理不尽で嘘臭い、迫り来る死。

 そんなものに怯えるのは当たり前だと思う。


 現に私の手は震えていた。

 織田翔を信じるというのは、その嘘臭い都市伝説を信じるということだ。

 私と翔、お互いに訪れる死を信じるということだ。

 私がもっとも恐れているのは――


「翔は……翔は、本当にそれでいいの?」


「来未?」


「私なんかの為に夢を諦めちゃってさ。痣なんて見て見ぬふりで良かったじゃない」


 私を助ける為に、夢を諦めて日本に帰国して。

 私を助ける為に、夢を投げ捨てて命まで投げ捨てる。

 本当ならキラキラしたステージの上で踊り続けていたいのだろうに、私はその機会を奪ってしまっている。


「出来るわけないだろ、そんなこと」


「やってよ、そのぐらい! じゃないと、私は……」


 夢を追いかけた男を諦めた私の立場。

 そんな惨めでエゴの塊のようなものに、私の心は引っ掛かっている。

 翔はきっと私の事を心から守りたいと願っている。

 それなのに私は、私の想いだけを気にしている。

 あの時の心の穴を、それだけを気にしている。


 だけど、それは私にとって何よりも大きいのだ。

 私の、私の命よりも。


 低い唸り声が聞こえた。

 気のせいかもしれないと、そう言い訳してもいいほど遠くから聞こえた。

 だけど、身体中に言い知れぬ恐怖が過ぎった。

 理由が明確ではないのに、死を身近に感じる。

 唸り声の主が私を殺すのだ。

 それがはっきりと理解出来た。


「本当に来たんだな。本当はさ、都市伝説はやっぱり都市伝説でした、ってオチが良かったんだけどさ」


 私を怖がらせないようにと、私に負い目を持たせないようにと、翔は軽口を叩く。

 ありえない都市伝説を信じて右往左往していたバカなカップル、そういうオチなら良かったと私も思う。

 今ならまたあの頃のようにカップルに戻ってもいいとさえ思ってしまっている。


「ねぇ、翔?」


「来未?」


「やっぱりさ、翔は夢を追いかけてよ。そうじゃないとさ、私、納得いかないもの」


「何言ってんだよ、来未」


 何を言ってるのか?

 それは私にもわからない。

 頭に滴の微笑みが過ぎったが、首を横に振ってかき消した。

 もう、会えないよ。


「生きて、って言ってるの!!」


 自分が口にしてる言葉がつまりどういうことなのか、頭より先に身体が理解して震えだした。


「来未、本当に何言ってるのかわかってんのか?」


 わかってる。

 何を言ってるのか、そして、このままだとこの問答が繰り返されるのも。


 だから、私は――走り出した。

 唸り声が聞こえた方へ。

 あの時と同じように後ろで翔の声が聞こえた。

 あの時と違うのは、翔の追いかけてくる足音が聞こえること。

 そして、前からも足音が聞こえること。

 悲鳴が聞こえること。


 近づいていく、全てが。


 私、翔、モンスター。

 ――死。


 ああ、私が死んで翔が夢を叶えるんだ。


 キラキラ、するんだ。

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