.3 パパ活
部長という役職と共に、私は部屋を与えられた。
課長と呼ばれていた時代は、部下たちと同じ部屋でデスクを並べて働いていたのだが、部長ともなれば別室というわけだ。
社外秘の機密事項を扱うことが多くなった、というのが主な理由だろうか。
機密事項といってもSF小説などにある怪しい仕事をやってたりはしない。
ただの会社の収支報告とかだったりで、子供心を輝かせたらガッカリするだろう。
そんな機密事項を細やかに守る部屋で、私は私の秘め事をこっそりと確認した。
スマートフォンは、コミュニケーション用のアプリを起動し表示している。
“今日、会えますか?”
シンプルなその言葉の横に、既読という文字が足されて表示される。
私は一瞬息を飲み、液晶に指を滑らし言葉を返した。
“ああ。いつも通りで構わないかい?”
私の言葉が画面に表示されると、数秒も待たずして相手の言葉が表示された。
“嬉しい。じゃあ、待ってるね、パパ”
仕事が終わり、待ち合わせ場所へと向かう。
職場からは二駅離れた歓楽街だ。
色々と、都合がいい。
「パパ~、こっちこっち~」
呼ばれた方に振り向くと、彼女が手を振っていた。
彼女――
「仕事、忙しくなかった?ごめんね、急に会いたくなっちゃって」
会うたびに愛深は必ず気遣いの言葉を言ってくれる。
それは常套句の様なものだが、私はその言葉に心を癒される。
「大丈夫だよ。私も会いたかったしね」
そして私も、合言葉のように言い馴れた言葉を返した。
「よかった~。ありがと、パパ~」
自分のワガママに許しを得た、彼女のそういう姿勢が私の罪悪感をぼやけさせる。
私は彼女のワガママに付き合っているだけなのだ。
そういう言い訳を私は、私自身に、言い聞かせることができた。
愛深と出会ったのは、残業に疲れ果てた身体ですっかり遅くなった夜食を取ろうと街をさ迷っていた時のことだ。
疲れ果てた胃がなかなか食べたいものを決めてくれずに、時間だけが過ぎていきただでさえ遅い時間だったので次々と店は閉まっていった。
「あの……もしよかったら、一緒にご飯食べませんか?」
振り向くと愛深が立っていた。
娘の愛理と同い年ぐらいの彼女は、少しばかり身体を強張らせていた。
愛理の友達かと思ったが、紹介された記憶はなかった。
「えっと……どちら様かな?」
「あの……その……お会いしたのは、今日が初めてで……その……」
「……初めて? じゃあ、どこかで私のことを?」
私の問いに愛深は首を横に振った。
「あの……その……ぎゃ、逆ナンなんです。私……え、援助して欲しいんです」
一歩迫る愛深とその言葉に驚き、私は一歩退いた。
「君、自分で何言ってるかわかってるのか?」
そう問いかけた私自身、彼女の言葉の意味を飲み込めていなかった。
援助して欲しいとは、つまり援助交際ということだろうか?
援助交際なんて、久しく聞いていなかったので廃れたものだと思っていたが。
「あの……ダメですか?」
「もちろん、ダメだ。私には妻子がいるからね。君と同じ年頃の娘がいるのに、考えられないよ」
愛理の顔が頭に浮かんだ。
考えたくもないが、愛理の周りでもこういった行為が――いや、考えられない。
「……そうですか」
愛深は寂しそうにそう呟いた。
その言い方が妙に気になってしまって、私はついつい言ってしまった。
「……食事だけなら、一緒にしようか? ちょうど何食べようか悩んでいたんだ。君は何を食べたい?」
そうして、一度きりの食事のはずが私たちは何度と会うことになった。
娘と同じ年頃の愛深が、何故援助交際などをしようとしてるのか興味があった。
愛深の話を聞くことも回り回って、愛理への教育の一環になるかとも思えた。
援助交際と私を誘ってきたものの、愛深は特別お金を要求してくることはなかった。
食事をしたり、ゲームセンターに行ったり。
カラオケにも付き合う。
もちろん費用は私持ちであるのだけど、援助交際というイメージからは可愛らしいものに思えた。
「こういうのは彼氏と行った方が楽しいんじゃないのかい?」
「彼氏なんていないし、パパと行くのが楽しいの」
いつしか愛深は私の事をパパと呼びだしていた。
母子家庭だという愛深は父親の愛情を知らないのだと言う。
一度の食事で済ますだけだった私たちの関係は、何度と会ううちに情が生まれ、それが愛情へと変貌していった。
愚かなことだとわかりつつも、私は妻や娘と同等に愛深の事も愛しはじめていた。
いや、家族とはまた別の愛情を抱いてしまった。
男と女の関係。
私は愛深を――愛してしまった。
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