.6 ぽかりと空いた穴

「ヒーロー・チェーンって知ってる?」


 朝のワイドショーがそう伝えた。

 画面には数日前の一家惨殺事件のニュースが映し出されている。

 唯一の生き残りである父親が事件の容疑者らしいのだけど、本人は容疑を否定しているらしい。


 そんなの嘘に決まっているじゃないか、と私は思うのだけど、ネットでの噂は容疑の否定を後押ししている。

 殺された家族の死因は、人の手によるものではありえないものらしい。

 どこから出た情報で、どの程度専門的な判別なのかは知らないけれど、ネット上ではすっかり広まっている。

 そしてそれが、ワイドショーのひとネタとして扱われている。


 ヒーロー・チェーン──。


 女子高生の間で流行ってる都市伝説。

 私も女子高生から歳を重ねて暫くになるので、ピンとも来ない話だ。


 ただ、今時の一家惨殺事件を都市伝説と関連付けるなんて、不謹慎だとか不躾だとかクレームが来るんじゃないかと、変な勘繰りしか思い付かなかった。

 一家惨殺事件なんて物騒な事件を見ながら、こんな報道の仕方をするくらいには、世の中平和なんだろう。

 そう思いながら、私はテレビを消した。


 テレビを消して、私は仕事に行く準備を進めた。

 織田翔と別れて、私は実家に戻った。

 家族はその事について細かくは聞いてこなかった。


 織田翔と別れたことは、やっぱり私の中では大きなことではあった。

 心にぽかりと穴が空く、という表現を実感する良い機会になった。

 そして、その穴はやがて違う何かで埋まるということを知る機会になった。


 私にとってそれは、仕事、だった。

 何も考えたくなかったので、仕事に没頭した。

 少しの隙間も無いようにスケジュールを仕事関連で埋めた。

 休憩など、気を抜く時間であるその時にも、仕事のことを考えていた。

 最初は嫌で仕方なかった。

 でもいつの間にか慣れ、気づけば手放せなくなっていた。

 穴を埋めて、柱となった。


 私は仕事に生きる。

 仕事とともに。


 無理をしてるつもりはなかった。

 でも、楽しんでいるわけでもなかった。

 だって、仕事だもの。

 そう理由付ける私に声をかけたのは、優しいと評判の先輩だった。


 佐波さわしずく


 女性の様なその名前のように柔らかな物腰の彼は、女性陣から好評だった。


「木根さん、最近無理してない? 何か手伝えることがあったら言ってね?」


 端正な顔立ちに、軽めのパーマがかかったミディアムヘア。

 細い目の目尻が少し垂れていて、自然と微笑んでいるように見える。

 柔らかな物腰を引き立たせるように、細身の身体に合わせたような細めのネクタイをしていて、ワイシャツの上にグレーのカーディガンを羽織っている。


 気さくな物言いがこなれた感じだった。

 それは、そうだ。

 会社勤めが長いのだから。

 でもそういうのじゃなくて、女性への接し方にこなれた感じを受けた。

 だから、私は――


「大丈夫です。心遣いありがとうございます」


 少し他人行儀過ぎるかと思ったけど、私は一礼して佐波滴の申し出を断った。


「そう? いや、大丈夫ならいいんだ。また、何かある時は声をかけてよ」


 佐波滴は爽やかな微笑みを崩さずに、自分の職務に戻っていった。

 私は今、甘えている場合じゃないから。


 もっと詰めなきゃ。

 もっと、追い込まなきゃ。

 その空白に飲み込まれそうだった。

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