.5 夢
大学を卒業して、就職して、順風満帆という言葉がマンネリという言葉になる頃。
呼び出された街を見渡せるその場所は、私と彼のいつもの場所だった。
いつもの場所、いつもの夜景。
告白されて付き合い始めたのも、喧嘩して仲直りしたのも、いつものこの丘の上の公園だった。
だから、彼が《夢》を語り出したのも当然その場所で。
それを、いつものことだからと、私はふと気を抜いていたのだと思う。
「ニューヨークへ行こう、って思ってるんだ」
気を抜いていた私は初め、ただの旅行話かと思っていた。
ダンサーとして食べていきたい。
口癖の様に語る彼の《夢》に、私は馴れてしまったのかもしれない。
「前に話してた先輩が向こうでやっててさ、俺にも来いって言ってくれてんだ」
昔、話してくれた大学の先輩のこと。
今は、アメリカでプロのダンサーとして頑張ってる先輩。
正直、印象は薄い。
「アメリカに、行くの?」
間抜けな質問だと、自分でも思った。
旅行先を問う感覚に近かった。
でも、話についていけないのが正直なところだし、ついていきたいとも思えなかった。
「そう……アメリカに行くんだ。自分でも、無茶苦茶な事を言ってるのはわかってる」
言葉とは裏腹に、それが間違ってるとは微塵も思っていない真っ直ぐな瞳。
キラキラしてる、と思っていた瞳。
「けど俺、夢、諦めたくねぇから」
《夢》。
聞き慣れた言葉に、私の感覚は麻痺してしまったのだと思った。
もう彼の語る《夢》の響きに、昔のようなときめきも、キラキラしたものも感じられない。
「今まで、こんな俺を支えてくれたこと、マジで感謝してる」
大学を卒業してからの彼は、定職につかずダンサーとして経験を積めるようにと、時間が取りやすいという理由でアルバイト生活だった。
それもダンスイベントがあればそれを優先する生活だったので、資金面的に私が援助したのは数知れずだ。
《夢》を追いかける彼氏、ステキ!
なんて、きらめいた感情はすぐさま失せていって、それでも付き合い続けたのは惰性に近い。
「ついてきてくれ、なんて無責任なこと言わない。ついてくるかどうかは來未が考えてくれたらいい」
二十五歳にして直面した運命の決断は、そんな投げやり気味に託された。
《夢》を追いかけるその勢いで、私を引っ張っていってくれればそれで良かったのに、彼はあくまで《夢》に夢中で、私のことなんか、適当に処理する事案でしか無かった。
私も、彼も、二人の関係性をもう惰性でしか捉えてないのだとわからされる。
どちらでもいいんだ、継続しようと、終了しようと。
だから、私は答えるしかないんだと思った。
適当に済まされる、その事だけを受け止めて――
「別れよう」
言葉を口にしてみて、わかることがある。
ああ、これで終わりなんだ、と。
ああ、私、もうこの人の事を好きじゃないんだ、と。
織田翔が何かを言いそうになったが、私はその前にこの場を去ろうと思った。
終わりなんだ。
もう言葉はいらない。
「來未っ!」
呼び止めようとする、織田翔。
でも、私は決して振り向かなかった。
振り向けなかった。
いつか、いつかこうなるとわかっていたから。
覚悟は、あったはずなのに。
涙は流れてしまう。
こうして、私は織田翔と別れた。
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