.5 会食
入社四年目。
海外事業部に配属されて四年目となる。
相変わらず戸塚部長の下で働いている。
海外事業部で四年も働くと、色々と任されることも多くなってきた。
僕自身も英語はそこそこ喋れるようになったし、海外との取引で必要な書類作成なども出来るようになってきた。
仕事で海外に行くことも増えてきて、今では英語でのやり取りも多くなっている。
今日は取引先との打ち合わせのために国内だが出張に来ていた。
最近は会社にいることの方が少なくなってきていた。
今は、とあるホテルの一室で資料作りをしているところだった。
「藤崎君。ちょっといいかい?」
パソコンに向かって作業していると、通知が届きオンラインミーティングに誘われた。
と言ってもホテルの別室で仕事してるだろう戸塚部長との二人だけの会議だ。
「はい。なんでしょうか?」
「この前の件なんだがね。少し気になる点があったんだ。確認したいんだが……」
「わかりました。すぐに資料を用意しますね」
僕はこの前の件というワードから適切なファイルを開くと中に入れてあった資料データを表示させた。
プロジェクトとして上手くいくか行かないかの瀬戸際のような案件だった。
先方の気分次第、とまで言える綱渡りみたいな話だった。
「すみません。お待たせしました」
「いやいや、こちらこそ急にすまないな。早速だが……」
それからしばらく、二人で話し合いながら進めていくことになった。
本当なら平先輩の話も聞いておきたいところであったが、平先輩はこのプロジェクトの前半には抜けて別口の仕事に取り掛かっていた。
このプロジェクトに関してのグループリーダーは僕であった。
平先輩から引き継ぎもしっかりと受けている。
一通り話し終えると、ちょうど昼時だったので近くのレストランで昼食を取ろうと戸塚部長から提案された。
「いらっしゃいませ~! お二人様ですかー?」
店内に入ると店員の女性のハキハキとした声が聞こえてきた。
ここは別部署の同期が教えてくれた穴場の店だ。
値段もリーズナブルだし、味も良いと評判の店だ。
出張に出る際は事前にグルメな同期からリサーチするようにしている。
こうして上司と食事になった際、細かな点数稼ぎにと使えたりするし、単純に出張の楽しみとも言える。
僕たちは案内されたテーブルに着くとメニュー表を手に取った。
「どれにするかね?」
「そうですね……。この日替わりランチとか美味しそうですけど、今日は何があるんですかね?」
「今日はハンバーグ定食みたいだな」
「じゃあ、僕はそれにしようかな」
「私はこのオムライスセットにするか」
注文を済ませると、料理が来るまで雑談に花を咲かせることにした。
「最近、どうだ? 忙しくやってるみたいだが」
「そうですね。まあ、なんとかやっていますよ」
「君のことだから大丈夫だと思うけど、無理だけはしないようにな」
「ありがとうございます。でも、まだまだ覚えることはたくさんあるんで大変ですよ」
「ははっ! そうだな! 私もまだまだ同じ立場だからよくわかるよ。だけど、やりがいはあるだろう?」
「はい! それはもう!」
「うん! 良い返事だ! 君は若いんだし、どんどん吸収していくといい!」
「頑張ります!」
面接の時を思い出す人格を盛ったような返しに気を遣う。
なるべく自然に、なるべく好印象に。
そんな話をしていたところで、頼んでいた食事が出てきた。
「おっと、きたようだな。食べようか!」
「はい!」
「いただきます!」
僕達は手を合わせて、食事を頂くことにした。
そして、お互いに感想を言い合いながら和やかな時間を過ごした。
「御馳走様でした!」
「いやぁ、本当にここのご飯は美味しかった!」
「はい! また来たいと思います!」
「じゃあ、今日は私が奢ろうかな」
戸塚部長がテーブルの上に置かれたレシートを手に取った。
「えぇ!? 悪いですよ!」
こういう時は困るものだ。
即奢られることを了承して好まれる様なタイプでは無いので、一応の遠慮の素振りをみせておく。
とはいえ、ここで頑なに自分の分は自分で払うなんて頑固さを見せてしまってもそれはそれで反感を買うところなので、可愛げのあるレベルに抑えた。
「気にすることはない! いつも頑張っている部下に労いの意味を込めて、たまには上司らしいことをさせてくれよ」
「そう言われると……断れないじゃないですか」
元々断る気はないのだけれど、払う気はあったんだと念を押しておく。
「ふっ……素直に受け取っておけ」
戸塚部長もそういった僕の配慮を感じているのかもしれない。
戸塚部長自身も同じ様に上司に対して付き合いを円滑に進める為に演じていたのだろう。
「ありがとうございます」
「ああ、それと……今度、飲みに行こうか!」
「いいんですか?!」
「ああ、もちろんだとも!」
「楽しみにしておきます!」
こうして、戸塚部長との楽しい時間は過ぎていった。
入社四年目ともなると、少しは社会性が身についたようだ。
おべっかを使うことに何の躊躇も抱くことはなくなり、二十代後半だというのにまだまだ大学新卒のようなフレッシュさを偽装できていた。
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