第1章 ななめ危機一髪!2.下校注意報
2.下校注意報
「ああもうこんな時間だよう・・・」
美術の課題を居残りで仕上げて美術室を出た頃、日は傾き、当然もう作戦会議は終わっているだろう時刻になっていた。
七芽祐太郎の悩みリストその3。トロいこと。
丁寧に作品を仕上げようと思うと、どうしても人より時間がかかってしまう。
トボトボと学校を出た祐太郎は、向かいの通りに見慣れた人影を見つけ声を上げた。
「せんぱ~い!」
手を振って呼びかける祐太郎に気づいた相手は、今にも車道を渡りだしそうな祐太郎を手で制して、歩道橋を渡って自分から祐太郎の元へとやってきた。
「お久しぶりですね、白銀先輩っ」
白銀卓斗は、祐太郎の通う大波中学校の卒業生で今は高校一年生。2人は部活も委員会も一緒だったので、祐太郎は1年生の放課後の大半を白銀と一緒に過ごすことになった。
白銀は銀縁眼鏡をかけた線の細い印象の青年で、顔の造形でいうと特に欠点となる部分は無いがこれといって印象に残る顔でもない。体系は中肉中背・・・よりはやや細い。
性格は真面目で物静かだったから、ともすれば陰キャといったイメージを持たれそうなものだが、意志の強さをたたえた目と、明晰な判断力に支えられた行動力がそれを許さなかった。
2人の会話は始め9:1で祐太郎が喋るというようなものだったが、祐太郎は意に介さずまとわりつき続けていた。
「遅いな。部活か?」
「いえ・・・美術の木版画で・・・」
「そうか・・・」
すぐに会話が途切れてしまい、2人は無言で歩きつづけていたが、本当のところ祐太郎は久しぶりに会えた白銀と話したいことがたくさんあってうずうずしていた。
だがかえって何から話し始めたものかわからず、口を開くタイミングを失ってじれったさばかりが募る。
「どんなだろうな。七芽の版画。今度見せておくれ」
「えっ?」
意外にも白銀の方から話題をふってきた。一年間かけて、2人の会話比は7:3にまで変動していたのだ。
「七芽、絵得意だっただろう」
「いえ、得意っていうほどじゃないですよ・・・、写生会で一度だけ銅賞を貰った事があるくらいで、版画だってなかなかできあがらないし」
「そうだったか。でも、俺から見れば羨ましいくらいだけどな」
「え?先輩手先は器用でしたよね?」
祐太郎は首を傾げて白銀の顔を見上げる。
「手は動くんだが・・・美的センスというものが、全く欠けているようなんだ」
「そうだったんですか~」
白銀についての新情報(微レア)をゲットしたところで2人の帰路の分岐点にさしかかり、祐太郎は別れを告げた。
「ふう~っ。今日みたいに偶然でもないと先輩と会えないんだな~」
思わずため息が出る。
「先輩が来ないから、部活に行っても誰もいなくて寂しいし・・・」
ザッ。
背後に人の気配を感じて、祐太郎は立ち止まった。
(ひとりごと・・・声に出してたの、聞かれちゃったかな・・・)
気になってさりげなく振り返ろうとしたその時、
「ななめゆうたろう君、だね」
ずいぶんと野太い声に(間違ってるけど)名前を呼ばれて、ビクン、とわずかに跳ね上がり、祐太郎は恐る恐る振り返った。
そこには、黒服にサングラス、更にはいかつい体格の2人組みが、たっぷりの威圧感を放ちながら立っていた。
「しっ・・・」
「「し?」」
「『しちがや』ですう~~っ!」
右足の踵を引く動作から始まる綺麗な「回れ、右」を披露して、祐太郎は一目散に逃げ出した。別にやましいことがあったからではない。単純におっかなかったからだ。
後ろではトランシーバのようなものをとりだして「逃げたぞっ!」なんておきまりのセリフを吐いている。
ああ、いつから僕は組織ぐるみで追われるような身分になってしまったのでしょう。と祐太郎は世を儚んだ。
「ぎにゅうっ!」
角を曲がった途端、何かにぶつかって、祐太郎は弾き返された。しこたまお尻を打ちつけて、涙が出る。
「いたたぁっ・・・、ごめんなさい、大丈夫でし――」
ぶつかった相手を見上げて、祐太郎の口が開いたまま固まる。そこには、10人近い黒服サングラス軍団が並んでいたのだ。
「いやああああああああっ!!」
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