第1章 ななめ危機一髪!5.任務完了(ミッション・コンプリ)?

5.任務完了(ミッション・コンプリ)?




 祐太郎は再びやわらかすぎるソファに埋もれていた。シャワーを浴びさせられ、かなり大き過ぎるバスローブを着ている。

体はもうナナメではない。武者小路邸に戻ってから、体に不具合が無いか医療スタッフの念入りな検査を受けた後、また大掛かりな装置に入れられ元の体に戻してもらえたのだ。


 ガチャリ。武者小路が、部屋に入ってきた。かなり急いだ様子で、息を荒くしている。


「お友達の須賀さんは、うちの専門スタッフが処置した後一般の病院に移したよ。早ければ2、3日ほどで回復するだろう」


「そうですか・・・」


 ホッと胸を撫で下ろす。命に別状は無いとは聞いていたが、改めて聞いて少しは安心できた。


「だが彼女・・・」


「えっ!何かまだ!?」


「中学生にしてはおっぱいが立派だねえ!」


「データの悪用はやめてください!!」


 武者小路秋継、シリアスモードが続かない男。


「君にも怖い思いをさせたね・・・我々も、焦りすぎた。魔法の力に対し懐疑的な国の連中やライバル関係にある機関に対して確かな結果を見せつけようと、無理をした・・・」


「でも、僕がもっと早く引き受けていたら、須賀さんは襲われなかったんですよね」


「それは君の責任じゃない。彼女が塾の帰りあの場所を通った事、MIDがたまたま遭遇した彼女をターゲットに選んだ事、君にどうこうできることじゃない。責められるならば、MIDを追っていながら犠牲者を出した、我々が」


 ぽろっ。ぽろぽろぽろっ。


「あれっ?僕、もう痛くもなんともないのに」


 意に反して涙は止まらない。今は怖くとも悲しくともなんともないのに。


「気が緩んだのだろう。ずっと張りつめていただろうから」


 武者小路が祐太郎の前に膝をついて目線の高さを合わせてくる。

 14歳の男子としては人に泣いているところを見られるなんてとっても恥ずかしい。涙はどうあっても止まらないようなので「見ないで下さい」と武者小路の視線から逃れようとする。


「身体の反射反応を止めることはできない。勝手に涙が出てしまうんだから恥ずかしがることはない」


 と言いながらもハンカチーフを差し出すと背を向けて祐太郎の涙が止まるのを待ってくれている。ただ、香水の匂いの染み付いたハンカチは当然のように上等そうなシルクだった。




「ありがとうございました・・・だいぶ落ち着きました」


 流れるままに涙を出しきってしまうと、胸のつかえが取れたように随分とスッキリした気分になった。


「よくやったね」


「僕なんて、駄目ですよ・・・こんなこともう、できないですよ」


「だが君が、自分よりも適正の低い人間にこの任務をやらせて平気に暮らせるような子ではない事は、私にはわかるよ。・・・やってくれるね。魔法少女ナナメとして」


「そんな言い方、ずるいです・・・」


 と言う祐太郎の顔は、言葉に反して晴れやかだった。


「ああ。私は卑怯だ。どんなことをしてでもこの街を守るだろう。だが、この街を守るために戦ってくれる君の事も、どんな事をしてでも守ると誓おう」


 武者小路の言葉はやはり、芝居臭さとともに胡散臭さが抜けなかった。


 祐太郎はその日、そのままラボ内の寝室に泊った。両親は友人の結婚式に出席するため帰りは翌日になる。その事も調査した上で今日作戦を実行したのだと、武者小路は語った。帰りが遅くなってもいいようにと。

だが、一日で色んなショックを受けた祐太郎をこのまま1人帰すのは心配であったので、少しでもショックが薄らぐよう、朝になってから帰すことにしたのであった。






「あっ、せんぱ~い!」


 数日後。以前と同じように下校時に白銀卓斗を見つけた祐太郎は、以前と同じように並んで下校していた。


「七芽のクラスの須賀も、前にニュースでやっていたのと同じ症状で倒れたんだってな」


 意外な話題をふられて、祐太郎はどきりとする。事件の核心にいたものとしては。須賀栞はまだ登校してきていない。本人不在の席を見るたびに、祐太郎の胸はきゅっときしんだ。


「せ、先輩がどおおしてそれを?」


「同じ塾なんだ。その女子、塾の帰りに倒れたそうだな」


「そ、そうなんですか。何があったんでしょうね、おっかないですね・・・」


「ん、ああ・・・」


 祐太郎の受け答えはかなり不自然になっている。しかし白銀は、自分の考えに没頭しているという感じでさして気に留めなかった。


「もしかしたら、その事件はもう解決しているのかもしれないな・・・」


「え!?」


 驚いて白銀の顔を見る祐太郎だったが、普段から表情に乏しいその顔からは、どういう意味で言ったのか窺い知ることはできなかった。




(今日も魔法のお勉強だな・・・)


 白銀と分かれた後、祐太郎は少し早足で家へと帰る。あれから、武者小路が魔法少女ナナメとして祐太郎を連れ出すための口実を用意した。

祐太郎は、若者だらけのゲートボールサークル「KOROGASHI」にスカウトされたと両親に説明したのだった。

 オーナー兼部長の武者小路が、今後練習や試合、合宿に連れ出すこと、勉学に差し支えはさせないこと。それどころか練習の合間に自ら勉強を見てくれるとまで約束したのだ。

 両親ははじめ祐太郎の年の離れた友人の出現に驚いた様子だったが全面的に祐太郎を信頼し自主性を尊重しているので、怪しげなサークルへの参加許可は下りてしまった。普段過保護な割に驚くほど寛容であったので祐太郎は驚いた。。


「でも、遺伝子情報を書き換えて僕の身体は女の子にされちゃったんですよねえ。そんなことができるんだったら、僕じゃなくてもいくらでも魔法適性遺伝子に書き換えてしまえるんじゃあ・・・」


 迎えの車で武者小路のラボに来て、魔法についての説明を受けたり新しい魔法装置の試運転をしたりしていた祐太郎は、ふと思いついたことを口にした。


「ぎくっ。・・・遺伝子情報が違うということはつまり全く違う人間という事だ。祐太郎君の変異は比較的安全なものであるが、都合良く遺伝子を書き換えてしまうということは、本来そうできる事じゃないのだよ。リスクが高すぎる」


「比較的・・・安全?」


 聞き捨てならない言葉を聞いて祐太郎は首をひねる。


「それに、ジェネティック・トランス・システムも位相を君に合わせて設定されているし、マジック・ドライバもソフトも使用者を七芽祐太郎・・・いや、ナナメに合わせて設計されているからね。今更別の人間になんてできないよ」


「最初っから問答無用で僕にやらせるつもりだったんですね!?」


「言っただろう、君しかいないと」


 悪びれもせずに武者小路は言う。ちなみに「KOROGASHI」のキャプテンのふりをする時以外は「博士」と呼ぶことを祐太郎は義務付けられた。


 祐太郎はがっくりと、肩を落とした。


「魔法少女なんて、簡単に引き受けるもんじゃない・・・」




 こうして、七芽祐太郎の悩みリストに、おいそれと人には言えない、とっておきの項目が追加されたのだった。


 今日も、魔法少女ナナメは戦っている。街をMIDの脅威から守るために。


 負けるな、魔法少女ナナメ!


 泣くな、七芽祐太郎!




第一話 完



☆あとがき★

ここまでが20年ほど前に書いたものに加筆修正したものです

次からは最近書いたものを載せていきます





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