第1章 ななめ危機一髪!4.出撃(スクランブル)!魔法少女

4.出撃(スクランブル)!魔法少女




 キキッ。光差さない夜の路地に、一台の高級車が止まり、特殊任務用の装備を追加したファンシーな服装の魔法少女が降り立った。

背中には丸みを帯びたバックパック、右手には途中で太くなったり曲がったり、円形のパーツがついたりしたメカメカしい杖。あまり魔法使いの杖っぽくはないが色だけファンシーだ。「トラン=ソイド」という名前があるらしい。


「装備の使い方は車の中で説明した通りだ。今日はここに仮本部を設営しサポートする。通信状態は良好か?」


「あー、あー、こちらマイクのテスト中?」


 ナナメが胸元についたボールを引っ張って話し掛ける。コスチュームの一部で飾りに見えたそれは「通信用コミュニケーション及び生体データ、位置情報収集用・BALL」。略して「コム・ボール」。


「感度は良好。そのままオープンにしておきたまえ」


 そのやりとりの間にも続いて現れた車の中から機材が運び出され、本陣が準備できつつある。既に交通規制が敷かれ、この区画に一般人が入り込まないようになっている。


「現在この先で追跡を行っていますが、なにぶん探知機では正確な位置まではわかりませんので・・・」


 武者小路邸のラボでモニタ越しに聞いた声と同じ、スーツの男が駆け寄ってくる。須賀栞は既に医療スタッフの手に引き渡されたらしい。

彼女の事を尋ねたい気持ちをいっぺん横にどけておいて、頭の中でこの後の任務を確認する。


「それじゃあナナメ君、頼む」


「ハイッ!」


 武者小路達がナナメから離れる。緊張して、女の子になってから少し高くなっている声がさらに裏返る。ナナメは一度深呼吸して、両手を前に突き出し、杖を回し始める。


「あっとと・・・」


 バトントワリングの経験も無いし、杖は片方が重たくなっているので、いきなりくるくるとはいかない。それどころか、取り落としそうにさえなって慌てる始末。魔法の発動に必要なこの杖を落として壊してしまっては大変だ。それでも魔法を使うには様式が必要だ。

苦心して杖を数回転させた後、目の前に水平に掲げる。胸の奥が熱くなっているのも、杖が光りだしたのも、気のせいじゃない。いざ、魔法を使う瞬間だ。


「コマンド・センス!」


 パアアアッ、と、掲げた杖の先がひときわ強く輝いて、杖の発光がおさまる。


「こっちだ!」


 ナナメは杖の先をある方向に向けて走り出す。杖は再び光を放って明滅していた。

今まで集められたMIDの残留物やデータをあらかじめ杖にインプットし、精度の高い探知機として使用するための魔法が、ナナメの使った魔法だった。慌てて仁木捜査員がナナメの後を追って走り出す。


 後に残された武者小路は、満足げにナナメの後ろ姿を見送っていた。




「ここだ!」


 程なくして、杖の反応がことさら大きくなり、ナナメは足を止めた。

数人の捜査員が後に続く。そこは袋小路で、目に映る限り何も動くものは無い。きょろきょろと見回し、ビルとビルの狭い隙間に杖をかざしたところでナナメは一瞬固まった。


 そこには、小さな、ちょうど映画のグレムリンといった感じの小鬼のような生き物が目を光らせこちらを窺っていた。

小さな、とはいってもナナメの腰以上の高さがある。見たことの無い生き物でそれだけの大きさがあれば、ぎょっとするには充分だった。


「あっ!」


 呪縛が解けたかのように突如逃げ出す相手を条件反射的に追って、ナナメはその隙間に身を滑り込ませた。

しかし、大人の捜査員達にはその隙間は狭すぎた。ナナメは1人、MIDを追って隙間の奥へと消えていった。


「待て待てーっ!」


 杖を振り上げて小鬼を追うナナメ。小鬼は振り返り、飛び跳ねた。そのままビルの壁面や電柱につかまりながら、ナナメの手の届かない範囲を逃げ回る。

ナナメは諦めずに追いかける。

長丁場になるかと思われたが、都合よく逃げ込めるようになっていたビルの隙間は行き止まりに達した。少し広い空間ができているが周りは掴まれるようなものもなく、絶好の捕獲チャンスである。


「よ、よおし、そこを動かないでね」


 ナナメが魔法用の杖「トラン=ソイド」を向け、次の魔法を頭の中で確認している間に、相手に変化が現れた。


 小鬼は両腕を伸ばし、腕の下に広がる膜をバサバサとはためかせ始めた。


「うそっ、まさか・・・」


 小鬼の体が昏く光ったかと思うと、もはや腕と膜は翼と化し、小鬼は真っ暗な空へと飛び立った。


(このままじゃ・・・完璧に逃げられる!)


 それでも小鬼の真下を走り続けるナナメの胸元で、武者小路の声が響いた。


〈飛行結界は設置完了している!ナナメ・・・飛べ!〉


 ナナメはそれを聞いて意を決したように、正面を向いて全速で走り出し、行き止まりの前で思いっきり跳躍した。


「コマンド・ジェット!」


 パアアアッ。


 杖の発光とともに落下するナナメの足下に光る魔方陣が出現する。そして、バックパックの下部から強烈な勢いで何かが噴出され、落ちかかっていたナナメの体を下から押し上げる。

あらかじめ設置された結界発生装置により力場を形成し、力場と反発する魔法粒子を高速で噴出することによって空を飛ぶエリア限定の飛行魔法だ。

急激に加えられた上向きベクトルの反動で、ナナメの体に強い下方向Gがかかる。


「わああああっ!」


 正面に迫る壁を蹴って三角跳びの要領で急上昇したナナメが空を逃げる小鬼MIDの前に踊り出る。


〈粒子の噴出を止めろ!結界の外に飛び出たら落下するぞ!〉


「コマンド・キャンセル!」


 慌てて魔法を解除するナナメ。続けて、必死に杖を振り回す。


「コマンド・アブソープ!」


 相手まで空を飛ぶとは考えてもいなかったらしく、目の前に飛び出したナナメを見、硬直したままのMIDに杖が振り下ろされる。


〈吸い取るのはおまえだけの特技じゃないのだよ〉


「AAAAAAAaltu――!!」


 MIDが独特の怪鳥音をあげる。杖の一撃は打撃によるダメージを与えるものではなかった。MIDの体から杖の円形部分の六方陣に向かって光の奔流が流れ込む。MIDはガックリと力を失い、落下していく。


「あ・・・どうしよう!」


 上昇をやめていたナナメもほぼ同時に落下し始める。しかしそのことよりも、無防備に落ちゆくMIDのことをナナメは考えていた。この小鬼のようなMIDがどんな生き物なのか詳しくは判らないが、この高さから落ちて無事である確証は無い。人間なら間違いなく無事ではすまない。生き物を殺すことに抵抗があるナナメのためにMIDを無力化する魔法――魔法力を吸収する魔法が用いられたわけだが、空中で使うことになるとは思っていなかった。


 ナナメは、深く考えずにMIDの腕を掴んでいた。落下しながら。その間にも地面はみるみる迫ってくる。


「コマーンド・ジェットーっ!」


 魔法が発動するが重力による加速度を相殺しきれずに落ち続け――


 バキーン!ナナメとMIDは幸か不幸か丁度公園のベンチの上に落下した。ベンチを粉砕しながら。


「痛たたた・・・」


〈ナナメ君!!大丈夫か!返事をしろ!〉


 ナナメは全身の痛みでしばらく動けなかった。だが、骨折などは無いようで程なく体を起こすことができ、背中の下で飛行魔法用のバックパックが粉々になっているのに気が付いた。


「えっと・・・僕は大丈夫です。多分MIDも。ごめんなさい、飛行用バックパック壊しちゃいました・・・」


〈それは気にしなくていい、君が無事ならば。そこは公園か?民間人を巻き込んだりはしていないか?〉


 慌てて周囲をキョロキョロ見回す。今のが人に見られたら大変だ。MIDの事も魔法の事も世間には知られていないのだから。


(こんな格好も人に見られたら大変だ・・・)


「・・・大丈夫みたいです。多分」


〈そうか、すぐに回収班が向かう。念のため魔法は解除しておきたまえ〉


 飛行魔法を解除して、ナナメは公園の出口へ向かった。動かないMIDを抱えながら。




 ナナメの立ち去った後、破壊されたベンチの後ろの茂みの陰から頭を振りながら起き上がる人影があった。


「今のは・・・女の子?それと・・・」


 飛ばされてしまった眼鏡を探し当て、フレームが曲がっていないか確かめる。思わず漏れた呟きに応えてくれるものはいない。


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