第7章 ジンギレイチチュウシンコウテイ、新たなる力4

第七章 ジンギレイチチュウシンコウテイ、新たなる力


4.新たなる力

「博士、着いちゃったみたいです。ここは・・・河川敷です。冬祭り会場の時に来たことがあるだけだから、見慣れないけど・・・」

そしてそこには集結する炎の獣たち。10体以上はゆうにいるようだ。

そしてその中心には、長いコートの人影が。

(もしかしてまた人型のMID!?)

ナナメの足がすくむ。夜長姫という、初めて人語を操りコミュニケーションがとれるMIDとの出会い。そして圧倒的な力。

ナナメの心にトラウマを植え付けその足をすくませるには十分すぎるものであった。

「すみませーん、別の世界から来た方たちですよねー?どうか私たちの保護下に入ってくれませんか~?」

ナナメは、炎の獣たちに囲まれた、フードを目深にかぶったロングコートの人物に友好的なコンタクトを図る。

「ひっ!やっぱり・・・」

振り向いたフードの下にはやはり・・・顔が無かった。メラメラと燃え盛る炎があるだけだったのである。

〈ナナメ君、気をつけろ!そいつはフレイムマスター型!戦闘に特化した魔法を使う危険なMIDだ!〉

MIDのDはデンジャラスのDなのだから危険は当たり前じゃないかとか、突っ込んでいる余裕はなかった。

コートを着た炎人間は、直ぐに獣たちをけしかけ、手から火柱を生じさせて襲い掛かってくるのである。

〈フレイムマスター型は眷属に集めさせたMPを使って、攻撃的な炎の魔法を使ってくるはずだ!慎重に、ゆっくり、時間を稼いでくれ。情けは禁物、自分の身は全力で守るんだ。いいね?〉

「はい!距離をとります!コマンド・フリーズ!」

ナナメは飛び掛かって来ようとした一頭に、魔法の杖の先端に冷気を宿して牽制した。冷気に触れてしまった獣は、脚を失ってジタバタと地面を転げまわる。

(ごめんね、本当に、相手を、気遣う、余裕が、無いんだ!)

獣たちを撃退する間にも、炎人間が花火のように炎の塊を撃ち出してくる。ナナメの魔法少女服は魔法に対しての耐性が高くつくられているが、それでも直撃すればどうなるかわからない。

露出している肌に触れても熱そうである。当たらないようにかわすのが最善策に思われた。

(体育の時のドッヂボールみたいだ・・・僕、かわしてばかりでキャッチなんてできたことないしね)

祐太郎は素早く、的が小さいことも幸いしてうまくボールをかわすのが得意であった。

ドッヂボールの授業では、たびたび祐太郎が一番最後まで残ってしまい、逃げ惑う祐太郎オンステージが開催されていた。

しかも、手を出すのが恐ろしいのでキャッチはできず、永遠に勝負がつかなくなってしまうのだった。

(ここで体育の授業が役に立つとはね!)

「ほっ!」

「はっ!」

「やあっ!」

ナナメも小さな良く動く身体をうまく使って、炎の弾をかわし続けていた。しかし――

「あっつ!おしりが!えっ!?後ろが火の海に・・・」

ナナメがかわし続けていた炎の弾は、いつの間にか逃げ場が無いくらい周囲を燃え広がらせていた。ナナメは火の切れ目を探して走ったが、既にぐるりと炎の壁に囲まれていたのだった。

不自然に高く燃え盛る炎で向こう側も見えない。これも魔法の効果に違いなかった。

「コマンド・フリーズ!」

ナナメは今度は、杖の先から冷気を放出して炎をかき分けようとする。だが思ったより効果は薄く、冷気も収まってしまう。

(あれ・・・魔法の力が・・・全然出てこない・・・吸い取られてる?空気も・・・薄くなってるかも、この火のせいかな、ヤバいヤバい!)

炎人間ことフレイムマスター型は、炎で魔法陣を描きナナメをその中に閉じ込め、理素=MPと酸素を奪い取っていたのだ。後は弱った獲物をゆっくり追い詰めるだけでいいのである。

(炎の壁が薄いところを・・・無理矢理突っ切れば脱出できるかも・・・なるべく・・・ダメージが少なくなるように薄いところを探さなきゃ・・・)

魔法が満足に使えなくなったナナメを、炎の獣たちが容赦なく追い立てる。

身を翻して炎をかわし、走る。息が切れているところに加えて酸素が薄くなり、たちまち足がもつれる。

炎の壁や獣にぶつかった手足がジンジンと痛む。それでも、ふらつきながらも、炎人間から逃げながら突破口を模索するナナメ。

(絶対に諦めないぞ・・・!)

ブオオン!その時、ナナメと炎人間たちの間に炎の塊が飛び出してきた。

それは炎の獣より大きく、炎の獣より速く、ナナメに襲い掛かろうとしている獣を何体か蹴散らして走り去ったが、やがて炎を振りほどいて旋回し、ナナメの前に止まった。バイクであった。

そしてバイクを降りた人物は力尽きかけ膝をついているナナメに駆け寄った。

「大丈夫か」

「せんぱ・・・白銀さん!?」

やや焦げ臭かったがバイクも卓斗も平気なようであった。卓斗は手早くシートの下の収納から酸素スプレーのようなものを取り出しナナメの手に持たせて吸入させ、自分はナナメの手から魔法の杖を受け取り、ハンドル脇のスイッチボックスからコードを伸ばしてバイクと杖を繋げた。

〈これぞ『魔特』で新たに開発した、蓄魔力を用いたハイブリッド二輪・武者小路乙乙型!武者ダブルゼータと呼んでくれてもいいよっ!簡易的な障壁魔法を展開できる他、今のようにナナメ君に魔力を補給できるよ。その酸素スプレーは僕の特別製で少量だがMPも補給できるようになっているよ!悪いがナナメ君、早速だがあの魔法を使っておくれ〉

バイクには魔法でシールドが張られていたようで、薄く発光していた。しかしその魔力は急速にナナメの魔法の杖に移されたようで、シールドの光が弱まりつつある。

朦朧としていた意識がはっきりと覚醒したナナメは、右手で卓斗からバイクとつながったままの杖を受け取り、左手で中空に簡単な図形を描き、博士に教わった魔法を発動させた。

「コマンド・エボリューション!」

すると魔法の杖の先から生まれた光が卓斗に向かって飛んでいき、その身体が全て光に包まれた。

「えっ!えっ?せん・・・白銀さん!?」

ナナメは予想しなかった結果に焦る。またしても自分の魔法の誤作動で卓斗を攻撃してしまったのかと思ったのだ。

しかし卓斗は平然と歩きだし、MID達とナナメの間に立ちはだかった。

その姿は、頑強そうな漆黒のボディスーツ。白いマフラーが炎の起こす気流にたなびき、ヘルメットは変形し動物をあしらったようなデザインになっていた。黒いヘルメット本体に黄色のたてがみのようなパーツがついている

「百獣の王の咆哮、轟雷の如し!マスクド雷音(ライオン)、推参」

そして中国武術のような構えをとり、名乗りをあげた。

「かかかかか・・・かっこい~!!」

子供のころに憧れた変身ヒーローのような姿を見て、ナナメは興奮を隠せなかった。

「博士・・・本当にこれ(ポーズと名乗り)、必要なんですか?」

〈うん、勿論マストだよっ!〉

バイクによって蹴散らされ、怯んでいたが、再び攻撃を加えようととびかかる炎の獣たち。

「フッ!」

その先頭の一頭を、卓斗の拳の一撃がバラバラに砕いた。

「うえっ!?すごっ!」

〈今の白銀君・・・いや、マスクド雷音は〉

「言い直さないでいい!」

〈ナナメ君の魔法で超人的な膂力と、魔法への耐性を得ているよ!これぞ魔法を使う時無防備になりがちな魔法少女ナナメを守護する前衛となるべく開発されたMasked Warriorシステムさっ!〉

長々とした博士の説明の間も、黙々と炎の獣を屠る卓斗の姿は、戦士というよりむしろ暗殺者であった。

襲い掛かる獣に対して、主にカウンターで拳を、掌打を、握撃を合わせて仕留めていく。

時には炎人間の魔法の炎を浴びせられ、獣には体当たりを浴びせられ、噛みつかれ、爪で切り付けられるが、怯まずに確実に敵の数を減らしていく。

「すごい!MIDの攻撃をものともしない!それに無駄の無い動きで次々と!」

〈ふむ・・・〉

そうしてようやく最短距離で炎人間の正面まで進むと、地面を強く踏みしめた。大地をえぐって、真っすぐに駆け出す。ただ一つのターゲットに向かって。

飛びつこうとする獣たちを振り切り、取り残し、スーツの表面にはプラズマ状の光を帯びて、稲妻のように駆け抜ける。最後に残った獣たちが炎人間を庇おうと間に割って入ろうとする。

「うおおおおおおおおっ!!」

轟音とともに、炎人間を庇おうとした獣ごと、貫き、粉砕してようやく止まり、卓斗は膝をついた。

〈これぞ必殺・雷音(ライオンズ)咆哮(ロア)!いいね!必殺技もやはり音声認識にするべきだね!〉

「・・・やめて・・・ください・・・」

「やった!すごいです白銀さん!」

ナナメはバイクから杖を取り外して、興奮して憧れのヒーローの元へ駆け寄るが、卓斗は膝と腕を地につけて四つん這いになり、荒い呼吸を繰り返していた。

〈現在の問題点は稼働時間が短いところだね。ナナメ君からのMP供給がきれてしまってはただの重たいスーツになってしまう。あと耐久面でも万能ではないからね。攻撃が効いていないように見えたのはただの我慢と根性だよ。無駄なエネルギーも時間も使えないから、最短距離で、最速でMIDの親玉を倒すしかなかったんだ。現時点での試験的運用としては完璧だったよ、白銀卓斗君!〉

「そんな・・・白銀さん大丈夫ですか?」

「ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ・・・」

口もきけないほどに消耗している卓斗を気遣って、ナナメがかがもうとするが、そのまま自分も膝をついてしまった。

「あれ・・・?」

ナナメは我ながらただのドジかと思ったがどうにも様子がおかしい。

身体に力が入らず、視界も曇ってくる。まだ体力が戻っていないせいだろうか。

「げほっ・・・違う・・・これ、煙だ!」

気づけば辺りは黒い煙に覆われていた。

「息を止めろ、吸い込むな!!」

卓斗は、力を振り絞ってナナメを自分の身体の下に覆い隠して庇う。

周囲を見渡す。煙の向こうに、身体の半分以上を失いながらも、同じくバラバラになった炎の獣を寄せ集めて身体を無理矢理形作ったフレイムマスター型の姿が見えた。

〈なんてしぶとい奴だ・・・!奴は、炎の結界の相を変えて、有害な煙で君たちを殺すつもりだ!〉

「このままでは煙の向こうへ逃げられる・・・既に姿も見えない・・・だが奴も弱っているんだ・・・あと一撃・・・」

卓斗はマスクで持ちこたえられているが、生身のナナメは卓斗に口を塞がれ苦しそうである。

〈ナナメ君、またしてもぶっつけ本番だがもう一つの魔法使えるかい!〉

こくこくと頷くナナメだが喋ろうとすると途端に黒い煙に咳きこんでしまう。

(あと一言唱えられれば・・・)

「あと一撃放つことができれば・・・」

〈あと一息呼吸ができれば・・・〉

ナナメは意識が朦朧としながらも、自分を覆い密着した卓斗の身体の上に指で魔法陣を描く。

それを感じながら卓斗は深く深く息を吸い込む。

「フェイス・オフ!」

音声コマンドでマスクを外した卓斗は、人工呼吸の要領でナナメの口から空気を送り込んだ。


一息で充分だった。


ナナメは、呪文を唱えた。

「コマンド・レボリューション!げほっ!」

(あとはお願い・・・します・・・)

再び卓斗の身体は光に包まれ、変態を遂げた。

「カムイに導かれ、奔流迸る!マスクド熊河(タイガー)、覚醒」

新たな姿で、卓斗は立ち上がった。マスクのデザインはマスクド雷音と同じくネコ科を思わせるが、その胸には躍動感溢れる熊の頭部があしらわれていた。

(クマなのトラなの・・・)

「これ、ほんっとうに必要ですか」

〈マストだね〉

新たな姿で新たな力を得ることに成功した卓斗であったが、フレイムマスター型の姿は既に煙の作り出す闇の中であった。

(僕もなにか・・・)

「ナナメはもうじっとしていろ!」

無理に起き上がろうとして倒れてしまったナナメのポシェットから、カプセルが零れ落ちた。

カプセルから一筋の光が煙の中に伸びていく。

「白銀さ・・・っ!たぶっ・・・、この、さき・・・!」

卓斗はすぐさま大きく振りかぶって、光とナナメが指し示した方向に向かって、拳を振り抜き、水でできた弾丸を発射した。

「熊河(タイガーズ)奔流(スプラッシュ)!」

〈いいよいいよ!まだ音声認識にしてないのに思わず技名叫んじゃったねえ!〉

手ごたえは・・・あった。

ボウンッ!と何かが破裂したような低い音が響いた。黒い煙はあっという間に霧散し、炎だけが残った。


「ナナメ、しっかりしろ!」

(ん・・・先輩・・・)

一瞬意識がとんでしまったナナメが目を覚ました時には、変身解除された卓斗の腕の中であった。

(またお姫様抱っこされちゃってるよー!)

卓斗はナナメを抱きかかえてバイク――武者小路乙乙型の所まで運んだ後、酸素・MP吸入スプレーを吸わせて、自分はスポーツドリンクで水分を補給していた。

二人がようやく動けるくらいには回復した時にも、魔法の炎はまだ消えていなかったため、ナナメは最後のMPを振り絞って、川の水を使って消化活動を行った。駆けつけた『魔特』の隊員達と卓斗も手伝ってなんとか鎮火することができたのだった。


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