第8章 恋する桜の森の満開の下3

3.風雲Qを告げる

武者小路博士からの緊急招集。到着したラボは慌ただしく、祐太郎はすぐに魔法少女ナナメに変身させられた。

女性職員が着替えを手伝ってくれて博士の待つ作戦指令室へ大急ぎで連れていかれる。隣には卓斗の姿もあった。

「準備はできたようだね。早速だが向かってもらうよ。場所は須賀栞君の自宅だ」

「何かあったんですか!?」

「わからない。だが大きな数値のMP反応が複数集まっているんだ。グレムリン型といい夜長姫といい、彼女にはやはりMIDを惹きつけるものがあるのかもしれないね。しかし困ったことに・・・反応の中には前回のフレイムマスター型を超えるものがある」

「!!」

それはナナメと卓斗の身体が緊張に強張るのに充分な言葉だった。

「夜長姫ほどではないがかなりの脅威になりうる。しかも住宅地の真ん中だ。迅速に、慎重に対処する必要があるよ。私たちも今までで最大限のバックアップを用意する。出動!」

「「はい!」」

「それじゃあナナメ、頼む」

「はい!コマンド・エボリューション!」

光に包まれてマスクド・ウォリアーに変身した卓斗が、名乗りを省略してバイクに跨り、先に出発する。不満そうな表情の博士はこの際見なかったことにした。

続いてナナメは、三本木隊員の運転する車で出発する。MPを温存するためである。

「いつもお世話になります!」

「こちらこそ!」

須賀栞の自宅には10分足らずで着くが、無線で「現場上空に大きな生物の影が――」などと聞こえてくるので気が気ではない。そして現場到着の直前、

「おかしい・・・そんな馬鹿な――」

そんな博士の声が聞こえたような気がした。ナナメは車を降りるや否や、辺りを見回して、

「コマンド・ブラックキャット!」

人目につかないようステルス猫耳モードに変身した。そして先に到着していた卓斗の元に駆け寄る。

「せ・・・白銀さん!MIDは!?」

「それが・・・基地ではあんなに反応があったし、途中で大きな影も目視したはずなのに、見当たらないんだ」

「ええっ?隠れちゃったとか・・・小さい姿に変身したとか・・・?」

〈それが、こちらのMP感知レーダーでも突然消えてしまったんだ。すまないが直接哨戒してくれるかい?〉

事態が全く分からなかったが、ビル丸ごと隠してしまう魔法もあったのだしと、栞の家近辺をぐるりと警戒しながら見回ることにした。

三本木隊員が持つハンディタイプのMP探知機、そしてナナメのコマンド・センスを併用して卓斗がその護衛に徹する。

(須賀さん・・・こんな立派なおうちに住んでるのかあ・・・)

ナナメは周囲を探りながらも、気になる同級生の自宅に接近しているという事実になんだかドキドキしてしまう。卓斗は真面目に辺りを警戒している。

しかし、何も見つからないまま栞宅のあるブロックを一周してしまった。

〈おかしいね・・・しかし反応はひとつは残っているし・・・〉

「ななめ君!?」

脱力していたところを背後から声をかけられて、ナナメはビクっと飛び上がる。そこには意外な人物。

「ななめ君だよね?でもなんだか女の子みたいだね。魔法でも使いそーな恰好(笑)そしてスーパーヒーローみたいなお連れさん」

「山本さん!?なんでこんなところにこんな時間に?」

「それはお互い様だよねー。すごい気合の入ったコスプレ集団なのかなーって。あはは」

「いやそれはね、ていうか僕バレちゃってる!?」

「ナナメ・・・おい!ナナメ!」

山本がにこやかに、ある意味この状況で不自然なくらいにこやかに話している間、卓斗は警戒を解かず、ナナメを背に庇ったままの位置を崩さなかった。

「白銀さん!山本さんは――」

クラスメイトだという言葉を危うく飲み込んだナナメ。卓斗にはななめがナナメだとはまだばれていないのだ。そんなことに意識が向かないほど、卓斗は目の前の女子中学生の動向に集中している。

「山本さんはお友達です、だいじょ――」

「しっかりしろナナメ!戦闘態勢だ!彼女に君が見えていることが答えなんだ!!」

「・・・やっぱそうなっちゃうよねー。顔見知りだからってついつい油断しちゃったよ。ななめ君だからかなー。気が抜けちゃったんだよね」

そう、山本梢は、魔法でステルスモードのナナメの正体を見破ってしまったのだ。そして現場に唯一残るMP反応・・・

「戦闘開始(ゴング)!」

梢が叫ぶとその周囲にスモーク状のもやがたちこめる。

「D・D・K(出会いがしらドロップキック)!」

スモークが晴れると自らの身体をミサイルのように飛ばした梢の蹴りが、防御態勢をとっていた卓斗の身体をあっさりと吹き飛ばした。

梢は反動を使って宙返りし、右手、左足、右足の膝とつま先を使って鮮やかな着地を見せた。いわゆるスーパーヒーロー着地である。

そしてその姿は、目の周りを覆う光沢のあるマスク、派手なカラーリングのレオタードに白いハイカットブーツ、まるでプロレスラーの装いである。そしていつの間にかポニーテールが大きくボリューミーになっている。

「私の魔法は『Y・D・K(山本・デンジャラス・梢)』!肉体を強化させてプロレススタイルの戦闘術を使うよ!」

梢は堂々と戦闘の意思を示すがナナメは気持ちを切り替えられずにいた。

「なんで僕たちが戦わなきゃならないの!」

「私たちのことを、MIDって勝手に名付けて、狩っている人たちがいるって聞いたよ!まさか、ななめ君がその一味だったとはね!」

「コマンド・シールド!狩ってるなんて・・・悪いことするMIDは、捕まえたり、退治しなくちゃいけなくって・・・」

ナナメは、魔法の杖を中心に半透明な防護膜を張って、距離をとり、梢の驚異的な近接戦闘能力を封じようとした。

「やっぱりそうくるよね!Y・K・K(止まない凶器攻撃)!」

梢は魔法でパイプ椅子を作り出し、フリスビーでも放るように次々と投げつけてくる。その衝撃力はナナメのシールドを震撼させ、ついには破られてしまいそうになる。

「すまないナナメ!」

そこに吹き飛ばされて一瞬意識を失っていた卓斗が戻ってきて、魔法のパイプ椅子を蹴り落とす。

「どうした、応戦しないのか!」

「でも・・・相手は山本さん・・・人間です!」

「この魔法!あれはMIDなんじゃないのか!?」

〈間違いないね。MP反応は彼女のものだ。さっきまで小さくなっていたが変身とともにかなり大きな反応になった。どうやら魔法でMP反応の強さを操作できるようだ〉

「どれだけの危険度かまだ分からないということか・・・」

「山本さん!こんなことしてる場合じゃないんだよ!須賀さんが危ないかもしれないんだ!」

「あー・・・そっか、それはもう大丈夫」

「え?」

「H・S・D・G(必・殺・毒・霧)!」

急に会話のトーンが変わったと思いきや不意に梢が口から緑色の霧を吹き、ナナメと卓斗をすっかり視界を奪われてしまった。

「ナナメ吸い込むな!」

卓斗がナナメを抱きかかえて霧から飛び出すが、そこには梢の姿は無くなっていた。

「MP反応・・・消失しました!・・・この霧も無毒です」

戦闘が始まってから近くで隠れ、機器を使って観測を続けていた三本木隊員が告げる。どこを見渡しても梢の姿は見えない。二人は狐につままれたような気がして力が抜けた。

〈とりあえず危機は去ったようだ。警戒を解かずに撤収してくれたまえ!〉



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