第12章 這い寄るピンチ!大いなる使者(3)
第12章 這い寄るピンチ!大いなる使者(3)
登場人物紹介
七芽(しちがや)祐太郎(14) 魔法少女にされてしまうオデコ少年。
白銀卓斗(16) 祐太郎の先輩。眼鏡男子。
須賀栞(14) 祐太郎が気になっていたクラスメイト。中学生にしてはおっぱいが大きい。
武者小路秋継(30?) 祐太郎を魔法少女にした元凶。変態紳士。
3.偽と毒
「ジンギレイチ・チュウシンコウテイ・システム、残念だったなあ!」
そこに立っているのは祐太郎のクラス2-Cのお笑い担当、黒田龍之介であった。
〈竜兵君・・・いや、誰だね君は!〉
博士も他の職員達も、なぜか誰しもが、彼のことを七芽祐太郎の弟隆平だと扱っていたのだ。微かな違和感を感じながら。
なぜ彼を弟だと思っていたのか・・・そもそも祐太郎には、弟なんていなかったのだ。
「なんで!?龍平君・・・黒田君!?え・・・どういうこと?」
「そう、隆平君、リュウヘイクン・・・龍=偽物(フェイク)。ってのは、どうかな?無理矢理すぎたか?」
「なんだそれ・・・嘘だ・・・だって、さっきまで・・・」
体格はさして変わっていないが、顔も表情も言葉遣いも立ち振る舞いも、龍之介のものに戻っている。
ナナメはもはや隆平の顔もはっきり思い出せなくなっていた。
必死に隆平のことを思い出そうとする。
弟との思い出だと思っていた記憶も全て偽り(フェイク)。
(だって、お父さんやお母さんだって・・・)
「これぞ貌を持たず千の貌を持ち、黒い男で白い男、吾輩の力、吾輩の魔法」
龍之介が右手を一瞬背中に隠し、再び視界へと戻した時には、決して背中には隠しきれないであろう大きく立派な皮の装丁の本が突如として現れた。
「『惑ウ書=ネクロダミコン』!吾輩の最高傑作!
この魔法は、本に書かれた物語を実現し他者をも操る万能の魔法だ!」
「そんな無茶苦茶な・・・」
(あまりに奔放で無軌道な魔法ではあるが、内容を吾輩自身が傑作と思わなければ発動されないという縛りも存在するがな)
時を同じくして祐太郎の母真実那は愕然としていた。
ようやく、魔法をかけられていたことを知覚できたのである。
この世界で最も魔法の資質に長けているはずの、魔法世界トリトンスカイでも有数の魔法の知識量を誇る彼女がである。
龍之介が正体を現したことで、隆平という幻が解けたのだ。
(なんてこと・・・私が魔法にかけられていることに全く気が付かないなんて・・・、しかもこの効果の広さと強さ。この魔法はまるで――)
「この世の理、道理も物理も覆しうる――『理外魔法』」
龍之介はニヤリと笑った。
その笑顔がいつもの教室のものと何ら変わらなかったので、ナナメの心は違和感を感じ、揺れ動いた。
胸がモヤモヤして、身体に力が入らなかった。
山本梢の時と同じだった。魔法少女という非日常の中に急にクラスメイトという日常の人物が混ざってくると、思考が停止してしまう。戦う意思が削がれてしまう。
「おっと、危ない。博士、そこは駄目だ」
龍之介が声をかけ、不審に思いながらも博士が身構えた途端、モニタールームの画面が火を吹き崩れてきた。
危うく押しつぶされそうになりながらも、博士は職員達に指示を出す。
〈総員、避難だ!ナナメ君も!いいかい、トレーニングルームに白銀君がいるはずだ。合流して逃げるんだ!〉
「でも・・・博士!」
ナナメは博士を置いてはいけないと思ったが博士はポケットの中に隠した手で端末を操作してモニタールームの四方を非常用シャッターで覆ってしまった。
博士以外の人間は皆避難し、火花散る部屋に博士と龍之介だけが取り残された。
「話をしよう。私は腕っぷしには自信が無いからね!」
そう言って博士は、両手を広げていつもの芝居がかったポーズをとった。
警報ベルが鳴り、慌ただしくなったラボをナナメは走っていた。
職員達は混乱し、戸惑っていたが、ナナメにはありがたいことにはっきりとした行き先がわかっていた。
博士とMIDがモニタールームにいることを伝えながら、ナナメはトレーニングルームへ向かった。
「ナナメ!いったいどういう状況だ!?」
白銀卓斗はマスクド・ウォリアーのアンダースーツを装備して待ち構えていた。
そして動揺し興奮冷めやらぬナナメのたどたどしい説明を静かに最後まで聞いていた。
「まず変身させてくれないか」
「はい!コマンド・エヴォリューション!
早速博士を救出に行った方がいいですか!」
光に包まれた卓斗の身体が、マスクド雷音に変態する。博士がいない(聞いてない)ので、今日は恥ずかしい名乗りは無しだ。
「そうしたいところだが・・・どうなんだ、弟になりすましていたというMIDの魔法は」
「それがですね・・・、とんでもないんですよ!私も・・・誰も魔法を使われていることすら気づけなかったし!なんでもありって感じでどうしたらいいのか」
「相手の目的もわからないな。誰も気づけなかったならいつでも全滅させることはできたんだろう。
あえて自分の正体と魔法を明かすことに何の意味があるのか・・・
博士は人質になっているかもしれないな――」
その時轟音とともに『魔特』ラボが大きく揺れた。
『――その時空から宇宙的恐怖が降り注ぐ』
龍之介はネクロダミコンを片手で掲げて読み上げた。
「防衛策を巡らせてあって良かったなあ、対魔法バリアが無ければ、建物ごと跡形も無くなっていても不思議ではなかったぞ!」
『空から落ちてきたソレは屋根を突き破り研究所の中心に鎮座した。ソレは巨大な眼球の集合であった』
「なんだこれは・・・」
様子を見に駆け付けた卓斗が背中にナナメをかばう。
ラボのど真ん中に、巨大な物体が生じている。天井には穴が開き熱を帯びているのかしゅうしゅうと音をたてている。
そしてそれは、不気味な目玉の塊のようであった。
「被害状況はどうなっている!?人命優先で消火と避難だ!」
博士はラボ内の隊員たちと連絡をとるが龍之介は一寸も意に介してはいなかった。
完全に不意を突いて襲撃を仕掛けたにもかかわらず、まるでナナメや博士の好きにさせているようであった。
「研究成果より人命を優先するとはお優しいことだなあ」
「おかしいかい。なに、君だって。
あいにく私さえいれば研究はいくらでも再生できるからね!」
『眼球は恐怖を運ぶ巣であった。巨大で獰猛な蜂魔たちが、命を狩りとろうと湧き出てくるのであった』
ごく自然に卓斗の背中に庇われて、ナナメは不謹慎だがどきどきしてしまう。
(なんか先輩、どんどん逞しくなっていくような気がするよ・・・
いけない、ちょっとだけトイレいきたいかも)
緊張のせいかじわじわと尿意がわいてくる。こんな状況でトイレに行きたいとは、恥ずかしくて言えないままここまできてしまったのだ。
「気をつけろナナメ。なにか出てくるぞ・・・しかも、数が多い!」
卓斗の握る拳に力が入る。
あっという間に巨大な蜂の大群が現れた。
「ひいいいいいいいっ!」
ナナメが悲鳴をあげるのも仕方がない、蜂の一体一体がラグビーボールを一回り小さくしたぐらいの大きさなのだ。それが一斉に二人に向かって飛んでくる。
「はっ!」「ふっ!」
卓斗はナナメをかばいながら拳をふるう。近づく蜂魔を次々叩き落す。
しかし分が悪い。流石に多勢に無勢。ナナメに下がらせて部屋の入り口から廊下に後退する。
廊下に入って蜂魔の向かってくる方向をある程度限定してしまえば、卓斗も対処しやすくなる。
「ナナメ!一網打尽にできる魔法はあるか!」
その間にナナメが魔法を準備できる余裕が生まれる。
(ええと、先輩を巻き込まないように広範囲の蜂を無力化するには――)
決して油断があったわけではない。
しかし一瞬の思考の隙が状況を一変させてしまった。
「ナナメ!どうした――!」
卓斗が一瞬振り向くと、魔法の杖を掲げたナナメの右太ももに、小さめの蜂魔が深々と針ごと突き刺さっているのだった。
「あ・・・せ、白銀さん・・・ごめんなさ――」
「あああああっ!」
卓斗はすぐさま蜂魔を針ごと抜いて握りつぶした。が、すでに傷口付近は青黒い色になり腫れだし、ナナメの顔色も真っ白である。
卓斗はナナメを抱きかかえて廊下を駆けだした。蜂魔たちはなおも追撃してくるが振り向いている余裕もない。
職員が避難した時に開けたままになったのであろう扉を見つけ次第部屋の中に身体を滑り込ませる。
大急ぎで扉を閉めると、何体かの蜂魔が挟まって潰れる嫌な感触があった。
「ナナメ大丈夫かっ!」
振り返り床に置いたナナメの様子を見る。
ナナメは卓斗の目をはばかる余裕もなく盛大に嘔吐していた。
「げえええええええっ」
四肢に力が入らない。立ちあがれない。悪寒。震え。痙攣。
それどころか、膝をつき、四つん這いで腕で身体を支えることすらできなくなり、自分の吐瀉物に顔面から突っ込み崩れ落ちる。
「うえっ、ええええええっ」
胃の腑がひっくり返るような苦痛。吐いても吐いても楽にならない。呼吸すらままならない。すぐに胃の中に吐くものがなくなり胃液がこみあげる。ひどく苦い。
すでに失禁もしていたがそれどころではなかった。
いつも冷静な卓斗が初めてというくらい狼狽えていた。
その間にも扉に銃弾のような音と衝撃が外から加えられている。蜂魔たちは諦めてはくれないようだ。
(どうする何か薬はあるか血清はこのままではじきに扉が破られるこの状態のナナメを庇いながら戦えるか守るしかないすぐに脱水症状を起こすんじゃないのか死なせるわけには死なせない死ぬなナナメ――)
なおも扉が撃たれ続け、壊れるかと覚悟した時。
「ホモォ・・・ホモォ・・・ホモォ・・・」
「!?」
「ハイプレッシャー!!」
鳴り止んだ扉を開けて現れたのは半リソー体ヤナギであった。
「助かった!君はナナメを助けてくれたというビジターか!ナナメを治療できないか!?」
「おおっ、かっこいいマスクマンだねえ」
「すまない緊急なんだ!巨大な蜂の毒針でナナメが刺された!嘔吐と震えが止まらない。苦しそうだ・・・俺のせいだ」
最後の言葉は絞り出すような苦し気な声だった。
ヤナギは状況を察してすぐさま床の上でのたうち回るナナメの様子を見る。
「ぺろっ。これは相当まずいね。こっちで解毒剤を用意するからね」
ヤナギは床に広がる、ナナメの上から出たとも下から出たともわからない体液を指先ですくい、舐めとった。どうやらそれで分析ができるらしい。
続いて散らばった蜂の死骸を口に含み咀嚼する。これも分析しているようだ。
「ちょっと待ってて」と隣室に解毒剤を調合すると言って行ってしまった。
卓斗は半信半疑ながらもヤナギに縋る他なく、寒そうに震えているナナメを抱きしめ、手を握るしかできなかった。
「ナナメ・・・すまない・・・すまない・・・」
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