少年なのに魔法少女譚「ななめトランス!」

由樹ヨシキ(夢月萌絵)

第0&1章 ななめ危機一髪!1.思春期ど真ん中

プロローグ ナナメ危機一髪!


「血圧、MP低下、命に別条はありません!」


 慌ただしく、ストレッチャーに乗せられた患者が運ばれていく。そこに寄り添う長髪の青年。


「魔法少女ナナメ!もう大丈夫だ!・・・意識レベルが下がっているな」


運んでいる者たちも普通の医者や看護師とは違うようだった。どちらかというと研究者っぽいいでたちなのである。青年同様。


 運ばれているピンクのフリフリの魔法少女然とした衣装の少女がぱくぱくと口を開く。

汚れて服も破れてボロボロではあるが大きな外傷は無いようだった。


「・・・てい、れば・・・れば・・・」


 か細い声を聞き漏らすまいと、青年が耳を寄せる


「安心したまえ、作戦は成功だ!君の身体もすぐに治療する!」


「・・・に・・・ら」


 そこまで口にして少女は意識を失った。既に施術室にストレッチャーはたどり着いていた。


「レバニラ?」




 次に少女が目を覚ました時、自分の身体が裸の少女のままであることに気が付いた。


「!?」


「安心したまえ。施術の準備ができたところだ」


「じゃあなんで博士がそこにいるんですか!?」


 少女はタオル一枚しか自分の身体を隠すものがない状況に狼狽える。


「私なら気を悪くしたりしない。安心したまえ」


「こっちが気にするんです!!」


「はいはい急に動かないの」


 そこで第三者によって有無を言わさず施術が始まる。目の前の男性に気を取られていた少女はベッドに押し付けられ、ぬるりとした液体を身体に塗りたくられる。


(んっ・・・あっ、あぁ・・・)


「特別な効果を発揮するアロマMPオイルだ。君の身体の魔法力を正常に戻す力を促してくれる」


 慣れない皮膚感覚への戸惑いと、リンパ節を的確に刺激されて、少女の息は荒くなり身をよじる。そこで初めて、施術をしている女性と目が合った。


「えええええええええええええっ!?


なんで、なんでここに――」






第一章 ななめ危機一髪!


 市立大波中学校2年C組出席番号13番、七芽祐太郎(しちがやゆうたろう)14歳を正式に名前で呼ぶものは少なかった。

 しかし決して彼の人格が無視されているとか、友達がいないとか、そういう深刻な事情があるわけではない。


 ただ、「ななめ」というあだ名があまりにも浸透してしまっていたからだ。「芽」という漢字を国語で習う頃には、クラスの皆は「七芽」という漢字を「ななめ」と読み始めていた。

 以来、中学2年生の現在に至るまで、その風潮が栄えることはあれいっこうに廃れることはなかった。

今ではクラスメイトはもちろん、後輩から呼ばれる時でも「ななめ先輩」だ。

 同じ名字の苦労を知る上、名付け親でもある両親ぐらいは責任を持って名前で呼んで欲しいものだが、なぜだか「祐」の字をもじって「ネウ太郎」とか、「ユウ君」とか好き勝手に呼ぶ。あと雑にデコ太郎とか。


 しかしそれなりにお年頃の彼が名前のことだけで悩んでいるわけにはいかなかった。同年代の男子と比べて小さ目の体に、溢れんばかりの悩みだって持っているのだ。

 同年代の女子と比べても小さ目の身長がその悩みの大半だったりしないでもないのだが。

 そして今、またひとつ、彼の悩みの種となりえる妖しい影が七芽祐太郎の背後に迫っているのだった。






1.思春期ど真ん中




「ななめー!今日の放課後、球技大会に向けての作戦会議でサッカー部の2年部室集合な。」


 昼休み、祐太郎に声をかけてきたのはサッカー部2年では期待のエース栗生真。2人いる兄もサッカー部で、サッカーと結婚を誓っていそうなぐらいの根っからのサッカー少年だ。

 幼稚園が一緒だった祐太郎は卒園文集に書いた彼の夢が「サッカーになること」だったのを知っている。

 ちなみに祐太郎の場合、「エビフライ屋さん」だ。お花が好きな子はお花屋さん、ケーキが好きな子はケーキ屋さん、ラーメンが好きな子はラーメン屋さん。エビフライが大好物だった祐太郎は当然のように「エビフライ屋さん」と書いた。

 やさしくてきれいだった先生の困った笑顔が忘れられない。


「うっ・・・。僕、美術の木版画の提出が今日までなんだ・・・」


「んだよトロいなー。ま、ななめは始めから戦力外だから、気にすんなよ。万が一早く終わったら、2年部室だからなー!」


 とナチュラルに残酷な最後の言葉を言い終えないうちに、栗生は行ってしまった。他のまだ作戦会議について知らない男子を探しに行ったのだろう。

ちなみに、サッカー部には3年生の部室と2年生の部室が別々にある。1年生には部室は無い。


「んもー、酷いよう」


 早くも戦力外通知をされてしまった祐太郎は唇を尖らせる。


「よおっ、ななめ氏がご機嫌斜めとな?」


 クラスのお笑い担当の黒田龍之介が自分で言って一人で爆笑し、周りから小突かれて坐っていた机から転げ落ちる。そこでやっっと男子達に爆笑の渦が生まれる。

 祐太郎は憤慨しながらも、十回や二十回や三十回は言われている名前ネタなので今更文句も言わずに黙っていた。


「ななめ君、ホラ、牛乳でも飲んで機嫌直して」


 近くにいた女子が給食の残りのパック牛乳にストローを刺して祐太郎の前に差し出した。


「イライラにはカルシウムよ」


「ありがと・・・」


 祐太郎は素直に牛乳を受け取ってストローを挿し、ちうーっ、と飲み始めた。

 身長を気にしていつも牛乳を頑張って飲む祐太郎に、クラスメイト達は給食で飲まなかった牛乳をよく進呈していた。


「ところでななめ君に相談があるんだけどー」


 と、祐太郎に牛乳を渡した女子、須賀栞が近くの席に坐る。祐太郎も付き合って、机を挟んで須賀の前に坐る。いつの間にか数名の女子の輪ができあがっていて、男子達のグループから壁を作った。


「栗生なんだけどさ・・・どんなやつ?」


 男子のグループの方をちらりと確認しながら、須賀は祐太郎に囁いた。肩までの長さに几帳面に切り揃えられた細い黒髪がさらさらと流れるように動くのを祐太郎は眺めていた。

茶色がかることもない真っ黒な髪が、須賀の肌の白さとコントラストを成して祐太郎の目に眩しく映る。


「どんなやつって?」


「えっとなんて言ったらいいかな・・・今まで付き合ってたことあるかっていうか、女の子に関して真面目かどうかっていうか・・・」


 当然「付き合ってた」というのは「特定の女の子と付き合っていたか」という限定的な意味であろう。

 クラス委員などでいつも生徒の中心となっている姿とは違って、妙に歯切れの悪い須賀に祐太郎は首を傾げる。

 だけど、事情もわからずに友人の情報をべらべらと話すわけにはいかないとやや慎重になる。


「なんで?」


「う・・・やっぱ全部話さないとフェアじゃないよね」


 須賀は観念したようにため息をついた。彼女の、聡明なだけではなく、自他を問わず不正や不平等が許せない真っ直ぐな性格――ややもすれば意固地、頑固ともいえる――も、祐太郎には好ましかった。


「うん。きちんと相談してくれるなら、僕もできる限り協力するよ?」

 祐太郎は須賀に真っ直ぐ向き合って、真面目に聞く態度を示した。


「実はこの間、栗生と映画見に行ってさ・・・」


「2人で!?」


「いや・・・男女合わせて5人で。恵美と、男子の方の本間って仲いいでしょ?それに私も付き合って遊びに行ったわけよ」


「そうなんだ。ごめんね、話の腰折って」


「いいよ、どうせ話すことだから。それで、その後栗生と映画の話で盛り上がっちゃってさ・・・」


「ふんふん」


「それ以来、栗生がなんか積極的な気がするんだよね。教室でもよく話すようになったし、雨の日部活見に来たりするし・・・自意識過剰かもしんないけどさ」


 ちなみに須賀栞は吹奏楽部所属である。


「アオハルかよ~」


「いやいや、あれは絶対栞狙いだって」


「気を許しちゃ駄目よ須賀さん!男子なんてみんなケダモノなんだからぁ」


 周りの女子が思い思いに勝手なことを言い出す。


「それで、須賀さんは嫌なの?」


「えっと、嫌というわけじゃなくて・・・」


(なあんだ、そういうこと)


 祐太郎は肩から力が抜けた気がした。一寸、栗生の積極的なアプローチに困っているのかと思って心配になったのだ。


「須賀さんも真のことが気になるんだ?」


 須賀は祐太郎の言葉に絶句し、それから、ばつが悪そうに口を開いた。


「まあ・・・気になるっていうか、本当にそうなのかなーって、他の女子でもあーいう風にできるのかなって・・・」


「そんな、須賀さぁん!男子なんて駄目よ、須賀さんには釣り合わないわ!」


 赤くなりながら話す須賀の態度に、熱心な須賀の信奉者である山本梢が悲痛な叫びを上げる。

 そして、「山本退場」の声とともに数人の女子に教室の外へ強制連行されていってしまった。必死の抵抗も空しく。


「真は、無駄に明るくて軟派で適当なヤツに見えるかもしれないけど、みんなに思われているほど不真面目ではないよ。

 特に女の子に関しては、真面目と言うか奥手と言うか・・・、断言はできないけど、それは真なりの全力のアピールなんじゃないかなあ」


「そうなんだ・・・」


「ああ見えて繊細なところもあるし、意外に長くて器用な指してるんだよ。僕ね、靴紐が固結びになっちゃった時、いつも真にほどいてもらうんだ」


「そ、そーなんだ・・・ななめ君、友達のことよく見ているね」


「そうかな?」


「ありがと、相談してよかったよ」


「どういたしまして。でも、どうして僕に?」


「それはさあ、ななめ君は安全牌っていうかね」


 再び周りの女子達が口を出してくる。


「うん、クラスの『恋愛に興味なさそうトップ3』の一人だからね」


「それってどういう意味!?他には誰がいるの!?」


「気にするのそっちなんだ?」


 祐太郎はムッとしながらも妙なことを気にしていた。女の子達にはうまくその憤慨が伝わりそうにない。


「それはもちろんヤナギとか――」


 という言葉が発された瞬間、ハッとして集っていた全員の視線が一点に集中する。

 輪には加わらず、輪のすぐ近く自分の席で本を読んでいた眼鏡の女子生徒、柳井ミキの元に。

 名前が呼ばれて始めて皆、そこに柳井がいたことに気が付いたかのようで、祐太郎も不思議とそんな近くにいた柳井に今まで注意を向けていなかった。


「ご挨拶だね・・・」


 読んでいた文庫本から目を上げて、ボサボサ頭の女生徒、柳井ミキは軽く笑う。


「でもヤナギ女史は二次元萌えオンリーっしょ?」


「否定はしないがね・・・」


 現実の男性よりも漫画や小説の人物に興味が偏っている。そう評されても柳井は気分を害した風もなく答え、女の子達は皆笑い出した。

 祐太郎はそこでふと思い出して、抗議の声をあげた。


「僕はそんなことないからね!」


 補足するならば、「二次元の世界にしか興味がないこと」ではなく、「恋愛に興味がないこと」の否定である。


「ええっっ!??ななめ君好きな人いるの?」


「誰?誰?誰?」


「この中にいる?」


「ちょっとやめなよー(笑)」


 祐太郎が「しまった」と思う間もなく、女の子達が目を輝かせて詰め寄ってくる。先程まで神妙に相談していた須賀までもが。


 キーンコーン


 ちょうどその時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、「ごめんねもうおしまい!」祐太郎は命からがら輪を抜けて窓際の自分の席へと逃げ出した。

 程なくして外でサッカーをしていた男子達が戻ってきた。その中に栗生真も混ざっていたのを祐太郎は見つけた。

(サッカー一直線の真がねえ・・・)

 そして須賀達の方へと視線を向ける。逃げる祐太郎を捕らえてでも追究しようとする女子達を、先程の恩のある手前、須賀は一応止めてくれた。

(須賀さんかあ・・・僕もいいなあと思ってたんだけどな・・・)

 ほんのチクリと柔らかな棘が胸を刺す。

 告白しようなどと考えていたわけではない。けれど、親しげに話しかけられるたびに、目で追う回数は増えていた。

 だが、須賀は女子の中で身長が高いほうで、祐太郎よりもだいぶ大きいということも、祐太郎は気にならないではなかった。

 ため息一つついて、窓ガラスにうっすらと映る自分の姿を複雑な思いで眺める。

 坊主頭やスポーツ刈りと呼ばれる長さとはいかないまでも意識的に短く刈った髪。ところどころで髪の弾性が自重に勝ってはねている。これは男らしい(はずだ)。その下、生え際も美しい立派なおでこに細めの眉。くりくりとよく動く大きな瞳を飾る睫毛は女子たちから羨ましがられるくらいにはちょっと長め。ツンと上向きの決して高くは無い鼻と、給食のパンにかじりつくにはちょっと苦労するサイズの口。決して主張しすぎない範囲のゆるやかな曲線を描くあごからつづく細い首。

 この顔を評してよく言われる「やさしい顔立ち」「あどけない」「癒し系」は、どれも男らしさからは程遠いのが困りものだ。

 髪型も実際、「男らしい」よりも「子供らしい」と表す方が正確かもしれない。

 頭の中で自分と須賀の姿を並べてみて、祐太郎はもう一度ため息をついた。

 ・・・下手すれば姉弟みたいではなかろうか?


「おい、ななめ!」


「え?」


 気が付けば考え事をしている間に黒田が目の前まで来ていた。そして声を潜めて囁くそぶりをするので祐太郎も何も考えず耳を傾ける体勢をとる・・・


「須賀氏って、中学生の割におっぱい大きいよな」


「ぶ、おぱっ!?ななななな・・・」


 完全な不意打ちで動揺してキョロキョロしてしまい、かえって不審な祐太郎をよそに、黒田は既に自分の席に戻っていた。

(え?なにこの投げっぱなし!どうしてくれるのさ黒田君!)

 祐太郎は思わず須賀の方を見てしまう自分を恥じ入り、努めて見ないようにするのであった。




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