第5章 転生したら親子(母と息子)で魔法少女だった件
1
私は魔法の使役に必要な「理素(リソー)」が豊富に存在する世界「トリトンスカイ」(古い文献には「トリトスカイノ」と呼ばれている)に人間として生まれた。
魔法と科学が高度に進歩した世界だった。
裕福な家の出ではなかったが、わずかな才を有効活用し、勉学と魔法の修行に勤しみ「三界の魔女」と呼ばれるまで成り上がった。
だがある時、背中に翼、頭の上に光る輪を持った生き物に捕獲されてからは、ただの実験動物に成り下がった。
人間の世界では「魔女」と呼ばれるほどの魔法の使い手だった私が、あまりに無力で、一方的な獲物扱いを受けた。
正直そんな事実は受け入れられなかったし、幾度も抵抗を試みたが、格が違った。奴らにとって私は非力な家畜に過ぎなかった。
私は窓も無い部屋に厳重に隔離され、二度と双つの月の女神に祈ることもできないように思われた。
魔法の実験のために身体機能を拡張する手術をされたり、色々な生物と魔法の力で合成されたりした。時には人間とも。
生まれた時はミーナリオンだった私の名前は、合成された相手の名前を単純に機械的に付け足され、際限なく長くなっていった。
合成された生物同士は、恐らく、「強い」方の意識が残る。力か、意思か、魔力かはわからないが、私の意識は現に生き残っていた。
私の中に混じっていった者達の、記憶の残滓を垣間見ることはあった。知らない風景、知らない家族。知らない戦い。
様々な記憶が入り混じった私は、もはや元の私と言えるのか、それすらも怪しいのだが、そもそも羽や角や尾が生えて、「第三の眼(サード・アイ)」が開眼し、肌や目の色まで変わり果てたこの姿を見て、誰が元の私だと気づいてくれよう。
人間である時に使わなかった生殖機能も、ここでは幾度となく実験された。人と、獣と、私のように合成された物と。果たして何が相手であれば、この身体は子孫を残せるのだろうか。
そもそも生きてそこを出られる保証も無かった。合成実験の度に、自分が消えてしまうかもしれないとそのことばかり考えていた。――その時は遠からず訪れてしまうのだが。
生きることに絶望していたが、勝手に死ぬことも許されなかった。生半可な怪我ならば直ちに治されてしまうのだから。
(これは・・・夢を見ている・・・?)
目の前に何も無い空間が広がっている。閉じ込められた部屋にも何も無いわけだが、今ここには広大な空間が広がっている。だからここは違う。いつもの部屋とは。
(また誰かの、私の中に吸収された誰かの記憶の欠片だろうか・・・)
せっかくの広い空間なので、背中の翼を思い切り羽ばたかせて飛んでみる。空気を肌に感じながら飛ぶのが心地よい。
身体の隅々まで、自由に力を漲らせて、動かすことができる。どこまでも広がる空間なのだろうか。どこまでも飛んでいける。
(――!)
唐突に、目の前に人間が現れた。
不思議な服装をしているが、杖を持ち、魔法陣を身に着けているから、魔法使いだとは思うが、とても若く、さしたる力も持っていないように見える。
お互いが相手の出現と様相に驚いていた。それはそうだろう。人間にとっては私の姿は見慣れない、奇妙で、恐ろしくすらあるものだろう。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
どれくらいそうして、お互いを凝視していただろうか、遂には、どちらからともなく手を伸ばして触れようとしていた。
(手と手が、触れている・・・なんて、柔らかくて・・・温かい)
幼い人間の感触に感動していたら、急に自分の身体が光り出した。そして引っ張られる。目の前の人間の方へ。私の身体は吸い込まれてしまった。
(!!)
そこで目が覚めた。合成されて相手に取り込まれてしまったのかと思ったがいつもの閉じ込められている殺風景な部屋だった。身体にも変化はない。変わり果てた身体ではあるのだが。
(一体なんだったのだろう・・・ただの夢だったのだろうか)
いい加減虚無感にも飽いてしまった私は、人間だった時のように日がな魔法の理論やかつての研究のことを考え出し、思索するようになった。
余裕が生まれたわけではなかった。ただ、麻痺してきたのだ。また、変質した自分の肉体と魔力では、それまでの魔法理論が通じなかったりもして、それはそれで真新しい研究素材に見えた。
新しいものでいえば、火袋という器官を獲得したおかげで、火を吹くことができるようになった。
額の第三の眼を使って、相手を恐慌状態にして動きを止めることもできるようになった。
完全に動きを止めた相手には、更に第三の眼に魔力を込めて石化をかけることも可能になった。
人間離れした魔法も随分使えるようになった。相手の生命力を奪い取るソウルスティール。感情や精神力を食らうソウルイーター。更に自分の力を産卵という形でストックできるようにもなった。
まっとうな魔法研究所では何十年、何百年もかかって至るような真理を、貴重な症例を、この身に宿しているのだ。
私のこの身体が、トリトンスカイ人類魔法史上、最も貴重な研究材料で、それを一番近くで観察、体験できるのがこの私なのだ!
そうすると、実験や合成のために連れ出される短かい瞬間にも、世界は興味深い数多の情報に溢れていることに気が付いた。
「ナーガ・ノの書簡の発見から古典魔法の新たな解釈が・・・」
「他次元との境界を開く課題が・・・」
「アクマ合体の臨界点と特異点が・・・」
時折漏れ聞く内容にもがぜん興味が湧いてくる。私のことをかどわかした生物達の発達した文化、生活、魔法技術を少しでも長く見ていたい、もっと知りたいと思った。
――しかしその願いは叶わなかった。私の命運を決める合成実験の日が来てしまったのだ。
(これは・・・もう駄目だ・・・)
一目その「相手」を見た瞬間私は私の消失を覚悟した。
相手があまりにも異質だったにも関わらずだ。
戦闘能力も魔力も計り知れないのにその異常さが私の脳裏に敗北のイメージを植え付けてしまった。
知らず知らずのうちに第三の眼から涙が流れ落ち、続いて両の眼からも涙があふれてきた。よだれも垂れた。体じゅうの体液が、この危険な場所から逃れようと私の身体を捨て逃げ出そうとしているかのようだった。
私も逃げ出したかった。地に頭を擦りつけ命乞いして助かるならそうしていただろう。しかし、私を実験に使っている奴らにも、目の前のこいつにも、私の言葉は届かない。私の力は敵わない。まして、その気持ちを変えることも叶わない。
闇より昏い黒い靄。のような何か。生き物なのか現象なのか、流体のように常に表面が変化しているように見える。水に落とした墨のようでもあり、しかし確かに意思をもってそれはこちらに近づいてきていた。
その威圧感だけで、魔法を使って戦おうともこいつを打ち倒すことはできないことを思い知らされた。これは、この世界の生き物が手を出してはいけないなにかだ。
翼と光輪を持つ、人間より圧倒的に優れた奴らでも、これを制御できるのかは疑問だった。だが、私にはもう関係が無いことだ。私はここで消えるのだ
曲がりなりにも前向きに現状を生きようとした途端命運が尽きるとはなんとも皮肉なものである。
(私の中に消えていった人たちも、無念だったろうな・・・もっと、生きて、遠くまで――)
2
(寒い・・・風が?冷たい・・・皮膚の、感覚?)
眠りに落ちるように、自分の意識と意思が融けていくのを感じていたはずが、妙なことに気が付いた。さっきまでの実験場ではないのだ。ここは。
そして自分の身体感覚もまるで違う。ちょっとやそっとの寒暖差にはびくともしないはずの身体になっていたはずなのに。寒い、冷たいと肌で感じている。
しかしここは極寒の地には見えない。横たわっていたのは、土の地面で、緑の匂いもする。それ以上に、人の密集して住んでいる街のような、森を山を焼いたような、混ざりものの匂いが濃かった。
しかし、あまり夜目がきかなくなっている。夜であることは確かだが・・・月が見えない。双つある月のどちらもだ。
「あ・・・無い・・・羽も、角も!」
身体の感覚がおかしいと思ったらすっかり身体が変わってしまっているのだ。強靭な爪も鱗も無いこの身体はまるで・・・人間のようだった。
恐ろしく軽くなってしまったのに膂力も失われているようでいまいちバランスがとれないでふらついてしまう。
途端に、弱弱しい人間の身体であることに不安を覚える。私はすっかり、強大な化け物であることに慣れきってしまっていたのだ。
「――――――?」
「きゃっ!」
目が闇に慣れた頃思いがけず近くから声をかけられて、私は飛び上がってしまった。よく見ると、奇妙な服装の人間の少年がすぐ目の前で私のことを凝視している。
「――――――!」
聞いたことのない言語で話しているので、魔法で意識を同調して、言葉を補いながらコンタクトをとってみる。
「君、無事?裸、ここ」
少年は自分の上着を差し出しながら言った。思うように魔法が働かず、断片的であるがなんとか意味は理解できる。大丈夫だ
「ダイジョブ、アリガト」
「あれ、日本人、違う?どうしよう・・・」
「ココ、ドコ」
「ここは校庭、だよ。何してる?僕も勝手に入ってるけど」
「コウ、テイ?」
「えっと、大波中のだけど・・・」
周りを見渡すとかなり大きな建造物があり、ここはその隣に作られた平らにならされた広場であるらしかった。もしかしたら練兵場なのかもしれない。
それから、言語の認識も少しずつスムーズになっているようだ。
「ねえ、君、名前は?僕は七芽宏実(しちがやひろみ)。助けが必要なら、言ってね」
「ワタシのナマエは・・・ドグママグマ・ミーナリオン・シルクルゥザシンナクラウン・ルギィアークスユーリライト・ルートリヒトスコォプキーコ・ライアフロンリィフスティアティマ・エルファリス・ムンライダリアメルベルシェリー・・・」
私は自分で確認するように、大半が自分の中に消えた犠牲者である名前の羅列を口にした。
「なにそれ、呪文?」
「・・・・・・」
「本当に名前なの!?なんとかマミナまでしか聞き取れなかったよー」
「じゃあそれでいい。私の名前はマミナにしよう」
「え?どういう・・・」
少年が言葉を紡ぐより先に、私は少年の頭部に手をかざして魔法をかけた。少年の動きが止まる。
「ぐあっ・・・!」
身体を激痛が襲う。迂闊であった。この場所には理素が希薄であるようだ。高度な精神干渉魔法を使おうとした反動で、体じゅうの細胞から理素が無理やりに引き剥がされたのだ。
しかしここで止めるわけにはいかない。私は残りの力も絞り出して、少年の記憶を操作する魔法をかけた。
彼に寄生するために。
3
私は少年――宏実の家族に擬態して生活と安全を手に入れようと思った。そして衝撃の事実を知った。
ここが私の知らない国、いや、知らない世界であること。魔法が使われていない世界であること。確かに魔法に必要な理素(リソー)が希薄で、使うことは困難と思われた。
そして、私の身体は、人間になっていた。
宏実と同じくらいの年齢の、子供の身体になっていた。私は喜んでいいのかがっかりしたらいいのかもうわからなかった。
何故こうなったのかは考えたところで答えは出なかった。が、安全は確保できたようだった。追手がかかるようなこともなければ、宏実の家は非常に安全で豊かであった。便利であった。
食事は驚くほど豊富で美味だった。まるで、王宮や貴族の食卓に上がるようなものばかりであった。実際にはそのような料理は食べたことは無いので想像ではあるが。しかしそれはこの家だけが特別では無いようだった。この世界は、驚くほど平和で、豊かだった。
私は、急激に力が抜けた。なんなのだろう、これは。夢でも見ているようだった。しかしいつまでたっても醒める様子はない。
今までの私にとっては荒唐無稽なこれが、この世界が、現実なのだ。今の私にとって。魔法を使わなくていいこの世界が。
かつての私には魔法が全てで、生きる糧であり人生をかけて到達するべき真理であり、なくてはならないものだった。
この世界でも、使えないことはない。肉体への負荷はあるし、慎重に使わなくてはいけないが。しかし必要ではないのだ。私はしばし、心が空っぽになったような気がした。
この世界に来てからは生存のために必死だったが、今は大分落ち着いてきた。だからこそ、ふと我に返り、失ったように感じるのだ。大きなものを。
その喪失は、宏実が埋めてくれた。宏実との生活が。慣れてきたと言っても、この世界の生活はまだまだ刺激に溢れていたし、マミナという人生を、一から歩いていこうと。前の世界でできなかった生き方をしてみようと。
後に、こちらの世界にはいないはずの前の世界の生き物が出現する事件が起きた。
私と同じように世界を超えて来てしまったのかもしれない。大ごとになっては都合が悪いので、手頃な機関に魔法の技術を与えて対処してもらった。
私も魔法を使わざるを得ない場面もあったがやはり無理はできないようだった。長年使わなかったためか身体が更に魔法と馴染まなくなってしまったようだ。あるいは、今の私の身体がこちらの世界に育まれた物だからだろうか。
理素(リソー)を含まない水を飲み、作物を、動物を食べて育った私の身体は、この世界のもので、魔法を使うようにはできていないのだろうか。
それでもひとまずは事態を沈静化することができた。以降は、この世界の技術で魔法を発展させて、こちらのやり方で、科学技術を使って、この地で能率よく作用するやり方で対処するのがいいだろう。それは、彼ら武者小路家と『魔特』に任せようと思う。
それはもう、私の手を離れるべき件だと思う。魔法少女としての日々も私にとっては悪くなかったけど、この世界に生まれた人だけで解決できるようになったなら、それが一番だと思う。
それに、今の私にとっては、より重要度と緊急性の高い任務が目前にあるのだ。
宏実と私は、こちらでいう成人の年齢を迎えて、そして結婚した。私たち、七芽宏実と七芽真実那は夫婦となって、そうして、あなたに出会うことになる。
「はじめまして、祐太郎ちゃん・・・ママですよー」
「パパだよ!」
私たちの元に生まれて来てくれてありがとう。
一度は人間として生きることを諦めていた私にとって、なんて、夢のような、素敵なことでしょう。あなたのような宝物を授かったこと、誰に感謝してもし足りないくらい。
あなた達と生きていくこと、それが私の――
第五章 転生したら親子(母と息子)で魔法少女だった件
そんな最愛の息子を出産する時に、あまりの痛さにもう一回異世界転生するんじゃないかと思ったり、美少年だった夫の宏実が激太りしたり、大事な一人息子が魔法少女にされていたことは、また別のお話。
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