4-7話「失われた技術と知識」
「わたしは……四つの属性を操ることのできる、先天の古代魔法士だったんだ」
クノティアの告白。
それを聞いて、セトアはやはりと思う。
とはいえ、理解できたわけではない。アリーアはもっとわかっていないようで、
「どどどどどどゆことクノちゃぁぁぁん!!」
「そのままの意味じゃん。わたしが使ってたのは、属性魔法の古代魔法なんだよ。だから他の人とは魔法を使う感覚が違うし……マナ拒絶症にも罹ってたってわけ」
「はぇ……えぇぇぇぇ?」
「いや、クノティア……状況的にそうなんだろうけど、でもそんなことがあり得るのか?」
確かに、そう考えればこれまでの色んな謎が解ける。
だけど属性魔法の古代魔法と言われても理解できない。なんでそんなことになっているのかさっぱりだ。
「わたしだって、まだよくわかってないよ。そのへんはポイに説明してほしいな」
「よいじゃろう。もとよりそのつもりじゃった。
……だがその前に。アリーア、お主はもうここにあるものをあちこち触れるでないぞ? 生まれつきではないにせよ、お主は古代魔法が使える。わらわ以外の試作ゴーレムの殆どは古代魔法に反応するからの。しかもフィリルは一人で研究しておった。実験の手間を省くためにセーフティをスキップして即機能を発動するよう設定しておる」
「最後の設定とかはよくわからないけどそういうことは早く言ってよ! うぅ、ほんっっっとうにごめんね。クノちゃん、セトアちゃん!」
「それはもういいよ、アリーア」
「だよね。さっきも言った通り、わたしは自分のことがわかったし。そもそも説明不足のポイが悪いんじゃん」
「なんじゃと!? ぐぬぬ……し、仕方なかろう! ここに試作機があるなんて知らなかったのじゃ!」
そういえばそんなようなことを言っていた。ここに保管しているなんて聞いてないとかなんとか。
(しかし……試作機の世界再生機能が不完全でよかった)
ほっとすると同時に――ポイはその完全な機能を持っているのだと思い出す。もしあの苦しみが世界中に広がったら……。
さっきセトアが停止していなければ、世界は本当に滅亡していた。改めてそれを実感し、セトアはブルッと震える。本当に恐ろしい。
「……とにかく説明を再開するぞ。お主ら……椅子はどっかいったようじゃ。楽な姿勢で聞くとよい」
お言葉に甘えて、床に座り足を伸ばしてポイの話を聞く。
古代マナの拒絶反応で苦しんだセトアとアリーアはもちろん、全力で魔法を使ったクノティアも消耗している。
「最初に、古代魔法の均一化の話をしたじゃろう。マナの性質を変え、ある一つの古代魔法を誰でも使えるようにする、というものじゃ。
さすがにもう察していると思うが――その時選ばれたのが、四つの属性を操るスキル。現代で言う属性魔法じゃ」
「私たちが使う魔法……そして、クノティアの」
「うむ。クノティア、お主が使っておるのは古代魔法、いわばオリジナルの属性魔法じゃ」
さっきポイは、古代のマナは不定形だと言った。それを予め形を整えて、すべての人が同じ魔法を使えるようにする、それが古代魔法の均一化の方法。
言われて見れば、マナとは四つの属性が集まった状態だと教わってきた。つまり現代のマナは、属性魔法のために整えられたマナだったのだ。
「しかしまさか、こんな日が来ようとはのう……」
「ポイ? どういう意味? 気になるじゃん」
ポイの言い方に首を傾げるクノティア。確かに気になる。
「お主のような者が現れなければ、わらわが再起動することもなかったということじゃ」
「わたしが? なんで? いつか誰かが起動してたかもしれないじゃん?」
「待ってクノティア。……そうか、ユルケルス神殿の暗黒台座のことか?」
「あぁ! クノちゃんのオリジナル属性魔法が鍵だったってこと?」
ポイはあの暗黒台座によって瞬間移動で飛んだ先に保管されていた。そしてその機能はクノティアとアリーアが触れる必要があったのだ。
「その通り。よって、あの部屋に辿り着く者が現れるのは奇跡のような確率なのじゃ」
「え、待ってよ。それだとわたし一人で開けられたことになるじゃん。アリちゃんは?」
「クノティア、お主は現代の魔法を使っているという意識が強かった。よって、古代魔法を使えるアリーアと一緒に触れることでようやく装置が起動したのじゃ。自覚した今のお主なら一人で起動できたじゃろうな」
クノティアはずっと学院で普通の属性魔法の使い方を学んでいた。それでおかしなことになっていたのだろう。コントロールが不得意なのもその辺りに理由があったに違いない。
そしてそれは、暗黒台座を動かすのにも影響を与えていた。
「わお。じゃああたしがクノちゃんの補助をしたってこと?」
「まぁそういうことになるの。そんな起動の仕方は想定外じゃが」
「……あはははは、もうなんかすごすぎじゃん。笑うしかないよ」
「ポイの言う通り奇跡的な確率だもんな。でもそうなると……フィリルはポイを見付けさせるつもりがほとんどなかったってことだよな」
オリジナルの属性魔法が使える人がこの世に現れて、しかもユルケルス神殿の暗黒台座にアリーアと触れ、想定外の起動をさせる。ただでさえ古代魔法士は少ないのだ、最初の条件だけでも奇跡的だ。
(いや……だとしたらあの黒い部屋は、いつか現れるかもしれない属性魔法の古代魔法士のために、魔剣とゴーレムを残したことになるのか……? それもなんかよくわからないな)
フィリル・クレイド。彼がなにを考えていたのか――セトアは思考を巡らせてみたが、答えは出なかった。
「あれ? ていうかさ、ポイちゃん。そもそもあの黒い部屋ってどこにあるの? あたしたちどこに移動してたの?」
「ああ、それを話してなかったの。お主らの呼ぶユルケルス神殿。その敷地内ではあるぞ?」
「ふぇ? そうなの?」
「敷地内だって? もしかして、ここみたいに地下だったのか?」
「いいや、逆じゃ。上空――遙か高くの空にある、フィリルの隠れ家の一部じゃな」
「そ――――空の上!?」
三人とも思わず、見えるはずのない天を見上げてしまう。
「そんなバカな! いったいどうやって!」
空の上に建物を作るなんて、いくらなんでもあり得ない。
だけど隣りのアリーアが、ポンとセトアの肩に手を置く。
「セトアちゃん、古代文明にどうやって、なんて言っても無駄だよ……あたしはもう悟っちゃったよ」
「同じく。きっとうちらでは想像できないようなこと、やってるんじゃん?」
「え、えぇー……」
それで納得していいのだろうか。セトアは少し納得いかなかったが、二人が言いたいこともわかる。考えるだけ無駄なんだろう。
「ふぅ……ポイ、だいたいのことはわかったよ。でも一つ、まだ大きな謎が残ってるんだ」
「なんじゃ? わらわの記録に残っていることならなんでも答えるぞ」
「うん。……どうして現代に、古代文明時代の建物がほとんど残っていないんだ?」
発見される古代遺跡の殆どは、基礎部分や地下ばかり。ちゃんと建物として残っていたのは、ここは別としてユルケルス神殿くらいだ。
魔物に襲われたというのは間違った伝承だった。本当の滅亡理由を聞いた今、建物が崩壊する理由がわからない。人だけが倒れたのならば、むしろ建物はしっかり残っていないとおかしい。
「あたしもそれ気になる! ポイちゃん、大空洞には研究施設があったんだよね? そんな痕跡ほとんど見つかってないよ?」
「自然に崩壊したとしても、もう少しなにか残るはずじゃん」
「あぁ、それは簡単な話じゃ。まず、古代のマナにはある特性があっての。特殊な方法で圧縮すると固形化するのじゃ」
「マナを……固形に? そんなことが……」
「うむ。強固で劣化も抑えられ、断熱効果はもちろん防音効果もあっての。優れた建材だったのじゃ。建築物にはマナを使うのが常識じゃった」
「なっ……マナを建材にしていたのか!?」
「しかし新しいマナには固形化する性質がなかった。なのに固形化したマナまで変換してしまってのう……。おかげで多くの建物が崩壊してしまったのじゃ。そのせいで死んだ人間の方が多いと、フィリルは考えておったな。
崩れた建物はやがてマナとなって消えてしまう。痕跡が少ないのはそのためじゃ。しかし一部の建物や特殊な施設では、地下や基礎部分にマナを含まない建材を使っていた。それらが遺跡として残っておるのじゃろう」
「へぇ~、崩れたあと消えちゃうんだぁ……。あ、セトアちゃん! あたしわかった! 黒い部屋の棚! あれもそうだったんだよ!」
「――!! そうか、あれも素材にマナが使われていたのか!」
魔剣フローティングナイフが置かれていた棚。あれにもマナが使われていたのなら、崩れたあと破片が少なかったのも納得がいく。まさに消えてしまったのだ。
あの時すでに、セトアたちが持ち込んだ現代のマナへの置き換わりが始まっていたのだ。だから棚が崩れ――。
(あぁ、そうか――あれがそのまま、古代の建造物に起こったんだ――)
基礎部分を残して、建造物が突然崩れ始める。呼吸もできず、魔法も使えず、人は為す術無く死んでいったのだ。
「ふむふむ。わらわが説明しなくても答え合わせはできたようじゃな」
「ていうかポイちゃん! ここは大丈夫なんだよね? 崩れないよね?」
「うむ。ここは新しいマナの実験場じゃ。念のため建材にマナを使わなかったようじゃ。
マナの拡散による建物の影響は当然テストする予定だったのに、襲撃があったせいですべて崩壊した。フィリルはことある毎に愚痴っておったぞ」
「うわ……それはそうだよな」
実験中のマナがばらまかれたせいで世界が崩壊したのだ、愚痴るくらいでは足りないだろう。
「ちなみに固形化したマナはインクとしても使われていたのじゃが、これも消えてしまった。書物は全滅じゃ。データベースも崩壊したし、多くの知識が失われることになった」
「でーたべーす? ……文字まで消えちゃうんじゃ、そりゃ文明はもとに戻らないよな」
「古代マナの性質を利用した技術がほとんどじゃったからの。どちらにせよ戻すことはできなかったよ」
「ほとんどが古代マナを利用した技術……あぁ、そういうことか……」
「謎が解けちゃったじゃん……ね」
セトアとクノティアがずっと抱いていた疑問。どうして2000年ですべての知識が失われてしまったのか。
記録がすべて消えてしまったのはもちろんだけど、なにより――その失われた文明が、永遠に戻ることがないからだ。古代マナを利用した技術は二度と使えない。後世に残す意味がなかった。
当時生き残った人たちはどんな想いで新しい世界を生きたのだろう。現代人のセトアには想像もつかない。
(……そんな中でも、ポイを作ったフィリルはいったい――)
「さて、説明はこんなもんかの。そろそろ地上に――」
「待ちたまえ!!」
「――――!!」
突然後ろから大声が聞こえ、セトアたちは驚いて振り返る。
この地下にはセトアたちしかいないはず。いったい誰が――。
「そんな偽りの歴史、認めるわけにはいかない!」
部屋の入り口から、一人の男が姿を現す。
その男に、セトアは見覚えがあった。
(なっ……管理責任者、ゼネルさん!?)
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