2章 ユルケルス神殿

2-1話「憧れの場所」


 ガタゴトガタゴト。

 大草原をゆっくりと進む馬車の中でセトアは目を覚ました。馬二頭で引く大型の幌馬車は長距離用でしっかりした造り。座席は両サイドに向かい合うように置かれ、柔らかいクッションもある。きちんと整備された街道進む馬車の揺れは決して不快なものではなく、暖かな朝の日射しと相まって乗客を眠りに誘うのだ。


 寝起きでぼうっとしてしまったが、セトアはすぐに状況を思い出す。

 朝一で中央広場から馬車に乗り、王都ジルフィンドの南門を出て東のエンダル大河を渡る。その辺りまでは起きていたのだが、そこから北上する街道に入った辺りで寝てしまった。


「あ、セトアちゃんが起きた。おはよー」

「う……ごめん、寝てた」

「いいよいいよ。あたしたちも寝てたから。ちょうど起きたとこなんだ」


 そう言って笑う、隣りに座っている赤髪の少女、アリーア・エルトーン。クラスメイトであり、同じ古代魔法研究同好会の一員。そして世にも珍しい、後天の古代魔法士だ。


「セトア、たぶんアリちゃんが一番熟睡してたよ」

「しょうがないでしょ! あたしはルフ村から一度ジルフィンドに行かなきゃだったから朝早かったんだよ! も~ルフ村も経由してくれたら楽なのになぁ。ふわぁ……まだ眠い~……」

「わかってて言った。眠いならもうちょい寝てていいんじゃん?」


 眠そうなアリーアの向こう側に座る、ふわっとした青髪ロングヘアーの少女、クノティア・カミライト。彼女もクラスメイト、同好会の一員。一級クラスの属性魔法が使えると噂の天才だ。


「たしかに眠いけどさ~でももうすぐじゃない? あとどれくらいかな」

「まだまだかかるって。到着は昼前くらいの予定じゃん?」

「もう昼だと思ってた……お腹すいたよ~……。馬車は快適だけど早く着かないかなぁ。ユルケルス神殿」


 そう、この馬車の行き先は、古代遺跡ユルケルス神殿。

 セトアたち三人は、古代魔法研究同好会の学外活動として遺跡に向かっていた。



                *  *  *



 ――三日前。

 国立ジルフィンド魔法学院に通うセトアたち三人は、食堂で昼食を取ったあとそのままお茶を飲みながら話し込んでいた。


「クノちゃんいっつも紅茶だよね」

「うん、珈琲苦いじゃん? アリちゃんよく飲めるね」

「まあね。あたし大人だからさ。クノちゃんはお子ちゃまだねー」

「珈琲くらいでなに言ってんの? まぁお子ちゃまでもなんでもいいよ。でも紅茶好きの方が女の子っぽくない? レディの嗜み、みたいな」

「レディの嗜み!? ふ、ふふ、甘いよクノちゃん。珈琲好きはクールなの。あたしはクール路線でいくの。カッコ良いレディになるの」

「わかるよ? わたしだってクールでカッコ良いのって憧れる。でもアリちゃんは砂糖と間違えて胡椒入れちゃおっちょこちょいじゃん。無理でしょ。ほど遠いじゃん」

「クノちゃーん! 辛辣すぎない? ていうかそれいつの話? 忘れてよいい加減!」

「いやぁあれは衝撃的すぎた。あんなの忘れられないじゃん。ていうかどうして間違えたの? いまでも不思議なんだよね。しかもしかも、蓋が取れてどばーっと出しちゃうお約束付きじゃん? もーね、大爆笑! 一生語っていく」

「クーノーちゃーん! やめてー! うぅ……ねぇセトアちゃん。セトアちゃんはどう思う? クールな珈琲レディと嗜みの紅茶レディ!」

「う……こっちに話振られた」

「セトアのそれ、珈琲じゃん。え、そういうことなの……?」

「やった、セトアちゃんもクール組だ!」

「正確にはカフェオレだ。しかもかなり甘くしてる。まぁ私はどっちも好きだよ。母親が珈琲好き、父親が紅茶好きだった」

「そんなっ! クールも嗜みも両方備えているって言うの? しかも英才教育だ!」

「クールはまだしも嗜みってなんだよ」

「アリちゃん、淑女の嗜みって言いたいの?」

「そう淑女! セトアちゃん、両方なんてダメだよ。あたしかクノちゃん、どっち!」

「えぇ? なんか選択肢が変わってるぞ」

「やめなよアリちゃん。そんなのアリちゃんが惨めになるだけじゃん?」

「え、それって……。セトアちゃん、まさかクノちゃんを選ぶの? 淑女なの?」

「二人とも待ってくれ。珈琲か紅茶かって話のはずだ」

「あ、誤魔化した。クノちゃん、セトアちゃんが誤魔化しましたよ」

「セトアが日和った。アリちゃん、これは問題ですね」

「か、勘弁しろ……」


 ――などというよくわからない会話が繰り広げられていた。

 冗談とはいえよくない流れだったため、セトアは必死に話を変えようとする。


「そ、そういえば紅茶! こっちだと、ユールティーが有名だよな」

「そうなの? そんなに有名だったの? ユールティーって」

「一般的って意味ならそうなるじゃん。わたしがいま飲んでるのもそうだよ」」


 ユールティーは紅茶の銘柄で、ほどよい価格でどこでも販売されている。そのため知名度が高く、紅茶と言えばユールティーと言ってしまえるほどだ。


「ていうかセトアが言いたいのは、エレメンタル王国にユールティーの産地があるってことでしょ」

「そうそう、それが言いたかったんだ。カースエア山脈のフレイム山、だよな」


 エンダリア大陸の中央にそびえるカースエア山脈。その東側にあるのがフレイム山だ。


「ユールティーは再生の神ユルケルスが入れ方を教えたって逸話があるよな」

「あーそれね~……」

「意外。セトア、知らないんだ」

「ん? なにをだ?」

「その逸話、ユールティーを販売している人たちがでっちあげたって噂じゃん」

「――!? そうなのか?」

「ゼニリウスだと信じられてるのかな? あたしたちは子供の頃から親に聞かされてるよ」

「えぇ…………」


 むしろ、セトアは父親からその話を教わったというのに。


(いや待てよ、その時母さんは苦笑いをしていた。母さんは知ってたんだ――!)


 真実に気付きショックを受けるセトア。クノティアがぽんぽんと肩を叩いてなだめてくれる。


「まぁまぁセトア。でっちあげっていうのも噂じゃん。本当にユルケルス様が教えてくれのかもよ」

「よく考えたらあたしたち、親から聞かされてきたってだけで……調べたことないもんね~。セトアちゃん、今度調べてみる? 産地に行けばわかるかもよ」

「……二人ともありがとう。いや、大丈夫だ。問題ないよ。ていうかそんなことのためにフレイム山まで行くくらいなら、ユルケルス神殿を見に行くよ」


 ユールティーの産地、フレイム山には古代遺跡ユルケルス神殿がある。それもあってユルケルスに縁のある紅茶だと言われているわけで――後付けのでっちあげと噂される理由でもあるのだろう。


「私、行ったことないからさ。ユルケルス神殿」

「あ、ないの? セトアちゃん」

「嘘でしょ、セトア。人生の8割損してる」

「そんなに!? いや、そうかもなぁ……」


 世界で一番有名な古代遺跡、ユルケルス神殿。そこに一度も足を踏み入れていないのは、古代遺跡好きとしては恥ずかしい限りだった。


「じゃあさ、行く? ユルケルス神殿。今度の休みに」

「……へ?」



                *  *  *



 ――そんなわけで、急遽ユルケルス神殿に行くことになったのだ。


(珈琲か紅茶かって話から、こうなるとは思わなかった)


 もっとも、エレメンタル王国に行くのなら一度は訪れようと思っていた場所だ。それは早ければ早い方がいい。



 セトアはすぐ後ろの幌につけられた窓を捲る。すると、進行方向に大きな山――フレイム山がよく見えた。天気がいいと王都からでも見えるのだが、それよりもずっと大きい。


「二人とも、だいぶフレイム山が近くなってきた」


 カースエア山脈フレイム山。

 フレイム山と言っても、もちろん燃えているわけではない。暑いわけでもない。ただ夏が過ぎて涼しい秋になると、この山の木々の葉が真っ赤に染まるのだ。それを見た昔の人がまるで燃えているようだと表現したことから、炎の山、フレイム山と呼ばれるようになった。


「セトア、フレイム山を中腹まで登るからまだまだかかるよ。あ、ゼニリウスから来たんだからそんなの知ってる?」

「確かに一度通ったけど、反対側からだったし実はあんまり覚えてないんだ」


 このフレイム山を越えて行くと北のゼニリウス王国に辿り着く。もっともゼニリウスの王都は大陸の北端にあるため、山を越えてからも長い。その長距離移動のせいで、フレイム山からジルフィンド王国までは短く感じてしまったのだ。


「ふーんゼニリウスってそんな遠いんだ。大変じゃん」

「そうなんだよな。カースエア山脈のせいで余計に時間かかる」

「そういえば、馬で引くんじゃなくて魔法で動かす乗り物を開発してるらしいじゃん? 話題になってからだいぶ経つけど、あれどうなったんだろ」

「エレメンタルとゼニリウスの共同開発の? なんか難航してるって聞いたな」


 風属性魔法で風車を動かすやり方や、火属性と水属性魔法をぶつけた反応で複雑な機械を動かすやり方など……様々な方法が試されている。セトアはそういう分野はよくわからず理解できなかった。

 ちなみに難航している理由の一つに、カオスフェアネスが暗躍、邪魔をしているという噂がある。組織内で。本当かどうかセトアにはわからないが、あり得なくはないと思っている。


「難航してるんだ……。馬車の倍の速さになるって話で期待してるんだけど。アリちゃんも通学楽になるじゃん? ねぇ……ってアリちゃん寝てるし」

「くぅー…………ハッ! ね、寝てないよ?」

「寝息立ててたぞ、アリーア。でもわかるよ。天気いいし、気持ちのいい風が入ってくる。そしてこの、強すぎない程よい揺れ。眠くならないわけがない」


 セトアたちの他にも五人くらい乗っているのだが、みんな寝ている。


「ジルフィンドから半日かかるからね~……ユルケルス神殿」


 近いように感じるが、やはりそこそこの遠出だ。もっともゼニリウスからだと丸一日はかかるため、こんな気軽には行くことはできない。アリーアとクノティアは中等部の課外授業で訪れたことがあるようだが、セトアはこれまで機会がなかった。

 春にゼニリウスから越して来る際に近くを通ったが、立ち寄れていない。


(馬車の手配は組織がしてくれたし、途中下車できなかったからな。したかったけど)


 念願のユルケルス神殿を素通りするなんて、とても悔しい思いをしたセトア。

 そのため、ユルケルス神殿に行くことが決まってから、かなりウキウキしている。実はいまにも眠ってしまいそうなアリーアと同じくらい眠いのだが、それは興奮して昨夜なかなか眠れなかったからだ。


「早く、見たいな。ユルケルス神殿」

「セトア、わかってると思うけどユルケルス神殿は一度は見ておくべきだよ。中等部の時、興奮した」

「あたしたち二人ですっごく盛り上がってたよね~」

「そうそう。わたしたち今、古代文明が作った建物の中にいるんじゃん! って。あの神秘的な壁画、そして乱立しているようで規則正しく並んでいる柱のようなもの……感動した」

「あたしあれ見て泣きそうになっちゃった……。でもウルウルしてるの見られて近くにいた子に笑われたんだよね」

「うそ、アリちゃん笑われたの? あぶない、わたし見られなくってよかった。ていうかさ、周りみんな引いてたよね。でも興奮するなっていうのが無理じゃん?」

「ほんとだよ~。なんでみんなあんなに落ち着いてたんだろう。不思議だよ」


 以前訪れた時の話で盛り上がる二人。そんな中、口をぐぬぬと曲げているセトア。


「くぅぅぅっ! ……羨ましいっ……!」


 我慢できないくらい楽しみになっていた。

 古代遺跡は各地にあるけれど、一番綺麗に形が残っているというユルケルス神殿は別格。

 小さい頃、書庫でユルケルス神殿のことを知ってからの憧れの場所だ。


「……早く自分の目で見たい……」


 窓の外、まだ青々とした緑が茂るフレイム山を眺め、呟く。

 眠気は完全に吹き飛んでしまっていた。


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