1-6話「この時代の魔法」
古代魔法研究同好会の部室で話し込んでいたらだいぶ遅い時間になってしまった。もう日が暮れ始めている。
セトアは学院近くにある寮に住んでいるため問題ないが、二人はそうではない。急いで帰り支度をして――せっかくなのでセトアは二人を途中まで送ることにした。
王都ジルフィンドは中央に大きな噴水広場があり、そこから東西南北四方に大きな通りが走っていた。そのうちの東の通りの先、町の外れに魔法学院の敷地がある。
魔法学院に続く道は色んな店が建ち並んでいる。学生が使用する日常品、品揃えのいい大きな書店、飲食店も学生が集うカフェはもちろん、しっかり食べられる定食屋まで揃っている。スイーツを販売している屋台なんかもあった。さすがに酒類を出している店はこの辺りには無いが、魔法学院の生徒はこの通りの店だけで大抵のことは事足りてしまう。しかも学生寮は通りの裏手にあり、ちょっとした買い出しもすぐに済ませられる。まさに学生のための通りで、正式名は『東通り』だけど『学院通り』と呼んでいる。
ちなみに件のフィリル商会もこの学生通りに店があり、夕方はいつも学生で賑わっていた。
日が暮れ始めたこの時間でも学院通りには多くの学生がいた。そんな中を歩きながら、ふとセトアは疑問を口にする。
「そういえば二人はどこに住んでるんだ?」
自分が寮に住んでいることは話したが、二人の住居のことは知らない。
――といってもまったく知らないわけではない。クノティアは王都の中、アリーアは王都の外の町に住んでいることまでは調べてある。
「わたしは北大通りの方だよ。通りから少し奥に入ったとこだけどね」
広場から北に走る大通りはそのままエレメンタル城に続いている。セトアはやはり、と納得する。あの辺りは富裕層が住む地域だ。教養や知識の高さから薄々気付いてはいたが、クノティアはそういう家のお嬢様というわけだ。
一方アリーアは、
「あたしは王都じゃないんだ。セトアちゃん、ルフ村って知ってるかなぁ。ここから馬車で、エンダル大河を越えた先にあるんだけど」
「ルフ村? さすがに知ってる。王都のベッドタウンって呼ばれてる町だろ」
「おお~。あはは、なんかすっかり有名になっちゃったね」
王都は人口増加もあってすでに住居が足りなくなっていた。しかし働き口は増えているため、王都に近い村から通って働く人が増えている。
王都から近いルフ村は絶好の立地だった。もともとは村と呼ばれる規模の集落だったが、次第に大きくなり町と呼んで差し支えないほどになっている。
土地にも余裕があるため農地や牧場が拡大され、そこで働くも増え……いつか王都に並ぶ大きさの町になるのではと言われている。
ちなみにエンダル大河は北の山脈から南東に向けて流れる川だ。そのまま海まで繋がっていて、そこにはウンディードという港町があり船を使っての流通が行われている。
「いまのルフ村すごいよね。アリちゃん子供の頃はそうでもなかったんでしょ?」
「うん。ここ10年くらいだと思うよ。急に人が増えて、どんどん大きくなっていってる」
「へぇ~……それは知らなかったな。てことは、アリーアはもともとルフ村の住民なんだ」
「うん! おばあちゃんの頃からね。ずーっとだよ」
人が集まる前は自然に囲まれたゆったりした場所だったと聞く。そういう環境がアリーアの古代魔法への感性を育てたのだろうか。
育った環境による魔法に対する感性の違いについて、研究してみたいと思うセトアだった。
そんな話をしていると広場に辿り着いた。
中央に大きな噴水、その周りにはベンチがあり人が休めるスペースになっていて、出店があったり大道芸を披露している人もいる。
その外周をぐるっと馬車が通る道が整備されていて、建物との間には樹木が等間隔に並んでいる。
噴水の南側は少し開けていて、馬車が止まれるスペースになっていた。ここから南大通りを真っ直ぐ抜けると王都の玄関、ジルフィンド大門がある。王都は外壁で囲まれていて、そこが一番大きな門だ。第一城門なんて呼ばれたりもする。
アリーアはいつも噴水広場で馬車に乗り、大門を出てルフ村へと帰っていくのだ。
「毎日馬車で通うのって大変じゃないか? どれくらいかかるんだ?」
「だいたい40分くらいかなぁ。歩くの入れて学院まで一時間ってとこ。みんなに大変だって言われるけど、もう慣れちゃったよ。馬車の本数も増えたし道もかなり整備されたからね。あんまりガタガタ揺れなくなったんだ。雨で道が悪くなることもなくなったし」
「中等部の最初の頃は雨で遅刻とかあったよね」
「そうそう! 道がぬかるんでるとどうしても遅くなっちゃうんだ。でもだんだん整備が進んで、いまはほとんど遅れない。便利になったよ~」
人が増え、町が大きくなったことで得た恩恵。ゆったりした場所ではなくなってしまったかもしれないが、利点もあるのだろう。
「って、あっ! もう馬車出る時間だ! ていうか御者さんが手を振ってる、待ってくれてるんだ!」
顔見知りの御者なのだろう、アリーアが気付くと御者が後ろの幌を指さして急かした。
「クノちゃん、セトアちゃん、あたし行くね! また明日ね~!」
「はいはい、ほら急げ急げー。またねアリちゃん」
「またな、アリーア」
アリーアが乗り込むと馬車はすぐに出発した。セトアとクノティアはそれを見送り、さて帰ろうとしたところで、クノティアが「あっ」と声を出す。
「セトア、あれ食べていかない? 奢るから」
「え? いいけど、自分で出すよ」
「まぁまぁ。古代魔研に入ってくれたお礼したかったんだよね」
「こだいまけん――あぁ、誰も呼ばないっていう同好会の略称か。いや、礼をされるほどのことじゃないんだけど……わかったよ、ありがたく奢られる」
「いいね、セトアは話が早くて」
二人は少し笑って、広場の屋台に近付いていく。
クノティアが指さしたのは、ポテトを細く切って油で揚げたもの――フライドポテトの店だった。塩を大量に振りかけたそれをカップに盛る。クノティアからそれを受け取り、セトアは一つ食べてみる。かなりしょっぱいのを覚悟したが、思ったほどではない。美味しい。
「――ていうかこれ、手が止まらなくなるな。やばい」
「でしょ? よく買い食いするんだよね」
「へぇ……クノティアの好物?」
「ううん、どっちかと言うとアリちゃんの」
「……ほう。アリーアがいない今、なんでこれを選んだ?」
「あとでアリちゃんが羨ましがるじゃん?」
「だんだんクノティアがどんなヤツかわかってきたぞ」
「いやそれほどでもないって」
クノティアは頬を赤くしてうなじに手を当てる。
「褒めてない……いや嬉しいならいいけどな」
それからパクパクと、無言でポテトを貪る。程よい塩気が食べても食べても次を求めさせるのだ。……これは危険な食べ物なのかもしれない。セトアは謎の警戒をしてしまう。
「ごちそうさま。ね、セトア。また今度さ、遺跡の話しようよ」
「それはもちろん、構わないけど」
むしろ望むところだ。
「アリちゃんともよく話すんだけどさ、どうしても同じ話になるじゃん? だからほんと、セトアが入ってくれて嬉しいんだよね」
「クノティア……。ま、まぁ、私もこれまで、遺跡の深い話をできる人がいなかったからさ」
「お、じゃあよかったじゃん。アリちゃんと偶然出会ってくれてよかったよ。これからもよろしく、セトア」
「……あぁ。よろしく、クノティア」
そんな話をして、広場でクノティアと別れた。
アリーアとクノティアの出会い。それは確かに、いい出会いだった。
(でもそれは――組織の、任務のため?)
答えが出たのか出ないのか。
セトアは黙って空を眺めてから、静かに広場を去った。
* * *
広場を後にしたセトアは、そのまま寮へ――向かわず、途中のフィリル商会に入った。ただし正面ではなく、裏口からだ。
そこには背を向けて在庫管理をしている男性が一人いるだけだった。
セトアは男性に近づき、
「定例報告です。調査の進捗はありません。ただ古代魔法の使い手と接触。調査協力を求めています」
「ご苦労様。引き続き頑張ってください」
男は振り返ることなく返事をする。いつものことだ。気にせずセトアは外に出ようとする。
すると珍しく、その背中に男性から声がかかった。
「カオスフェアネス、世界に混沌を」
「……魔法を正しく使う世界に」
振り返りそう答えると、男性もこちらを向いていて満足そうな笑みを浮かべていた。
セトアは小さく会釈をして、今度こそ外に出る。
「正しく、か……」
今、戦争も無くなり平和なこの時代、魔法は主に生活のために使われている。
授業で一通り攻撃的な魔法を教わるが、それらを実際に使う機会はほとんど無い。
だけど、そんなのは間違っている。本来魔法とは、そういうものではない。
正しく魔法を使う世界に戻そう!
それが、秘密組織カオスフェアネスの思想なのだった。
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