1-5話「マナと神話のお勉強」
この世界はマナで満ち溢れている。
世界の至るところにマナは存在し、どれだけ魔法を使っても枯渇することはない。
そして人は常に呼吸で少量のマナを取り込み、身体の中で循環させている。マナは魔法のためだけにあるのではなく、身体を維持するエネルギーでもあるのだ。
マナ拒絶症は、呼吸で取り込むマナを拒絶してしまう病だ。マナを取り込めず循環が止まれば身体は強ばり、呼吸が乱れ浅くなる。それは喘息の症状に似ていて、とても苦しいものだ。
これは、古代魔法士だけが罹ると言われている奇病。
古代魔法がギフトと呼ばれることが無い、もう一つの理由だ。
そんな病に、クノティア・カミライトが罹っていた。
彼女は属性魔法の天才だ。属性魔法が不得手な古代魔法士とは真逆の存在と言える。そんな彼女がマナ拒絶症に罹っているのは、かなり特異な例だ。
そもそもマナ拒絶症は原因不明の病。何故古代魔法士だけが罹るのかもわかっていないし、発作を抑える薬はあるが治療法は見つかっていない。クノティアが罹った理由なんてそれこそわかるわけがなく、古代魔法士と同じように発作を抑える薬を常に持ち歩くしかなかった。
そして皮肉なことに、アリーアはマナ拒絶症を患っていなかった。やはり後天の古代魔法士は罹らないのだろうか。
「不思議だよね~本当に。中等部の頃もさ、普通逆でしょって言われてたよね」
「面と向かって言う人はいなかったけどね。セトアもそう思ったんじゃん? あ、だいじょぶ気にしないで。わたしたちも思ってることだから」
「う、うん……まぁ私も同じ感想だ。でも大変だな、クノティア」
「本当だよ。知ってる? 突然発作が起きて呼吸が苦しくなるんだよ。来るっ! って予兆はあるんだけど、心構えをするくらいしかできないじゃん」
「そうなのか……。しかも体調で左右されるわけじゃないんだろ?」
「よく知ってるじゃん。やっぱセトアは物知りだ。そうだね、体調良くても悪くても関係無いよ。でも連続で発作が起きることは無いから、これでしばらくは平気なはず」
クノティアはそうやって割り切った感じで話すが、そんな簡単な話ではないだろう。マナ拒絶症の発作が起きれば当然魔法が使えなくなる。色んなところで影響が出る。これまでにたくさん悩んだはずだ。
「ほらほらセトア。そんな深刻な顔しないでよ。それより今後の方針について話そ」
「あ……うん、ごめん。そうだな」
どちらにしろこの話題を引っ張るべきではない。セトアは頭を切り替えた。
「そういえば確認しておきたいことがあった。二人と私の、古代遺跡の知識をすり合わせておきたい」
「古代遺跡の知識? すり合わせって?」
「わたしたちがどこまで知ってるかってこと? それなら、ここと裏側にある本棚を見て貰えばなんとなくわかるんじゃん」
本棚で二部屋に区切られた部室。その向こう側も本棚だった。古代遺跡だけじゃなく魔法の本も数多く置いてある。
「まあな。たぶん基礎知識はバッチリだと思う。だから……歴史だ。神話についてはどう?」
この大陸には一つの神話が伝わっている。それは古代遺跡を語る上で絶対不可欠なものだ。
「セトアちゃん~それくらい知ってるよ~」
「知らないわけないじゃん。というわけでアリちゃんどうぞ」
「えぇ、あたし!? まぁいいけど~……あれだよね、苦難の神様が世界を滅ぼしちゃって、それを助けてくれたのがユルケルス様だよね」
「アリちゃん……」
「ざっくりだなぁ……。流れとしてはそうだけどさ」
念のため、セトアが説明の補足をすることになった。
まず、この世界は創造神エンダリアによって創られた。
同時に三人の神が生まれる。
世界を正常なものにする神、フィリル。
世界に罰と苦難を与える神、カースエア。
世界に再生を与える神、ユルケルス
創造神エンダリアは三人の神に世界を任せ、天上から見守ることにした。
やがて世界に人間が現れ、長い年月をかけて世界中を埋め尽くし、高度な文明を築いた。
しかしある時、人間は神の領域に踏み込み禁忌に触れようとする。
三人の神のうち、苦難の神カースエアは怒り、人類を滅ぼし世界を壊そうとした。
そこへ正常の神、平穏の神とも呼ばれるフィリルが世界を守るために人類に味方し、カースエアに抗った。
しかし破壊の神でもあるカースエアには敵わず、フィリルは殺されてしまう。
邪魔する者がいなくなり世界を破壊し尽くしたカースエアは、怒りを収め天上のエンダリアの下で眠りにつく。
すると、世界に再生の神ユルケルスが現れ、僅かに残っていた人類を導き世界を一から再生していったのだ。
「と、こんなところかな。伝わってる神話の内容はどこの国も同じだとは思うけど」
「そうだね~ちゃんと詳しく聞いたの久しぶりかも。人気あるのはユルケルス様だよね!」
「アリーア、人気って……まぁ知名度はそうだな。ユルケルス、それからカースエア」
世界を再生したユルケルスを信奉している人は多い。なにか困ったことがあると、ユルケルス様、助けてくださいと祈るのだ。
また、災害などが起きた時にはカースエア様怒りをお鎮めくださいと祈る。
「創造神エンダリアは大陸の名前にはなっているけど、信奉とは違うな。芸術家は崇めるらしいけど。そして平穏の神フィリルは……」
「ちょっと影薄いね。人間の味方してくれたのに。ユルケルス様の影に隠れちゃってる感じ」
「まぁ……うん。そうだな」
人類のためカースエアと争い、やられてしまう。平穏の神と呼ばれているのに悲しい神様だ。クノティアのように同情する人はいるが、ユルケルスの影響が強くて信奉には至らない。
「あ、でもクノちゃん。あたし最近よく見かけるよ」
「最近ってか昔からあるでしょ? フィリル商会」
「…………」
フィリル商会とは、各国各都市の流通を担う商業組織の一つ。もとはゼニリウス王国で立ち上げられた商会だが、各地に支社がある割と大きな組織だ。雑貨を取り扱う店舗もあるのでアリーアやクノティアも利用したことがあるのだろう。
「セトアちゃんも知ってるよね? フィリル商会」
「……うん、もちろん。よく知ってるよ」
なにを隠そう、このフィリル商会。秘密組織カオスフェアネスの表の顔だ。
ある意味セトアの実家のようなもの。知らないわけがない。
「よく知ってるの?」
「まあ。ゼニリウスに本部があるしさ。物流商業組織っていくつかあるけど、いま一番有名なんじゃないか?」
「ん~確かにそうかもねぇ。うちらもよくお店行くもんね?」
「うん。色んな国の物が買えて便利だし、わたしは好きだよ」
内心よしよしと頷くセトア。身内贔屓で褒めてしまったが、二人にも好評のようでよかった。
表の顔を物流組織にすることで自然と各地に拠点を置くことができる。セトアが組織のことで二番目にすごいと思っているところだ。ちなみに一番はもちろん書庫。
「おっと、話が逸れたな。神話では苦難の神カースエアによって人類が滅ぼされかけたわけだけど、古代遺跡はその頃の文明のものだ。正確な年数はわからないが、およそ2000年前だと推測されている」
「神様も容赦ないよね~。いま見つかってる古代遺跡、ほとんど形が残ってないもんね」
「ちゃんとあるのユルケルス神殿くらいじゃん? 他は地下の部分だけ残ってるのが多いよね」
「二人ともさすがだな。建物の基礎だけだったり、なにか建ててあった痕跡だけだったりな。簡易的に作られたと思われる中身の無い建物もあるが、そういうのは価値が無いとされて壊されてしまうんだ」
「ふんふん。じゃあそういうのがここにあったってこと~?」
アリーアが下を指さす。魔法学院の敷地という意味だ。
「なにも無い廃墟だったらしいから、そうなる。実は遺跡の跡地に建てられた建物は結構あるんだ。でも地下遺跡の噂があるのはこの学院くらいだろう」
「それってさセトア。ここが魔法学院だから?」
「私はそう思ってる」
「……え、どゆこと? あたしぜんぜんわかんないんだけど? 魔法学院だと地下遺跡の噂されちゃうの? どうして?」
「そんな難しいことじゃないよアリちゃん。この学院って実はエレメンタル王国の重要機関じゃん? 魔法士を育成する場所で、塔には研究施設もある。そんな場所だから、なにかあると思われちゃうんだよ」
「ああ~、なるほどね。……あれ? じゃあやっぱ地下遺跡なんて無いの? 噂だけ?」
「それだけで判断しちゃだめだよアリちゃん。そういう噂の中に真実が眠ってることがある。でしょ?」
「そうだった! どんなに可能性の低い噂でも根気よく調べろって本に書いてあったね」
二人の言う通りだ、とセトアは思う。噂や伝承話、そういう中に歴史の真実が眠っていることがある。
……ただ、この学院の地下については過去何人も組織の人間が調査をしている。何も無しと判断されたようなものなのだ。
(さすがにそれは言えないけどな。組織のことは絶対秘密だ。協力を得られなくなる)
「すり合わせはこんなもんか。二人ともありがとう。ふぅ……ちょっとたくさん話をして疲れたな。でも……」
セトアはそこで言葉を止めて、アリーアとクノティアを見る。
「どうしたの? セトアちゃん」
「でも、なに? セトア」
「……ううん、なんでもない。あとは今後の方針を少し話し合いたいな」
こんなにたくさん古代遺跡の話ができて嬉しい。
言いかけた言葉を、セトアは飲み込んでしまうのだった。
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