1-4話「アリーアの古代魔法」
「いまさら気付いたけど、セトアって頭いいよね」
放課後、セトアたち三人が古代魔法研究同好会の部室に向かう道すがら、クノティアがそんなことを言い出した。
ちなみに魔法学院の校舎は上から見ると正方形で、その四隅にそれぞれ巨大な塔が建っている。校舎も七階まである大きな建物だが、塔はそれよりも高い。何階まであるのかは非公開で、上の方は国の魔法研究施設になっていて生徒は立ち入り禁止。外観からの推測でおそらく10階から12階だろうと言われているが、セトアの秘密組織でも調べ切れていない。学院地下なんかよりも謎が多そうだが、あくまで塔はこの時代に建てられたもの。組織はあまり重要視していないようだ。
同好会の部室はその塔の一つ、風の塔と呼ばれる場所にある。本校舎の一階と二階に渡り廊下があり、セトアたちはその二階の廊下を歩いていた。
「頭いいって……クノティア、なんで急に」
「だって歴史とか言語学の授業、先生に指名されてもスラスラ答えてたじゃん。あれ教科書見てなかったよね?」
「そうなの!? セトアちゃんすごいね?」
「う、いや、そうかな? それほどでもないって。あはは……」
組織の書庫で育ったセトアにとって、歴史と言語学は得意分野だった。
魔法学院、セトアたちは魔法科のクラスだが、魔法だけを学ぶわけではない。
共通科目として歴史、商学、言語学、基礎運動、それから選択制の音楽がある。
今日は魔法実技の後に歴史と言語学の授業があったのだ。
「ていうかクノティア、よく見てたな」
「こうして同志になったわけじゃん。昨日までは気付かなかったことも、目に入るようになったんだよ」
「それは……まぁ、私もわかるけど」
セトアも授業中の二人の様子が目に入るようになった――というより積極的に観察していた。
「アリーアは歴史も苦手そうだったな」
「ぎくっ。……そうなんだよねぇ。覚えられなくって。セトアちゃん苦手なのある?」
「商学かな。あんまり得意じゃない」
「そうなの? 意外~」
「ははは……言われると思った」
セトアのいたゼニリウス王国は商業が盛んだ。北方の痩せた大地なため、他国との貿易がとても重要になる。当然学校では商学に力を入れている。なのでゼニリウスから来たのに商学が苦手となれば、意外と思われるのも当然だった。
「実は母親がアーツガルド出身の武術家なんだ。それで護身術を習っているうちに、商学への興味がなくなったのかも。……とにかく、私には向いてなかったんだ。だからここに来た」
「おぉ~そうなんだ? なるほどね!」
感心するアリーア。クノティアも黙って首を縦に振っている。
母親のことは本当だが、ここへ来た本当の理由は任務のため。商学が苦手でそれよりも得意な魔法を学びたいと思った、というのは入学試験の際に用意しておいた嘘の理由。だけど、いまでは半ば本当の理由になりつつある。
「向こうでは魔法、少しは自信あったんだけどな。こっちじゃ全然だ。ちなみにクノティアは? 苦手な授業とかあるのか?」
「わたしは満遍なく成績いいよ。ふふん」
「そうなのか。まぁイメージ通りだな」
さすが天才。努力をしていることもわかったけど、どうしてもそう思わざるを得ない。
「クノちゃんちょっとウソついてるよね、それ」
「なっ、なにを言うのかなアリちゃん?」
「セトアちゃん、騙されちゃだめだよ。クノちゃん魔法道具は苦手でしょ?」
「さあ早く部室に行こ。時間がもったいないじゃん。あーもったいないなぁ」
「あ! 誤魔化してる! クノちゃん!」
「魔法道具か……なるほどな」
魔法科の授業には魔法道具の知識、作成、使い方の授業がある。どうやらクノティアはそれが苦手らしい。
詠唱を必要としない彼女のことだ、魔法道具への関心が低いのかもしれない。
「もう、クノちゃんってば見栄っ張りなんだから。あ、そうだもうひとつあった。選択音楽の楽器もぜんぜんダメなんだよね~」
「アリちゃん! だから声楽選んでるんじゃん。楽器なんかできなくたっていいよ」
「……単に道具を使ったなにかが苦手なのか?」
「ほら二人とも早く部室に行くよっ」
逃げるように早足になったクノティア。セトアとアリーアは顔を見合わせて笑い合い、急いで追いかけるのだった。
* * *
「さて、いよいよアリちゃんの古代魔法について話そっか」
「待ってました」
「そ、そんなに急がなくていいんじゃない? もうちょっと落ち着いてからでも」
部室に入り、昨日と同じように入口側にセトアが座り、左右にクノティアとアリーアが座る。早速話を始めようとしたのに、アリーアが待ったをかける。
「アリちゃん先延ばしにしたってしょうがないよ?」
「そうだぞ。私は絶対に聞く。話すまで帰さないぞ」
「意外とセトアちゃんの圧が強い……! わかったよう、もう。口で言うより見せた方が早いから、これから使うね」
「むしろ口での説明が要るでしょ。まいっか。アリちゃん、なに使うの?」
「一番わかりやすいのかな~」
「ん……?」
二人の会話に、セトアは首を傾げる。
(なにを使うか? 一番わかりやすいの? ……どういう意味だ?)
まるでその言い方は――。
そこまで考えたところで、突然シュポッ! という音がしてハッとする。
横の本棚から一冊の本が飛び出し、宙に浮かんで制止していた。
目を見開いて固まるセトア。そんな彼女の目の前で本が勝手に開き、パラパラとページをめくっていく。そしてくるりと一回転して、パタンとテーブルの上に落ちた。
(――――――!?!?!?)
静まり返る部室。穴が開くほど本を見つめ続けるセトア。頭の中は真っ白だった。
「いい反応じゃんセトア。どう? これがアリちゃんの古代魔法だよ」
「……これ、が……アリーアの――え? うそだろ、理力系の古代魔法……サイコキネシスか!?」
手を触れず、風を起こすこともなく、離れた物を動かす魔法。
古代魔法について勉強した人なら――いいやそうでなくとも知っている。
この世界で一番有名な古代魔法の使い手、魔法士アプロテプスが使う魔法だ。
それと――同じ?
「すごい、伝説レベルの魔法だ! 覚悟しとけって言われたけど、まさかサイコキネシスだなんて! 普通思わないって!」
「そ、そう? えへへ……でも魔法士アプロテプスさんほどじゃないよ? あたしはあの人の魔法を真似ただけだから」
「まね……は? 真似た? どういうことだ?」
古代魔法は持って生まれた力、天性の魔法。使える魔法は一つだけ。……のはずだが。
「いや――そうだ、例外があるんだ。複数の古代魔法を使う……。まさかアリーア、後天の古代魔法士なのか!?」
「うん、一応そういう分類になるかな」
「――――っ」
セトアは驚きすぎて口をパクパクさせることしかできない。声を出せなかった。
後天の古代魔法士。その名の通り、後天的に古代魔法を使えるようになった魔法士のことだ。もちろん簡単な話ではない。なろうとしてなれるものではない。
何故なら、普通の人は古代魔法がどういう仕組みで発動しているのか理解できず、真似することなんてできない。だけど後天の古代魔法士はそれを理解する。それにより先天の古代魔法士の魔法を再現できるのだ。さすがに威力や効果などは劣るようだが、代わりに複数の古代魔法を使うことができる。
(古代魔法を理解できるというのも……ある意味、持って生まれた力。天性のそれ
違いは無い、なんて言われたりもしてるけど)
後天の魔法士が現れたのはここ十数年のことらしいが、片手で数えられる程の人数しかいない。ある意味、先天性の古代魔法士よりも希少な才能と考えるべきだろう。
どちらにしろ、古代魔法は選ばれた人にしか使えない力だ。
――だけど決して、天からの贈り物、ギフトと呼ばれることはなかった。
理由は二つある。その一つはアリーアを見てわかる通り、属性魔法が極端に苦手だ。まったく使えないわけではないがとにかく不得手。これは過去の古代魔法士すべてに言えることだった。
この世の中で属性魔法がまともに使えないというのは、それだけで生活に支障が出る。古代魔法という一芸に秀でていても、普通に生活するには不便というわけだ。
そしてもう一つ――古代魔法士は、高確率である特殊な持病を抱えることになる。
(あ、でも後天の古代魔法士は罹らないんだっけ? 例が少なすぎてわからないけど)
とにかく、デメリットが多いため、古代魔法は手放しに喜べる才能ではないのだ。
セトアが一人腕を組んで考え込んでいると、
「おーいセトアちゃん帰っておいで~」
「驚きすぎて目がマジになっちゃってるじゃん」
「ハッ――ご、ごめん。いや、古代魔法士に出会えただけでもすごいのに、まさか後天性だなんてさ。本当に、恐れ入ったよ……」
「すごい? すごいでしょ? ふっふーん! もっと褒めていいよ! あ、でも言いふらさないでね」
「アリちゃん、人に褒められるの好きなクセに噂は広めて欲しくないのめんどくさいよ」
「クノちゃん!? めんどくさいって言った? ねぇ!」
「言ったよ言った。セトアもそう思うよね?」
「あ、あはは……」
答えられず、苦笑いで誤魔化すセトア。正直、セトアはそんなことを気にしている余裕がなかった。
(これは……すごいことになったな)
古代魔法を複数扱えるというのは、遺跡探しにおいてとてつもないアドバンテージとなる。
隠された遺跡は古代魔法により発見されることが多いが、それにはどうも相性があるらしい。先の魔法士アプロテプスは強力な古代魔法を使えるが、遺跡を発見したことはない。彼の魔法には無反応だったのに他の古代魔法を使うと扉が現れた、なんてことが多々あるらしい。そのため相性があると言われるようになったが――後天の古代魔法士はその問題をクリアできる。これはかなり大きい。
アリーアと一緒なら、本当に古代遺跡を見付けられるかもしれない。セトアの期待がどんどん膨らんでいく。
(あ、そうだ。一応例の病気のことを聞いておこう。今後のためにも)
そう思いセトアは顔を上げて、二人の方を向き――目を見開く。
「うっ……くっ――」
クノティアが胸を押さえてテーブルに突っ伏していた。
「えっ、クノティア!? アリーア、なにをしたんだ!?」
「ちちちがうよ! クノちゃん、薬は?」
「あ、あるよ。だいじょぶ……」
そう答えて、クノティアはポケットから小さなポーチを取り出し、中から薬を取りだして口に含んだ。
「え……?」
チラッと見えたその薬に、セトアは見覚えがあった。
秘密組織カオスフェアネスのメンバーにも先天性の古代魔法士がいる。その人が発作を抑えるために常備している薬、それと同じ物だ。
(いや、でも、なんでクノティアが――)
薬を飲んだクノティアは、息を止めて全力疾走したあとの様に荒く肩で呼吸をする。それが少し落ち着くと、大きく深呼吸。ようやく顔を上げて椅子に深く座り直した。
「ふぅ~……。ごめん、もう落ち着いたよ」
「大丈夫? クノちゃん、楽にしてなよ。発作のあとはきついでしょ?」
「薬すぐに飲んだし……もう少し呼吸を整えれば、大丈夫だよ。それよりごめんねセトア。驚いた、よね?」
「そりゃ……そうだよ。クノティア……マナ拒絶症なの?」
セトアがそう尋ねると、こくりと頷くクノティア。
マナ拒絶症。この世界に満ちる、魔法の源マナ。それを拒絶してしまう病気。
古代魔法士が高確率で罹ると言われている。
(なんでクノティアが罹っているんだ!?)
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