1-3話「属性魔法の使い方」


 古代魔法研究同好会に入ることになったセトア。

 だけど部活動は放課後だ。それまで魔法学院の授業を受けなければならない。


 実はセトア、授業についていくので精一杯だった。さすがは属性魔法の名門校。他所とはレベルが違う。魔法の使い手は特級から三級にランク付けられるのだが、二級に手が届きそうな生徒がゴロゴロしている。ちなみに高等部に上がった段階で全員三級になる。なのでセトアも三級になるのだが、基礎の習得だけが条件なので評価には繋がらない。対して二級の試験は相当難しく、学生の間に二級試験に受かることが生徒たちの目標になる。

 ちなみに一級試験は学院を卒業していることが条件なので、試験を受けることができない。ただ天才クノティアは一級クラスの魔法が使えているのではないかと、もっぱらの噂だ。


 魔法の授業を受ける度に、セトアは自分が基礎中の基礎しか教わってこなかったことを痛感する。

 魔法の基礎、そしてマナについて、セトアは改めて整理してみる。


 この世界には魔法を使うために必要なマナが満ち溢れている。

 そのマナとは、四属性のエレメントがくっつき合い、一つになっている状態のことだ。


 人は魔法を使う際に、スペースと呼ばれる目に見えない精神器官にマナを取り込む。スペースは四つに部屋に分かれていて、そのうちの一つにマナを入れる。そうして使いたい一つの属性に変換するのだ。次に使いたい魔法をイメージし、スペースの形を変える。そうすることで中のマナの形も変えてしまう。スペースは魔法の鋳型だ。マナを想像した通りに形を整えて、外に撃ち出している。


 まとめると、外部のマナを体内のスペースに取り込み、一つの属性に変換し、スペースを鋳型にして魔法を作り、撃ち出す。これが魔法を使う際の手順だ。


 セトアはこの基礎を一応理解はしていたが、こんなことを意識して魔法を使ったことがない。というか意識しなくても魔法は使える。だけどそれだと、属性を変換する時のロスが大きくなってしまうらしい。四属性から作り出す派生属性も上手くできなくなる。

 実際、それを教わり意識するようにしてからかなり上達したが、常に意識するのはまだ慣れなかった。


「火属性は炎を出すだけでなく光や熱を発することもでき、光属性に派生する、と。それには変換のロスを極力減らさないといけなくて……はぁ、これ実際に魔法にするの難しいな」

「わかる、わかるよセトアちゃん!」


 実技授業の合間、セトアが座って休んでると隣りにアリーアがやってきた。

 授業内容を復唱していたのが聞こえたらしい。


「あたしもねー、苦手なんだよ。授業聞いてもさっぱりわかんないんだ」

「苦手って、アリーア……。あぁ、でもそっか。古代魔法士だからか」


 古代魔法の使い手は、得てして属性魔法が苦手である。魔法のイメージの仕方が根本から違うようなのだ。アリーアもそうなのだろう。


「あはは、たぶんね。もうちょい使えるようになりたいんだけどなぁ。セトアちゃんはゼニリウスから来たんだっけ? やっぱこっちのが授業難しいの?」

「思った以上だよ。属性の派生とか基礎として教わるだけで実技は無かったし。こっちでは中等部からもう始めてるんだろ? こんなにレベルが違うとは思わなかった」


 セトアたちの大陸、エンダリアには三つの国がある。

 北方の雪国、ゼニリウス王国。南西、荒涼の大地を統べるアーツガルド共和国。そして南東、大草原に王都を抱く魔法の国エレメンタル王国。

 ゼニリウスも魔法に力を入れてはいるが、本場であるエレメンタル王国には敵わなかった。


「ていうか、アリーアはクノティアに教わったりしないのか? 魔法のコツとかさ」

「ん~、クノちゃんはなぁ……」


 アリーアの視線の先を追うと、ちょうどクノティアがみんなの前で魔法を披露しているところだった。授業で教わった魔法をばんばん使ってる。それも無詠唱だ。ただみんなより威力が強かったり、範囲が小さくなったり、少し安定していない。それでも次々に魔法を使うもんだからみんな手を止めて見入っていた。


「ねぇセトアちゃん。属性魔法って普通詠唱するでしょう? ファイヤーボールなら、集いし炎、我が手のひらに。放て! とか」

「うん、そうだな。普通は」


 魔法を使う際のキモである、使いたい魔法をイメージする力。これがしっかりしていないとスペースを鋳型にすることができず魔法は失敗する。

 そんな想像力を補助するのが詠唱だ。

 アリーアが例に出した詠唱は学院で教わるオーソドックスなものだが、周りの生徒みんながこの詠唱で魔法を使うため、かなりイメージがし易くなっている。『みんなが使う詠唱』はそれだけで魔法の精度を高めてくれる詠唱となるのだ。


 もちろんそれにこだわらなくたっていい。自分に合ったものを使い込むのが一番。この詠唱はこの魔法だと覚えるのが大事。そうすることで瞬時に魔法を使えるようになるからだ。


 ちなみにすべての魔法に詠唱を使うわけではない。ちょっと火を付ける程度なら詠唱はいらない。日常的に使っている魔法に補助は必要ないのだ。


「クノちゃんってね、基本的に詠唱しないんだよね。試験の時だけ仕方なく使ったりするけど、詠唱がいらないんだよ。たぶん他の人とイメージの仕方が違うんじゃないかなぁ」

「へぇ……」


 詠唱しなくても自在に魔法をイメージできる。

 つまりクノティアは、日常魔法と同じ感覚ですべての魔法を使っているのだ。

 もしくはアリーアの言う通り、他人とはイメージの仕方が違うのか。

 どちらにしろ、そういうところが天才と呼ばれる由縁なのだろう。


「でね、そんなだからかな。……魔法を人に教えるのがものすっごく下手なの!」

「あぁ――なるほどな」


 天才だからと言って、教えるのが上手いとは限らない。クノティアのように無詠唱に特化しているのなら尚更そうなんだろう。セトアは納得した。


「ちょっとアリちゃん、セトアに変なこと吹き込まないでくれる?」


 そこへ、魔法の実演が終わったクノティアがやって来た。どうやら聞こえていたらしい。


「変じゃないよ。事実だよ事実!」

「ちなみにクノティア。アリーアにどんな風に教えたの?」

「普通だよ? 使いたい魔法を思い浮かべながらマナを取り込んでパッと出す。それだけじゃん」

「いやいや待て待て。普通はまず属性を決めて、魔法の範囲、威力などの大きさをイメージして、それからマナを取り込むだろ。その後もスペースで形を整えないといけないし、そんなパパッとできるもんじゃないが?」


 手順が多く聞こえるかもしれないが、その一つ一つに時間はかからない。だけどクノティアの説明だとそれらが一瞬に聞こえてしまう。さすがにそこまでは無理だ。


「いつも思うけどみんな小難しく考えすぎじゃん? パパっといこうよ」

「はぁ……なるほどな。クノティアはイメージも鋳型を作るのも、とにかく速いんだ。流れるようにできちゃうわけだ。……じゃあせめて、コツとかないのか?」

「魔法のイメージとそれを形にするのが速いってのは先生にも言われたよ。でも、コツって言われても……そんなの意識したことないじゃん? 普通」

「うーん、無意識でやってるってことか。こりゃ確かに教わるの難しそうだ」


 気が付けば遠巻きに他の生徒がセトアたちのやり取りを見守っていたが、セトアの結論にやっぱりなぁという顔になる。中等部からクノティアのことを知っている生徒はすでに通った道なのだろう。


「あ、でもね。クノちゃんの魔法も完璧ってわけじゃないんだよ」

「ちょっとアリちゃん。……まぁいずれわかることだからいいけどさ」


 セトアが首を傾げると、クノティアは自ら欠点を教えてくれる。


「実は魔法の範囲コントロールが苦手なんだよ。魔法自体は完璧に発動するじゃん? でも思ったより大きかったり、小さかったりしちゃうんだ」

「へぇ……。それって発動が速いからだったりするのか? ゆっくりイメージすればちゃんとコントロールできるとか」

「もちろんそれも試したよ。でも変わらないんだよね。だからもう数こなして体で覚えるようにしてる」

「セトアちゃん、ここだけの話だけどね、クノちゃんって帰ってからもひたすら同じ魔法を練習してるんだよ。何回も何回も。すごいよね」

「だってひたすら反復練習するしかないじゃん、こういうのって。それで……まぁもう日課になっちゃったよ。やらないと落ち着かないんだよね」

「おぉ……なるほどな。クノティアも努力してるってわけだ」


 天才だからといってなんでも上手くいくわけではないらしい。ちゃんと努力もしているんだ。


「クノティアはすごいな。よし、私もみんなに置いてかれないように頑張るよ」

「あ、あたしも、がんばる……よ?」

「あはは………あ、そういえばアリーア。昨日聞きそびれたけど、いったいどんな古代魔法が使えるんだ?」

「うぇ!? な、なに突然!」

「いやまぁ確かに急に話変えちゃったけどさ。そこまで驚くか? ……今後のためにも聞いておきたいんだが」


 属性魔法が四属性、多種多様な魔法を使えるのに対し、古代魔法士は一つの古代魔法しか使えない。しかも生まれた時から決まっている、天性のものだ。

 その魔法の効果は人によって違う。だから本人に聞くしかないのだが――。


「ほ、放課後でもいい? いまはほら授業中だから!」

「ん? ああそうだな。そうだった」


 アリーアの言う通り。実技授業の合間にする話ではないだろう。

 とはいえ、どうもアリーアはあまり話したくなさそうな様子である。


(そもそも古代魔法のことを隠そうとしてたもんな)


 昔は古代魔法を使う人は迫害されていたらしい。自分たちとは違う、特異な魔法を恐れていたのだ。属性魔法が不得手というのも、異端扱いされる理由となっていた。

 だけど現代では、そういった考えは改められた。特にセトアたちの世代になると、古代魔法を使って世界を救うような物語が流行り、むしろ英雄のようなイメージが強くなっていた。

 アリーアもそういう世代のはずなのに。どこか考え方が古い。

 だからといって聞くのを諦めるつもりはないが。


「じゃ、アリーア。放課後に。約束だ」

「う、うん……」

「アリちゃん往生際悪いなぁ。ま、気持ちわかるけどね。セトア、覚悟しといた方がいいよ?」

「え? どういう意味だ?」


 迫害の件で隠したがっているだけ、ではないのだろうか。


「ここで教えたら意味ないじゃん。放課後のお楽しみに」


 もしかして、とんでもなくすごい魔法なのだろうか。

 セトアは覚悟よりも、期待を膨らませるのだった。

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