1-2話「例え信憑性の無い噂でも」
エレメンタル王国、王都ジルフィンド。
街の西側に広大な敷地を持つ国立ジルフィンド魔法学院。
世界で一番の属性魔法の名門校。属性魔法を極めんとする若者たちが集う学び舎だ。
『ジルフィンドの魔法学院地下には古代遺跡があるという。その噂の真偽を確かめ、遺跡が本当にあるのなら調査せよ』
それが、秘密組織カオスフェアネスがセトアに下した命だった。
国立ジルフィンド魔法学院に入学し、学院内を調べる。要するに潜入任務だ。在学中に成果を上げなければならない。
しかしセトアは、この任務に対してあまりやる気を感じていなかった。
その理由は二つ。一つは、セトアには普通の魔法――属性魔法しか使えないこと。
古代遺跡の大半は古代魔法により見つかっている。もちろん最初からオープンな遺跡もあるが、もし本当に学院地下に遺跡があるのならそれは隠された遺跡だろう。セトア一人では見付けられるはずがないと考えていた。
もう一つの理由は、この使命が組織の新人、見習い、駆け出しの調査能力試験だと知っているからだ。
実は学院の古代遺跡の噂はかなり信憑性が低い。これまでに何人もこの任務を受けて学院に入学し、なにも見付けられずに卒業、もしくは転校して他の任務に就いている。そうなることは組織もわかっていて、学院の調査という危険の少ない任務で新人の能力を測っているわけだ。
もちろん本来ならこんな情報、調査員本人には知らされない。それでは試験にならない。
だが――セトアは聞いてしまった。
彼女の両親は組織の幹部クラスで、二人が試験について話しているのを幼い頃に聞いてしまったのだ。小さいセトアにそんな話わかるまいと思っていたのだろう。しかし彼女はきっちり覚えていた。成長し、その会話の意味を理解してしまった。両親はそんな出来事すっかり忘れてしまったのに、だ。
そしてついに、自分にもその任務という名の試験を受ける時が来た。
当然だが、裏事情を知っているセトアのモチベーションはとても低かった。なにも見つからないとわかっている調査なんてやる気が出ない。しかし能力を測る試験でもあるため活動しないわけにもいかない。手を抜けない。そんな微妙な気持ちで学院に潜入していたのだった。
(だけど……話が変わってきたな)
アリーア・エルトーン。古代魔法を使える少女。
クノティア・カミライト。属性魔法の天才。
二人の協力を得られれば、噂が嘘だったとしても他の古代遺跡の情報が手に入るかもしれない。それどころか――
(――古代遺跡そのものを発見できるかも!? やばい、やばいぞそれは!)
そんなことを考えたらモチベーションが爆上がりしたセトア。
実は彼女、古代遺跡マニアだ。組織の書庫で遺跡の本を読み漁って育ったためこうなった。
彼女は常々思っていたのだ。信憑性の低い学院地下なんかより、もっと可能性の高い地域を調べたいと。
そしてそのチャンス巡ってきたのだ。予想外の収穫に自然と口元に笑みが浮かんでしまう。
完全に上の空のセトアは、アリーアとクノティアに手を引かれ背中を押されなすがまま、廊下を歩いて行き――
バタン!
「……あれ? ここ、どこだ?」
――気が付けば、見知らぬ部屋に連れ込まれていた。
あまり大きな部屋ではない。右側に物置棚、左には本棚、真ん中に長方形のテーブル。それだけでもういっぱいいっぱいだ。
(いや、本棚の後ろが壁じゃない。向こうにもスペースがある)
本棚で仕切って二部屋風にしているらしい。よく見ると一番奥から本棚裏に回れそうだ。
セトアがキョロキョロしていると、アリーアとクノティアが椅子を用意してセトアを手前に座らせる。彼女たちはその左右に座った。
「ようこそセトアちゃん。古代魔法研究同好会へ!」
「え……古代魔法研究……同好会?」
「通称、古代魔研。あんまりそう呼ぶ人いないけど。ここはその部室じゃん」
「そんな同好会があったのか。じゃあ二人はここに所属してる?」
「ご名答! セトアちゃん!」
「メンバーわたしたちしかいないけど」
「ふ、二人だけ? そうなのか。でもなんで私をここへ?」
「ここなら落ち着いて話せるじゃん? さ、セトア。さっき言ってた学院地下の古代遺跡の話。詳しく聞かせてもらうよ」
確かに他の誰かにはあまり聞かれたくない話だ。セトアにとってもこの部屋は都合がいい。納得し、机の上に手を組んで話し始める。
「わかった。そういうことなら早速話すよ。私も二人に聞いてもらいたいし。
……実は世間には殆ど知られていない話なんだけど、かつてこの地には廃墟同然の古代遺跡があった。隠されてない、最初から開いていた遺跡だ。だけどね、建物の跡があるだけで、生活の痕跡が一つも見つからない。当然魔剣なんてあるわけがない。調査の結果、遺跡は無価値と判断され撤去されてしまう。そうしてできた開いた土地に、魔法学院が建てられたんだ」
セトアがそこまで話すと、アリーアが目を見開く。
「そうなの? 初耳だよ! クノちゃん知ってた?」
「ううん、知らない。学院の歴史の本にも、学院ができる前のことは記録されてなかったじゃん。全部目を通したわけじゃないけど」
セトアは内心ほくそ笑む。組織の書庫の蔵書がいかに素晴らしいか証明できて鼻が高い。
「セトアちゃんどこでそんな話聞いたの?」
「うぇ!? あぁ、それはあれだ、古い建築関係の本に書いてあった。――続き話すぞ」
情報の出所を答えるわけにはいかない。深く突っ込まれる前に話を進めてしまう。
「で――そう、遺跡の跡地に魔法学院が建てられたんだ。だけど程なくして噂が流れる。廃墟同然の遺跡、そこには地下部分があったのではないか。普通では辿り着けない、隠された古代遺跡が眠っているに違いない。――とね」
「ほおおおぉぉぉ! いいねいいね!」
「アリちゃん落ち着いて。でもすごく本当っぽい噂じゃん。地上の廃墟はカモフラージュ。本命は地下。うん……いいじゃん! あり得るよそれ!」
「クノティアも落ち着いて……。いや、盛り上がってるとこ悪いけど、この噂、根拠も証拠もなにもないんだ。信憑性が無に等しい」
本当にありそうに聞こえてしまう話なので、二人がテンションを上げてしまう気持ちもわかる。幼い頃に話を聞いたセトアも同じように興奮した。だけどどれだけ調べても、地下に遺跡があるという根拠が見つからない。これはただの妄想なんじゃないか、と思うようになった。
そしてさらに、過去何人も学院に潜入して調査をしたのになにも出てこなかったと知ってしまい――噂は噂、ただの空想だと断定してしまった。
「でもセトア、その信憑性の低い噂を調べてたってことは、信じてるんじゃん? 見付けたいんでしょ、古代遺跡」
「まぁ……うん」
ギクリとする。噂自体はもうほとんど信じていないが、調べないわけにもいかないため調べている。……とは説明できない。
「わかる、気持ちわかるよセトアちゃん! 古代遺跡ってそういうもんだよね。どんなに信憑性の低い噂でも信じたくなる!」
「あはは……」
ちょっと耳が痛いセトア。確かにアリーアの言う通りだ。どんなに信憑性が低くても信じて調べる、そうしてようやく古代遺跡が見つかるのだ。
だけど普通では知り得ない情報を知ってしまったセトアは、どうしてもその志を維持できなかった。
「ん……あれ? 気持ちがわかるって、もしかしてアリーアも古代遺跡を探してるの?」
薄々感じてはいたが、アリーア、そしてクノティアも、古代遺跡に興味津々だ。そしていまのアリーアの台詞は、実際に探しているからこその言葉だろう。
セトアの疑問に、クノティアが答えてくれる。
「アリちゃんがっていうか、私たち古代魔法研究同好会が、ってところかな」
「そうなの……? 古代魔法を研究する同好会じゃないのか?」
「もちろんそうだよ。でもほら、古代魔法と古代遺跡ってセットなところあるじゃん? だから同好会の活動内容の一つにしてるんだ。せっかくアリちゃんいるんだし。見付けてみたいでじゃん」
「えへへ……でもあたしの古代魔法で見付けられるかどうか、わからないけどね」
「……?」
どういう意味だろう。セトアは首を傾げる。
そもそもアリーアの古代魔法がどんなものなのか。まずはそれを知らなければならない。
尋ねようとしたのだけど、突然アリーアがずいっと身を乗り出して顔を近付けてきた。
「で、どうかなセトアちゃん!」
「な、なにが? どう?」
戸惑っていると、クノティアも身を乗り出してくる。
「セトアって意外と鈍い? ぶっちゃけさ、ここに連れ込んだのは落ち着いて話したかっただけじゃないよ?」
「――――あ、もしかして私、勧誘されてる?」
「せいかーい!」
鈍いと言われたことには納得いかないが、確かにこれは勧誘される流れだった。部室に連れ込まれた時点で気付くべきだったかもしれない。
「ねぇセトア。わたしたちは古代遺跡を見付けたい。セトアは学院地下の古代遺跡の噂を調べたい。目的は一致してるじゃん? ここは一つ手を組もうよ」
「セトアちゃんは古代魔法が使えるあたしの力を借りたいんでしょ~? だったら、入部するしかないと思うな~」
「うわ、アリちゃんワルだなぁ。悪い顔してるじゃーん」
「そういうクノちゃんこそ悪いなぁ、悪い顔だなぁ」
「あ、あはははは……」
苦笑いをするセトア。正直入部することに特に抵抗はないのだが、二人の様子を見ていると不安になってしまう。この子たちに力を借りて本当に大丈夫なのか、という。
(ま、もう後には引けないな)
セトアは意を決し、ニヤリと笑う。
「いいよ。クノティアの言う通り目的は一致している。アリーアの力も借りたい。古代魔法研究同好会に入部するよ」
途端、二人が勢いよく立ち上がる。
「やったー! 部員ゲット! クノちゃん、いぇい!」
「いぇい! 同好会も面白くなりそうじゃん。これからよろしく、セトア」
ハイタッチしている二人に呆気に取られたが、セトアも立ち上がり、両手を挙げる。
「こっちこそ、よろしく」
――パン!
セトアの両手に、アリーアとクノティアがハイタッチをする。
やる気のなかった潜入調査だったが――。
面白いことになる。いまはそんな予感がしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます