1章 古代魔法研究同好会
1-1話「学院の地下には古代遺跡が眠っている」
「やっぱり、なにもないよなぁ」
魔法学院一年生、セトア・スリフォート。彼女は学院校舎の廊下で一人ぼやいていた。
『学院の地下には古代遺跡が眠っている』
そんな噂の真偽を確かめるため、日が暮れる寸前の黄昏時、巨大な校舎を練り歩いている。
灰色髪のショートヘア、中性的な顔立ちの彼女は性格も少々男っぽいところがあり、信憑性の低いその噂もほとんど信じていなかった。
それでもこうして調査しているのは、それがやらねばならないことだからだ。興味本位だけで調べているわけではないのだ。
ワケあって調べなければならないが、信じていないからやる気が出ない。それはハッキリ顔に出ていて、明らかに仕方なくという投げやりな表情だ。しかもついには大きなため息をつき始めた。
「はああぁぁぁぁ……。そもそも私みたいな普通の魔法しか使えない人間に古代遺跡を見付けるなんて無理なんだよな」
さて、ここで彼女が言う普通の魔法とは属性魔法を指す。
火属性、水属性、地属性、風属性の四つだ。
これら四属性魔法は一般に広まっていて誰でも扱える。だから『普通の魔法』。
逆に一般的ではない、使い手を選ぶ特殊な魔法も存在する。多くの古代遺跡はそういった特別な魔法によって発見されてきたのだ。
「どっかにいないかなぁ……古代魔法を使える人」
「うぇっ!?」
「――――へ? あ」
ボンヤリ歩いていたセトアは前から歩いてくる少女に気付かなかった。
しまった、と思う。いまの独り言を聞かれたかもしれない。少なくとも気の抜けたマヌケ面を見られてしまった。
セトアは少女を観察する。とても明るい赤髪のセミロング。身長はやや高めだが、顔立ちは幼い印象。
すぐにクラスメイトだと気付いた。……のはいいが名前がわからない。入学して一か月ほど経つが、こんな子いたな、という程度の印象しかなかった。
そんな名前を知らないクラスメイトの表情は――驚き、そして引いている。
(顔だけ――じゃないな、絶対独り言も聞かれた)
セトアは極力目立たないようにと気を付けていた。それなのにこんなくだらないヘマをやらかすなんて。自分のうっかりに腹が立つ。
とにかく、無理にでも誤魔化すしかない。クラスで変な噂を流されては大変だ。
意を決してセトアが口を開くと、
「なんでもないんだ今のは――」
「こ、古代魔法? 知らないナー、あたしそんなの使えないからナー」
「――――ん?」
棒読みの台詞で被せられた。見ると赤髪の女の子はそっぽを向いて微妙な顔をしていた。 その予想外の反応にセトアは首を傾げる。
(あれ、引いてたわけじゃない? ていうかすごく動揺してる? なんで? ――まさか?)
セトアは頭を振り、よぎってしまった「まさか」を振り払う。そんな都合のいい話があるわけがない。
古代魔法は本当に特殊で限られた人にしか使えない。
街中で「あなた古代魔法使えますか?」と聞いて回ったところで一日かけても見つからない可能性が高い。そんなレベルの希少な存在だ。廊下でボソッと呟いたら目の前に使い手がいた、なんてのはあり得ない。
(いや、でも――)
振り払ったのにどうしても「まさか」の可能性を捨てきれず、ドキドキと胸が高鳴る。
いっそのこと直球で聞いてしまうか? そう考え出した、その時。
「アリちゃん? なにしてんの? 早く帰ろうよ」
「――っぁ!」
後ろからそんな声が聞こえて、セトアは声にならない声を出して飛び上がった。
振り返ると、そこには一人の女の子。ふわっとした感じのロングヘアー、青髪の少女。背はセトアより低いけど、どこか大人びた雰囲気の顔立ちだ。
今度はすぐに誰だかわかった。彼女もセトアのクラスメイトなのだが、この学院に通う新入生なら誰でも知っている。
四属性魔法の天才、クノティア・カミライト。
この歳で一級クラスの魔法が使えると噂になっている、学院の有名人だ。
「クノちゃん! よかった……」
彼女の姿を見て、赤髪の少女はあからさまにホッとした声を出す。
「待たせてごめんねークノちゃん。うんうん、早く帰ろう帰ろう!」
「わたしは別にそんな待ってないって。ていうかその子は?」
「さささ、さあ? な、なんだろうネー?」
「んん? アリちゃんなにか話してたじゃん。終わってからで全然いいよ? 待ってるからさ。気にせずにどぞどぞ」
「ちょ、クノちゃん! ばか! 空気読んでー!」
「へー、ばかとか言うんだ。ふーん。あっそ、わかったアリちゃん。わたし空気読む。――ねぇ、あなた見ない顔じゃん、違う街から来たの?」
何故かクノティアはセトアに話しかけてきた。
顔すら覚えられていないことに若干ショックを受けつつ(いや目立たないようにしていたんだからこれでいい!)、困惑しながら答える。
「う、うん。ここに入学するためにこっちに越してきたんだ」
「やっぱり転入組かぁ。この魔法学院、付属の中等部から進学してくる子がほとんどじゃん? だからあなたは転入組だと思ったんだよね。でもだとしたら――たぶんこのことは知らないよね」
「ちょちょちょ、クノちゃん……? なにを言おうとしてるのかな?」
「アリちゃんね、なんと古代魔法が使えるんだよ」
「こだっ――!?」
クノティアが指さしたのはもちろん赤髪の女の子。
(本当に、この子、古代魔法を使える――っ!?)
セトアは絶句した。どこかに使える人がいないかなぁと呟いた瞬間に見つかる。そんな奇跡のようなことが本当にあるなんて。
(――い、いや! 冷静になれ。からかわれてるだけかもしれないだろ?)
クノティアもセトアの呟きを聞いていて、冗談を言っただけかもしれない。
そう思ってアリちゃんと呼ばれた少女を見ると、
「クーノーちゃぁぁぁぁん! なんでバラすのぉぉ!!」
「むしろなんで隠すの。もうみんな知ってることじゃん。転入組にもそのうちバレるよ。むしろまだバレてないことにわたしは驚きだよ。ていうかさぁ、いまどき迫害する人なんていないってば。もうわかってるでしょ?」
「おかげさまでね? だーけーど! なんとなく隠しておきたいんだよー」
セトアはぽかんと口を開けて二人のやり取りを聞いていた。
(ほ、ほんとに使えるのか? 古代魔法を? え? そんなことってある? ――そんなことってある!?)
頭の中を同じ言葉がぐるぐると繰り返されていた。人間、都合が良すぎることが起きると逆に混乱するのだとセトアは知った。
「ほらね、この子驚いちゃってる!」
「あはは、最近こういうのなかったから新鮮でいいじゃん。昔はさぁ、話す人話す人驚いちゃって面白かったよねぇ。――あ、ていうかごめん。さっき見ない顔なんて言っちゃったけど、あなた同じクラスだよね」
「ふぁ…………あ、うん」
同じクラス、という言葉が頭に入ってきてセトアは反射的に頷いた。すると赤髪の少女もセトアの顔を覗き込み、
「あれ? そうだっけ。言われてみれば、見覚えがあるような……」
「アリちゃんって結構失礼だよね。普通相手の目の前で言う? ……まぁわたしも名前までは思い出せないんだけど」
「ふっふっふ、だったらクノちゃんも同罪だ!」
「二人とも、待って……まぁ……名前は、気にしないで。それより――」
ようやく頭が回るようになってきたセトア。本来ならここで自己紹介でもするところなのだが、やはり衝撃は抜けきっていない。古代魔法が使えるという少女の肩をガシッと掴んだ。
「――ほ、本当なの? 古代魔法が使えるって――本当なの!?」
「いっ――――使えません! っていうか恐いんだけど!?」
「アリちゃんなんで否定するの。隠そうとするからそうなるんじゃん。……ごめんね、この子ちょっと変で。昔からこうなんだ。古代魔法のこと無駄に隠そうとするの」
「変じゃないもーん! 変人扱いしないでよクノちゃん」
「はいはいわかったわかった。それで? 二人は本当になんの話をしてたの?」
「話……あ、それは」
今度こそ我に返るセトア。少女の肩から手を離した。
話と言われても、あんなの話をしていたうちに入らないだろう。独り言を聞かれてしまい、何故かそれが刺さって過剰な反応をされてしまった。それだけだ。正直あまり突っ込んで欲しくない。目立ちたくないセトアは話を大きくしたくないのだ。
しかし赤髪の女の子はクノティアに説明してしまう。
「なんかね、この子が『古代魔法使える人いないかなー』って呟いてたの」
「ふぅん? 古代魔法を?」
「う……いや、ほんと何気なく呟いただけなんだ。気にしないでくれ……」
「なるほどわかってきた。たまたまあなたの独り言を聞いてしまったアリちゃんがつい反応しちゃったってわけね」
「だってさぁ、そんなこと目の前で言われたら誰だって反応しちゃうでしょ?」
「いや誰でもはしないよ。アリちゃんが古代魔法を使えるからじゃん」
「それもそっか――って、あれ? もしかしてあたしスルーすればよかった? そしたらバレなかった?」
「うん、そだね。でもアリちゃん、さっきも言ったけど時間の問題だよ。クラスには知ってる人のが多いんだから」
「うぅぅぅぅ……」
「待って、そんなに有名なのか……?」
「中等部の時にめちゃめちゃ有名になったからね。もう旬が過ぎて話題に上らなくなったけど」
「話題に上がることが減ったのはいいんだけど、なんかそれはそれで寂しい……」
「アリちゃんそういうとこちょっと面倒くさいよ? ……ていうか隠そうとするアリちゃんにみんな気を使ってて、高等部では話題にしてないんだよなぁきっと」
その話を聞いて本日二度目のショックを受けているセトア。
クラスの大半が知っている情報を手に入れられていなかった。いくら話題に上がらないからと言っても、そんな貴重な情報を逃すなんて。情報収集には多少自信があったのに。
(学院のことは調べたけど、クラスメイトのことまで気が回ってなかった)
まさかクラスメイトに古代魔法の使い手がいるとは普通思わない。完全に盲点だった。
セトアがそんなことをぼうっと考えていると、クノティアが話しかけてきた。
「とりあえず流れはわかったけど、それで……あ、そろそろ名前聞いてもいい? わたしはクノティア・カミライト」
「あたしも自己紹介しなきゃ。アリーア・エルトーンだよ、よろしくね。……覚えてなくてごめんなさい」
「ううん、私こそごめん。セトア・スリフォートだ。よろしく」
「セトアちゃんだね! よし、覚えた!」
「セトア……そうそう、そうだった。いま完璧に思い出したよ。――で、セトアはどうして古代魔法を使える人を探してたの?」
「っ――そ、それは」
やっぱりそういう話になってしまった。
(どうする? ――話すか? 二人に、古代遺跡の噂)
属性魔法の天才クノティア。古代魔法が使えるというアリーア。
協力してもらえたら、古代遺跡の調査がきっと捗る。
でもそのためには噂について詳しく話さなければならない。
『現地の協力者は大切にしなさい。質のいい情報は、信頼から生まれるものだ』
頭によぎる、両親の言葉。セトアは自然と口を開き、
「――あのさ。二人は、この学院の地下に古代遺跡が眠っているって噂、聞いたことある?」
そう言った瞬間、二人の目がギランと光った。
「学院の、地下に!? なにそれ聞いたことない! セトアちゃん、それ本当?」
「待ってアリちゃん。セトア、その話、詳しく聞きたいんだけどいいかな? このあと時間ある? あるよね?」
「おぉ? い……いいよ、うん。時間は大丈夫」
予想以上に食いつかれた。セトアは若干引きながらも、判断は正しかったと確信する。
(ちょっと空気が変わった気がするけど、この様子なら二人の協力を得られそうだ。でも……気を付けろ。私の使命だけは、絶対にバレてはいけないんだから)
学院地下の古代遺跡、その噂の真偽を確かめ、組織に報告する。
それが、セトア・スリフォート、秘密組織カオスフェアネスの潜入調査員としての任務だった。
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