2-2話「暗黒台座」


「つ、着いた……!」


 フレイム山の中腹にある古代遺跡、ユルケルス神殿。その姿が見え始めた辺りからセトアはソワソワしっぱなしで、到着するとすぐに馬車から飛び出した。


 神殿の建物は横向きの長方形、正面がヘコんだコの字型。その正面は庭園になっており、奥と左右にそれぞれ入口がある。建物手前の左右は切妻屋根になっているが、奥側は真っ平らだ。

 正面から見るとあまり古代遺跡感は無く、まるで現代の建物に近いが――実際そうだったりする。


 ユルケルス神殿が発見された当時、ここは鬱蒼とした森の中で遺跡は蔦まみれの状態で発見された。その後調査のために蔦を剥がされ周囲の木も伐採。そうすることで建物の全容がはっきりしたわけだが、その時はコの字の奥側しか建物がなく、手前は基礎の柱しか残っていなかった。しかも調査を進めると、奥側の角、左右の建物も滅亡時に生き残った人たちが修繕したものだとわかった。手前側と同じで柱しかなかったところに壁と天井を取り付けたらしい。その後、現代の人たちが手前側も修繕し、今のコの字の建物ができあがったのだ。


 そんな経緯があるため、正面からの見た目は現代寄りだ。見晴らしも良くなり、いまやエレメンタル王国の観光名所の一つになっている。


 しかしそれでも、セトアは感動していた。

 なにせ中央奥に見えている部分こそが、滅亡を逃れ古代文明時代から残っている建物なのだから。


(ついにこの目で見れたぞ……!)


 セトアは立ち止まり、この光景を目に焼き付ける。

 その横を馬車から降りて来た人たちが次々追い越していった。


「セトアちゃーん、感動する気持ちはわかるけど、置いてっちゃうよ~」

「セトアは外から見るだけで満足なの?」

「――ハッ、そんなことない!」


 セトアは慌てて、前を行くアリーアとクノティアに並んだ。


 庭園は生垣で道を作ってあり、中央の開けた場所で道が十字に交わっている。生垣の中は花壇になっていて、美しい花を咲かせていた。

 三人は中央を真っすぐ抜けて、正面奥の入り口を目指して歩く。


「セトアちゃん知ってる? この庭園部分も本当は建物があって、コの字型じゃなくって横長の長方形型だったんだって」

「もちろん知ってる。だけどわかったのはここが観光地になってからだ。奥の部屋が正面入口とは考えにくいということで再調査したところ、地中に痕跡が見つかった。つまり本当はここが正面入口で、ロビーなんかがあったんじゃないかって話だな」

「おお~! さっすがセトアちゃん遺跡マニア~。うちらより詳しくて頼もしい!」

「い、いや、マニアって言うほどじゃないだろ……」


 言うほどなのだが、恥ずかしくてつい否定をしてしまうセトア。


「十分マニアじゃん。ま、とにかく当時の姿とは全然違うってことだよね。残ってた正面奥もたまたま一階部分が残ってただけで、上があったかもしれないし」

「うん、クノティアの言う通りだ。あそこの屋上にその上があったという痕跡は見つかっていないが、可能性はある。……あぁ、古代文明時代ここはどんな姿だったんだろうな」


 セトアは正面の建物を見上げ、古代文明に想いを馳せる。

 古代文明時代には属性魔法が存在せず、現代で言う古代魔法が主流だったと言われている。それはつまり現代とはまったく違った技術で発展していたということ。しかもそれはより高度な文明だったのだ。

 そんな文明が何故滅び、何故古代魔法の使い手が減っていったのか。当時の記録はどの遺跡にも残っておらず、色んな説が飛び交うがどれも決定打に欠けた。なにか新しい発見がなければ結論は出ないだろう。



「セトアちゃーん、中に入ろうよー! 本当に置いてっちゃうよ~」

「あ、待って。いま行くから!」


 気が付けばアリーアとクノティアは正面の扉に手をかけていた。セトアは慌てて駆け寄る。


「ふぅ……いよいよ中に入るんだな。緊張してきた」


 ユルケルス神殿で唯一完璧に形を残していた部分。といっても、例えばこの扉なんかは後から取り付けられたものだが――地表に出ている遺跡で壁や天井がしっかり残っている建物は他に無い。

 組織の書庫でユルケルス神殿について書かれた本を読む度に、いつか絶対に訪れようと思っていた。その場所に、扉を開けて一歩踏み出せば入ることができるのだ。


「ふふ……じゃ、セトア。前に出て」

「セトアちゃんが先頭! 扉開けていいよ」

「え……。あ、ありがとう」


 セトアは遠慮無く前に出て、両開きの扉の把手を掴む。


「いくよっ……!」


 ギィ……。

 力一杯引いて、扉を開く。そしてついに、セトアは神殿の中に足を踏み入れたのだった。


 中はガランとした広い空間。そこでまず目につくのは、正面の壁画と無数に立ち並ぶ杭のような丸い小さな柱だ。


 壁画はなにかの模様が大きく描かれている。赤く染められた大きな菱形に、さらにその中に小さな黒い菱形。大きな菱形は黄色い線の円で囲われていて、これは太陽を表しているのではないかと言われている。が、中の菱形がなにを意味するのか説明ができずこの説は少し弱い。むしろ再生の神ユルケルスを表しているという信者の説の方が有力で、今ではこの菱形はユルケルスのシンボルにもなっていた。


 そんなシンボルの手前に並ぶのが、長さの違う小さな柱たち。短いのは膝くらい、高いのでも腰くらいで、太さは握りこぶしくらいだ。一見規則性が無く乱雑に並んでいるように見えるが、上から見ると線対称になっているらしい。

 杭のような柱が並ぶ中央は、ぽっかりと円状の空間が空いている。そこにはポツンと、他よりやや大きい真っ黒な柱が見える。


 これこそが、ユルケルス神殿最大の謎。

 この漆黒の柱は床から突き出ていて、他よりも大きく形も菱形だ。なにより、その黒は一切の光を反射しなかった。普通黒い金属は光を当てると光沢を放つものだが、これにはそれがない。不思議な物体だ。どんな物質なのか調べようにも恐ろしく硬く、刃物や魔法を使っても削り取ることができず、未だになにもわかっていない。


「ほぉぉぉぉ……私いま、約2000年前の! 古代文明の建物の中にいる! そしてこれが……! 世界の謎、暗黒台座! いやクロスシードの台座と呼ぶべきか? あぁ、ついに……ついに原物が見られた! さいっこうぅぅだぁぁぁ!!」


 セトアは拳を突き上げたあと、宙に指をわきわきとさせながら柱群を掻き分け、漆黒の柱――暗黒台座に近付いていく。


「ねぇ、あれセトアちゃん泣いてない? やっぱり古代遺跡マニアだよねー」

「うん、しかもうちらが引くレベルじゃん。ガチだよあれ」


 アリーアとクノティアがそんなことをぼそりと呟いていたが、いまのセトアの耳にはまったく入っていない。それどころか振り返らずに一方的に二人に語りかけた。


「二人も知ってるよな? このユルケルス神殿には三つの魔剣が保管されていたんだ。そのうちの一つ、魔剣クロスシードリングがこの台座に置かれていた。あ、二人は魔剣の知識は? もちろんあるよな?」

「セ、セトアちゃん? ……まあね? さすがに知ってるよ。古代遺跡の探索はその半分くらいが魔剣を見付けるためでもあるんだから。基礎知識くらいあるよ。ね、クノちゃん! どうぞ!」

「説明投げないでよ……いいけど。魔剣は魔法道具みたいにマナを込めることで特殊な力を発動できる。まるで古代魔法のような力を、ね」

「その通りだ。さすがアリーアとクノティアだよ」


 魔剣とは、古代遺跡で見つかる古代文明の遺物の総称。カースエア山脈のクレイドスフィアという大空洞で見つかった最初の遺物が剣の形をしていて、魔剣イルジードと名付けられたのが始まりだ。以降遺物は魔剣と呼ばれるようになるが、剣以外にもさまざまな形のものが発見されている。


 クノティアが言ったように、魔剣は古代魔法のような特殊な力を発動できる。使い方は魔法道具に近いが、仕組みは一切わからない。古代文明が今よりも高度だったと言われる理由の一つが、この魔剣の存在だ。


「でもここにあった魔剣クロスシードリングは、その力がどんなものかわからないんだ。指輪型だから指に嵌めて魔力を込めればいいんだろうけど、なにも起きない。魔力は注入できているのにだ。なにか条件があるのか……それとも……? 台座と一緒に魔剣自体も世界の謎になっている」


「さ、さすがだね~詳しいなぁセトアちゃん。でもね、ちょっと落ち着こう? ね?」

「珍しく熱くなってるじゃん。ま、気持ちはわかるっていうか……中等部の時のうちらってこうだったんだなぁって、よくわかったよ。そりゃ周りも引くよ。てことで、ほらセトア。――セートーア!」


「えっ――――あ……ご、ごめん。あはははは……」


 二人にグッと肩を押さえられて、ようやく我に返るセトア。

 確かに熱くなりすぎていた。思いっきり素を出してしまった。潜入調査員として失格レベルかもしれない。気を付けよう。セトアはいつの間にか流していた涙をそっと拭う。


 ちなみにここで見つかったという三つの魔剣は王都で保管されている。残念ながら見ることはできない。



「あ、そうだ思い出した。アリーア、クノティア。左右にある壺の話は知ってるか?」

「壁沿いのやつ? あたしは知らないかも。そういえばなんだろう? 中に財宝とか入ってた?」

「いや、全部空だ。どうも食料が保存されていたらしい。ここは古代文明が滅んだ際、僅かに生き残った人たちが身を寄せあった場所なんじゃないかって言われてるんだ」

「へ~! そうなんだ? 初めて聞いたよー」

「やるじゃん、わたしも食料が入ってたっていうのは初耳。生き残った人が身を寄せていたっていうのは、隣の左右の部屋が修繕してあったのが根拠になってるよね。そしてその人たちが三つの魔剣を持ち込んだ……でしょ?」

「そう。さすがにそこは有名だな」


 魔剣クロスシードリングを含む三つの魔剣は生き残った人が持ち込んだ物。ここを保管場所にしたのだ。魔剣を持ち込んだというのは、隣の部屋に残されていた書物に書かれていたので間違いない。


「あれ? じゃあこの台座ってなんなんだろうね?」

「うん。魔剣は外から持ち込まれたものだった、というのがこの台座の謎をさらに深めているんだ。さすがにこれは生き残った人が作ったものじゃない。古代文明時代からあったものだ。巨大な壁画、その手前の柱群と暗黒台座――菱形の黒い台座。この部屋が魔剣の保管場所ではなかったのなら……この台座はいったいなんのためのものなのか。もしかして、ここには他の物が置いてあったのか……?」


 じっと台座を見つめて、その表面に触れる。冷たくひんやりしているのは金属っぽいが、吸い付くような妙な感触もある。不思議な材質だ。


「これさ、触るとなんかぞわぞわするんだよね」

「わかる~。でも中等部の時みんな普通だったよね。変わった感触って言ってたけど、ぞわぞわはしないって」


 そう話しながら、クノティアとアリーアが一緒に手を伸ばす。


「ぞわぞわ……?」


 二人が台座に触れる。すると――。


「……あれ? な、なにこれ! なんか昔と違う……うわぁぁ?」

「アリちゃん! この感触、マナが吸われてる……?!」

「なんだ? 二人ともどうした?」


 二人の様子がおかしい。セトアも台座に触れているがなにも感じない。

 思わず首を傾げた、その瞬間。


「あっ――――」


 台座から強烈な白い光が溢れ出し――辺りが真っ白に染まった。


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