2-3話「暗闇で掴むのは」


 ユルケルス神殿、世界の謎である暗黒台座。

 セトアたち三人が触れると突然強烈な光を放ち、一面真っ白な世界に変わった。


 だけどそれは一瞬のことで、光はすぐに消えた。しかし同時にすべての明かりも消えてしまい、一転、真っ暗闇になってしまった。

 目が眩んだというわけではない。うっすらとだけど三人一緒にいるのが見える。


(いや、真っ暗というよりこれは――床が黒くなっている?)


 よく見ると床だけじゃない。壁も天井も黒い。真っ暗ではなく真っ黒なのだ。しかもあきらかに、さっきまでの部屋よりも狭くなっている。周囲にあるはずの柱群も消えていた。


(って……は? どういうことだ? ここはユルケルス神殿じゃないのか!?)


 真っ黒な部屋だが、少し周りが見えるからどこかに微かな明かりがあるのかもしれない。

 周囲を観察すると、正面に小さな棚があった。セトアたちの胸元くらいまでの高さ。そしてこれも黒塗りだ。床も壁も棚も僅かに光沢がある。暗黒台座とは違う材質のようだ。


(そうだ台座は――)


 よく目を凝らすと、棚の手前に暗黒台座があることに気が付いた。こっちは光沢がなくてすぐにはわからなかった。


(同じ場所なのか? それとも? いったい、なにが起こっているんだ……?)


 状況を把握できず、セトアは呆然としてしまう。クノティアとアリーアも固まっていた。

 そうだ、まずは二人に声をかけよう。そう思った途端――


「うっ……くっ……」

「くぅぅ……」


 ――セトアは突然苦しくなり、胸を押さえて膝をついた。見るとアリーアも同じように倒れ込んでいる。


(息が、苦しい……。体が、うごかな……い……)


 まったく呼吸ができないわけではない。だけどとても浅く、息を吸っても楽にならないのだ。体は強張っていき、呼吸が荒く乱れていく。


「なっ……なん……だ、こ……へ」


 上手く声を出せない。そしてセトアはこの状態に心当たりがあった。

 マナ拒絶症。その発作に似ているのではないか。


(あぁ……でも、考えて……られない! 苦しい! あぁぁっ!)


 呼吸しても呼吸しても苦しさから逃れられない。アリーアも同じように苦しんでいる。助けを求めようと手を伸ばすと――。


「アリちゃん? セトア? 二人ともどうしたの? しっかりして!」


 セトアとアリーアの手を掴むクノティア。彼女は平然としていて、突然苦しみだした二人に動揺している。

 すでに声を出すことができず、セトアはクノティアの手を強く握った。目と目が合い、クノティアの顔が驚愕に染まっていく。


「どういうこと? なんで……? まるでマナ拒絶症じゃん! どうしよ……あ、そうだ薬! わたしの薬が効くかも!」


 クノティアがポケットから薬入れを取り出す。しかし、


 ――パンッ!


「うわ!? つ、潰れた?」


 取り出した途端、袋から薬が飛び出して弾けてしまった。


「そんな……。どうしたらいいの? 二人が苦しんでるのに……っ」


 途方に暮れてしまうクノティア。セトアは手に力を込めて、彼女の手を黒い台座に近付ける。


「セトア……? ――――! まさか、そういうこと?」


 意図を察してくれたクノティアは、アリーアの手も引っ張って三人でもう一度黒い台座に触れる。


「お願い、もとの場所に戻って!」


 その時、ガシャンとなにかが崩れる音がした。

 正面にあった棚が突然壊れ、甲高い音と共になにかが床を跳ねてセトアの側に転がってきた。

 セトアはほぼ反射的にそれを掴んでしまう。瞬間、


 カッ――……!!


 黒い台座から白い光が溢れ出し……暗転。今度は意識を失ってしまったのだった。



                *  *  *



『いいかいセトア、この神話には語られていない真実があるんだよ』

『語られていない真実?』

『疑問に思わなかったかい? 苦難の神、怒れるカースエアはいったいどうやって世界を破壊したのか』

『うーん……神様のすごい力で?』

『具体的な話だよ。例えばとんでもない規模の魔法を使って人類を滅ぼした、とか。そういうの』

『そうだと思ってた。すごい魔法を使ったんだって』

『ふむ。だけどね、直接手を下していたのなら、カースエアは破壊の神と呼ばれていたはずだ。でも神話では苦難の神と呼ばれている。カースエアは破壊ではなく人類に苦難を与えたんだ。そして人はその苦難に負けてしまった。いや、勝ったのかな。いずれにせよ結果として人類は滅びた』

『どういうこと? 苦難と破壊って違うの? どんな苦難だったの?』

『それはね――』



                *  *  *



「……――ッ! ――セトア! アリちゃん! 目を覚まして!」

「うっ……クノ……ティア?」

「セトア!? よかった、身体なんともない?」


 クノティアの声が聞こえ、暗闇から意識が引き戻されたセトアは目を覚ました。


(昔の……夢を見てた。でもなんで寝てたんだ? ……ここは――)


「――ハッ! そうだ、ユルケルス神殿! 私はここで……!」


 なにがあったか思い出し、慌てて体を起こして状況を把握しようとする。


 ユルケルス神殿、正面奥の部屋。黒い台座の前でセトアは倒れていた。隣りにアリーアもいるが彼女も気を失ったようで、まだ目を覚ましていない。

 それから心配そうな、泣きそうな顔で覗き込んでくるクノティア。大人の人も何人かセトアたちのことを見ている。馬車の御者もいるようだ。


(あぁ……そっか、帰って来られたんだ)


 セトアはクラクラする頭をゆっくりと振る。


 暗黒台座。あれに触れた途端、謎の黒い部屋の中にいた。そこでセトアとアリーアは突然呼吸が苦しくなり、身体を動かせなくなった。

 何故かクノティアだけは平然としていて、彼女に手を引っ張ってもらい、もう一度台座に触れる。するとまた台座が光って――もとの場所に帰れたようだけど、気を失ってしまった。


 セトアが頭の中で起こったことを整理していると、


「セトア? なにか違和感があるなら言って。呼吸ちゃんとできる? 苦しくない?」

「え……あ、あぁ、うん。ちょっとぼーっとするけど、特に苦しくは……呼吸も問題ない」

「ならよかった……。アリちゃんも大丈夫かな? アリちゃん、起きて! 起きてよ! ねぇ!」

「クノティア……」


 珍しくクノティアが狼狽えている。

 息を吸っても吸えていない苦しさ。だんだん呼吸が浅くなって体が強張り力も入らなくなる。あの苦しみ方はおそらくマナ拒絶症の発作と同じだ。その苦しみをよく知るクノティアだからこそ、余計に動揺しているのだろう。


「……クノティア、アリーアは規則正しく呼吸している。私と同じでもう苦しくなさそうだ。じきに目を覚ますよ」

「う、うん……そうだよね」


 セトアがそう声をかけると、クノティアは胸を押さえ、目を瞑って大きく息を吐いた。どうやらとても心配させてしまったようだ。

 セトアたちが少し落ち着いたのを見て、周りで見ていた大人の一人が隣りにしゃがみ込んできた。


「さて、お嬢ちゃんたち。話できるか? いったいなにがあったんだ?」

「それは……えっと、私もよくわからなくて。あの、あなたは?」

「俺はここの管理スタッフだ。女の子が三人も倒れててビックリしたよ」

「そうでしたか……あれ、三人?」

「わたしも気を失ってたんだよ。呼びかけられてすぐに目を覚ましたけど、二人は全然起きなくて……すごく焦ったじゃん」

「お嬢ちゃん。気を失った理由に心当たりある?」

「心当たりっていうか、あの黒い台座に触れた途端……」


 セトアは台座をじっと見つめる。そして、


「……触れた途端、気を失ったみたいです。心当たりは、強いて言えば……ユルケルス神殿に来るのが楽しみすぎて、昨日の夜あんまり眠れなかったこと、くらいですかね」

「んん? 寝不足だったから寝ちゃったっていうのか?」

「いや自分でもわからないです。感極まってたのは確かですけど」

「そういやその子ら、馬車の中でも遺跡の話で盛り上がってたなぁ」


 馬車の御者が、横からそんな証言をしてくれる。


「ふぅん? でもさすがにそんな理由で、なぁ……?」

「私もそれが原因だとは思いません。ただ心当たりがあるとしたら、それくらいしか思い付かなくて。本当にわからないんです。すみません」

「あぁ、いいよ。でも報告書を書かないといけないからね……なんでもいいから理由が必要なんだよ」


 三人も気絶していたのだ、さすがに記録に残さないわけにいかないのだろう。セトアはあまりそういう記録に残りたくなかったが、今回ばかりは仕方が無い。



「うぅ……うーんっ。あれ、クノちゃん? おはよ。なんでいるの? セトアちゃんまで?」


 明らかに寝ぼけた感じで身体を起こしたアリーア。すると、クノティアが彼女に抱きついた。


「アリちゃん! よかった……目を覚ました」

「ほぇ!? クノちゃん? どしたの――あ……」


 アリーアの顔が強張る。黒い部屋でのことを思い出したようだ。だけどなにか言う前に、クノティアがその顔を胸で押さえつけてしまう。

 管理スタッフはその様子を見て、


「もう一人の子も目を覚ましたね。落ち着いたら向こうの部屋に来てくれるか? 報告書書くのにもう少し詳しく話を聞きたい。温かい飲み物用意しておくから、よろしく頼むよ」

「わかりました」


 そう言って管理スタッフは先に隣の部屋に行ってしまう。他の大人の人たちもセトアたちから離れていく。


「ぷはっ! ――ねぇ! 二人とも、いまどういう状況なの!? あたしにも教えてよ!」


 アリーアがもがいてクノティアの胸から脱出した。苦しかったのだろう、顔が赤い。


「アリちゃん落ち着いて。ちゃんと説明するから。ていうかしないわけにはいかないじゃん。……ね、セトア?」

「あぁ、うん……。なんとなく、本当のことは話さない方がいい気がしたんだ。それでさっきあんなこと言っちゃったけど」

「わかってるよ。さすがセトアって思ったし。それよりも……これ、渡しとく」

「ん……?」


 クノティアは自分のカバンから、ソレを取り出してセトアに渡した。

 見た瞬間、セトアは顎が外れるくらい大きな口を開ける。


「―――お、おい!」

「しっ。……セトアが握ってたんじゃん。咄嗟にわたしの鞄に隠しちゃったけど」


 クノティアが手渡してきたのは、黒いナイフだ。

 セトアはそれを握った瞬間、すぐになんなのかわかった。


「わ、私が握ってた? いやこれって――魔剣じゃないかっ!」


 古代文明の遺物。魔剣が、いまセトアの手の中にあるのだった。


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