2-4話「予想外の大発見」
もう一度、起こったことを整理しよう。
ユルケルス神殿にある謎の柱、暗黒台座。セトアたち三人が触れたら白く光り出し、気が付けば真っ黒な部屋の中にいた。
しかもそこでセトアとアリーアが苦しみだし、動けなくなる。一人無事だったクノティアがもう一度三人で暗黒台座に触れると、元の場所に戻ることができた。
その戻る直前、部屋の中にあった棚が突然壊れ、セトアの目の前になにかが落ちて来た。それを反射的に掴んでしまい、そのまま持ち帰ってしまったのだった。
「それがまさか……魔剣だったなんてな」
日が暮れて、セトアたちはユルケルス神殿の近くにある宿屋に移動していた。王都ジルフィンドから馬車で半日かかるため、基本的に神殿への観光は一泊してから帰るのが基本だ。予め宿も予約していたのである。
夕食を済ませ、この宿屋の名物大浴場で疲れを癒し――さあいよいよ魔剣について話すぞ、というわけだ。
ベッドに胡座をかいたセトアはぽんと魔剣を置いた。アリーアが同じベッドに乗っかってきて、クノティアは隣りに椅子を持ってきて座る。
「ねぇこれって未発見の魔剣だよね?」
「確実にそうじゃん。そもそもあの黒い部屋だって誰も知らないんじゃない?」
「2000年間誰も入ったことがなかったかもな。……もしかしなくても、とんでもない発見をしたぞ私たち」
「とんでもないってレベルじゃないよセトアちゃん! だってユルケルス神殿で見付けたんだよ? ……あれ? そもそもあの部屋って神殿の中だったの?」
「アリちゃん、それは誰もわからないよ。でも少なくとも入口は暗黒台座だったじゃん。入口って呼んでいいのかわからないけど――。とにかく、だったら神殿の一部なんじゃない?」
「そうだな、これはユルケルス神殿で見付けた魔剣と言っていい」
過去にユルケルス神殿で保管されていた三つの魔剣は、滅亡後に生き残った人たちが持ち込んだ物。しかしこの魔剣は、もともと神殿にあった可能性がとても高い。もっと言えば、この魔剣のための建物だったのかもしれないのだ。
「ね、ねぇ、ほんとに管理スタッフの人に言わなくてよかったのかな? だんだん怖くなってきちゃったよ」
「アリちゃん今更すぎじゃん? ……ま、わたしもすごく迷ったんだけど、ね。でも……」
チラッとクノティアがセトアの方を見る。
セトアはそれを見て、あの時クノティアがセトアの嘘を否定しなかった理由を悟った。
頷いて、アリーアの方を向く。
「……アリーア。私も黙っていたことが正しかったどうかはわからない。正直ちょっとビビってる。ただ……思い出してくれ。暗黒台座に触れた時のこと」
「台座に? うーん、なんか変な感じしたよ。そしたらピカッ! って光って。クノちゃんも変な感じって言ってたよね?」
クノティアが黙って頷く。その静かな様子に、アリーアが小さく首を傾げる。
「アリーア、聞いてくれ。二人はそう言うけど、私はなにも感じなかったんだ」
「そうなの? ……あたしたちだけ? それって……」
「あの台座が光ったことに、おそらく私は関係無い。あの黒い部屋に飛ばされた原因は、アリーアとクノティアが台座に触れたからだと思う」
二人が台座に触れたことにより、なにかが――魔剣か魔法道具のようななにかが動いたのだと、セトアは考えていた。
「えぇ!? 待ってよ、あたし中等部の時にも触ったよ?」
「アリちゃん。わたしたち、一緒には触ってない」
「一緒に? あ……」
「やっぱりそうか。つまり二人が同時に触れること、それが条件なんだな」
「え……えぇぇぇ?! なんで、どうして?」
「それは……まったくわからない」
強いて言えば、古代魔法士とマナ拒絶症の組み合わせだろうか。ただこれはおかしい。後天の古代魔法士のアリーアは違うが、先天の古代魔法士のほとんどがマナ拒絶症なのだ。一人で条件を満たしてしまう。そうだったらとっくの昔に誰かがあの部屋に飛んでいただろう。
(後天の古代魔法士が条件だとしたら、あり得なくはない、が……)
だとしたら限定的すぎる。そもそも後天の古代魔法士は近年になってから現れたのだ。古代文明がそれを発動の条件にするとは思えない。
「アリちゃん。その『わからない』が……管理スタッフに話さなかった理由になるんだよ」
「へ? どゆこと?」
「クノティアはこう言いたいんだ。理由はわからないけど、二人が触れることが条件なのはわかった。つまり……もし報告していたら、二人のことを徹底的に調べられるってことなんだ」
「え……」
「…………」
アリーアが絶句し、クノティアが目を逸らした。
「こんな大発見、やっぱり報告しないのはよくないかもしれない。でも、二人がそういうの嫌かなって思ったんだ。二人の意志を聞いてから報告するかどうか決めたかった」
クノティアは、あの時口を挟まなかった。それはつまり、そういうことなのだろう。
後天の古代魔法士もかなり希少だが、属性魔法が得意なのにマナ拒絶症という方が珍しい。おそらくクノティアが初めてのはずだ。
もしかしたら今までにもクノティアにそういう話があったのかもしれない。マナ拒絶症の研究のため、身体を調べさせて欲しいという話が――。
――パンッ!
突然、アリーアが手を叩いた。
「わかった! じゃあこの件は保留!」
「ほ……保留って、アリーア?」
「保留は保留だよ。報告するにしろしないにしろ、もう少し自分たちで調べてからにしよ。後になってから報告したら怒られるかもしれないけど、逆に言えば怒られるだけだよ。事情を話せばわかってくれる。だから、保留なの」
セトアはぽかんとしてしまった。保留なんて、そんな先延ばしでいいんだろうか。
(でも、私としてもその方がありがたいな)
セトアの場合、まずは組織に報告しなければならない。それこそ報告しないでバレた時が大変だからだ。怒られるだけじゃ済まない。だけど遺跡の管理スタッフや王都、魔法学院に報告しないのなら、組織への報告も遅らせることができる。
(あぁそうか、私は――)
「……怒られるだけ、か。そうだな。実は私も、自分で調べたいと思ってたんだ。国に任せるなんてもったいない」
国だけでなく、組織にも報告する前に自分で調べたい。セトアは自分の探究心が組織の忠誠より勝っていることに気が付いてしまった。そしてそんな自分を曲げるつもりもなかった。
「さっすがセトアちゃん話がわかるー! だよねだよね、あたしたち古代魔法研究同好会なんだよ? 未発見の遺跡に新発見の魔剣! こんな最高の研究対象を目の前にして任せちゃうなんてあり得ない!」
セトアとアリーアがクノティアを見る。彼女はさっきのセトアと同じようにぽかんとしていたが、やがて目に光が宿り、笑い出す。
「は……はははっ! もう、二人とも根っからの古代遺跡マニアじゃん。でもそーだね。わたしも調べたいよ。あの黒い部屋がなんだったのか。どこにあるのか。そしてこの魔剣がなんなのか」
「そうこなくっちゃ! じゃ、なにからどうやって調べる?」
「それは……」
そこで三人とも黙ってしまう。
調べようにも、どう調べたらいいのかわからない。
「……どうしよう? あたしたち朝一で帰る予定だよ。もう一泊するわけにはいかないよね」
「明後日は普通に学院の授業あるじゃん。それにさ、二人とも……またあの黒い部屋に行きたい?」
セトアとアリーアが顔を見合わせる。
クノティアは無事だったが、二人はかなり苦しい思いをした。
「ちょ、ちょーっと恐いかな、あはは……」
「恐いというか危険だな。またクノティアだけなんともないとは限らない」
「わたしもそう思う。ひとまず学院の書庫で文献漁ってみるくらいしかできないかもね。あまり期待はできないけど」
もし黒い部屋に関する記述がどこかにあるのなら、ユルケルス神殿に纏わる話として広く出回っているはずだ。だけどそんな話は聞いたことがない。
「でもそうだな。私たちは暗黒台座が黒い部屋の入口だと知った。その知識があって初めて意味を持つ文献があるかもしれない。調べる価値はある」
正直セトアは学院よりも組織の書庫を調べたかったが、さすがに本部に帰るわけにはいかない。まずは学院を調べよう。
「じゃ、明日からの方針は決まりだね! あとは……」
三人の視線が、ベッドに置かれた黒いナイフ、魔剣に注がれる。
「ね……魔剣、試す?」
アリーアの言葉に、セトアはごくりと唾を飲み込む。
魔剣は、魔力を込めることで特別な力を発動する。誰にでも扱うことのできる古代の遺物だ。
その特別な力は魔剣によって違う。この目の前のナイフにはどんな力があるのか。セトアはずっと気になっていた。
「台座を調べられない以上……魔剣を調べるしかないよな?」
「そだねー。じゃ、セトア。よろしく」
「え、わ、私? 私が試すの?」
「それはそうじゃん? セトアも知ってるでしょ。古代遺跡で見付けた魔剣は、発見者の所有物になる。その魔剣をあの部屋から持ち帰ったのはセトアだよ」
「それはそうだけど……」
偶然目の前に転がってきて、それを掴んだだけだ。発見したと言っていいのだろうか。
「ていうかセトアちゃん。試したくてウズウズしてるのバレバレだよ?」
「うっ……いやそれは……まぁそうだけどさ。はぁ……」
誤魔化しても無駄だろう。新発見した魔剣を試すなんて、そうそう経験できることではない。
セトアは魔剣を掴んだ。
「わかったよ。それじゃ早速――ん?」
突然、アリーアがベッドから飛び降り、立ち上がったクノティアと共に部屋の入口まで下がっていく。
「ああそうか、なにが起きるかわからないもんな。近くにいたら危険だ。そもそも外で試した方がいいのか……?」
セトアがそう呟くと、今度は二人が慌てて駆け寄ってきて、ベッドに乗っかってセトアの肩にしがみついた。
「えぇ……? 二人とも?」
「最初は危険かと思ったんだけどね。やっぱセトアを一人にできないじゃん?」
「台座の時みたいにセトアちゃんが一人でどっかに行っちゃったら大変だ! って思ってね。だったら三人一緒のがいいでしょ?」
二人の言葉に思わずドキッとするセトア。
「クノティア、アリーア……。ああ、私もその方が心強いよ」
セトアはそう言って、改めて魔剣を握り直す。
刀身から柄まで真っ黒なナイフ。暗黒台座と同じかと思ったがこちらは光沢がある。むしろあの部屋の壁や床と同じかもしれない。
ナイフの形をしているが、よく見ると刃が分厚く平らになっていた。先は尖っているものの、斬ることを想定していないようだ。
(危険はないってことなのか? ……いや、油断はできない)
セトアは深呼吸して、ゆっくりと魔剣にマナを込める。手の平から柄へ、刀身にマナが流れていくのがわかった。すると――。
「……? なんか身体に違和感があるんだけど、なんだ?」
「セトア、もう使ったんだよね? 少なくとも外見に変わった様子はないよ。周囲に異変もないんじゃん?」
「もしかして身体の内部的な変化なのかな?」
「うーん……。二人とも、ちょっと離れてみて」
クノティアとアリーアがセトアの肩から手をどけた。その瞬間、
「えっ」
「ふわぁ!?」
「……あれ? やっぱりなんか変な感じがする……ん?」
それは、変化が起きた本人よりも、見ていた二人の方が先に気付けた。
二人が手をどけた瞬間、セトアの身体がわずかに浮かんだことに。
「セトアちゃん! う、浮いてる! ちょっと浮いてるよ!?」
「すご……ほらセトア、ほんのちょっとだけど、手を入れられるくらいには浮いてるよ?」
「な、なんっ、なんだこれ!? 身体が、浮いた!?」
セトアは魔剣をまじまじと見る。
少しだけ身体が浮かび上がる力。それが、この魔剣の特別な力のようだった。
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