3章 魔法騎士と秘密組織カオスフェアネス

3-1話「魔剣、命名する」


 ユルケルス神殿、謎の部屋で見付けた黒いナイフ型の魔剣。

 それは魔力を込めることで、使用者の身体を少しだけ浮かび上がらせるというものだった。

 何度か使ってみてわかったのは、浮かぶのはほんの僅かで地面スレスレ。魔力を多く込めても滞空時間が延びるだけで高度は変わらなかった。浮いたまま歩くことが可能だけど、地面に足が着いていないからどうしても違和感がある。上手く歩くには練習が必要だ。

 また、浮かんでいる間は身体がすごく軽くなっているようだ。片手で軽々と持ち上げられてしまい、上に投げるとふわふわゆっくり降下する。


「最初は身体がちょっと浮かぶだけって微妙だと思ったけど、案外有用かもしれないな」


 この魔剣があれば、おそらく高所から飛び降りても怪我一つ無く着地できる。恐くて試せないが。


 ちなみに風属性魔法でも落下の衝撃を抑えることはできる。ただ当然、周囲にかなり強めの風が巻き起こってしまうため使用できる場所が限られるし、ギリギリだと間に合わなかったりする。でもこの魔剣なら、そんなことを気にせず使用できる。間に合わないということもないだろう。


「派手な力はないが、込める魔力も少なくて済む。意外と便利だな、これは」


 魔剣は発見した人が所有者となり、名前を付けることができる。

 三人で話し合って決めようとしたが、もつれにもつれ、王都に帰って来てからようやく決まった。

 その名も、


「魔剣フローティングナイフ。ふふ、いい名だ」


 セトアは魔剣を掲げて嘆息する。


(あぁ、憧れの魔剣……私、魔剣持ちになっちゃったぜ。ふふふふふふ……)


 古代遺跡を発見したいと小さい頃から想い続けてきたが――あの部屋は新発見だろうし、しかも古代文明の遺物、魔剣を所有できるなんて。想像していた夢以上のことが起こってしまった。

 神殿から帰ってきた翌日は普通に魔法学院の授業があったが、セトアは嬉しすぎて完全に上の空。担任の先生に怒られるのではなく心配されてしまったので、そこは反省したい。


「あ~またセトアちゃんが魔剣見てニヤニヤしてるー」

「今日ずっとこんな感じじゃん。さすがに教室で魔剣は取り出さなかったけど」

「うわっ! びっくりした、いつの間に……。え、私ニヤニヤしてた? 教室でも? そ、そんなまさか」


 古代魔法研究同好会の部室。セトアは一足先に来て二人を待っていた。

 ……というのは建前で、本音は少しでも早く魔剣を眺めたかったからである。

 そのせいで二人が入って来たことにも気付けなかった。本当に、もう少し気を引き締めなければと猛省する。


「ま、セトアの気持ちもわかるけどね。でも今日は同好会の活動をしないとじゃん」

「――そうだな」


 セトアはドアを背に、アリーアとクノティアは両サイドの席に座る。すっかりこれが定位置になっていた。



「じゃ~今日の活動内容を改めて確認しよ~! セトアちゃんよろしく!」

「私? まぁいいか……。魔剣については昨日あれこれ試したからもういいだろう。予定通り、今日は学院にある文献を調べ直そう」


 長年ユルケルス神殿の謎だった暗黒台座。アリーアとクノティアが同時に触れることで違う部屋に飛ばされてしまった。

 こういうことがあるとわかったセトアたちなら、文献を違った視点で見ることができるのではないか。気付けなかったことに気付けるかもしれない。

 というのが、古代魔法研究同好会の考えだ。


「古代遺跡に関する文献ってなると、ここか図書室じゃん? どっちから手を付ける?」

「クノちゃんここの本全部読んだよね? だったら図書室のほうがよくない?」

「そもそも調べ直すって話じゃん。一度読んだのでも見ないとだよ。でもここのはいつでも読めるし、なんなら持って帰ってもいいし。今日は図書室にしておこっか?」

「確かにそうだな。じゃあ早速だけど図書室に行くとしようか」

「待って!」

 立ち上がろうとしたところで、アリーアに待ったをかけられる。そして、


「ねぇクノちゃん、図書室ってお菓子ありだっけ?」

「ダメでしょ普通に。アリちゃんなに考えてるの」

「アリーア……」


 ずっこけそうになるセトア。相変わらずのマイペースに安心するが力も抜けてしまう。


「いやー絶対お腹すくなぁって思って。できれば広場のフライドポテトを買ってきたいよ」

「あぁ……アリーアの好物なんだっけ」

「うん! あの塩のしょっぱさがちょうどよくってね~。あれ? これセトアちゃんに話したことあったっけ?」

「…………あ」


 しまった。それはクノティアから聞いた話だった。しかも件のフライドポテトを二人で食べながらだ。

 思わずセトアがクノティアに視線を向けると、彼女はドヤ顔になる。


「私がこないだ教えました。二人でフライドポテト買い食いしながら」

「えぇー! なにそれ、聞いてないよ! なんであたしいないのそこに!」

「アリちゃん馬車で見送った後だったから。仕方ないじゃん?」

「違う! クノちゃん絶対わたしのいない時を狙ってセトアちゃん誘ったでしょ? あたしが羨ましさで泣き崩れるのを見たくて!」

「まぁそんな感じ。泣き崩れるとは思わなかったけど」

「泣き崩れてやるもんかぁ! うわーん! セトアちゃん、今度……ううん、今日の帰り! 絶対買い食いしようね、フライドポテト!」

「あぁ、うん。時間があればな」


 これから図書室に行ったりする予定なのだが、果たして買い食いしている時間があるだろうか。また馬車に飛び乗ることになりそうだ。


「アリちゃんちょっと食い意地張りすぎ」

「クノちゃんのせいでしょー! もう~」

「やれやれ……」


 いつも通りだな、と思いながらも、やり取りを楽しく感じ始めているセトア。

 でもそろそろ本当に図書室に行かないと。


「ほら、そろそろ――」

 セトアが切り出そうとしたその時、


 コンコン――。


 後ろでドアを叩かれ、三人とも固まる。

 古代魔法研究同好会。この部室に来客など無いと思っていた三人は、それがノックであることにすぐには思い至らなかった。

 ガチャリとドアが開く音がして、ようやくセトアはハッとなり魔剣を鞄に突っ込む。


「失礼するぞ――お、本当にここで合ってたか。よかったよかった」


 部室に入ってきたのは学院の男教師。セトアたちの担任ベルン先生だった。


「いやぁ古代魔法研究同好会って本当にあるんだな。先生知らなかったよ」

「ベ、ベルン先生?」


 セトアが立ち上がって振り返る。少し動揺が顔に出てしまったが、突然先生が訪ねてきたら驚くのが普通だ。問題ない。


(だけどアリーアとクノティアはまだ動揺してるな。私が対応しないとだ)


 バレないように静かに深呼吸。セトアは二人の動揺を確認することで逆に冷静になれた。


「先生、私たちの誰かにご用ですか?」

「いや三人ともだ。急いで本校舎の応接室に来てくれ」

「応接室……? どうしてですか?」


 先生が来た理由をあれこれ予想していたのだが、さすがに応接室に呼ばれるのは想定の遥か向こうだ。


「お客さんが来てるんだ。ユルケルス神殿でのことを詳しく聞きたいそうだぞ?」

「えっ――――」


 ユルケルス神殿。その単語が出て、さすがのセトアも頭が真っ白になりかけた。


 私たち同好会に客。それも、神殿でのことを聞きたい?


(いったい誰が――?)


 ――ガタッ!


 後ろでクノティアが勢いよく立ち上がった。


「先生! 話を聞きに来た人ってまさか――!」

「魔法騎士だよ。察しがいいなクノティア。しかも第三隊の隊長さんだ」

「やっぱり! ――って隊長!? レニア隊長が来てるんですか!」


 何故か興奮気味のクノティア。だけどセトアはそれを気にしている余裕はなかった。


「魔法騎士が? なんで私たちに……」


 セトアは魔剣の入った鞄を思わず見てしまいそうになる。


(――落ち着け! 魔剣のことがバレているはずがない。あの暗黒台座のことだ!)


 管理スタッフに詳しい話をして終わったと思っていた。書いてもらった報告書に不審なところはないはず。それなのに、どうして魔法騎士が? しかも隊長がわざわざ学院に来るなんて。


「お前たちがユルケルス神殿に行ったのは本当なんだな。ま、とにかくそういうわけだ。ほら準備してくれ。もうだいぶ待たせているんだよ」

「……わかりました」


 行かないわけにもいかない。セトアは返事をして、鞄を手に取るのだった。


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