3-2話「警戒すべき来客」
「ねぇセトアちゃん、ソレ持って来ちゃってよかったの?」
部室を出たセトアたちは、先生のあとに従って応接室に向かっていた。
その途中でアリーアがこっそりセトアに問いかけてくる。ソレとはもちろん鞄の中の魔剣のことだ。
「私も少し迷ったんだけど、手元に置いておいた方がいいと判断したんだ」
可能性はかなり低いが、セトアたちが外に出ている間に部室を調べられるかもしれない。
(魔法騎士がそんな信用を損なうようなことをするとは思えないけど……な)
秘密組織カオスフェアネスの調査員であるセトアは、どうしても過剰に警戒をしてしまう。
「それよりアリーア。クノティアはこれ大丈夫なのか? ずっとボーッとしてるぞ」
心ここにあらず、という感じのクノティア。ふらふらしながら歩いている。
部室を出る時からこうなのだ。さっきのセトアへの問いかけだって、普段ならクノティアがしそうなものなのに。
「あはは……クノちゃん、普段あんまり言わないけど、実は魔法騎士に憧れてるんだよね」
「そうなの? ……あぁー、そういうことなのか」
初耳だったが、なるほどと納得する。用件はともかく、魔法騎士と話すことができるのだ。上の空になるのもわからないでもない。
「しかも魔法騎士三番隊の隊長さんでしょ? 確かクノちゃんが一番会いたがってた人だよ。ね、そうだよね?」
「……ア、アリちゃん? 会いたいなんて、そんな……畏れ多いじゃん」
ワンテンポ遅れてだがクノティアが反応する。ちゃんと話は聞いているらしい。
「でもそうか、属性魔法の天才なんだもんな。魔法騎士に憧れるのは当然か」
魔法騎士とは、エレメンタル王国が擁する騎士団の名称。その役割は治安維持や犯罪の調査、護衛などで、国を守るために存在している。その名の通り魔法の騎士である彼らは武器を持たず、その強力な魔法で戦う。
セトアは潜入調査の前に、魔法騎士の詳細を念入りに叩き込まれた。何故ならエレメンタル王国で活動する上で、もっとも警戒しなければならない存在だからだ。
魔法騎士は一番隊から五番隊まであり、それぞれ役割がある。
一番隊は王都ジルフィンドの治安維持。魔法の悪用者に対処するのが主な仕事。
二番隊はエレメンタル城の警備。王族や要人警護が主な任務。
そしてセトアたちを訪ねてきた三番隊は――調査任務。主に古代遺跡、古代魔法、魔剣など、イレギュラーなトラブルに対処する隊だ。古代遺跡の発見にも貢献しているという。
活動内容からしてクノティアが憧れるのも当然だった。
「もしかしてクノティア、将来は魔法騎士になるのか?」
「…………」
返事がなく、アレっと思いセトアが振り返ると、クノティアは足を止めて暗い顔をしていた。
「セトアちゃん、それはね――」
「アリちゃん待って。……ごめんねセトア」
アリーアの言葉を止め、クノティアが再び歩き出す。セトアはその隣りに並んだ。
「……いや、クノティア。聞いちゃまずかったみたいだな。ごめん」
「ううん。……わたしはさ、魔法騎士になれないんだよ。あはは」
そう言って笑うクノティアの顔を見ても、セトアは笑えなかった。
なんでもないって顔をしているのに、まるでいまにも号泣しそうな雰囲気があったからだ。
「魔法騎士になれないって……それってまさか」
属性魔法の天才。詠唱を使わずに魔法を使えるクノティアは、魔法騎士の方からスカウトが来てもおかしくないほどの逸材だ。
だけどセトアも知っている。彼女は、マナ拒絶症を患っている。
「待ってよクノティア。別に、それで騎士団に入れないってことはないんじゃないか?」
「確かにわたしみたいな人は他にいないから、マナ拒絶症は入団できない、なんてルールはないだろうけどね。……でもさ、よく考えてみて。いつ発作が起きるかわからないわけじゃん? もし魔法を悪用する犯罪者と対峙している時に発作が起きたらマズイでしょ」
「う……それは、でも……」
犯罪者に逃げられる――いや、最悪の場合犯罪者の手にかかってしまうだろうし、仲間を危険に晒すことにもなる。
クノティアが諦めた理由は、そこまで考えてなのだ。
それがわかってしまい、セトアは言葉を続けることができなかった。
続けてくれたのは、
「――それでも先生は、チャレンジしてみるべきだと思うぞ」
「ベルン先生……」
魔剣のことは小声で話していたが、魔法騎士のことは普通の声だった。前を歩く先生にも当然聞こえていた。
「もちろん、どうするのか決めるのはクノティアだけどな。ほら、着いたぞ」
気が付けば、本校舎一階にある応接室前。セトアはもちろん、クノティアとアリーアも入るのは初めて。生徒には縁のない場所だ。
「いいか? 開けるぞ?」
セトアとアリーアは思わずクノティアを見る。彼女は深呼吸をしてから大きく頷いた。
「――はい」
ベルン先生はそれを待ってから、扉をノックした。
「生徒たちをお連れしましたよ」
「はい、どうぞ。お入りください」
開かれた扉の先には、騎士の制服に身を包んだ若い女性が一人。
「魔法騎士三番隊隊長、レニア・ライントールだ。呼び出してすまない」
彼女はその場で名乗り、姿勢よく頭を下げるのだった。
* * *
「さあ、そこに座ってくれ。緊張する必要はない。少し話を聞きたいだけだからね」
魔法騎士レニア・ライントール。セトアたちは彼女にそれぞれ自己紹介をすると、勧められた通りに応接室のソファに座った。クノティアとアリーアはセトアを挟むように左右に座る。
ちなみにベルン先生はすぐに職員室に戻ってしまった。なので今はこの四人しかいない。
レニアはセトアたち三人の様子をじっと眺めてから、テーブル越し、向かいのソファに腰掛けた。
彼女は騎士の制服で白い詰襟のジャケットに紺のパンツ。金色の肩章が街で見かける騎士よりも豪華なのは三番隊隊長だからだろう。
長い金髪を首元で束ね、凛とした表情。クールな雰囲気のカッコ良い女性、そんな印象だ。
「さて、用件は聞いていると思うが、一昨日のユルケルス神殿でのことを聞きたい。いいかな?」
セトアは左右の二人をチラチラ見てからレニアに答える。
「はい。でも、なにを聞きたいのでしょう? 向こうで答えられることは答えました」
「神殿の管理スタッフが書いた報告書を見て、疑問に思った部分があってね。それを確認したいんだ」
「疑問……ですか」
顔には出さなかったが、セトアはぎくりとする。足下の鞄に入っている魔剣のことだろうか。
ここに来る前に、アリーアにはなにを聞かれても絶対にセトアの鞄に視線を向けるなと言ってある。いまのタイミングで視線を送ろうものなら鞄になにかあるとバレてしまう。先生相手なら大丈夫だが、魔法騎士の隊長クラスは絶対気付く。
(気にしすぎかもしれないが――それくらい警戒しろって組織に教え込まれたからな)
とはいえ、クノティアはともかくアリーアはきっと顔に出てしまっただろう。
セトアはアリーアの方を向き、
「アリーア、そんな堅くならなくて大丈夫。書いてもらった報告書の再確認だ。一昨日のことをもう一度話す、それだけなんだから」
「う……うん。そうだよね。あはは、ごめんなさい、なんか緊張しちゃって」
「……ほう」
レニアが感心したような顔でセトアを見る。アリーアのフォロー、自然な感じでやったつもりだが、バレバレだっただろうか。
いや、問題ない。続いてセトアはクノティアの背中もぽんと叩く。
「クノティアも、ほら」
「……はっ。すみません、ボーッとしてしまって。その、魔法騎士の、三番隊の隊長さんにお会いできるなんて光栄で……」
「君は、魔法騎士に興味があるのか?」
「え!? い、いえ、わたしなんて……。いいんです。話を進めて下さい」
慌てて手をぶんぶん振るクノティア。セトアの顔にぶつかりそうだった。
(クノティア、こりゃダメだな……)
アリーアもこういう対応には向いていなさそうだし、やはり自分が受け答えするのが良さそうだ。セトアは腹を決める。
「クノティアもこう言っているので、レニアさん。お願いします」
「そうか。では本題に入ろう。あまり時間を取るわけにもいかないからな」
そう言ってレニアは一枚の書類をテーブルの上に出した。
見覚えがある。ユルケルス神殿で書いてもらった報告書だ。
「この報告書に、君たちが感極まって気絶してしまったと書いてあるわけだが」
「そうなんですよ! あたしたち、特に隣りのセトアちゃんは神殿に行くのが夢で! 前の日もぜんぜん眠れなかったって話してたんです!」
「アリーア、そんなことまで言うなよ……。あはは、信じてもらえませんか? こんな話。でも本当で」
「あぁ、そこは疑っていないよ。ユルケルス神殿の一番奥の部屋で号泣する人はたまにいるんだ。古代文明時代の建物があそこまでしっかり残っている遺跡はないからな」
「号泣する人、いるんですか!?」
あぁ、世界には同類がいるんだな――と、妙な感動を覚えるセトア。
レニアは少し笑って、
「さすがに気絶した人はいなかったがな。とにかく、疑問はそこではない。これを見て欲しい」
そう言うと、彼女はもう一枚書類を出す。セトアたちの報告書と書式は同じだが、内容が違うようだ。
(この報告書……あぁ、他の人の――)
「これはあの場にいた人たちの証言だ。君たちの前後に入った人の話をまとめた報告書だよ」
「なるほどです。それで……その証言で、どんな疑問が?」
「この二つの証言だ。まず、君たちが中庭から扉を開けて中に入っていったのを見た人の証言がある。これは君たちの報告通りだな。
しかしもう一つ、左奥の部屋から真ん中を通り、右奥の部屋に入ったスタッフの証言がある。これは一つ目の報告より少し後――つまり君たちが神殿内に入った後であり、気絶した君たちが発見されるよりも前になる」
「…………」
現地では特に指摘されなかったから、見られていなかったのだと安心していた。
少なくとも、セトアたちが消えた瞬間や戻ってきた瞬間は見られていないだろう。
しかし――。
「部屋を通った管理スタッフは、こう証言している。部屋には誰もいなかった、と」
黒い部屋にいた僅かな時間。つまりユルケルス神殿の一番奥の部屋から消えていた間に、部屋を出入りした人がいたのだ。
「この証言だけならば普通だ。現地の管理スタッフも気にしなかったようだな。しかし二つの証言、それから君たちの報告書を時間軸で並べるとおかしなことになる。二つ目の証言をした管理スタッフが、君たちを見ていないわけがないんだ」
レニアとセトアの視線がぶつかり合う。目をそらせなかった。
(……まずい、なんの言い訳もできないぞ)
見なくてもわかるが、アリーアは顔や態度に出てしまっているだろう。クノティアはわからないが相手が相手だ。隠せないだろう。
レニアはセトアを見ているが、二人の様子にも気付いているはず。
(いや、私がなにも返せず黙ってしまった時点でもうダメだ)
なにかがあることはもう隠せない。
……思ったより早く、怒られることになってしまったようだ。
セトアは目を伏せる。こちらの負けだ。
「ごめんなさい、レニアさん。実は報告していないことがあるんです」
「ままま待って、セトアちゃん!?」
「セトア……」
「アリーア、クノティア。ごめん、もう隠せないよ」
感極まって気絶したってだけの案件に隊長クラスが出向いてきた時点で、隠しきることなんてできなかったんだ。
(クノティアとアリーアのためにも、もう少し時間が欲しかったな――)
魔法騎士を侮ってはいけない。もっとも警戒すべき相手。組織の人が言っていた通りだ。
「聞かせてもらえるか?」
「はい。一昨日のユルケルス神殿で本当はなにがあったのか、お話しします」
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