3-3話「世界に混沌を。魔法を正しく使う世界に」
「――そして私は、クノティアの声で目を覚ましました。ここからは報告書の通りです」
「…………ふむ」
セトアが話し終えると、魔法騎士のレニアは腕を組んで目を瞑った。頭の中で話を整理しているようだ。
セトアたち三人はその沈黙の中、固唾を飲んで彼女の言葉を待つ。どんな反応が返ってくるのか恐ろしいのだが、どこか楽しみなところもある。三人は肩を寄せ合い、じっとレニアを見つめた。
やがてレニアが口を開き、
「正直に言うと、証言の疑問については管理スタッフの見落としだろうと思っていた。だが場所が場所だ。疑ってかかるべきだと私の勘が言うのでな。独断でここへ来たわけだが――」
そこでレニアは大きくため息をつき、額に手を当てた。
「ふぅぅ…………まさかそんな大事だったとは。想像の遥か上だぞ」
「う……です、よね」
黒い台座に触れた途端どこか違う場所に飛んでいた、なんて誰も想像できない。あの部屋にいたのは間違いないのに、自分でも疑いたくなるような話だ。
「少し整理させてくれ。――謎の部屋、そこには神殿の台座と同じ物があり、もう一つ棚があった。しかしそれは何故か崩れてしまった、と。ふむ……他になにか覚えていないか?」
「……わかりません。壁も天井も真っ黒だったことくらいです。でもどこかに明かりがあったんだと思います。私たち、お互いが僅かに見えていたんで」
「あたしとセトアちゃんは苦しくなっちゃって、周り観察する余裕なかったんですよ。あ、そういえばクノちゃんは? なにか見てない?」
「君は苦しくなかったそうだね?」
「は、はい! でも……わたしはわたしで、二人が苦しみだしたからそれどころじゃなかったです。まるでマナ拒絶症の発作みたいで……。あ、そういえば発作を抑える薬を取りだした途端、破裂しちゃいました」
「マナ拒絶症の薬が破裂? なにか関係があるかもしれないな。……ん? クノティア、君はマナ拒絶症なのか? さっきの話ではアリーアの方が古代魔法士とのことだったが」
「っ――――はい、わたしの方が、マナ拒絶症を患っています」
「ほう? ……あぁ、思い出した。魔法学院にそういう子がいると聞いたことがあるな。そしてその側に、後天の古代魔法士がいることも。そうか、君たちがそうだったか」
そのレニアの言葉に、アリーアが腰を浮かせる。
「えぇぇぇぇ! レニアさん、あたしのこと知ってるんですか?! ていうかもしかして噂になっちゃってる?」
「噂と言うより、我々三番隊は古代文明に絡む案件を調査するのが仕事だからな。古代魔法士の情報は自然と集まる」
言われてみればその通りだ。三番隊、それも隊長のレニアがアリーアの情報を知らないわけがなかった。
「しかし……そうか。台座には君たちが同時に触れたんだな? それはつまり――」
「はい。私たちも、アリーアとクノティアが鍵になっていると思ってます」
後天の古代魔法士と、マナ拒絶症を患っている属性魔法の天才。
敢えてはっきり言わなかったが、二人の特異性が鍵になっているのかもしれない。
「なるほどな。それを聞いてようやく腑に落ちたよ。君たちがこのことを隠していた理由――彼女、クノティアを調べられたくなかったか。……だったら安心して欲しい。我々は非人道的なことはしない。魔法騎士隊長として、この場で誓おう」
「……はい」
誠実に応えてくれたレニアに、クノティアはしっかりと頷いた。
セトアとアリーアも少しほっとする。
「それにしても気になるな」
レニアはソファに座り直し、腕を組む。
「マナ拒絶症の薬は何故破裂した? ――あれは中にマナが包まれているだけのシンプルな薬だろう」
「え? ……そうなのか? クノティア」
「うん。マナを含みやすい樹脂に薬草を混ぜて熱すると飴みたいになるから、それを丸めて中にマナを詰めるだけだよ。できた薬を口から身体に入れると飴が溶けて、マナが溢れ出す。そうやって無理矢理体内にマナを入れると発作が治まるんだよ」
クノティアの説明に、アリーアも乗っかってくる。
「マナを拒んじゃうわけだからね。マナは悪いものじゃないよーって身体に思い出させるんだって」
「アリちゃんの説明は雑に聞こえるけど、でもそういうこと」
「ちょっとクノちゃん! あたしが大雑把で適当ってこと?」
「そこまで言ってないじゃん。実際そうだろうけどね」
「あはは……まぁまぁ」
クノティアがいつも通りの感じに戻ってきたのはいいが、目の前に魔法騎士がいるのを忘れていないだろうか。
レニアはセトアたちのやり取りを見ても真剣な表情を崩さなかった。いや、口元が少し笑っている。
「さて、ここで考えても答えは出ない。私はこれで失礼しよう。だが……」
レニアが立ち上がり、セトアたちをじっと見る。
「これだけの発見があったのだ、ユルケルス神殿に大きな調査が入るだろう。その時、君たちには正式に調査協力を求めることになる」
「……!」
ハッと顔を上げる三人。
当然だ。あの黒い部屋に行くには、アリーアとクノティアが必要だろうから。
「レニアさん、でもあの部屋は危険ですよ。私とアリーアはとても苦しかったんです」
「わかっている。危険性を鑑みれば君たちに協力を仰ぐべきではない。少なくとも私個人はそう思っている。しかしこの報告を上げれば……そういうわけにもいかなくなるだろう。もちろん、強制はしない。先ほども言ったが、我々は非人道的なことはしない」
「……」
「近いうちにまた来る。それまでに話し合い、考えておいて欲しい。……だがやはり、私としては君たちを危険に晒したくはない。無理はしないでくれ」
「……わかりました」
神殿をもう一度調べるというのは、セトアたちも考えていた。学院の授業があるしすぐには実行できない、というだけで調べには行きたいのだ。
だけど、あの黒い部屋にもう一度入るかどうかは別だ。あの苦しみを経験したセトアとしては、すぐには決断できなかった。
「それはでは。失礼する」
今度こそ帰ろうとするレニア。その背中を見て、
「あっ――ね、ねぇセトアちゃん!」
「アリーア? どうした――……あぁ」
チラチラとセトアの鞄に視線を向けるアリーア。
そういえば、忘れていた。
(ていうかこの流れなら隠しておいてもよかったんだけど……)
しかしレニアはすでに振り返っていた。しかもアリーアの視線を辿ってセトアの鞄を見ている。
「まさかとは思うが、まだなにかあるのか?」
「…………はい。すみません、実はこんな物を持ち帰っていまして――」
結局魔剣を見せることになり、レニアとはもう小一時間ほど話をすることになったのだった。
* * *
時は変わり、夜。一同が解散した後のこと――。
「――という経緯で、ユルケルス神殿にて魔剣を入手しました」
「……そうですか」
フィリル商会、バックヤード。倉庫整理をしていた若い男――カオスフェアネス、ジルフィンド内での管理責任者、名をゼネル――彼は簡素な椅子に座りセトアの報告を聞いていた。倉庫内は薄暗く、ゼネルの顔はよく見えない。その声だけでは感情が読めなかった。
セトアは結局、神殿でのこと、魔剣のこと、魔法騎士が訪ねてきたこと、すべてを組織に報告することにした。魔法騎士のレニアに話した以上、組織にも報告しないわけにはいかない。別ルートから情報が伝わったら色々面倒だ。
「いいでしょう、報告が遅れたことは不問にします。そして魔法騎士の調査ですが、必ず同行しなさい。もう一度黒い部屋に侵入するのです」
「――はい」
やはりそうなるか、とセトアは心の中でため息をつく。
組織に報告すれば迷うこと無く侵入が命じられるだろうと思っていたのだ。
「セトア。報告の遅れを不問にする理由、わかっていますね?」
「はい。ユルケルス神殿での発見がそれだけ大きなものであり、追加の調査がより重要だからです」
「その通り。この発見を前に、あなたの報告の遅れなど些細なことです」
ゼネルはそう言うと天を仰ぎ感嘆する。
「あぁ……特殊な条件で入ることのできる黒い部屋。あると思いませんか? 我々の求めるものが」
「……門、ですか」
「その通り。あぁ――カオスフェアネス、世界に混沌を。魔法を正しく使う世界に!」
秘密組織カオスフェアネスが掲げる理念。
それは古代文明、神話に隠された秘密でもある。
「かつて苦難の神カースエアは、人類に文字通り苦難を与えた。――そんな話は、後に神話を書いた人間のこじつけかもしれないがね。だが確実に、人類が滅びるほどの苦難が訪れた」
珍しいな、とセトアは思う。この管理者がここまで饒舌になるのは初めてだ。長年組織が追い求めていた物がついに見つかるかも知れないという状況に、ゼネルも興奮しているのか。
「ではカースエアが与えた苦難とは? 人類が辿り着くことのできない凄まじい魔法か? はたまたすべてを飲み込む天変地異か?」
見ているのかわからないが、セトアは首を横に振る。
するとゼネルは満足げに頷く。
「そうとも、どれも外れだ。彼の神が振りまいた苦難の正体、それは――魔物だ!」
魔物――現代には存在しない、普通の人間では太刀打ちできないような凶悪な生物。
「古代文明時代、魔物はもともと各地にいたらしいが、人間がなにもしなければ比較的無害だったという。しかし、突然大量に出現した魔物は群れとなり、人を襲い始めたのだ」
ゼネルが話しているのは、神話に書かれていない、カオスフェアネスが言い伝えてきた伝承。
立ち上がり、両手を掲げ興奮した声で話を続ける。
「人間は戦った! 必死の抵抗の末、ついに魔物が大量に発生する門を見つけ出し、封印に成功したのだ。
――しかしその時には、すでに滅亡と言っていいほど人類はその数を減らしていた。文明も知識も、なにもかも失ってしまったのだ」
人間は、魔物に打ち勝った。代償に、すべてを失って。
これが神話に隠された真実。古代文明が滅びた理由だった。
……セトアは個人的にこの辺りの流れに違和感を感じているのだが、今は余計な口を挟むべきではない。
ゼネルの話は続く。
「封印した門は二度と開いてはならない。ひとたび開けば世界に再び苦難が訪れる。伝承ではそう言っているが――しかし我々は考える。門を封印し、残った魔物を一掃したのは人間だ。それはどうやってだ? どうやって魔物を倒した? ――答えはもちろん、魔法だ。魔法は魔物を倒すために存在する至高の力なのだ。生活のためだけに使うなど、そんな温い力ではない!」
世界に混沌を。魔法を正しく使う世界に。その理念は、つまり――。
「我々カオスフェアネスは門を開き、世界に魔物を解き放つ。そして魔法は魔物を倒すために使われる。本来の、正しい使い方をするのだ!」
ゼネルは組織が掲げた理念を高らかに叫び、手を振り下ろしてセトアを指さす。
「セトア。ユルケルス神殿の黒い部屋にて門を探しなさい。無ければ手がかりでもいい。なにかを見つけ出すのです。必ずですよ」
「……はい。了解です」
フィリル商会を出たセトアは、そっとため息をつく。
(魔物……か。本当に門があって、世界に魔物が溢れたらどうなるんだろうな)
小さい頃からずっと聞かされてきた組織の理念だが、セトアは特に賛同も否定もしていない。おそらく古代遺跡にあるだろう門の存在は気になるが、しかし魔物がいる世界なんて想像ができない。
そもそも門の情報が無さすぎる。古くからある組織でさえ、得られた情報はほとんど無い。
つまり、いますぐにどうこうなる話ではないのだ。ゼネルのように熱くなることができなかった。
実は組織の中にはそういう人は少なくなく、密かに問題になっているとかいないとか。
(まぁそれはともかく、やっぱり黒い部屋には入らなきゃいけなくなったな)
組織に命令されるのはわかっていた。魔法騎士のレニアは無理をするなと言っていたが、セトアは入ろうと提案しなければならないのだ。
だからその前に、危険要素を排除しておきたかった。
黒い部屋で、セトアたちはどうして苦しくなったのか。クノティアは何故無事だったのか。
もう一度入って同じことになるのなら――対処法を考えておきたい。
魔法騎士が訪ねてきせいで、その時間は無くなってしまった。
(……調査の安全性を確保したい私と、クノティアとアリーアを心配する私がいる)
前者はカオスフェアネスの構成員として。後者は魔法学院、古代魔法研究同好会の一員として。
(私の本音は、どっちなんだろうな)
どちらでもすることは変わらないが、とても大事なことに思える。
(ま、古代遺跡を調べたいという欲丸出しの気持ちが、答えかもしれない)
ウダウダ考えていても仕方がない。短い時間でもやれることをやっておこう。そう決意して、セトアは一歩踏み出すのだった。
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