3-4話「黒の部屋、再び」
それからはあっと言う間だった。
魔法騎士レニアは翌日再びやって来て、調査協力を求めた。セトアたちは話し合い済みで、その申し出を了承。話はとんとん拍子に進み、次の休みに乗り込むことになった。まさかの二週連続で遠出だ。
調査のことを組織に報告すると、カオスフェアネス――フィリル商会は、同日ユルケルス神殿近くの宿屋に出張営業をすることになった。報告した際にゼネルが決めたわけだが、前から決まっていたことになった。
そして調査当日――。
「はぁぁぁ……アリちゃん、セトア、わたしいま……魔法騎士専用の馬車に乗ってるよ?」
セトアたち三人は、前回と違い魔法騎士が使う馬車で移動していた。この間の馬車に負けず劣らず、立派な造りだ。
「もうクノちゃん、それ何度目? あたしちょっと眠いんだけど~……」
「何度でも言い足りない……言いたいじゃん?」
「あはは……アリーアは緊張しないのか?」
「乗った時は緊張したけどさ~やっぱ神殿まで遠いでしょ? さすがに気が緩んできて……そうなると眠気がね。ふわぁぁぁ……」
先日同様、早朝に出発。乗り込んだときは魔法騎士の馬車ということで緊張したが、長続きはしなかった。アリーアのその話を聞いたセトアも、ようやく緊張が緩んできた。
一方のクノティアは、もうずっと感激している。
「クノティア、気持ちはわかるけど、到着する頃には疲れ果ててしまうぞ」
「そうだよクノちゃん。今回、クノちゃんが鍵になってるんだからね?」
「う……わ、わかってる。ふう……確かに、温存しておかなきゃじゃんね」
黒い部屋を調べるのに、少なくともクノティアとアリーアは必ず中に入ることになる。セトアも無理言って、というよりクノティアとアリーアにワガママを言ってもらって、一緒に入るのが決まった。そして当然だが、魔法騎士のレニアも入る。この四人での侵入だ。
問題は入った後で、また同じように苦しむ可能性が高い。そうなると、身動きが取れるのはクノティアだけ。それも確実ではないんだが――。セトアたち三人が無事な間にクノティアが周りを調べ、前と同じように全員の手を取って台座に触れさせて脱出。アリーアの言う通り、今回の調査でクノティアはとても大事な役割を負っている。現地に着くまでは体力を温存しておくのが正解だ。
(かなり無茶だけど……それくらいしか方法がない。結局、対処法なんてないんだから)
苦しんだ原因なんてわかるはずもなく。魔法学院の図書室も時間の限り調べたが、特に成果はなかった。
「でもあたし思ったんだけど、あの部屋他になにかあるのかな~?」
「どういう意味だ?」
「あそこには棚があって、魔剣フローティングナイフが置いてあったでしょ? もしかしてそのためだけの部屋なんじゃないかなって」
「……まぁ、そうだね」
正直、セトアはあまり考えないようにしていた。あそこは魔剣の保管場所で、それ以外のものはなにも無い。もちろん行ってみないとわからないが、その可能性は高いように思う。魔法騎士も同じように考えている節がある。
(なにも見つからないと私は困るけどな)
組織の任務、門の手がかり。
頼むからなにか見つかってくれ。そう願うセトアだった。
* * *
午後、到着して昼食を取り、早速ユルケルス神殿に向かう。
魔法騎士の調査のため、今日は一般客の入場が制限されている。決まったのがギリギリのためシャットアウトすることはできなかったが、少なくとも調査の時間帯は入ることができない。
宿屋だけでなく神殿近くにも軽食の出店を出していたフィリル商会が文句を言っていたが――あれはパフォーマンスだろう。レニアが謝罪代わりに名物リンゴタルトとお土産のユールティーを人数分買ってくれたのはラッキーだった。先週は魔剣のことでそれどころじゃなく、すっかりユールティーを買うのを忘れていたのだ。
そしていよいよ、神殿の奥の部屋――台座のある部屋に入った。
当たり前だが、以前とはなにも変わらない。暗黒台座を囲むように立ち並ぶ柱群。両壁に並べられた縦長の壺。正面の大きな壁画。
セトアたち四人は、光りを一切反射しない暗黒台座の前に立つ。
「やっぱ不思議な感じするよね」
「うん。見ただけでなんかぞわぞわする。これってわたしたちだけなんだっけ?」
「こないだも言ったけど、私はなにも感じないな。触れると変な感じはするけど。ですよね、レニアさん」
「そうだな、セトアの感想が一般的だ。……やはり、君たちにはなにかあるのだな」
「ううーん……なんなんだろね、これ」
ぺちぺちと台座を叩くアリーア。
「お、おい、アリーア。勝手に触るなって」
「あたし一人だけなら平気でしょ? クノちゃんと一緒じゃなければ――」
そう言いながら、手のひらを台座の上に置く。すると、
――フッ。
音もなく、アリーアの姿が消えた。
「なっ……消えただと!?」
「……は? え? なんで!?」
「――アリちゃん!」
咄嗟にクノティアが台座に手を伸ばす。
「――よせ! 待つんだ、クノティア!」
レニアが止めるが、クノティアの手は止まらない。台座に触れた途端――アリーアと同じように、その姿が消えた。
「くっ、どういうことだ? 何故、消えた? 二人同時に触れるのが条件じゃなかったのか?」
「まさか……一度入ったから? 二回目は一人で入れる? ――レニアさん! 私も触れてみます!」
「しかし――いや、わかった。ただし、私も一緒にだ」
「了解です。手も握りますか?」
「そうだな。頼む」
これはもともと話し合っていたことだ。先日のセトアのように同時に触れることでレニアも入れるのか? その確証がなかったため、保険として手も握っておこうとなったのだ。安直ではあるが、色んな方法を試す必要があった。
しかしアリーアとクノティアが単独で入ってしまうのは想定外。果たしてセトアだけで、あの部屋に入ることができるのか。レニアを連れていけるのか。
「――いきます!」
あれこれ考えていても仕方がない。セトアが台座に触れた瞬間、猛烈な白い光が溢れ出して――
「くっ……入れた、のか?」
セトアがゆっくり目を開けると、そこは真っ暗な空間。
だけどすぐにわかった。まだ目が慣れていないだけで、ここはあの黒い部屋だ。
(あっ……いない。だめだったか)
握っていたはずのレニアの手の感触がない。どうやら一緒には入れなかったようだ。
「セトアちゃん? セトアちゃんだよね?」
「よかった、セトアも入れたんだね」
「アリーア、クノティア!」
二人の声がする。薄らと輪郭が見えるようになってきた。間違いない、アリーアとクノティアだ。
「はぁ……よかった。本当、ビックリしたぞ? アリーア」
「ごめんごめん……ってそれよりセトアちゃん! 大変だよ!」
「……どうした? なにかあった……」
なにかあったのか聞こうとして、セトアも気が付く。
ようやく見えてきたアリーアと目を合わせる。
「これって……」
「うん、なんともないんだよ! ――苦しくならないの!」
そう、前回はすぐに苦しくなったのに、今回はその兆候がない。もちろんクノティアにも異変はなかった。
「……どういうことだ? こないだのはなんだったんだ?」
「わからないことだらけってことじゃん。だけどセトア、わたし見付けちゃったよ」
闇の中、クノティアがすっと奥の方を指さす。
「棚があった場所の後ろに、通路かなにかがある」
「――! 本当!?」
そっちに駆け寄ろうとして、足下でパキッという音がした。前回崩れた棚の破片を踏んだようだ。
(……ん? あれ、なんかおかしくないか?)
薄暗いのに加えて黒い床のせいで足下はよく見えない。だが――散らばっている破片が、棚の大きさに比べて少ない気がする。
(崩れた時に部屋の隅に転がっていったか? ――いや、いまはそんなことよりクノティアが発見した通路を確認しなきゃ!)
破片のことは保留にして、部屋の奥へと向かう。
本来なら一度戻ってレニアと合流するべきだが、新しい発見に興奮した三人にそんな考えが浮かぶはずもなかった。
この頃になるとだいぶ目が慣れてきて、前回は気付かなかったそれを見付けることができた。
奥の壁の中央、扉はないが人が一人通れるくらいの隙間が空いている。クノティアの言うとおり通路のようだ。
(まさか、門があるのか? こんな特殊な場所だ、あってもおかしくないぞ……!)
セトアは内心ドキドキしながら、その暗闇に手を伸ばし――
――ピタ。すぐに、手のひらが壁に当たった。
「……ん? これ、通路じゃない。ここだけ壁がヘコんでるだけだな……」
暗いせいで通路だと勘違いした。クッションが一つ置けるくらいの大きさのスペースがあるだけだった。
「あっ! セトアちゃん下! 足下見て!」
「足下……?」
「なにこれ? 銅像じゃん」
二人が言うように、よく見ると銅像のようななにかがある。
これを置くためのスペース、ということだろうか。
三人はしゃがみ込んでそれを観察する。しかし、
「……なんだこれ?」
「あれ、銅像かと思ったけどなんか違うじゃん。アリちゃん、なんだと思う?」
「う~ん、犬……の、人形かな?」
アリーアの言う通り、それは犬の形をしていた。セトアたちの膝くらいの大きさで、尖った耳をピンと立て、おすわりをしている。
身体は黒色で、周りの壁や床と材質が似ている。だからすぐに置いてあるのがわからなかった。もっとよく見てみると、首や手足の節目に切れ目が入っている。銅像というより、パーツを組み合わせて作った人形のようも見えた。
(少なくとも門では無さそうだよな……。だとしても、これはこれですごい発見かもしれない)
とにかくもっと調べてみなければわからない。セトアは触れてみようと手を伸ばす。
「――ん? これ、下に低い台座がある。しかもこれって……」
犬の人形の下には、正方形の分厚い板のような台座があった。そしてこれには光沢が無い。暗黒台座と同じ材質かもしれない。
「暗黒台座と同じなら、あたしたちが触れたらなにか起きるかな?」
「アリちゃん冴えてるじゃん。やってみようよ」
そう言って二人は人形に手を伸ばす。
「二人とも、もう少し慎重に……」
ハラハラしながら見守るセトア。しかし――。
「あれ? なにも起きないじゃん。人形も台座も、どっち触っても無反応」
「うん。特にぞわぞわもしないよ。暗黒台座とは違うね~」
「……え? あ、そうなんだ」
慎重にと言いつつも、なにかを期待していたセトアはこっそりガッカリする。
(ふぅ……これがなにかはわからないけど、とりあえず他にはなにもなさそうだな)
部屋全体を見渡してみたが、他にはなにもない。
強いて言えば天井。ようやく気付いた。壁や床と同じかと思ったが、仄かに光を発している。どこかに光源があるはずと思ったが、黒い天井そのものがそうだったのだ。
「どういう仕組みで光ってるんだこれ……」
「確かに不思議だね~。古代魔法なのかな?」
「うーん……どうだろ」
いくら古代魔法とはいえ、2000年も効果が持続するなんてあり得るだろうか。魔法道具や魔剣ならわからないでもないが。
「そうだアリちゃん。古代魔法使ってよ」
「うん? なんの……って、そっか! クノちゃんナイス!」
そう言うとアリーアは再び台座の前にしゃがみ込む。
「なにをするんだ? アリーア」
「ふふーん、いい魔法があるんだよ。あーでも2000年かぁ。上手くいくかわかんないけど、とにかくやってみるよ」
ポゥ――。アリーアの手のひらが淡く光り出す。
「いくよ――古代魔法、サイコメトリー」
アリーアがそっと低い台座に手を触れる。
目を瞑り、しばらくそうしていると、
「ん……んん? うー、ぜんぜん見えない~」
「……なぁクノティア、アリーアはなにをしているんだ? サイコメトリーって?」
「アリちゃんのあの魔法は、対象の物体に込められた想いを読み取れるんだよ。いまみたいに時間が経ち過ぎてる物だと上手くいかないみたい」
「へぇ……! そんな古代魔法もあるのか!」
初めて聞く魔法だ。しかし時間経過で効果が薄れるとなると、肝心の遺跡探索には向かないのかもしれない。基本的に2000年以上前のものなのだから。
「うぅぅなんか砂嵐みたいになってぜんぜん見えない。……あれ? でもこれって……あぁ!!」
アリーアがパッと立ち上がり、振り返った。
「セトアちゃん! 一瞬セトアちゃんの魔剣が見えたよ! フローティングナイフ!」
「え? まぁここに保管してあったんだからな……」
「そうじゃなくって! 誰かがそれを持って、ここにしゃがんでるのが見えたの!」
「――――! つまり、この魔剣がなにかの鍵かもしれないのか?」
「わからないけど可能性はあると思う!」
「セトア、とりあえず触ってみなよ」
「わ、わかった。そうだな」
そういえば、セトアはまだ犬の方には触れていなかった。
クノティアに背中を押され、アリーアと入れ替わり犬の人形のようなものの前にしゃがむ。そしてそっと、その頭に触れてみると――。
『マスター・スキルを感知しました。照合中――――
一致しません。再起動するにはマスター・スキルを使用してください』
「――うわぁぁあ!?」
「しゃ、しゃべったー!!」
突然人形が声を発し、慌てて手を離してひっくり返ったのだった。
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