3-5話「セトアの意思で」
『マスター・スキルを感知しました。照合中――――
一致しません。再起動するにはマスター・スキルを使用してください』
黒い部屋に置かれていた犬の人形のようなもの。
セトアが触れた瞬間そんな声を発し、一同は驚いてひっくり返ってしまう。
「な――――なん、だ、いまの!?」
「犬の人形が喋ったの? 少なくともそこから聞こえたよね? ね、クノちゃん!」
「うん、間違いないじゃん。口とか動いてなかったけど」
人形自体にはまったく動きがなかった。それでも、声は間違いなくここから聞こえた。
「お、落ち着け。今これ、なんて言った? マスター・スキル……? 再起動?」
「まったくわかんないね。でもなにか使用しろって言ってたし、やっぱセトアの魔剣じゃない?」
「なるほど、そうだな。アリーアの言ってた通り、魔剣フローティングナイフが鍵ってことかもな」
セトアは鞄に手を突っ込み、魔剣を取り出す。
そもそもフローティングナイフはここに保管されていたのだ。無関係ではないのだろう。
「これでなにかが起きたらアリちゃんのお手柄じゃん。やっぱ古代遺跡には古代魔法だね」
「だな。さすがだ、アリーア」
「えへへ~。それほどでもぉ」
褒められて嬉しそうなアリーアが、くねくねと体を揺らしている。
……古代魔法サイコメトリー。
セトアは評価を改めることにした。断片的な情報でも得られるのなら、十分探索に役立つ魔法だ。
「よし……。じゃあ、やってみるぞ。魔剣を使えばいいんだよな」
セトアは再び犬の前にしゃがむ。そして魔剣を握りマナを流し込み、力を発動した。するとセトアの身体が少しだけ浮かび上がる。
だけど、それだけではなにも起きない。
セトアは浮かんだまま犬の頭に触れてみた。すると――
『遺産使用によるマスター・スキルを確認しました。使用者の登録を行いますか?』
「……? えっと……はい」
また犬が口も動かさずに声を発する。が、言っている意味がわからない。
(使用者の登録とは……?)
とりあえずセトアは返事をしてしまう。すると、
『使用者登録が完了しました。停止からの時間経過――計測不能。周囲のマナを確認――異常検知。完全モードでの起動不可。制限モードで再起動します――』
「うわっ?」
犬の人形の目と、身体の節目に青色の光が走る。セトアは驚いて仰け反ったが、今度は二度目だ。倒れるのは堪えた。
しかし青色の光がどんどん強くなっていく。
「ね、ねぇ! セトアちゃんクノちゃん! なにが起きてるの?!」
「もしかして、わたしたちだけでやったらマズかったんじゃん? なんかヤバそう」
「いまさらそんなこと言わないでくれ!」
三人はここでようやく、レニアたち魔法騎士と一緒に来ていることを思い出す。
(そうだ……レニアさん無茶苦茶心配してるんじゃないか? 戻ったら怒られそう……ってそれもいまさらだ! ――ていうかそれどころじゃないだろ!)
一瞬現実逃避しそうになったが、目の前で犬の人形が青く発光し続けている。
これは絶対、なにかが起きようとしている――。
『――再起動完了しました。オペレーターシステムを切り替えます』
「え? あれ……?」
そんな声と共に、青い光が収まっていく。
改めて目を向けると――いつの間に変化したのだろう、犬の人形の身体が黒から白になっていた。目や節目は青いまま、その瞳がセトアのことを見た気がした。
そして、ゆっくりと口を開いていく。
「ふぅ……お主が遺産使用者か。覚悟はしておったが、いったいどれだけの時間が経ったのやら」
「…………」
突然喋り方が変わった。しかもさっきまでと違い、言葉に合わせて人形が滑らかに動く。まるで生きているかのようだ。
三人とも驚きすぎて言葉を失ってしまう。
「マスターがもうおらぬのはわかっておったが、ふむ。……コレ、新たな――いや、仮マスターよ。名はセトア・スリフォートで合っておるな?」
「……な、なんで、私の名前を」
「名前くらいの簡単な情報は登録時にコピーされるに決まっておるじゃろ。なにを驚いておる?」
「はぁ……」
「その反応の鈍さ……なるほど。やはり世界は過去の文明に追い付いておらぬか。マスターの予想通りじゃ。ま、無理もないがの」
なにがなんだかわからなくて、頭が真っ白。回ってくれない。
だけど今の言葉に、セトアがピクリと反応する。
「……ちょっと、待った。もしかして……君は、古代文明の?」
「古代文明じゃと? ふむ、まぁお主らからしたらそうじゃな。わらわは当時の文明が作った自立型特殊ゴーレムじゃ。――と言ってもわからんじゃろうがな」
「――――!?!?」
今度こそ完璧に言葉を失うセトア。
古代文明の、ゴーレム? それがなんなのか、セトアたちには理解することができない。だけどこの犬の人形、ゴーレムは自らの意志を持ち――古代文明の知識がある。それだけはわかった。
その考えに至った瞬間、セトアはガシッとゴーレムを掴んで顔を近づける。
「ゴ、ゴーレム! 教えてくれ、どうして人類は滅びたんだ!?」
現代の人間にとっての長年の謎。
果たしてカオスフェアネスが言い伝えて来た伝承は本当なのか? その答えを聞くことができる。
しかし、
「ち、近い近い! 離れよ! すまぬがそれには答えられぬ。プロテクトがかかっておるのじゃ」
「……? プロ、テク?」
「プロテクトじゃ。鍵がかかっておると思えばよい。わらわが再起動する際に言ったじゃろ? 制限モードで起動したと。今のままじゃと文明に関することはなにも話せないのじゃ」
「え……自分でその鍵は開けられないのか?」
「できぬ」
「そ、そんなぁ……」
プロテクト、鍵がかかっているというのはピンとこないが、どうもなにかしらのルールがあり、そのせいで古代文明のことを話せないようだ。つまりそれが、制限モードということなのか。
セトアはゴーレムから手を離し、ガクッと項垂れた。
すると後ろから、ぽんと肩に手を置かれる。
「セトア、諦めるのは早いよ。つまり完全モードってのになれば話せるんじゃん?」
「今は制限がかかってるって意味なんだよね? だったらクノちゃんの言う通りかも」
その言葉に、セトアはハッとなって顔をあげる。
そしてじっとゴーレムを見つめた。
「ええいだんだん近寄ってくるでない! この部屋では完全モードの起動ができぬ!」
「この部屋では? つまり、他の場所でならできるのか?」
「ま、そういうことじゃな。特定の場所でのみ起動できるのじゃ」
「それはどこ!?」
「落ち着け、仮マスター。ここにいてはそれもわからぬよ。座標は教えられるが、そんなものお主らにはわからぬじゃろ?」
「座標……? うん、わからない。でもそうか、古代文明と現代では地名も違うはず。古代の呼び名で言われても私たちにはわからないんだ」
「うむうむ。まぁそれくらいすぐに察することができぬようでは仮マスターとして認められぬがの」
「ははははは…………。とにかく、外に出たらわかるんだな?」
「そういうことじゃ」
「よし――――」
だったら連れ出すまでだ。セトアは立ち上がり、振り返って――困惑するクノティアとアリーアの顔を見てハッとした。
「そうだ、外には魔法騎士が……」
「さすがに報告しないわけにもいかないじゃん? 一旦出てから相談した方がいいかもよ」
「あたしは別にいいと思うよ? 勝手に連れ出すの。どっちにしろじゃない?」
「アリちゃん、たぶんそれレニアさんに相当怒られるよ」
「う……そ、それこそどっちにしろだよ! すぐにここから出なかった時点で怒られるの確定してない?」
「むぅ……してる。でもこれ以上勝手なことしていいのかな」
「じゃあいっそのこと報告しないとか! こっそり連れ出すの!」
「それ無理じゃん。ゴーレムこの大きさだよ? どうやって隠すの」
「実はペット連れてきてましたー! ってダメだよね~……」
アリーアとクノティアが話し合いのようなふざけ合ってるような、よくわからない言い合いをしていると、ゴーレムが奥のスペースからぴょんと飛び出す。そしてトコトコ歩いて足もとにやってきた。
「ぴーちくぱーちくうるさいのう。面倒そうな話をしおってからに。要はわらわが擬態できればよいのじゃろ?」
「――擬態?」
一瞬、ゴーレムが白く光る。そしてその一瞬の間に、ゴーレムの体がまるで生まれたての子犬くらいの大きさに縮んだ。しかもさっきまでは固い金属のような体だったのに、しなやかで柔らかい体になり、体毛も生えた。青く光っていたつなぎ目も消えて、紛れもなく生きた白い子犬になっていた。
「――はっ!? なにがどうなった!?」
「ゴーレムちゃんがちっちゃくなった! かわいい!」
「すっご! ゴーレムすごいじゃん!」
「どうじゃ、もっと褒めてよいぞ?」
「いやもう驚きすぎて……なんなんだよ……もう……」
古代文明の技術。それは現代の人間が想像している以上に、高度でとんでもないものなのかもしれない。
「ほれほれ。ぼうっとするでない。この姿ならお主の鞄に入ることができるぞ?」
「そりゃ……まぁ……入るけどな」
「やったねセトアちゃん! これで隠し通せる!」
「いやいや待ってよアリちゃん。本当に報告しないつもり?」
「いいでしょ、せっかく小さくなってくれたんだしさぁ」
「それとこれとは別じゃん」
「ええい、話を戻すでない! わらわはお主らの事情など興味ないわい。どうするかは――仮マスター、お主が決めるのじゃ」
「――え、私!?」
全員の視線がセトアに集まる。
「あーそうだね、セトアに決めてもらうのが一番いいんじゃん? どう、アリちゃん」
「賛成! あたしとクノちゃん、意見が平行線だしね~。セトアちゃん任せた!」
「わらわはお主に従うまでじゃ。ほれ、どうするんじゃ」
「なっ、なっ…………」
(私が決める――!? ど、どうすれば――どうするのがいいんだ?)
秘密組織カオスフェアネスの調査員としては、こっそり持ち出して近くにいるであろうゼネルに報告するのが正しい。いやしかし、それだとクノティアとアリーアに説明することができない。
古代魔法研究同好会としては、やはり魔法騎士レニアに報告するのが一番だろう。ここでまた隠して、もし信頼を失えば――。
(レニアさんの誠意を裏切ってしまったら、どうなる? アリーアとクノティアは?)
いやしかし、肝心のクノティアとアリーアの意見が割れてしまっている。そして二人はセトアに決定を委ねたのだ。
つまりセトアの決断が、古代魔法研究同好会の意思と同じ――?
「もう一度言うぞ、仮マスター。セトアよ。――お主が、決めるのじゃ」
「私……が……」
(私の、意志は――?)
生まれ育った組織。
誠意をもって接してくれた魔法騎士。
自分のことを仲間として迎えてくれた同好会。
これまでセトアは、どれも周りの状況で動いてきた。
(だけど――私は!)
「……ゴーレム、一つ聞きたい」
「なんじゃ?」
「お前が完全モードとやらで起動する場所は、どういう場所だ?」
「ふむ。もっと具体的に聞けば、答えられよう」
「あぁ、つまり聞きたいのは――その場所は、古代文明が滅びてから今日まで、誰か人が入り込めるような場所にあるのか?」
セトアがそう聞くと、アリーアとクノティアが目を見開く。
「セトアちゃん……!?」
「セトア……まさか」
二人に頷き、子犬になったゴーレムを見つめる。
「どうなんだ? ゴーレム。誰かが見付けられるような場所にあるのか?」
「いいや――わらわがいなければ入口すらも見つからぬ。誰も足を踏み入れていないはずじゃ」
「――っ!! やっぱり古代遺跡だ! それも未発見の!」
古代文明時代に作られたゴーレム。
それにとって特別な場所とは、もちろん古代遺跡なはずだ。
しかも、未発見の可能性が高いのではにか? セトアはそう思って今の質問をしたのだ。
そしてその予想は当たっていた。
(だったら、私が取るべき道は――決まってる!)
「アリーア、クノティア。私決めたよ」
「うん、あたしセトアちゃんがどんな決断したのかわかっちゃった」
「私も。そこに気が付くとはさすがじゃんセトア」
セトアは足下のゴーレム――白い子犬を抱え上げる。
「ゴーレム、お前を鞄に隠して外に出る。魔法騎士には報告しない」
もちろん、組織にも。
「そしてそのまま、私たちだけで遺跡まで連れて行く。そして私たちは――まだ誰も見ていない古代遺跡の、発見者になる!」
(それこそが、ずっと私が夢見てきたことだから――)
組織も魔法騎士も同好会も関係無い、セトアの意志であり、決めたこと。
(同好会の志は同じだけどな。でも……根っこは私の中にある欲だ)
セトアが決断したことに変わりはない。
「ゴーレム、わかってると思うけど……外に出たら喋らないでくれよ?」
「心得ておる。――わん」
その声を聞いた途端、セトアはとてつもない不安に襲われる。
(あれ、判断ミスったか……?)
こいつは――ゴーレムの存在は、これまでの常識を覆すレベルの大発見だ。
本当に隠してよかったのだろうか。
セトアは今になって、一気に不安が押し寄せてきた。
(い、いや――! もう決めたことだ! どうにでもなれ!)
セトアはやけ気味に、ゴーレムを鞄に突っ込むのだった。
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