3-6話「制限された古代の話」


「何故すぐに出てこなかった! どれだけ心配したと思っているんだ!」

「す、すみませんでした~……」


 黒い部屋の暗黒台座に触れて外に出ると、調査をしていた魔法騎士たちの中からレニアが飛び出してきてセトアたちを抱きしめた。そして無事を確認すると、三人を並べて怒鳴りつけたのだった。

 叱られて当然のことをしたので、三人とも大人しく頭を下げる。


「レニアさん、実は今度は苦しくならなかったんです」

「そうなんです! 大丈夫だったんです! それで、つい……ね? クノちゃん」

「わたしも安心しちゃって。色々見る余裕ができちゃいまして」

「それで……いやもう正直に言うと、興奮してしまったんです。それでつい、私たちだけで周りを調べてしまいました。――本当に申し訳ありませんでした!」


 もう一度深々と頭を下げるセトアたち。レニアはため息をつき、


「……いや、もういいんだ。こうなったのは私の責任だからな」


 その言葉に、セトアは狼狽える。


「え? な、なんでですか? あの部屋に飛んだのは想定外でしたが、すぐに出てこなかったのは私たちが悪いんじゃないですか」

「それはそうだが、そうなったことも含めて私の責任だと言ったのだ。魔法騎士は君たち学生の身を守らなければならない。そして私は隊長、この現場の責任者だ。

 ――君たちを危険な目に合わせてしまい、申し訳なかった」

「そんな……!」


 今度はレニアに頭を下げられてしまう。

 言っていることはわかるが、問題を起こしたのはセトアたちなのだ。途端に罪悪感で押しつぶされそうになる。

 三人ともパニックに近いほど慌てだし、


「レニアさん本当に頭を下げないで~! あたしたち気を付けますから!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! うぅ、レニアさんにこんなことをさせてしまうなんて……あぁぁぁぁ」

「レニアさん、お願いです! 顔を上げてください!」


 セトアたちがそう懇願する(クノティアは泣き崩れた)と、レニアはようやく顔を上げてくれる。


「……そうか、わかった。ではこの件は終わりにしよう。中でのこと、詳しく話してくれるか?」


 三人ともホッとため息をつく。叱られる覚悟はしていたが謝られるのは想定外だった。

 隊長、責任者とはこうあるべきなんだと学んだ。セトアはレニアを尊敬した。


(なのに、こいつのこと隠さなきゃいけないんだよな……)


 鞄の中に隠れている子犬――ゴーレム。レニアに話すわけにはいかない。とても心苦しい気持ちになった。



 そんなわけで、三人はゴーレムのことを抜きにして黒い部屋でのことを話した。――しかし、そこを抜かすとあまり大した話ができず、少し困った。


 今回、セトアとアリーアが部屋に入ってもまったく苦しくならなかった。もちろん理由なんてわからない。前回となにが違ったのか、さっぱりだ。

 一面真っ黒な部屋だったが、天井が仄かに光っていて目が慣れれば辺りを調べられた。

 ゴーレムが置いてあったことは伏せたが、奥に暗黒台座と似ている黒い板状の台があることは報告した。

 それから――。


「前回入った時に崩れた棚の破片が、少なかった気がするんです。部屋の隅々まで調べたわけじゃないですけど」

「破片が少ないだと? 君たちは持ち去っていないんだな?」

「はい。魔剣を掴むくらいしか余裕なかったですから」

「……ふむ。君たち以外の誰かが入ったとは思えないが……。とりあえず中を調べてみるしかないな」


 三人の報告が終わると、今度は予定通りセトアたち以外の人間が中に入れるのか試すことになった。

 これは意外とすんなり上手く行った。前回のセトアのように、アリーアとクノティアが同時に触れる際、第三者が一緒に台座に触れることで三人で中に入ることができたのだ。

 これを使い、レニアと他の魔法騎士数人が中に入る。一度入ってしまえば一人で出入りができるようになるが、アリーアとクノティアの代わりをすることはできない。新しい人を入れるには、やはり彼女らが一緒でなければならなかった。


 その調査の間、セトアは黒い部屋には入らず隅で待機していた。一度中に入ってじっくり見たし、二人の代わりもできない。邪魔になるだけだ。

 ――ということにして。

 その理由自体は本当だが、なによりあまり動いて鞄を見られると困る。暇ではあるがこれでいい。



 レニアたちが部屋の隅々まで調べて破片をかき集めたそうだが、やはり棚を構成するには少ないようだ。元の形を組み立てようとしたが、やはり足りないのだ。

 しかし、それでもわかったことがある。残った破片はどうやら骨組み部分だけのようだ。魔剣が置いてあったわけだし、天板は確実にあったはずなのに。

 足りない破片は目に見えないほど細かい粉になってしまった可能性もあるが、少なくとも床にザラザラした感触はない。本当に、いったいどうなっているんだろう。

 とりあえず集めた棚の破片を魔法騎士が持ち帰って調べるそうだ。


 奥にあった板状の台座はレニアたちが触れてもなにも起きなかった。

 ……おそらくゴーレムを安置するためのなにかなのだろう。そのゴーレムがいない以上、なにもわかるわけがなく。調査は終了となった。



「まったく、奇妙な場所だな」

「レニアさんすみません。あまりお力になれなかったようで」


 ゴーレムを隠していることもあり、申し訳なくなったセトアはレニアに頭を下げる。


「なにを言っている。君たちがいたからこそあの部屋に入れたのだ。それだけでも大発見だ。我々だけでも入れるようになったし、部屋の調査はこれからも継続する。

 ……しかしセトア、君は不思議に思わなかったか? あの部屋はどこにも窓も扉もない。それなのに空気とマナが循環しているんだ」

「え? ……あ、そういえば」


 ちょっと考えればわかることなのに、色んなことがあって気付けなかった。

 一回目は空気が無くて苦しかったのかと思ったが、クノティアが無事だったわけだから違う。

 最終的に結構な人数が部屋に入ったのに、空気もマナも無くなっていないことを考えると、どこかに貯蓄していたのではなく、なにかしらの方法で循環させていると考えるべきだ。


「隙間らしいものも見付けられなかった。古代文明の技術なのだろうが、どういう仕組みなのかまったく見当も付かないな」

「……ですね」


 頷き返したものの、金属質だったゴーレムが生きた子犬のようになるのを見てしまったセトアは、それくらい簡単にできちゃうんだろうなと思ってしまう。


「それともう一つ。さっきも言ったが、窓も扉もないということはあの部屋だけで完結している可能性が高い。部屋自体になにかしら意味や目的があるはずなんだが……」

「なんのための部屋なのか、ということですか?」

「ああ。ただ魔剣を保管しておくためだけだったのか? 奥の板状の台座はなんだったんだ? ……いっそ隠し扉でもあれば、話は変わってくるんだがな」

「隠し扉……そうですね」


 確かにそれはそうだが――でもおそらく、あの部屋は魔剣と、そしてゴーレムの保管場所だ。

 もちろん部屋そのものを調べる価値はある。調査はこれからも続くし、成果も出るかもしれない。だけど部屋の存在理由だけはきっと解き明かせないだろう。


「とにかく今回はここまでだ。協力感謝する。君たちも宿でゆっくり休んでくれ」

「はい。わかりました」


 一行はユルケルス神殿を後にして、最寄りの宿に移動を開始する。


(宿……ということは)


 セトアは自分の仕事がまだ終わっていないことを思い出すのだった。



                *  *  *



 当然のことながら、組織にもゴーレムのことは話せなかった。

 門の手がかりを期待していた組織の責任者ゼネルはガッカリすると思ったのだが、


「棚の破片の消失、そして板のような台座。その台座こそ門であり、破片はそこから魔物の棲む世界に飛んだ可能性があります」


 と、かなり強引ではあるがポジティブな考えを聞かせてくれた。

 もちろん、ゴーレムの存在を知っているセトアは違うとわかっている。そんなわけないし無理があり過ぎると思ったのだが、


「そもそも神殿の暗黒台座に触れて一瞬で場所を移動している。これは門の存在を裏付ける証拠と言えるでしょう」


 この考えに関しては、確かにと思ってしまった。もちろん証拠と断定することはできないが、瞬間的に場所が変わるあの感覚を体験してしまうと、門が本当にあってもおかしくないと思えてしまう。


「セトア。今後も積極的に調査に協力するように」

「了解です」



 ――という感じで、心配だった組織への報告は意外にもあっさり終わった。

 よく考えたら門に関する情報は滅多に見つからない。こんな風に無理にでもこじつけないと成果が出せない。

 逆に言えば僅かな情報をこじつけられるような人が、組織内で上がっていくのかもしれない。


 用事を済ませたセトアは宿の部屋に戻り、アリーアとクノティアと合流する。

 アリーアは自分のベッドで、クノティアはソファでくつろいでいる。そして――セトアのベッドの上に、ちょこんと座っている白い子犬。

 セトアはその横にぽすっと座る。


「おまたせ。なにかわかったか?」

「あるよ~。どうもの話だと、遺跡はここより南にあるみたい」

「南ってことはエレメンタル王国内だよな。違う国じゃなくてよかった。……ていうかなんだよ、ポイちゃんって」


 すると子犬、ゴーレムがぷいっと顔を背ける。


「この脳天気な少女が勝手に呼んでるだけじゃ」

「え~だって名前教えてくれないし」

「セトア、この子名前もプロテクトかかってるんだってさ。でもゴーレムって呼ぶのもなんかおかしいじゃん? 誰かに聞かれたら面倒だし。それでアリちゃんが適当に名前つけた」

「『ポイ』って? じゃあもうそれでいいか」


 セトアが話を流そうとすると、当のゴーレム――子犬のポイが慌てだした。


「ま、待てお主。本気か? もうちょっとこうなにかあるじゃろ? 相応しい名前というものが」

「私そういうネーミングセンスないんだ。だからアリーアが付けたのでいい」

「くぅ……仮とはいえ今のマスターはお主じゃ。仕方ない。『ポイ』で名前を登録したぞ。今からわらわはポイじゃ」

「登録って――あぁそういう感じなんだ」


 今だけの呼び名なら適当でいいかと思ったのだが、正式に名付けた感じになってしまった。少し悪いことをしたかもしれない。


「えっと、それじゃ『ポイ』。本題に入ろうか。いまお前はどこまで古代のことを話せるんだ?」

「ほとんど無理じゃな。わらわも現代の情報を収集しているところじゃが……ふぅむ、結局このまま発展したのじゃな。さしずめ魔法時代と言ったところか」

「このまま? なにがだ?」


 魔法時代という呼び方は現代の人も使うことがある。主に古代文明との対比でだ。


「今は詳しいことは話せん。ただ、お主らの言う古代文明と魔法時代で大きく変わったものがある。

 ……ふむ、今のように明言しなければプロテクトに引っかからぬな」

「大きく、変わった……? それを具体的に話せないってことだよな? 今は私たちで想像するしかないのか……」

「そういうことじゃな」

「ふ~ん、なんだろうね? クノちゃんわかる?」

「わかんない。そもそもわたしたちが簡単に想像できるものじゃなさそうじゃん?」

「だよねー。ポイちゃんもう少しヒントちょうだいよ~」

「さっきのでギリギリじゃ。完全モードになるまで我慢せい」

「そんなの生殺しじゃん……」


 アリーアとクノティアは頭を抱えているが、セトアには心当たりがあった。


 それは――魔物。


 古代には魔物がいて、現代にはいない。


(魔物についてポイに聞いてみたいけど、いまは二人がいるからな……後にしよう)


 ポイはこのことについてこれ以上話せないだろうし、次の質問に移ろう。


「ポイ、じゃあ次は魔剣のことを教えて欲しい」


 セトアはそう言って、魔剣フローティングナイフを取り出す。

 ポイはじっとそれを見つめ、片手を挙げてぽふっと触れる。


「……お主らは魔剣と呼ぶが、本当の名は遺産じゃよ」

「遺産……?」

「スキル――いまの時代風に言えば魔法じゃな。道具に自分の魔法を封じ込めるのじゃ。すると本人はその魔法を使えなくなるが、道具を使うことで誰でも使えるようになる」

「魔法を封じ込めて、誰にでも使えるように? ……でも魔法はもともと誰にでも……いや、そうか。古代魔法だ」


 古代魔法――先天の古代魔法士が使える魔法は一人に一つだけ。その人だけが使える特別な魔法だ。それを誰にでも使える道具にしたのが、魔剣というわけだ。

 もともと魔剣は古代魔法を使うための道具だったのではないかと言われていたが、ほぼその通りだった。ただ、それは古代魔法の再現ではなく、そのものを封じ込め、代償に使用者が魔法を使えなくなるというのは想像の範囲外だ。


「主に死期の近付いた者が作ることが多かった。故に遺産と呼ばれるようになったのじゃ」

「なるほどー。でもポイちゃん、作った人も魔剣……遺産を使えば魔法使えたんでしょ? だったら早くに作っておいた方が便利じゃない?」

「はっはっは、遺産が作られ始めた最初の頃はそういう者もおったがのぅ」


 ケラケラと笑うポイ。それでもアリーアはぽかんと首を傾げるだけだった。


「アリちゃん、よく考えてみてよ。もし魔剣が壊されたらどうするの?」

「壊される!? あ――使えなくなっちゃう!」

「アリーア、それだけならまだいいのかもしれないぞ。……おそらく、盗まれたり奪われたりする事件が多発したんじゃないか?」

「ほう、なかなか鋭いの。――その通り。じゃから老いるまで作らないようになったのじゃ。

 ちなみに本人の意志でしっかり魔法を込めないと不完全な魔法の遺産になる。当時は誘拐、監禁して無理矢理作らせる事件もあったが、失敗作しか作れず魔法も失われるため、そういう輩はいなくなった」

「うわ……古代文明殺伐としてるな」

「よくも悪くも文明は肥大化し、人もこの時代の何倍もいたのじゃ。様々な思想の人間がいたというわけじゃよ」

「……そう」


 セトアは少しドキリとする。カオスフェアネスも、そんな様々な思想の一つだ。


「ポイちゃん、魔剣のことはペラペラ喋ってくれるね」

「製造方法は話せぬぞ? プロテクト――いや、製造方法は前のマスターにより消去されておるな。世に残すつもりはなかったようじゃ」

「そうなのか……ていうかさ、前のマスターって、つまりポイを作った人か?」

「いかにも。わらわの制作者じゃ」

「それを聞いて肝心なことを聞いていないことに気が付いたよ。ポイ、お前は……人類滅亡前に作られたのか?」

「ふぅむ……特にプロテクトはかかっておらぬな。

 オペレーターシステム――お主らに分かりやすく言うのなら中身、わらわの人格じゃな。それは滅亡前に作られておる。しかしこの体は滅亡後に完成した。つまり、マスターこと製作者は生き残った人間じゃよ。ちなみに名前は言えぬぞ?」

「滅亡後に……」


 文明が滅び、当時の知識や技術は失われた。

 そう伝えられているが、制作者はそんな中このゴーレムを作り上げたことになる。


(どうやって? ――なんのために?)


 古代文明の歴史や滅亡の原因を残しておくため? しかしそれにしては保管が厳重すぎる。まず黒い部屋に入るための条件が特殊だったし、ポイの起動には魔剣が必要だった。そうして起動したところで制限モード。プロテクトにより情報をすべて話すことはできないという。

 後世に歴史を残すためならば、ここまでする必要がない。


(となると……やはり、門絡みか?)


 ポイが握っているのは門のことで、それは決して開いてはならない。そう考えれば厳重なのも納得できる。


「セトアちゃん? どうかしたの?」

「――ううん、なんでもない」


 アリーアにそう返事をしたものの、どうしても考えてしまう。

 ポイを完全起動するための場所。それは、門がある場所なのではないか、と。



                *  *  *



「なぁ、ポイ。聞きたいことがあるんだ」


 深夜、アリーアとクノティアが寝息を立て始めるのを待って、セトアは毛布にくるまり小声でポイに話しかける。


「なんじゃ? 二人に聞かれたくないのか?」

「まぁ……そんなとこだ。――単刀直入に聞く。古代に、魔物はいたか?」

「いたぞ。比較的無害じゃったが、たまに人が襲われる事件もあったようじゃ。そこは現代にいる獣とそう変わらんよ」

「そうなのか? じゃあ魔物と獣との違いはなんだ?」

「身体の8割がマナで構成された獣を魔物と呼んでおったな」

「8割がマナ!? そんな生物、現代にはいないぞ……。どうして魔物はいなくなったんだ? ――門に、封じ込められたのか?」

「それはお主――む、プロテクトじゃ。魔物がいない理由は話せん」

「あぁ……やっぱりそうなるよな」


 人類が滅亡した理由に繋がるからだろう。やはりプロテクトがかかっていた。答えは完全モードとやらで起動するまでお預けだ。


 セトアは体を伸ばしてため息をつく。

 明日もポイを隠しながら魔法騎士の馬車に乗る。気を緩められないし、しっかり寝ておこう。

 そんなことを考えていると、



「しかしお主。――?」



「……………………え?」


 プロテクト――じゃない。本当に知らないから答えられないという反応に、セトアの中でじわじわと衝撃が広がっていく。まるで、ものすごくゆっくりしたパンチを食らったらとんでもなく重たいパンチだった、みたいな、沁み込むようにその深刻さをわからされる。

 セトアの頭の中で色んな思いや考えが渦巻き始めていたが、なに一つ受け止められない。

 だから辛うじて声を絞り出し、


「ん……いや、ありがとう。おやすみ」


 セトアは強く強く目を瞑る。暗闇に逃げ込むように、再び身体を丸めて毛布を頭からかぶった。


(眠ろう。早く眠るんだ――)


 だけどもちろん、その夜は眠ることなどまったくできなかった。


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