4-4話「滅亡の理由」
かつて人類は、苦難の神カースエアが与えた苦難、すなわち大量の魔物に襲撃された。
魔物が発生する門を見付けた人間たちはその扉を閉じ、残った魔物も魔法により一掃できた。
しかし、その時にはすでに人類は滅びかけ、文明も技術も知恵も失ってしまった。
ポイは魔物を呼び出す門を再び開けることができる。
いいや、むしろ門そのものなのではないか。
セトアはそう思っていたのだが――。
「世界再生機能。それは――この世界に満ち溢れているマナを、古代のマナに置き換える機能じゃ」
ポイの説明に、ポカンとしてしまうセトア。頭の中が真っ白になった。
完全に固まってしまったセトアの代わりに、アリーアが質問する。
「うーん? ポイちゃん、よくわかんないよ。昔のマナって今のと違うの?」
「うむ。まったく違う。ほれ、前に大きく変わったものがあると言ったじゃろ? あれはマナのことじゃ」
(それって、魔物の……ことじゃ……なかった、のか)
ぼんやりとそんなことを考えるセトア。やはりまだ頭は回っていない。
ポイが言葉を続ける。
「そしてそのマナの変化こそが、人類が滅びた理由じゃな」
「人類が滅びた理由!? なんで?!」
「ますますわかんないじゃん。ポイ、もっとちゃんと説明してよ」
「長くなるぞ? ほれ、そこに椅子がある。座るが良い」
「も~ポイちゃん、この部屋なにも無いんだから。椅子なんてあるわけ……えぇ!?」
「なっ……!」
いつの間にか部屋の景色が変わっていた。真っ黒な床、真っ白な壁だったのに、冷たく薄暗い鉄の床と壁になっていた。しかも向かって右の壁には大きな穴――まるで無理矢理外から破ったかのような、荒々しい穴が開いていた。部屋にはなにもなかったはずなのに、テーブルやら椅子やら雑多なものが散乱している。まるでここで争いがあったかのようだ。
これにはセトアも目を剥いた。おかげで動揺がどこかに吹き飛んだ。
「うわぁ、なにあの大きな穴~! あんなのなかったよ! あ、これなんだろう?」
「部屋の中さっきまでと全然違うんだけど……でもこういうのを期待してたんじゃん」
アリーアとクノティアが床に転がっているものを物色し始めた。
「ふ、二人とも、気持ちはわかるが今はそれどころじゃないだろ? ……気持ちは本当にわかるんだが」
正直セトアも混じりたい。
さっきまでのなにも無い部屋は、遺跡探索をしているという感じはしなかった。
――生きた建物だと感動していたはずだが、やはりこういう調べ甲斐のある方が好みなのだ。
そんなわけでセトアが内心うずうずしていると、
「いやいやセトア、これ見てよ。なんか丸い鏡がたくさん入ってる」
「え……?」
クノティアに呼ばれ、指を差す箱の中を覗き込んだ。
両手で抱えるほどの大きな鏡。それが重なって入っていた。
「本当だ、10枚くらいあるか?」
「うん。あれ、でもみんな割れてるじゃん」
「だな……。なんでこんなのがあるんだ?」
結局セトアも混じってしまうと、さすがにポイが痺れを切らした。
「ええい、いい加減にせい! 勝手にあちこち触るでない! 話を聞きたいんじゃなかったのか? そこの椅子壊れてないじゃろ。早よう座れ!」
「ハッ――そうだよ、話を聞くのが先だって! ほら早く!」
セトアは我に返り、二人を急かす。言われた椅子を抱え上げて、ポイの前に並んで座った。
その時に天井を見上げたが、天井は白く仄かな光を放ったまま。そこは最初に入ってきた時と変わっていなかった。
「ポイ……一応聞くけど、場所が変わったとかじゃないよな? ユルケルス神殿の時みたいに」
「変わっておらぬ。部屋の状態を視覚的に隠していただけじゃな」
どうやって――なんて、聞くだけ意味がない。古代文明の技術を説明されてもわかるはずがない。
「わかった。じゃあ、続きを頼む」
「よかろう。まずはそうじゃのう。マナの違いについて説明せねばならぬか。
かつての文明――お主らの言い方に合わせるなら古代文明じゃな。その時代のマナと現代のマナは性質が異なるのじゃ」
「別物、ってことか?」
「まったくの別物とは言えぬ。魔法が使え、身体を動かすのに必要なところは変わっておらぬからな。じゃが当時当たり前に使えていた魔法、いわゆる古代魔法を使うのには向いてないのじゃ」
マナが変わってしまい、古代魔法が使えなくなった。
しかしそれはおかしい。当然、アリーアが真っ先にその疑問に気付く。
「へ? 待ってよポイちゃん。いるよ? 今でも古代魔法使ってる人」
「使えないとは言っておらぬじゃろ。新しいマナに適応し、古代魔法を使い続ける人間もおったのじゃ。ほんの僅かだったがのう」
適応。つまり、現代で古代魔法を使える古代魔法士は、その末裔ということだろうか。
――いや、古代魔法士に血統は関係無いと言われている。古代魔法士の親が古代魔法士とは限らない。
「ポイ、適応できなかった人はどうなったんだ?」
「マナは人体にも影響のあるものじゃ。性質が変わった結果、適応できなかった者は皆死んでしまった」
「は……? 死んだって……じゃ、じゃあ――」
「うむ。人類が滅びたのは、ほとんどの人間が性質の変わったマナに適応できなかったからじゃ」
「なっ…………」
絶句するセトア。クノティアとアリーアも当然驚いているが、セトアはそれ以上だ。
(待ってくれ……待ってくれ! ほとんどの人間がマナに適応できなかった? その結果――全員死んだ? それが本当なら……人類滅亡の真の理由なら! ――組織の伝承、全部間違ってるってことじゃないか!!)
世界再生機能の説明を聞いた時から薄々気付いていたが、どうやら組織の伝承は間違いだらけのようだ。
(マジか……えぇ? とんでもないことを知ってしまった……あぁぁぁ……)
頭を抱え込むセトア。クラクラしてきた。座ってなかったら倒れていただろう。
セトアが黙ってしまうと、今度はクノティアが質問をする。
「ポイ。聞きたいことはいっぱいあるけど、まず……なんでマナの性質が変わるなんてことが起きたの? 普通そんなことある? 天変地異かなんかで突然変わった?」
「いいや――人為的にじゃ」
「えぇぇ! それってポイちゃん、誰かが人類を滅ぼすためにやったってこと!?」
「違う。そうじゃないのじゃ。マスターはそんなことのために研究していたのではないのじゃ」
「マスター? ポイちゃん、どういうこと?」
「ポイの制作者ってことじゃん。もしかして、ポイを作った人がマナを変えちゃったの?」
「そうとも言えるし、そうではないとも言える。……話が長くなるのは、ここからじゃ」
そう前置きして、ポイは語り出した。
「古代文明では、スキル――現代に伝わっている通り、古代魔法が使われていた。ひとり一つ、自分だけの魔法じゃな。そこは現代の、先天の古代魔法士じゃったか。それと同じじゃ」
「みんな古代魔法士の世界かぁ。なんか不思議な感じ」
「わたし、ちょっと想像できないよ」
「……私も」
少し立ち直ることのできたセトアが会話に加わる。組織のことはショックだが、古代文明の話を聞き逃すわけにはいかない。
「格差社会じゃったよ。生まれた時から使える魔法が決まっており、選ぶことも変えることもできぬ。強い力を持つ者が権力を持ち、弱い力を手に入れたものは虐げられた」
「え……そんな」
「そうおかしな話でもあるまい。強き者に従い、守られる。当然争いは起こったが、いつかは収まる。時が流れ文明が栄え、やがて世界は平和になったのじゃ。治安の悪い場所もあったが、平和な時が長く長く続いた」
「……確かに、このエレメンタル王国――だけじゃないな。ゼニリウスもアーツガルドも、似たような歴史を辿っている」
特に北のゼニリウスは長い争いの果てにようやく一つの国になった。戦争の勝者が北方一帯を治めることによって、だ。
そしていま、長い長い平和の途中だ。
「現代と違うのは、持っている力が生まれつきのものであり、差を埋めることが出来ないことじゃ。争いが無くなったとはいえ、力による格差は変わらぬ。そんな世界が長いこと続いていたのじゃが、ついに――弱き者が、立ち上がった」
「ん……? どういうことだ?」
「自分たちの地位の向上。格差を埋めるためにスキルの――古代魔法の均一化を提唱したのじゃ」
「古代魔法の均一化って……いやそんなのどうやってだ? 差を埋めることができないのが問題だったんだろ?」
「うむ。そんな荒唐無稽な話、まず実現不可能じゃろう。じゃがな……可能だと言う研究者が現れたのじゃ」
「可能……まさか、それが」
ここまで聞けば、その研究者が誰なのか予想が付く。
「その研究者こそ、わらわの制作者。元マスター。フィリル・クレイドじゃ」
「やっぱり、ポイの制作者なのか――って、今、フィリルって言ったか!?」
神話にある、平穏の神フィリル――。
予想はしていたのに、意外な名前が出てきて結局驚かされるのだった。
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