4-5話「平穏の神フィリル」
「フィリルって、神話の? 平穏の神だよね」
「偶然、じゃなさそうだね」
「だろうな……ポイを作り出すような人だもんな」
ポイの口から語られた、制作者フィリル・クレイド。
当時でもかなりとんでもない研究者だったようだし、滅亡後も生き残ってポイを作っている。現代の神話に神として名が残っていてもおかしくないのだろう。
「それで? そのフィリルって研究者は、どうやって古代魔法の均一化を実現したんだ?」
「ここで最初の話に繋がるのじゃが――。マナの性質を変えることで、ある一つの古代魔法を誰もが使えるようにする。それがフィリルの理論じゃった」
「あ……え?」
マナの性質を変える――。確かに繋がった。だけど繋がっただけでなにもわかっていない。
「待って待ってポイちゃん! マナの性質を変えるとそんなことができるの? なんで??」
「うむ。当時のマナは、言わば不定形だったのじゃ。そのため使う人、つまり器によって違う効果の魔法が発動したわけじゃな。しかしそれを、ある特定の魔法を再現できるよう、予めマナの形を整えておけば――すべての人間がその魔法を擬似的に使えるようになる。
もちろん簡単な話ではないぞ。そもそもその理論だと、今までの魔法を使えなくなるわけじゃからな」
「ははぁ……なるほど……?」
わかったような、わからないような。
マナが不定形というのなら、現代のマナもそうなのではないだろうか。属性魔法を使う際、マナを取り込んで形を作り、撃ち出しているのだから。
(いや、そもそも研究は失敗したんじゃないか――?)
ポイは話を続ける。
「フィリルは思い付いたその理論を論文にしてまとめたのじゃ。それが目に留まり、古代魔法の均一化などという考えが生まれたようじゃ。
――まぁそれはさておき、時の権力者たちは大勢の弱き者の声に屈し、フィリルにマナの性質を変える研究を命じる。当然じゃが、理論的に可能というだけで、すぐにできるわけではない。研究にはかなりの時間がかかった」
「でも……できたんだな?」
「……うむ。不完全に、じゃがな」
「不完全って、やっぱり失敗したのか? だから世界が滅びたのか――?」
「違う。いや、新しいマナを作り出したのは確かにマスターなのじゃが、不完全になってしまったのは……違うのじゃ」
「どういうことだ……?」
フィリル・クレイドは不完全ながらもマナの性質を変えることができた。しかしその結果、人類が滅びかけた……ということではないのだろうか。
「フィリルはある古代魔法をベースに新しいマナを作り、空気中のマナにそれを触れさせて変換していく方法を考えていた。じゃが当然、なにが起きるかわからぬ。ようやく出来たサンプルを試すために、閉鎖空間で空気中に放ってみたのじゃ」
「なるほど。そうだよな、普通まず安全な場所で試すよな」
「うむ。じゃがな……権力者の中にはフィリルの研究をよく思わない者が多かった。差別を無くすという理念に屈し、表向きは賛同しておったが、自分の力を失うのは惜しかったのじゃろう。
――研究がテスト段階、佳境に入ったと知り、刺客を仕向けたのじゃ」
「し、刺客? まさかフィリルを殺そうと?」
「それだけではない。職員、そして研究施設も、すべてを破壊しようとしたのじゃ」
「破壊って……あっ、まさかここがフィリルの研究施設なのか?」
今自分たちがいる部屋は壁に大きな穴が開き、争ったような形跡がある。ここが襲われた場所、研究施設なのだろうか。
「まぁ見ての通りじゃな。しかしここは施設の一部じゃ。研究所の本部は山の中にある大空洞の方じゃな」
「大空洞……って、あぁ! クレイドスフィア!」
カースエア山脈にある大空洞、その名もクレイドスフィア。フィリル・クレイドの名前が入っている。
「セトアちゃん、確かクレイドスフィアって名前の由来、わかってなかったよね?」
「ああ……そうなんだよな。つまり、そういうことか?」
「クレイド研究所と呼ばれていたからのう。その名残じゃな。そして研究所から遠く離れたこの場所は、新しいマナを試す実験場、閉鎖空間じゃった」
「なるほど、そういうことか……ってちょっと待てよポイ。つまり、ここも攻撃されたってことか? あの大きな穴は、その時の……」
「うむ。よりにもよって実験の最中にじゃ。新しいマナを空気中に散布してみたのじゃが、中にいた職員が苦しみだしての。停止して職員を外に出そうとしたところを襲われてしまったのじゃ」
「…………!!」
思わず辺りを見渡してしまう。
(ここで、そんなことが……)
さすがのアリーアも言葉を失っている。クノティアなんかは顔を青くしていた。
「実験段階の新しいマナは、特定の古代魔法を使えるようにするという性質は作れていたのじゃ」
(ん……? そこは成功していたのか? だったら、今のマナは……魔法はどうして――?)
セトアの中で新たな疑問が浮かんでいたが、考える間もなく、ポイが新たな事実を明らかにする。
「しかしそれは、人間の体に合うように調整できていなかった。人の身体は新しいマナを拒み、呼吸ができなくなってしまったのじゃ」
「……それ、マナ拒絶症じゃん……」
クノティアが呟き、セトアたちもハッとなる。
「その通りじゃ。現代にあるマナ拒絶症はその名残り。今は発作で済んでおるが、当時の人はそのまま呼吸ができず死に至ってしまったのじゃ」
「そんな……」
「実験中のマナはここが破壊されたせいで外に漏れ、古いマナは次々に変換されてしまった。この変換、拡散の速度もフィリルの計算外じゃったな。爆発的に新しいマナが広がり、あっと言う間に世界のマナが置き換わってしまった」
「それが、世界が滅亡した……原因なんだな。今よりもずっと重たいマナ拒絶症で、みんな死んだのか……」
「奇跡的に新しいマナを拒絶しない、適応できる人間がいたのが救いじゃ。特にこの大陸に住む人は多かったようじゃな。理由はわからぬが、自然保護区だったのが関係しておるのやもしれん。今となっては調べようがないが」
「なんてこった……」
人類滅亡の真相。それはセトアたち――いや現代に人間には誰も想像できない理由だった。
ポイが言っていた通りだ。研究者フィリルのせいでもあり、そうでもないとも言える。
「襲撃の際、強硬策を採った時の権力者は戦争でも起こさんばかりの本気だった。大空洞の研究所には最悪の遺産、カースエアを持ち込んだようでな。多くの職員が抵抗できぬまま拘束されてしまったのじゃ」
「カ、カースエア?」
「また神様の名前が出てきた! しかも苦難の神!」
「そういえばお主らの神話では苦難の神と呼ばれておるんじゃったな。襲撃者の名ではなく使用した遺産が神の名として残るとはのう。さすがというか、なんというかじゃ」
「遺産って、魔剣だろ? 魔剣カースエアなんてあるのか……?」
「う~ん、聞いたことないよ。でもセトアちゃん、魔剣は発見者が名前付けるから、違う名前なんじゃない?」
「あ……それもそうだな」
「ポイちゃん、カースエアって魔剣を持った人は大空洞を襲撃したんだよね?」
「うむ、そうじゃ」
「大空洞……魔剣……まさかアリーア、その魔剣って」
「たぶんそうだよ! 魔剣イルジード。最初に発見された魔剣!」
初代エレメンタル国王の先祖が見付けたという魔剣、イルジード。今はエレメンタル王国の国宝になっている。恐ろしい力があり、表に出すことは滅多にないとか。実物は見たことがないが、大きな剣らしい。
「遺産を持ち込んだ襲撃者は、新しいマナに適応できずその場で死んだとされておる。カースエアも大空洞のどこかに埋もれてたのじゃな」
「魔剣イルジード……カースエアってそんなにすごいのか?」
「そうじゃな……前に、遺産は本人に作る意志がなければ不完全なものになると説明したじゃろ? 実は一つだけ例外があってのう。監禁、拷問の末に作られたその遺産は、何故かより恐ろしい力を宿したのじゃ。見えない腕で相手を拘束するだけのスキルだったのが、相手のスキルを封じた上に何本も見えない腕を伸ばせるようになった。カースエアは最強最悪の遺産になってしまったのじゃ」
「なっ……そんなとんでもない魔剣だったのか……」
「ちなみに当時からカースエアを長く使うと精神が侵されるという噂があった。使用する際は気を付けたほうが良いぞ」
「いやいや国宝だし。でも……だから表に出さないのかもな……」
その危険性を理解しているからこそ、国で管理している可能性がある。初代エレメンタル国王も、魔剣の力は使わず属性魔法によって国を作り上げたという話だし。
「ん~だいぶ色んなことがわかってきたね! でもフィリルさんが新しいマナに適応できてよかったよ。やっぱマナを作った本人だから大丈夫だったの?」
「いいや、元マスター、フィリルは新しいマナに適応できなかった」
「へ? そうなの!? え、でも……」
「どうやって生き残ったんだ?」
「それはフィリルのスキル、古代魔法のおかげじゃな。マスターは世にも珍しい――瞬間移動の魔法が使えたのじゃ」
「しゅ、瞬間移動――!?」
「なにそれ! すごーい!」
ポイの制作者、フィリル・クレイドの古代魔法。その名も瞬間移動。それは――それは、
「すごいなぁ……あ、ポイちゃん。ちなみに瞬間移動ってどういう意味?」
「わからずに驚いたのかお主ら……」
セトアはなにも答えず目を逸らした。
世にも珍しいと言われてなんとなく驚いてしまったが、それがどういうものかはわからなかった。聞き慣れない言葉だ。だけど、心当たりがないわけでもない。
「……言葉の意味的に、なんとなくわかる気はするんだけど、な」
「それはそうじゃろ。そもそもお主らはすでに体験しておるのじゃから」
「体験してる? どゆこと?」
「そうか、ユルケルス神殿、だな?」
「うむ。瞬間的に場所を移動したじゃろう? つまり、瞬間・移動じゃ」
「あれが……そういうことだったのか……」
なるほど、と納得する。しかしだとすると、
「じゃあ神殿のあの暗黒台座は、フィリルが作った魔剣、遺産ってことになるのか?」
あの時、セトアたちは瞬間移動の古代魔法を使ったことになる。つまりあの台座には魔剣と同じ力があったのだ。
しかしポイは首を横に振る。
「いいや、あれはフィリルが極秘に開発した簡易スキル装置じゃ。用途を定め、限定的に使用できる遺産のみたいなものじゃ。フィリルは決まった場所にだけ移動できるようにしたわけじゃな。もちろん、作ってもその魔法を失うことはないぞ」
「そ、そんなことが!? でも極秘って」
「さすがにそんなものが広がってはマズイと感じていたようじゃ。作るのも簡単ではないからのう。お主らは気付いておらぬが、床も壁も天井もあの装置の一部。魔法の効果を強くすればするほど、装置が大きくなってしまうのも欠点じゃった」
「はぁ……。でも、瞬間移動の古代魔法とは相性いいな」
遠くの場所に一瞬で移動できるなんて夢のような魔法だ。それが決まった場所限定だとしても十分過ぎるし、大きくても困らない。
「あ、ポイちゃん。ちょっと話変わっちゃうけど聞いていい? これなんだろう?」
そう言って、突然アリーアが椅子の下からなにかを抱え上げる。
「む? ――いや待てお主。なんじゃそれは、どこで拾った!」
アリーアが抱え上げたのは、金属質な人形だった。小さな猫のような形をしている。
「さっき見つけたんだ。なんかポイちゃんに似てるな~って。こっちは猫っぽいけどね。ポイちゃんに聞こうと思って足下に置いておいたの」
「似てるっていうか、それってポイと同じゴーレムなんじゃないか?」
「そうじゃ。わらわの試作機じゃな。フィリルめ……こんなところに保管しておるとは聞いておらぬぞ?」
「へぇ~! そうなんだ! じゃあこの子もポイちゃんみたく喋るの? あたしほら、猫派だからさ。ポイちゃんみたいに喋るなら嬉しいな」
「いや、何番目かわからぬがそれはきっと――……まずい、お主それを捨てよ!」
「えぇ~? なんでそんなこと――」
ポイが慌てた声を出すのと同時に、アリーアの抱えていた猫型ゴーレムの瞳が赤く光り出した。
『スキルを感知しました。照合中……エラー、不明な人物です』
「わ、な、なになに? 不明な人物? どういうことー!?」
「アリーア! とにかくそれを床に――」
『初回起動シーケンスをスキップ、試作機能の実験に移ります。世界再生機能、起動』
「は――? ちょ、ちょっと待ったそれは!」
カッ――!
なにかをする間もなかった。アリーアの腕の中のゴーレムは、真紅の光を放ち、部屋を染め上げたのだった。
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