4-3話「セトアの判断」
「着いた……」
真っ暗な通路を抜けると、そこは白い部屋だった。
床は通路と同じ黒だったが、壁と天井は白く仄かに発光している。不思議な部屋だ。
広さはユルケルス神殿の壁画のある部屋より少し広いくらいで、正方形をしている。そして部屋の一番奥に、真っ白な板の台座が置かれていた。黒い部屋にあった物と大きさは同じ色違いだ。
「ポイ、もしかしてあそこに?」
「うむ。わらわを置くがよい」
「く~っ、いよいよだね!」
「どきどきしてきた」
「……うん」
セトアたちは台座に近寄りながら辺りを見渡す。だけどなにもない。白い台座以外なにも置かれていなくて、それに関しては正直拍子抜けだった。
しかしこの部屋自体は――あの黒い部屋もそうだったが、他の遺跡とはかなり異なる。ユルケルス神殿でさえ、あの部屋がかろうじて形を保っているだけだった。
だけどここは、完璧に残っている。遺跡というより、生きている建物だ。
(他の遺跡も2000年前はこういう感じだったんだろうか。それとも……。とにかくいま、私たちは失われた古代文明の技術に触れているんだな)
ポイというゴーレムに出会った時点でわかっていたことだが、改めて、強烈に、それを感じる。
そして同時に、強い違和感。
「なぁ、私いつも不思議に思ってたことがあるんだ」
「なに? セトアちゃん」
「古代文明って、私たちが想像も出来ないような高度な文明で、技術を持っていたんだよな。だからこそ――こうして実際に目にすると、より強く思うことがあるんだよ」
一度ポイを見て、それから首を傾げているアリーアとクノティアの方を向く。
「どうしてこの2000年で、当時の知識や技術がすべて失われてしまったんだろう」
それは、セトアが日頃から思っている疑問。
古代遺跡には、当時書かれた文献の類はなにも残っていない。見つかっているのは滅亡後に書かれたものばかりなのだ。
今より優れた文明だったはずなのに、文章を残す技術が無かったはずがない。実際、生き残った人は現代と同じ文字を使っているのだから。
なによりその生き残った人たちも、知識と技術を残そうとしていないのが不思議だ。すべては無理でも、残せる知識はあったはずなのに。
セトアがそんな疑問を口にすると、二人が驚いた顔になる。
「ね、それって――クノちゃん」
「うん、わたしが昔から言ってたやつじゃん」
「え、クノティアが? そうなのか?」
「誰も聞いてくれないから話さなくなったけどね。セトアが同じこと思ってるの、なんか嬉しいじゃん」
「お、おぉぉぉ……私もちょっと嬉しいな。ずっと違和感があったんだ。完全に知識が失われるのに、2000年は短いんじゃないかってさ」
「なにかしら残ってないとおかしいじゃんね。でも綺麗さっぱり無くなってる」
「だよな。絶対なにか理由があるはずなのに、それを調べてる人って少ないよな」
「わかる。実は同好会でこっそりその研究しようと思ってた」
「あぁ、部室の裏側の本棚か。なるほどな」
突然意気投合し始めたセトアとクノティア。
それを見て、あからさまに寂しそうな顔をするアリーア。
「うぅ、なんだか疎外感がすごい! しくしく……ていうかセトアちゃん! クノちゃん! 今そんな話してる場合じゃないでしょ!」
「――ハッ、そうだった。すまない、こんな光景見たら……どうしても思わずにいられなくってさ。……で、ポイ。今の疑問の答えは、やっぱり?」
「もちろん完全モードで起動してからじゃな」
「だよな、わかってた」
しかしもう、待つ必要はない。
この場所でポイを完全起動できるのだ。答えはすぐにでもわかるはず。
「じゃあ、ポイ――」
セトアは白い台座にそっとポイを置く。するとポイは振り返って、じっとセトアたちを見つめる。
「お主ら。真実を知る覚悟はできておるか?」
「え……?」
「わらわが完全モードで起動すれば、お主らの疑問にすべて答えられよう。古代文明が滅びた理由も、生き残った者たちのことも。そして、わらわが作られた理由も」
「ポイが作られた理由……?」
ポイがなんのために作られ、あの部屋に保管されてきたのか。なにも考えなかったわけじゃないが、答えは出なかった。だけどこの様子だと、やはり当時の歴史を記録しておくためだけではなさそうだ。
(なんでポイは、このタイミングでそんなことを言うんだ――?)
セトアの中の嫌な予感が、強く大きく膨らんでいく。果たして覚悟ができているのか、わからなくなる。
――だけどポイは待ってくれなかった。
「ではゆくぞ――」
いつの間にかポイは、発見した時の大きさの金属質な身体に戻っていた。そしてその青い瞳が強い光を放ち始める。
それを見て、セトアの焦りが募っていく。
(ポイは――門のことを聞いてもわからなかった。
でも魔物のことは知っていた。古代文明時代に魔物は存在していた。
組織に伝わる伝承が正しいのなら……門は、違う名前――いや、形すらも違うのかもしれない。だからポイはわからなかった? 門というのは比喩で、私たちが想像するのとは違うもの、別のなにかで――まさか)
「ポイ……ま、待ってくれ、まさかお前は」
「セトアちゃん? どうしたの?」
「セトア、なにか心配事がある?」
「あ……いや……」
思わずポイを止めようとしたセトアに、アリーアとクノティアが首を傾げる。当然の反応だろう。
(そうだ――そもそも、止める必要があるのか? 例えポイ自身が、魔物を封じている門だとしても――)
ポイの完全起動が、門を開くことを意味してるのならば。
それは、秘密組織カオスフェアネスの悲願が叶ったことになる。
だったらセトアが止める理由はないはずだ。
(でも、二人はどうなる? 学院は? 街は? ていうかここに魔物が溢れ出すのか? そうなったら、どうなるんだ? 私は――どうすればいいんだ?)
セトアの頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。どうしたらいいのか、なにが正解なのか――答えはどこにもない。
しかし、ポイの冷たく平坦な声が、容赦なく部屋に響いた。
『完全モードで起動しました。世界再生機能、発動準備完了。10秒で自動発動します。停止する場合はマスター権限者が5秒以内に行って下さい』
青い光が強くなり、部屋中を包み込み――
「――――停止だ! 停止しろ、ポイ!」
セトアは反射的に叫んでいた。直感だった。言葉の意味なんて考えてない。考えることなんてできなかった。ぐちゃぐちゃだった頭の中は、最終的に勘を頼ったのだ。
すると、
『――了解しました。世界再生機能停止します』
シュゥゥゥゥゥゥン……。
青い光が消え、ポイの瞳も元に戻る。
セトアの緊張感が伝わっていたのだろう、アリーアとクノティアも安堵のため息をついた。
「セトアちゃん……? なんだったの? いまの……」
「世界再生機能って言ってたよね。セトア止めちゃったけど、よかったの?」
「――……わからない。でも、たぶん……これでいいんだ」
セトアはポイの前で、崩れ落ちるようにぺたんと座り込んでしまう。
組織の悲願を阻止してしまった。でも――。
(私には、魔物が人を襲う世界なんて……考えられない)
両親が組織の幹部だから。世界をあるべき姿にという理念をずっと聞かされてきた。
魔法は魔物と戦うために存在する。だから、魔物のいない今は不安定な状態なのだと。
セトアは特に疑問を持つこともなかったし、かといって心から賛同することもなかった。
あるのは、本当に門があるのなら見てみたいという知識欲のみ。それだけが膨らんでいた。
そもそも魔物が蔓延る世界なんて想像できなかった。門の情報なんてまったく無いし、きっとそんな世界は来ないのだろうと思っていたのだ。
だけどこうして、本当に魔物が溢れかえるかもしれないという状況に追い込まれて、セトアは初めてその世界を想像した。そして気付いたのだ。想像できないんじゃない、考えることができなかったんだと。心が拒否をしていたのだと。
(魔物が人間を襲う世界なんて、そんなのダメだ。そんな世界受け入れられない!)
組織よりもその気持ちが勝り、セトアはポイを止めたのだ。
「ふむ、やはり止めたか。わかっておったがの」
「ポイ……。世界再生機能って……」
その名前の意味はわからないが、ポイの制作者はもとの世界に戻すことを願っていた。
つまり――魔物が存在する世界だ。
「お主らにとっては止めて正解じゃ。最悪、再び文明が滅びたじゃろうからな」
「えぇ!? そんな危険なやつだったの?」
「ていうかセトアは気付いてたの? そっちのが驚きじゃん」
「あ……えっと、なんか嫌な予感がしただけなんだ。ほら10秒とか5秒以内とか言ってたし……。咄嗟だったんだよ」
魔物のことを説明できないため歯切れの悪い感じになってしまうが、直感を信じて反射的に止めたのは本当だ。それに実際、青い光に包まれてヤバい雰囲気がしていた。それはアリーアとクノティアも感じていたはず。
「むむ~ちょっとポイちゃん! 説明しなさい! また滅亡しちゃうってどういうこと? 世界再生機能? っていうのが発動してたらどうなってたの!」
「アリちゃん少し落ち着いて。でもわたしも聞きたいじゃん。ねぇ、どーいうことなのポイ? ねぇ!」
「お主も落ち着け――」
「落ち着けるわけないじゃん! わたしたちも死んでたかもしれないんじゃん!」
「そうだそうだー! どういうつもりか説明しなさいポイちゃん!」
「――わ、わかったわかった! わらわにも事情というかシステムというか――とにかく焦らずとも説明してやるのじゃ!」
二人の勢いに気圧されていたが、ポイは青い瞳をキランと光らせ、ピンと背筋を伸ばして口を開く。
そして語り始める、世界再生機能とは――。
(この世界に魔物を――)
「この世界に満ち溢れている現代のマナを、古代のマナに置き換える機能じゃ」
「………………へ?」
――それは、セトアが想像していたのとはだいぶ違うようだった。
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