4-2話「昏き道の果てに浮かぶ光」


「ふむ、ここじゃな。ここに入口がある」

「いや……なにもないけど?」


 ポイを完全起動する場所。つまりは未発見の古代遺跡が、この魔法学院の地下にあるという。

 早速その入口へ案内してもらったのだが――そこは部室のある風の塔のすぐ近く。隣の水の塔とのちょうど中間で、なにもないただの中庭。たまに実技の授業で使うことがあるためか、木の一本すら植えられていないのだ。地面も舗装されず、土のままの広場だった。


「遺跡の入口って外にあるんだ? あたしてっきり地下の実技場にあるのかと思ったよ」


 学院本校舎の地下には大きな実技場があり、実技の試験などはそこで行われる。遺跡が地下なのだから、実技場に入口があってそこから降りると考えるのが普通だ。


「でも入口が実技場の下だったら塞がってたかもじゃん。ここにあってよかったよね」

「おぉー、クノちゃん賢い! それもそうだね」

「だな。存在を知らなかったんだ、遺跡の入口なんて考慮してないだろうし」


 セトアたちがそんな話をしていると、ポイはふむ、と言いながら本校舎を眺めた。


「わらわとしては、この場所にこれほど巨大な建物があること自体、なにかを意識しているようにも思えるがの」

「どういうこと?」

「完全起動の場は特殊な場所じゃ。元マスターは誰にも見つからないよう完璧に偽装したのじゃ。しかし完璧すぎる故に、なにかあると感じさせたのかもしれぬ。それを調べるためにこれを作ったのか、それとも塞ぐためか……。ま、ただの考えすぎかもしれぬが」

「うーん……。なるほど、その可能性はあるかもな」


 魔法学院が完成したあとに広まった、地下遺跡の噂。根も葉もない噂だと思っていたが、実際になにかあるとわかった上で建てたからこそ、生まれた噂なのかもしれない。



「ね、そんなのいま考えたってしょうがないよ。早く入ろうよ~」

「おっと、ごめん。アリーアの言う通りだ。ポイ、入口を開けられるんだよな?」

「もちろんじゃ」


 ポイはそう言うと、セトアの鞄から飛び出して地面に降りた。


「……帰還の時じゃ。扉よ開け」


 ――ブンッ。


 ポイの目の前の地面が一瞬だけ光る。その光りが消えたと思った時には、そこに暗闇が生まれていた。大きな扉くらいの大きさだ。


「これは……え? なんだ?」

「セトアちゃん目を凝らして。階段があるっぽいよ」


 アリーアの言う通り、暗闇の中に下へ降りる階段があった。


「ほんとじゃん。ここを降りればいいの? ポイ」

「そうじゃ。さあ、急げ。誰かに見られたくないんじゃろ?」

「う――うん。行こう、アリーア。クノティア」


 セトアはポイを抱え直し、暗闇へ――階段をゆっくり降りていく。10段ほど下がると踊り場のようなところに出たが、その少し先にまだ階段が続いている。


「ていうか暗すぎないか。どこまで降りればいいんだ?」

「これ相当深そうなんだけど……あぁっ!」


 ――ブンッ。


 上の入口が閉まり、完全な闇に包まれてしまった。


「お、おい。ポイ、明かりはないのか?」

「おかしいのう。わらわが入れば照明が点くようになっておるのじゃが……2000年近く使われておらんかったからのう。壊れたのかもしれぬ」

「えぇー……どうするんだよ。さすがに進めないぞ」

「そんなの、こうすればいいじゃん」


 クノティアがそう言った瞬間、パッと辺りが明るくなった。


「まぶしっ! ――そっか、クノちゃんの魔法! さっすが!」

「え……あ、光属性魔法か。ありがとうクノティア」


 クノティアの手のひらの上に光球が浮かんでいる。

 火属性の派生、応用。辺りを照らす光属性の魔法だ。


「こういうのはわたしの得意分野だから任せてよ。それよりポイ、これ階段を降り続ければいいの? すっごく深そうなんだけど」

「うむ……本来ならここから一瞬で降りられるのじゃが、それも動かぬ。非常用のこの階段を使うしかなさそうじゃ」

「うへ~。これ螺旋階段だよね? ちょっと恐いなぁ。どれくらい深いんだろう」

「降りてみるしかないな。……帰りはその一瞬で移動できるやつが使えることを祈ろう」

「上りはさすがにきついじゃん……。ま、出発しよっか」


 そう言って、明かりを持つクノティアを先頭に階段を降り始める。螺旋階段をぐるぐると降りていくが、なかなか底が見えない。手すりがついているから危なくはないが、あまり下は覗きたくなかった。



「しかしこんなものが中庭の地中に埋まってたなんてな。なんで見つからなかったんだ?」

「校舎を建てる時に調べないわけないし、ちょっと掘ったら出てきそうだし。ほんと謎じゃん」

「ねぇポイちゃん、理由わかる?」

「簡単な話じゃ。この入口がもっと深い場所に格納されていたからじゃ」

「格納……?」

「わらわが来たことで、入口を埋めていた土と位置を入れ替えた。よって、わらわが来る前はどれだけ掘っても土しか出てこないというわけじゃな」

「え……ねぇどゆこと? 言いたいことはわかるけど、どゆこと?」

「古代文明の超技術ってことじゃん? やばすぎ」

「は、ははは……ポイを見てるからもうなにも驚かないって思ったけど、この先にはもっとすごいのがありそうだ」


 現代に生きるセトアたちには理解できない、超技術。その塊がこの先にあるのだ。


「超技術というか、元マスターだからできた技術なのじゃがな――ええい、説明できぬ。プロテクトめ、さすがにもどかしいのう」

「ふぅん……? それってつまり、古代文明の中でもポイの制作者は飛び抜けてすごかったってことか?」

「まぁそう思ってもらってよい」


 はっきりしないポイの言い方に、セトアは少し考える。

 ポイの制作者は世界を滅亡に追い込んだ苦難の中、生き残った。生き残れるだけのなにかがあったはずだ。


(古代人はみんな古代魔法が使えたんだよな。ポイの反応的に、その人の魔法がすごかったのかもしれない)


「なぁポイ。お前の制作者、元マスターはどんな魔法が使えたんだ?」

「プロテクトがかかっているに決まっておろう。じゃが……すでにお主らはその一端に触れておるぞ」

「え……?」


 一端に触れている――? すでに知っているか、見ているということだろうか。

 可能性としては魔剣フローティングナイフの力だが、あれに滅亡を逃れられるほどの力があるとは思えない。それとも考え違いで、生き延びたことと古代魔法は関係ないんだろうか。



「セトア、アリちゃん。見て、底が見えてきたよ」

「あ! ほんとだ! んん? なんか扉があるよ?」


 クノティアとアリーアの言う通り、階段を降りきった先に扉が見える。


「もう少しでゴールってことだな。行くぞ!」


 セトアたちの足は、自然と速くなるのだった。



                *  *  *



 長い長い螺旋階段を降り――と言っても、真っ暗な上に景色の変わらない螺旋階段だから長く感じたようで、実際は七階建ての本校舎と同じくらいだったかもしれない。

 とにかくセトアたちはようやく最下層に辿り着き、そこにあった両開きの扉を開く。するとその先に――。


「……通路だな」


 どこまで続いているかわからない、真っ暗な通路があった。三人並んで歩ける程度の幅はあるが、決して広いとは言えない。

 クノティアに壁や天井を照らしてもらうと、どうもユルケルス神殿の時と同じ黒い材質で覆われているようで、余計に暗く感じる。


「これまた先が見えないやつじゃん」

「ええ~ゴールじゃなかったの~?」

「目的地はこの先じゃ。ほれ歩け歩け」


 ポイに急かされ小さくため息をつく三人だったが、やはり先が気になる気持ちが勝り、力強く頷き合って歩き出した。


「先が長そうだしちょっと温存。光量落とすね。……ていうかさ、これどっちに進んでるの?」

「たぶん……本校舎の方じゃないか? ちょっと自信ないが」


 螺旋階段でぐるぐる回ったせいで方向がわからなくなってしまった。セトアは一応意識して降りていたのだが、それでも自信がない。


「うん? 本校舎の方に向かってるよ。ポイちゃんの言ってた通り、本校舎の地下なんだね~」

「アリーア、自信満々だな」

「アリちゃんが言うなら間違いないよ。この子ね、なんかそういうのわかるみたい」

「ふふーん。目隠ししてぐるぐる回っても方角をピタッと当てられるよ!」

「へぇ……そんな特技があったのか」


 遺跡探索のチームにいるとすごく助かる能力だ。セトアは羨ましく思った。



 しばらく何とはなしにくだらない話をしながら歩き続ける。何故か犬が好きか猫が好きかという話になったりしたが――気を緩めたり緊張感を高めたりしながら、三人は歩き続けた。

 誰も見たことのない、古代遺跡を目指して。



「あ、そういえばアリーア。ここで例の魔法使ってみるのはどうだ?」

「うん? もしかしてサイコメトリー? どうだろ~これだけ長い通路だと難しいかな。でもあまり人が触ってなさそうだし、一応やってみるね」


 そう言ってアリーアが通路の壁に触れる。


 アリーアの古代魔法、サイコメトリーは触れた対象に込められた人の想いを読み取ることができる。すごい魔法だ。

 ただし詳しく聞くと欠点も多かった。まず、時間経過で想い、思念が薄れて断片的になってしまうこと。これは先日使ってもらった時がそうだった。

 それからもう一つ、対象に他の人が触れてしまうと、簡単に想いが上書きされてしまうらしい。だから例えばユルケルス神殿にある暗黒台座なんかはもう最近の人の想いしか残っていないらしい。


 今歩いている通路は2000年近く閉ざされていた場所。先日と同じで上書きの心配はないが時間経過の問題がある。

 それと今のアリーアの発言からして、巨大な物に対しては読み取りにくいようだ。思念も大きく拡散してしまうのだろうか。


「うーん……上書きはまったくされてないみたいだけど……」

「やっぱりこんな大きな通路、だめか」

「待って……一言だけ、拾えた。『』だって。どういう意味かな?」

「……え?」


 世界をもとに戻す。それは、カオスフェアネスの――。

 セトアは思わずポイを見るが、


「わらわに聞いても答えられぬぞ」

「だよな……」

「セトアちゃん、でもこれよっぽど強い想いだよ。こんな大きな通路で、時間も経っているのに、この言葉だけははっきり聞こえた。こんなこと初めてかも」

「…………」


 その想いは、きっとポイの元マスター、制作者のもの。

 かつての制作者は、なにを思ってこの場所を作ったのか。


(やはり門があるのか? それとも――?)



「二人とも、前を見て。明かりがあるよ」


 クノティアの声に顔を上げると、通路の先にぼんやりと白い明かりが見えた。

 もとからあったというより、近付いたから点灯したという感じだ。


「今度こそゴールかな!? ポイちゃん!」

「うむ。目的地はもうすぐじゃ」

「やったじゃん。この先になにがあるの? 早く教えてよポイ」

「焦るでない。わらわを完全起動すれば、すべてわかるじゃろう。――のう、仮マスター・セトアよ。

「――あぁ。そう、だな」


 何故だろう。この時セトアは、嫌な予感がしていた。


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