4-9話「再生の神ユルケルス」


「ふぅ……にしてもやっぱり、大変な1日だったな……」


 セトアは寮の自分の部屋に戻り、ベッドに身を投げ出した。

 そのまま天井をぼんやり眺めながら、今日あったことを思い返してみる。


 魔法学院の地下に本当に古代遺跡があることがわかり。

 その奥でポイを完全モードで起動させて。

 世界再生機能なんていう世界が滅亡する機能を停止させた。

 そしてポイから世界の真実を聞かされる。


「……とんでもないこと知っちゃったよな。これからどうするんだ?」


 秘密組織カオスフェアネス、ジルフィンドエリアの管理責任者ゼネルが侵入してきた時は焦った。アリーアとクノティアに正体がバレンなくてホッとした。


 ――結局、地上にゼネルの応援はいなかった。やはり一人で動いていたらしい。

 彼はそのまま魔法学院敷地の外に放置した。そのうち目を覚ますはずだが、セトアは気絶させた手前少し心配になった。

 それに、ゼネルが一人で動いていたとはいえ、それが独断専行だったとは限らない。誰かの指示を受けている可能性や、誰かに報告をしている可能性は残ったままだ。

 セトアはそれら諸々の確認のため、先ほどフィリル商会の様子をこっそり窺ってきたのだが。


「うーん、大変なことになってたな」


 その時の様子はというと――



 表のお店は通常営業。しかし裏側は蜂の巣を突いたかのような大騒ぎ。手の空いたスタッフは街中を駆け回っていた。

 まさか自分を探しているんじゃ――と恐怖に駆られた瞬間、突然出て来たゼネルと鉢合わせをして死ぬほど驚いた。

 しかしゼネルも慌てているようで、セトアのそんな様子には気付かず声をかけてくる。


「ああ、セトア。君、ちょっといいかね?」

「な、なんでしょう?」


 内心かなり動揺していたが――このゼネルの様子からして、どうも自分は関係なさそうだと気付くことができた。


「どこかで魔……黒いブローチを見なかったか? とても大事なものでね、盗まれた可能性もある。見かけたら至急私に報告したまえ。……む――ぐぅっ」

「は、はい、了解しました。……どうかしましたか? お腹を押さえて」

「鳩尾が、痛くてね。君を見たら何故かさらに……。と、とにかく頼んだぞ」


 そう言って、ゼネルはすぐにお腹を抱えて駆けて行ってしまった。



 ――という感じで、この会話でひとまず安心ができたセトアは、寮に引き上げた。


 もしゼネルが事前に誰かに報告していたのなら、セトアは真っ先に疑われ捕まっていただろう。それが無いということは、やはり独断専行だったことになる。ゼネルがそういう性格で本当に助かった。


 しかし彼、記憶はちゃんと無くなっていたが、体は痛みを覚えていたようだ。というか吹っ飛ばしたから腹だけでなくあちこち体が痛いはずなのに。


(まぁ……痛みなんて気にしている場合じゃないよな)


 いつの間にか気絶をしていて、組織の秘宝、魔剣スルーボイドが無くなっていたのだ。ゼネルは必死に探すだろう。

 だけど絶対に見つかることはない。そしてきっと、彼はその責任を取らされ、ゼニリウスに帰ることになるはず。少し同情してしまう。

 しかし3時間の記憶消去では、セトアがなにか隠しているかもしれないという疑念は消えない。そこのところも、この件で有耶無耶になることを期待したい。


「問題は私がどうするか、だ。でも組織に真実を話せない以上、今はこのままでいるしかないよな……」


 もういっそ組織を抜けてしまいたいが、それこそ疑われてしまう。両親にも迷惑をかける。しばらくは大人しくしているべきだろう。


 セトアは一瞬、魔法騎士のレニアに話すのはどうだろうか、と考える。


「まぁこんな話信じない……いや、ポイのことを教えたらわからないぞ。レニアさんなら信じそうだ」


 もし信じられてしまったら――世界に大混乱が起きる。


「……やっぱダメだな」


 絶対に誰にも話せない。話したくないと思ってしまうのだった。



「はぁ……今日はもうなにも考えられない……。あぁポイ、お前は一応私の飼い犬ってことでよろしくな。…………ポイ?」


 一緒にベッドの上に座っているポイに話しかけたが、反応が無い。どうしたのかと身体を起こすと、



『――マスターの周囲が無人になったのを確認しました。コード:フィリル、起動』



「……は? なんっ――」


 ポイの目が青い光を放ち、部屋中を満たした。その瞬間、



 ドサッ!

 ――セトアは真っ暗な冷たい床に投げ出されていた。


「いっ……たたた……え、なんだこれ? まさか瞬間移動か? どこだここ?」


 慣れたわけではないが、さすがにすぐに状況を飲み込めた。セトアは慌てて立ち上がって辺りを見回す。


「これは……暗黒台座? ここ、あの黒い部屋じゃないか」


 ユルケルス神殿から入れる黒い部屋。ポイと魔剣が保管されていた場所に、セトアは瞬間移動していた。



『どうやら新しいマスター登録が行われたようだね。君はエレメントのスキルを持って生まれた人かな? それとも関係無い第三者か? もしくは――妻の遺産を持つ者か?』



「え……?」


 部屋の奥、平らな台の上にいつの間にかポイが座っていて、いつもとはまったく違う口調で話し始めた。


『まずは自己紹介をしようか。僕の名前はフィリル・クレイド。すでにゴーレムから聞いているかもしれないが、ゴーレムの制作者だ』


「こ、これは……いったい。なんなんだよ、ポイ……」


 唖然としてしまうセトア。ゴーレム、ポイの制作者フィリル。新しいマナを作り出した、古代文明の研究者だ。どうしてゴーレムのポイが名乗ったのか――理解が追いつかない。


『ちなみにこれは録音だから、質問されても答えられないぞ。ああ、録音がわからないかもしれないか。つまり、過去の僕の声なんだが――とにかく一方的に喋っていることだけでも理解してくれ』


「…………」


 かろうじて、最後のは理解できた。とにかく話を聞けということらしい。


『古代文明の滅亡に関する話はすでにゴーレムから聞いているね? 僕はマスターになった君だけに、補足の話をしておきたいんだ』


「補足って……まだなにかあるのか?」


 すでにポイからものすごい情報量の話を聞いたばかりでパンク状態。これ以上はキャパオーバーだと言うのに。


『まず君が今いるこの場所は、僕が天空に作った隠れ家だ。これを作るのには苦労してね。知っているかな? 空にはスキルを使用した後に排出されるマナが天に昇り、分厚い層になっているんだよ』


「……なんだって? 層?」


 スキルというのは古代魔法のことのはず。それを使用した後のマナ? 天に上り層になる?

 ――やはりセトアでは理解が追いつかない。しかしそれでも、フィリルの話は進んでしまう。


『使用済みマナはある一定の高度までしか浮かばなくてね。それで空に溜まってしまい、層ができるのだが――瞬間移動のスキルを使って、層の上に立つことができるとわかったんだ。もちろん、ジッとしているとゆっくり沈んでいくんだけどね』


「空に……立つ……」


『だけどそこで役立つのが妻のスキル、だ。彼女の少しだけ浮くことの出来るスキルの簡易装置を用意して、層の上に隠れ家を作ったってわけさ』


「……え? それって……」


 浮遊――セトアの持つ魔剣フローティングナイフの力と同じだ。それはつまり、


『この部屋にナイフの形をした遺産があっただろう? あれは妻が残したものなんだ』


「――――!!」


 セトアはずっと不思議に思っていたのだ。

 フィリルは瞬間移動の古代魔法が使えたようだが、ではここにあった魔剣は誰のものなのか。ポイの起動の鍵にするほどだ、無関係なものではないはずだ、と。


(フィリルにとって大事な人の遺産だったんだ……)


『この隠れ家は趣味で作ったものだったけど、まさか世界滅亡から生き残るのに役立つとは思わなかった。

 僕が作った実験段階のマナは、この分厚いマナの層には侵食できなかった。おかげで層の上空には通常のマナ、君たちから見たら古いマナだが、それが残っていたんだよ』


「そ、そうなのか!? 古代のマナが……天空に……」


『加えて、層にある固まった使用済みマナを未使用マナに変換できるようにした。これで隠れ家内のマナを半永久的に確保することができたよ』


 自分たちのいる空の上に――分厚い使用済みマナの層と、古代のマナがある。

 そしてそこに、このフィリルの隠れ家があるわけだ。


「……またとんでもない情報を手に入れてしまったぞ」


 頭がクラクラしてきた。立ってられない。セトアはポイの前に座り込んだ。


『実は僕は、新しいマナに適応できなくてね。あの忌々しい襲撃者――やつが新しいマナに苦しみだした隙に、この隠れ家に瞬間移動で逃げ込んだんだ。……もどかしかったよ。妻たちを探しに戻らなければと思ったが、戻ったが最後、スキルも使えず僕は死んでしまうだろう。

 だが……奇跡が起きた。妻たちは新しいマナに適応し、この隠れ家に来てくれた!』


「ポイも言ってたな、フィリルは適応できなかったって。どうやって生き延びたのか聞くの忘れてたけど、そういうことだったのか。奥さんと再会できたならよかったけど……でもその後、地上に降りてるんだよな。どうやってだ?」


 少なくとも学院の地下の遺跡には、滅亡後に訪れているはずだ。ポイが知らなかった試作ゴーレムや、不要になった記憶を消す鏡を残している。


『僕は妻たちから地上の様子を聞いた。考えうる最悪の事態……いやそれ以上の恐ろしいことが起きているとね。その後、僅かに生き残った人たちを地上にある僕らの住居に導いて、細々と生活することになった。管理をすべて妻に任せてしまうことになったが――。

 その間、僕はここで地上に降りる方法を研究し始めた。特殊なスーツを作ってタンクに通常マナを詰め込み、それが無くなるまでの時間、地上で活動できるようにしたんだ』


「は……? なにがなんだって?」


 よくわからない言葉が続いた。古代マナをどうにかして持ち運び、地上にいながら古代マナを体に取り込めるようにした、ということのようだが。


『しかし時間がかかりすぎてしまった。地上に降りられた時には、妻の身体が弱っていたんだ。もともとあまり丈夫な方ではなかったが、新しいマナによる拒絶反応も度々起きていた。程なくして……遺産を残し、死んでしまった』


「…………」


『その後僕はゴーレムの製作に取りかかった。古代文明の記録を残し、そして――世界再生機能を搭載した。知っての通り、世界を再び元のマナで満たすためのものだ。

 ……しかしこれが完成した頃には、すでに新しいマナだけに適応する子供たちが生まれていた。人間はすごいね。きっとこれからはそういう人たちが世界中に溢れるのだろう』


 セトアは黙って頷く。現代はまさに、フィリルの予想通りの世界だ。


『世界再生機能を起動すれば、未来の多くの人間を苦しめ、殺してしまうことになるだろう。――そう、僕はそれを理解していたんだ』


「……? ……はっ」


 世界が再び滅亡する。それがわかっていて――ポイが完全に再起動した際に、世界再生機能が発動するようにしておいた。フィリルはそう言っているのだ。


『研究を破壊され、文明が滅びて、妻が死んで、僕はこの不条理な運命を恨んだ。しかし再び人類が栄えていくことにも喜びを感じていたんだ。その二つの相反する感情に挟まれて、僕は――もう、普通じゃない。普通でなんかいられなかった。

 ……完成したゴーレムは、簡単には開けられない場所に封印した。万が一開かれた時、世界再生機能が発動する。世界が滅亡する危険性を残したんだ』


「…………」


 セトアは言葉が出なかった。それは想像を絶する苦悩だったのだろう。その行動が正しいとは思えないが、間違っていると咎めることもできなかった。


『わかってくれとは思わない。それに、君がこれを聞いているということは、停止したのだろう? ならばもう、それでいい。ただ僕の――この想いを残しておきたかった。聞いておいて欲しかっただけだからね。だからこの話は、君の胸にだけしまっておいてくれ。頼む』


「そんな……」


 こんな話を、誰にも言うなというのか。だからセトアが一人になってから、ここに瞬間移動するように設定したのか。


(そんなのって――)


『では最後に。僕の妻――。こんなことになってしまって申し訳ない。でも僕は君たちと一緒に過ごすことができて、とても幸せだったよ』


「――今なんて言った?」


 だって――?


「再生の神ユルケルスが……フィリルの奥さんってことか――!?」


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