エピローグ

エピローグ「世界の向こうのエンシェント」


「――ってことが昨日の夜にあったんだよ」

「すごーい、いいなぁ。あたしもフィリルさんの声聞きたかった~」

「セトアおつかれ。まだそんな大きなネタ残してたなんてね。古代文明やばすぎじゃん」


 翌日の放課後、いつもの古代魔法研究同好会の部室にて。

 セトアは昨夜あったことを――ポイの目が青く光って瞬間移動、黒い部屋に飛ばされて、フィリルの過去の声を聞かされたことを――二人に話していた。


「おい、マスター? わらわはフィリルが声を残していたことなぞ知らなかったし、再生中のことはわからぬのだが……フィリルは誰にも言うなと言っておったのじゃろ?」


 ポイの言う通り、君の胸にだけしまっておいてくれと言われた。しかしセトアは首を振る。


「無理だ。こんなの私一人で抱えろって無茶苦茶だ。ていうか別にいいだろ。アリーアとクノティアだってポイのマスターみたいなもんなんだから」


 セトアがポイのマスターということになってはいるが、この三人で見つけ出したのだ。セトアだけ特別扱いというのは落ち着かない。


「……まぁマスターがそう言うなら良かろう。言い分はわからんでもないしの。わらわもちょっと呆れておるのじゃ。フィリルめ……そんな隠し機能を仕込んでいるとは」


 ふーやれやれと、子犬の姿で首を振るポイ。その動作が可愛らしく、セトアは思わずポイの頭を撫でていた。


「にしてもその話すごいじゃん。神話には元になる人がいたってことでしょ?」

「平穏の神が研究者のフィリルさんで、再生の神が奥さんのユルケルスさん!」

「カースエアも魔剣の本当の名前だったしな。エンダリアはなんだ?」

「それはこの大陸の名前じゃな。今もそう呼ばれておるのじゃろ?」

「おぉ~! そこは変わらないんだね」

「だな。ていうかポイ……フィリルの奥さんがユルケルスって知ってたのか?」

「それはもちろんじゃ」

「もちろんなのかよ、なんで黙ってたんだ……。じゃあ息子のエレメントっていうのは?」


 セトアがそう聞くと、ポイは少し考える素振りを見せる。


「……この際じゃ、すべて話してしまっても構わぬじゃろう。エレメントは二人の養子じゃ。彼が四つの属性を操るスキルを持っておった」

「わたしと同じ……」

「うむ。真のオリジナルのじゃな。スキル均一化が決まった際にエレメントのスキルが選ばれ、研究者のフィリルたちと出会ったのじゃ。――そこから養子になるまでの詳しい経緯は、さすがにわらわの記録に無いがの」

「へ~……」


 どういう関係だったのだろう。セトアは考える。

 少なくとも、ただの研究対象ではなかったはずだ。フィリルがエレメントのことを息子として愛していたのは間違いない。じゃなきゃ昨日の声に名前を残さなかっただろう。



「それにしてもさ、この数日で色んなことがわかったわけじゃん? これからどうしよっか」

「ていうかわかりすぎちゃったよね。あたしたちだけが世界の真実知ってるって思うと、ゾクゾクしちゃうよ」

「だな……。でも誰にも言えないぞ、こんなこと」


 セトアは昨日から何度も繰り返し考えていたが、やはり世界の真実は誰にも話せない。大混乱間違いなしだからだ。


「だよね~。レニアさんにだけこっそり話すのは?」

「悪くないんじゃん? レニアさんなら大混乱にならないよう上手くやってくれそうだし」

「私もそれ考えたけど、でもどうかなぁ……魔法騎士はやっぱり国の組織なわけだし、レニアさん一人で抱えるわけにもいかないだろ。混乱は避けられない気がする。

 ――ていうかさ、いいんじゃないかな。私たちだけの秘密ってことで」

「どうして? セトアちゃん」


 昨夜はあれ以上考えることができなかったが、朝起きて、それから授業中も色々考えて、セトアは一つの答えを出していた。


「思ったんだよ。別に、世界の真実なんてみんなが知る必要無いって。

 もし広めたら大混乱になるのは間違いない。でも……結局いまの世界は変わらない。私たちは属性魔法を使って生活していくんだ。だったら、真実を話さなくたっていいだろ」


 歴史がわかったところで、かつての技術は復活しない。マナの性質が変わっているから使用できない技術だと、ポイが言っていた。

 つまりこの魔法時代の文明にはなにも寄与しないのだ。


「ただ、知ってしまったらおかしくなる人がいるって、昨日の組織――あの人を見てわかった。世界は変わらなくても、自分の信じているものが壊されてしまう人がいる。だったらこの真実は誰にも話さない方がいい。そう思ったんだよ」


 知ってしまった世界の真実をどうするか。ようやく出したセトアの答え。

 アリーアとクノティアは感心したように頷いている。


「なるほどね~。確かに昨日の人は恐かったよ。あんな人がいっぱい現れたら大変だ!」

「セトアはさすがだね。でもさ……セトア、一応わたしみたいな人もいることを知っておいてよ」


 クノティアはそう言って自分の胸に手を当て、続ける。


「わたしは真実のおかげで救われた。なんか昨日からすっごく頭がスッキリしてるんだよね。自分が何者かわかった気がしてさ。マナ拒絶症のことで悩んだりもしたけど、今なら……それすらもなんとかできる気がしてる」


 そう言ったクノティアの顔は、とても晴れ晴れとしていた。まっすぐ前を向いていて、目がキラキラと輝いている。


「クノちゃぁぁん……あたしちょっと泣きそうなんだけど? どうしてくれるの?」

「どうもしないよ? ま、わたしみたいな人は他にいないだろうけどさ」

「クノティア……。ああ、クノティアが救われたこと、ちゃんとわかった。世界の真実を知ることが、悪いことばかりではないんだよな」


 この数日のセトアたちの冒険――そう呼んでいいかわからないが、とにかく無駄ではなかった。とても意味のあることだったのだ。


「あれ? でも待って……クノちゃんはそれでいいけど、じゃあ? あたしはなんなの?」

「アリーア……? どうした、突然。どういう意味だ?」

「後天の古代魔法士だよ! 普通は一つしか使えない古代魔法を、いくつも使えちゃうあたしたちってなんなの?」

「それは……あれ?」

「確かにわからない……じゃん?」


 言われてみればそうだ。アリーアの疑問はもっともだった。

 三人の視線がポイに集まる。


「ふむ……。正直、わらわにもわからぬ」

「えぇー! ポイちゃんもわからないの!?」

「それはそうじゃ。お主のようなタイプは想定外じゃからな」

「そ、そんなぁ……」


 がっかりするアリーア。しかしポイは、


「待て待て。わからぬが、推測することはできるぞ」

「ほ、本当? それでいいから教えて!」

「わかった。ではまず、少し整理してみるとしよう」


 ポイはそう言って、最後の説明を始めた。


「まず、古代文明の人間じゃな。古代のマナを用い、古代魔法を使っていた。これをタイプAとするぞ。

 それから新しいマナに適応できた人間たち。滅亡から生き残った人たちじゃな。新しいマナでも古代魔法が使えた。タイプA’とする」

「それ、わたしもタイプA’ってこと?」

「まぁ最後まで聞けい。次に現代の人間じゃが、新しいマナに完全に適応し、属性魔法を使いこなす。タイプBじゃ。

 しかしこのタイプBからは、稀にタイプA’が生まれてくる。先祖返りと言うのかのう……。それがクノティア、お主たち先天の古代魔法士じゃ」


 なるほど、と納得するセトア。そうやって分類してくれるとわかりやすい。


「そして――アリーアのような後天の古代魔法士じゃが。これは新たに現れたタイプB’となる。タイプBの人間でありながら、タイプA’の性質も持ち合わせておるのじゃ」

「新しいタイプ……」


 後天の古代魔法士はここ十数年で現れた。新しいタイプという説明には納得だ。


「いわゆるハイブリッドじゃ。タイプB’は、属性魔法をイメージするのと同じ要領でマナの形を変え、古代魔法を使うことができる。だから複数の古代魔法を使えるのじゃ」

「ふおぉぉ……はいぶりっど……!」


 おそらく意味はわかっていないが、興奮するアリーア。


「アリーアよ、さっきも言ったがこれはわらわの推測じゃぞ? ――自信はあるがの」

「わかってる! でもすっごく納得できるよ! あたし実際、そんな感じで古代魔法使ってると思う! よかったぁ、ありがとうポイちゃん!」

「よかったじゃん、アリちゃん。ポイもお手柄だよ」


 アリーアがポイを抱え上げて高く掲げ、クノティアが拍手をした。どことなくポイも誇らしげだ。


 セトアも、ポイの推測は当たっていると思う。

 真実が人を救うこともある――。アリーアもスッキリできたみたいでよかった。



「さて、そろそろ話を戻そう。さっき私が言った、世界の真実の扱いについてだけど」

「あ、そうだね! えっと、方針はセトアちゃんが言った通りでいいよね。世界の真実はあたしたちだけの秘密!」

「了解じゃん。じゃあ古代魔法研究同好会の活動はどうする?」

「それなんだが……。なぁポイ、他の古代遺跡っていうか、研究施設とか住居とか、まだ発見されてない場所わかったりしないか?」

「わかるぞ。わらわのスリープ後にフィリルがなにもしてなければじゃが。発見済みのリストでもあれば、当時のデータと照合し、未発見の施設の場所を教えられよう」

「おぉ! 途中なんかよくわかんなかったけど、とにかくわかるんだね! 発見された遺跡の一覧が載ってる本、この部屋にもあったよね? クノちゃん」

「あるけど、ちょっと古いかも。図書室で調べた方が正確かもね」

「図書室って犬入れないんじゃないか? いやまず本校舎に入るのがマズイか?」

「いまさらじゃろ。マスターの鞄に忍び込めば問題なかろう。マスターは心配性じゃのう」

「……まぁずっと鞄に入れてたしな。確かにいまさらだ」


 バレたらマズイが――子犬で誤魔化し通せる。怒られるだけで済むんだ。

 セトアはいつかのアリーアの言葉を思い出し、そっと笑う。


「マスターの授業風景を覗くのも楽しくなってきたのじゃ。これからも頼むぞ」

「うわ……ていうかさ、マスターって呼ばれるのなんかむず痒いから、セトアって名前で呼んでくれないか?」


 さっきも言った通り、セトアは三人ともマスターみたいなものだと思っている。自分だけそう呼ばれるのは違う気がした。


「ふぅむ……仕方がないのう。お主がそう言うのなら、そうしよう。――セトア。これでよいか?」

「ああ。じゃあこれからもよろしく頼む、ポイ」


 世界の真実を知ってしまった三人の少女たち。

 だけどなにかが大きく変わるわけではない。

 少しだけ世界の見え方は変わったけれど、それでも――魔法学院の生徒として過ごしていくのだ。そしてきっと――。



「――そうだ、もう一つあった。ポイはエンダリア大陸以外のこと、わからないのか?」


 エンダリアは巨大な島のような大陸。海の向こうは未知だった。天気のいい日に稀に陸地が見えることがあるが、辿り着いた者はいない。


「……わからぬこともない。が……フィリルが正確な座標やデータを残しておらぬのう。おおよその位置しかわからなさそうじゃ」

「いや、おおよそでもわかるなら大きいぞ」


 方角とだいたいの距離がわかれば――あとは現代の船舶技術次第だろう。


「セトア、とんでもないこと考えてるじゃん」

「ね。新大陸目指しちゃうの?」

「……まあね。ポイがいれば、できそうじゃないか?」


 大陸内の遺跡は、いつかすべて見つかってしまう。そしたらどうする?

 せっかくポイという最高の協力者がいるのだ。もっと欲張りになって、誰も見たことのない、世界の向こうを調べたい。


「なるほどの。よかろう、わらわもエンダリア大陸の外のことは気になる。セトアよ、わらわのこと存分に頼るがよい」

「あぁ、そうさせてもらう」

「やったね! すっごく楽しみなことが増えた!」

「ぞくぞくしてきたじゃん。まずは大陸内の遺跡制覇! 図書室、早く行こう!」

「だな。――アリーア、クノティア、ポイ。これからもよろしくだ!」



 ――きっと、古代魔法研究同好会は世界一の探検家として、歴史に名を残すことになる。

 この時のセトアは、そんな予感がしていた。


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魔法時代のエンシェント 告井 凪 @nagi_schier

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