4-8話「偽りと真実の歴史」
秘密組織カオスフェアネス、ジルフィンドエリアの管理責任者、ゼネル。
彼が胸を押さえながらゆっくりと部屋の中央まで進んできた。
(なんでいるんだ!? どうやって入った? 地上から入るとき、人の気配なんてしなかったのに……。くっ、頼む! 変なこと言わないでくれよ!)
最悪、みんなにセトアの正体がバレてしまう。それだけは避けたかった。
一方ゼネルを見たアリーアたちは、
「えぇ、なにあの人。偽りの歴史ってなに? こわ……」
「ていうかどうやって入って来たの? ポイ、上の入口閉じてたよね」
「うむ、そのはずじゃが……む、あのブローチ、まさか」
見ると、ゼネルは胸元に黒くて丸いプレートのようなブローチを付けていた。
ポイの言葉にゼネルは、
「これは我が組織の秘宝の一つ。魔剣スルーボイドだ。壁一つくらいなら簡単にすり抜けられるのだよ」
「やはり『透過』の遺産か! そんなレア物までこの大陸に持ち込まれておったとは……。襲撃の際、セキュリティの発動が遅れたのはそれのせいじゃったか!」
「ええっと、ポイちゃん? よくわからないんだけど……もしかして、あたしたちが地下に入るところ、あの人に見られてたってこと? それでついてきちゃった?」
「そういうことじゃの……」
「入り口は閉じたけどあの魔剣ですり抜けて入ってきたってことね。やばいじゃん」
「…………」
間違いないだろう。そしてそれは、セトアが彼に怪しまれ、監視されていたということだ。
(ポイのこと隠して報告した時は普通だった、むしろ興奮気味だったのに! 怪しむ素振りなんて全然なかった。――さすが管理者ってことか!)
しかも魔剣スルーボイド。セトアは組織がそんな魔剣を保有しているなんて知らなかった。管理責任者クラスの人間でないと知らされないのだ。
ゼネルは部屋の中央で立ち止まり、胸を押さえて少しよろける。
(なんだ? ――いや、そうか。さっきのだ)
入口の辺りに隠れて話を聞いていたのなら、当然さっきの古代マナの影響も受けただろう。ようやく動くことができた、というわけだ。
ゼネルは叫ぶ。
「その犬が話したことはすべて偽りだ! 我が組織の伝承に間違いなどあるはずがない! 我々が正しいのだ!!」
「なにを言っておるのじゃ、あの男は」
(やめろ、やめてくれぇぇぇ……)
組織の伝承に間違いはない? いいや間違いだらけだ! そんなのを主張するはやめて欲しい! ――セトアは同じ組織の人間としてとてつもなく恥ずかしかった。
セトアは念のため立ち上がっておく。休ませてもらえたから、もう普通に動くことができそうだ。気付かれないように呼吸を整える。
ゼネルは部屋の中央でさらに叫び、それに対してポイが淡々と答えていく。
「人類はカースエアの苦難により滅びたのだ!」
「ふむ、確かに襲撃者が持ち込んだ遺産、カースエアのせいとも言えるのう」
「魔物が暴れだし!」
「魔物は身体の8割がマナだったからのう。可哀想に、人間以上に苦しんで死んでいったそうじゃ。フィリルも心を痛めておったわ。魔物への影響も時間をかけてしっかり考えておったのにのう」
「魔法で! 魔物と戦って!」
「人類が現代の魔法を手に入れた時には、魔物はもうおらんかったはずじゃぞ」
「な……っ――!」
ゼネルがよろける。しかしそれでも、叫ぶのをやめない。
「わ――我が、組織は! 世界を元に戻すのだ! 魔法を正しく使う世界に!
なぁ、君もそう思うだろう!」
突然指をさされてビクッとするセトア。
しかしアリーアたちは誰を指したのかわからなかったようで、
「こわいこわいこわい! なんでいきなりあたしたちに同意求めてきたの?」
「さあ……。でもアリちゃん、あんな変な人の言うことに耳傾けちゃダメだよ」
うんうんと、セトアは心の中で強く頷く。どうかこのまま勘違いし続けて欲しい。
そう思っていたのだが、
「なにか誤解をしているようだな。私が声をかけたのは――」
(あぁぁぁ! 誤解を解こうとするなー!)
もうダメだ。これ以上喋らせてはいけない。
セトアは腰を沈め、身体を引き締める。
「っの――――せいっ!!」
「ごふっ……!?」
弾むように飛び出したセトアは一直線に距離を詰め、ゼネルの鳩尾に拳を打ち込んだ。
魔剣を使う暇は与えない。もちろん魔法もだ。そのまま振りぬきゼネルを入口まで吹っ飛ばす。カランカランと乾いた音を立てて、ブローチ型の魔剣がどこかへ転がっていった。
セトアは跳び、追い打ちをかける。呻いているゼネルをうつ伏せにして腕を固めた。
「ぐっ……お前、どういうつもり、だ。組織をうらぎ――がふっ」
言いかけたゼネルの顔を床に押し付ける。この距離なら聞こえないと思うが念のため。
セトアはゼネルを押さえつけながら、顔を耳元に寄せる。
「よく聞け。ポイが言ったのは真実だ。組織の伝承はデタラメだった。魔物はマナが原因で絶滅した。封じ込める門なんてない。魔法を使って戦ってもいない。組織の理念は全部間違っていたんだ!」
「がっ――!! う、うそだっ――! そんな、そんな……あぁぁぁ……」
「嘘じゃない。受け入れろ。――いやまぁ受け入れられないのもわかる。私も両親に話すべきか悩むし――あ」
ゼネルはもう聞いていなかった。白目を剥いて気絶している。
セトアが殴ったからか、それとも真実にショックを受けてか。
「セトアちゃん! こ、殺しちゃったの?」
「死んでない死んでない! 気絶してるだけだ!」
後ろから声をかけられてビクッと飛び上がりそうになる。振り向くと、二人が駆け寄ってきていた。
「よかった~。ていうかセトアちゃんそんなに強かったんだ! びっくりしたよ」
「ま、まぁ。ほら、前に話しただろ。母親がアーツガルド出身でさ。武術家なんだ。小さい頃から護身術を叩き込まれてたんだよ」
訓練は地獄の日々だったが、今回はそれが役に立った。感謝しなくてはいけない。
「結局この人なんだったの? 組織がどうとか、やばそうなこと言ってたじゃん」
「さ、さあ。神話を妄信してる人かな。でもなんか余計なこと……ああいや、魔剣でなにかしそうな動きをしたからさ! とりあえず先手必勝! ってな! で、でも押さえつけるだけのつもりが、気絶しちゃったんだ。あはは……」
本当はとりあえず黙らせたのである。かなりしどろもどろだったが、セトアは適当なことを言って誤魔化した。バレていないといいが。
(ていうか、この後どうすんだ……私、組織を裏切ったことになるよな)
ちらりとゼネルを見る。彼を見てわかってしまった。ジルフィンドの管理責任者レベルでこうなのだ、組織はポイの語った真実なんて受け入れない。そんな話なかったことにするために、ポイを破壊しようとするだろう。
(それどころか、下手すれば私たちまで……)
これは思った以上にマズイことになった。
「ふむ、どうやら厄介そうな男に話を聞かれたようじゃの?」
後ろからポイの声。台座のところからトコトコ歩いてきた。
「ポイ! なんとかならないか?」
「セトアちゃんがすごく焦ってる……あれ、結構やばいの?」
「んー、たぶんヤバイんじゃん? なんか危険な思想の人みたいだし、組織っていうくらいだし、エグイ人数いるかもよ」
「こんな人いっぱいいたら恐いよ! ポイちゃんなんとかして!」
三人がポイに縋る。すると、
「そうじゃな……なんとかならんことも、ない」
「本当か!? どうすればいいんだ?」
「ほれ、さっきお主が見付けた箱じゃ。あそこに鏡がいくつかあったじゃろ。割れてないのがないか、探してみよ」
「鏡……」
鏡をどうするのかわからなかったが、藁にも縋る思いでセトアは鏡の入った箱を漁る。
さっき見た時はどれも割れているようだったが、きちんと確認したわけではない。重なった鏡を一枚ずつ持ち上げていくと、
「ん、あった! 一枚だけ割れてないのあったぞ!」
「ではその鏡に男の顔を映すがよい」
セトアはゼネルを仰向けにし、顔の上に鏡を掲げた。
「これで、なにがどうなんとかなるんだ?」
「まぁ見ておれ。ゆくぞ――『メモリーブレイカー』、オン」
カ――ッ!
一瞬鏡から強い光が顔に向けて放たれ、続いてピシッとヒビが入る音がした。
「な……なにをしたんだ? この鏡なんなんだ?」
「この男の記憶を、三時間分消去したのじゃ」
「さ、三時間分消去? 記憶を!? ……そんなことができるのか?」
「すごーい……ポイちゃん、これも魔剣なの?」
「いや、これはフィリルが作った簡易装置じゃな。本来は記憶操作のできるスキルじゃったが、スキル所有者は遺産を残さず死んでしまった。完全に失われたスキルとなったが、フィリルは生前に会っていて、スキルの一部を再現できたのじゃ。
記憶操作はとんでもないスキルじゃが、発動に複雑な条件が必要だった。相手を鏡に映すというのも、おそらく条件の一つじゃろう」
「そんな古代魔法もあったのか……。でもこれ、鏡割れちゃったぞ」
「使い捨てじゃからな。限定的かつ使い捨てにすることで、その大きさにできたのじゃ」
そういえば古代魔法を再現する装置は効果の強さによって大きくなると言っていた。それを抑えに抑えてこのサイズを実現した、というわけだ。
「ねぇポイちゃん、聞いてもいい? フィリルさんなんのためにこれを作ったの?」
「フィリルの隠れ家がバレた時に、相手の記憶を消すためじゃな」
隠れ家――ユルケルス神殿の上空にあるという、あの黒い部屋だ。あそこは隠れ家の一部だそうだが。
「え、バレたら記憶消しちゃうの!? うわ~……ていうかポイちゃん、これ他の全部割れてるよ? どれだけバレちゃったの、フィリルさん」
「いや、結局バレなかったはずじゃ。しかし襲撃時の衝撃で割れてしまったようじゃな。その後は使う必要がなくなり、直すこともせず放置しておった」
「なるほどな……」
それがこんな形で役に立つとは。フィリルは思いもしなかっただろう。
(ん……? つまり隠れ家は滅亡前に作られたってことだよな。……いやそりゃそうだろうけど……なんのために作ったんだ?)
順序的に、魔剣とポイの保管場所のためではなさそうだ。
どうやって作った、というのはいくら考えてもわからない。
だけど、どうして作ったのかは気になる。
――が、今はそれを気にしている場合じゃない。
「ま、おかげでわたしたち助かったじゃん。それで、この人どうする感じ?」
「目を覚ます前に地上に連れていかなきゃ! 記憶を消した意味がなくなっちゃうよ」
「だな……」
頷いたものの、セトアは問題が解決していないことに気付く。
ゼネルを気絶させても、応援が入ってくることはなかった。魔剣の効果が一人のみかもしれないが――もしかしたら地上に組織の人間が待機しているかもしれない。そうじゃなくても、ゼネルが自分の行動を誰かに報告している可能性がある。
(……いや、このゼネルという男の性格からして、誰にも報告していないんじゃないか?)
ここに現れたのは、手柄の横取り。
セトアの発見を自分のものにするために、独断で尾行していた可能性がある。
(希望的観測だけど……あり得る。ていうか、今はそれに賭けるしかないな)
「どうかした? セトアちゃん」
「いや。……まだ問題がある。魔剣だ」
一旦、外のことは忘れよう。
セトアは転がっていったブローチ型魔剣を見つけ、拾い上げた。
「これを私たちが持ってたらマズイ気がするんだ」
「ん? なんでなんで、便利そうな魔剣だよ?」
「アリちゃん。この人、組織がどうとか言ってたの忘れた? しかもその秘宝らしいじゃん」
「あ……そっか! それは持ってるのバレたらマズそう!」
そう、マズイどころではない。大問題になる。せっかくゼネルの記憶を消したのにそれでは意味がない。
「だったら、ここに置いていけばよい。わらわがいなければ開かぬし、階段部分は地下深くに格納する。絶対に見つからない保管場所じゃ」
「おぉ~ナイスだよポイちゃん! そうしよう!」
「確かにそれが良さそうだな。じゃあ魔剣は奥の白い台座にでも置いて……よし。じゃあ急いで戻るぞ」
「でもさ、このヤバイ人を担がないといけないじゃん。重そうなんだけど」
「安心せい。ここの装置のシステムを修復しておいた。今度は一瞬で入口まで戻れるぞ」
「お、そうなのか。……よかった」
ゼネルを担いで長い通路を歩き、さらに螺旋階段を上るのはかなり厳しい。途中で目を覚ましかねない。一瞬で戻れるなら助かる。
「さあ、のんびりしておると、そやつが目を覚ますぞ。お主らは早う地上に戻れ」
「わかった……ってポイ、お主らはってなんだよ」
「ポイちゃん、もしかして帰らないの?」
ポイの青い瞳が、セトアたち三人を順々に眺める。
「――わらわはここに残った方がいいじゃろ」
「ポイ……お前……」
「なんで! ポイちゃんも地上に戻ろうよ~」
「こんなところに一人残ってどうすんの。暇じゃん」
「お主ら……いや、マスターは気付いておるのか。
わらわには世界再生機能が搭載されておる。新しいマナに負けることなく、古代のマナを世界に拡散させる。――完成された機能じゃ。その危険性は、もうわかっておるじゃろ?」
「…………」
セトアは黙ってしまう。ポイの言う通り、世界を滅亡させる、恐るべき機能がポイにはあるのだ。それを地上に連れて行くのが正しいのか。セトアは躊躇ってしまった。だけど、
「――いいよ、ポイ。そんなの気にすることない。一緒に地上に帰ろう」
「……マスター……?」
「さっすがセトアちゃん! だよねだよね。気にしなくていいよポイちゃん!」
「世界再生機能なんて、使わなきゃいいだけじゃん。セトアにしか動かせないんでしょ? だったらなにも心配いらないじゃん」
「アリーア、クノティア……ま、そういうことだ」
「お主らは本当にお気楽じゃな……」
「かもな。……ほら、ポイ。帰るぞ」
セトアは立ち上がり、ポイに向けて手を伸ばす。
「わかった、従おう。新しい世界――魔法時代を、たっぷり見せてもらうぞ」
ぴょんと飛び上がり、セトアの腕の中へ。その時にはポイは、白い小さな子犬の姿になっていたのだった。
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