魔王と聖女は互いに惚れた弱みを作りたい 5
魔王の後継者である俺が、天敵である大聖女に殺されないようにするには、リディアに惚れた弱みを作り、それを理由に見逃してもらうしかないと思っている。
だから、リディアの護衛として街に同行するのは望むところだった。
さり気ない気遣いで、リディアの好意も得られたと思う。
だけど、お出かけの目的地は服飾店だった。
その時点で、凄く嫌な予感がしていたのだ。
なぜなら、俺が微細に渡って設定したリディアの容姿は完璧なまでに俺の好みだ。それに加え、伯爵令嬢として振る舞いながら、俺には素の姿を見せる内面まで可愛らしい。
だけど、リディアのファッションセンスは、俺の好みから少しズレている。
これはリディアの服のセンスが――という問題ではなく、彼女が伯爵令嬢であることに起因する。俺はドレスではなく、お嬢様風のファッションが好みなのだ。
本物のお嬢様ではなく、お嬢様風。
このポイントは意外と大きい。だからこそ、俺はリディアの可愛らしい言動にも堪えられているのだ。なのに、俺がリディアの服を選ぶという運びになった。
リディアが俺好みの服を着る。
そんなの、見惚れちゃうに決まってるだろ――っ!
とまぁ、そういう訳だ。正直、見たい。凄く見たい! でも、そんな姿を見せられ、優しく微笑みかけられて、惚れない自信がない。
でも、恋は戦争だ。
駆け引きだ。
先に惚れた方が負ける運命だ。
そもそも、自分を殺す天敵に惚れるとか、どう考えても敗北フラグだ。そしてこの場合の敗北は、魔王の後継者である俺が大聖女に殺される結末だ。
だから、リディアの服を選ぶなんて言語道断だ。
絶対にあり得ない。そんな自殺行為を出来るはずがない。
だから、本当なら拒絶するべきだった。なのに……あぁ。俺はリディアが俺好みの服を着るという誘惑に抗うことが出来なかった。
「……分かり、ました」
マダムの押しに屈した――というか、自分の欲望に負けた俺は、あらためて服飾店に並んでいる洋服の数々に視線を向けた。
――そう。洋服だ。
キャラメイキングを見たときからゲームっぽいと思っていた。実際には現実世界だった訳だけど、ゲーム的な要素がある世界なのだろう。
この服飾店には、世界観に反したファッションが存在する。
具体的に言うと、量産型とか、地雷系とか。その他お嬢様風のファッションとか、なぜか何処かの学生服っぽいデザインまである。
こんなの困る……っ。と思いつつも、たぶん俺の顔はにやけている気がする。俺は両手で頬を揉みほぐして誤魔化し、リディアに似合いそうな自分好みのコーディネートを考える。
……なんて、考えるまでもないな。
俺の好きなファッションの特徴を挙げるなら、肩出し、コルセット風、ティアードスカートのミニ、ガーターベルト&黒のストッキング。とまぁこの辺りだ。
具体的にいうと、肩出しのブラウスは、チェーンで吊っているタイプだ。
だけど、胸の谷間が見えるような大胆さはなく、あくまでお嬢様風のデザイン。ウェストのところは編み上げになっていて、ウェストからヒップのラインが綺麗に出る作り。
ティアードスカートはプリーツの折り目がピシッとして、腰からウェストのラインに沿って広がっているのが好きだ。そして、その下から見えるガーターベルト&黒のストッキング。
靴は編み上げのブーツだと完璧だと思う。
このお店には、そんな俺好みの服が揃っている。キャラメイキングのときに出来なかった、自分好みの服を着せるチャンスが巡ってきたのだ。せっかくだから好きに選ばせてもらおうと、俺は自分の欲望のままにコーディネートを作っていく。
正直、ノリノリだったと思う。
……いや、違うんだ。これが自殺行為だと分かってる。だけど、自分の好みを体現した女の子に、自分好みの服を着せるなんて、夢のようなイベントに抗うなんて出来るか?
出来る訳がない!
……後で悔やみそうだけど。
それでも、俺は自分好みの服を着たリディアが見たい!
という訳で、
「こんな感じでどうだ?」
リディアに俺が選んだコーディネートを見せる。
「どれどれ? わぁ、アルトさんはこっち系のファッションが好きなんですね」
「自分の好みなのは否定しない」
とはいえ、現実でこういうファッションが好きな女の子って滅多にいないと思う。どっちかというと、ゲームやマンガのキャラクターが着てそうなイメージだ。
でも、リディアの好みからはそう外れていないという予感があった。昨日の訓練に着てきた服の方向性が、俺の好きなファッションに通じるものがあったからだ。
そして――
「どうですか、アルトさん」
リディアがブラウスとスカートを自分の身体に押し当てた。彼女が俺の選んだ服を着ている姿がありありとイメージできて、それだけで胸がドクンとなった。
「に、似合ってると思う」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ。むちゃくちゃ可愛いと思う」
「ふふっ、凄く嬉しいです。それじゃ試着してきますね」
無邪気な笑みを残して去っていった。
俺は思わず言葉を失った。
ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ! リディアの笑顔の破壊力が三割増しになってる! 服を身体に沿わしただけでこれなら、着替えた彼女に微笑まれたらどうなっちゃうんだ!?
必死に考えるも対策は思い付かない。逃げなきゃいけないと分かっているのに、足が地面に張り付いたように動かない。俺は着替えたリディアを見たいと思ってしまっている。
そして――
「どう、ですか?」
妖艶な天使が姿を現した。
ブロンドの髪に、アメシストの瞳。全体的には愛嬌のある丸顔で、だけど目元など、キリッとした部分も少なくない。可愛さと綺麗さを内包した顔立ち。
身長は低めだけど、すらっとしたスタイルはその身長を高く見せている。
そんな彼女が身に付けるのは、チェーンで吊った肩出しのブラウス。胸の谷間が見えるような大胆なデザインではないけれど、ほどよい膨らみを感じさせるデザイン。
コルセット風のティアードスカートは短めで、その下にちらりと見えるガーターベルト&黒のストッキングは気品と妖艶さを兼ね揃えているし、足元は編み上げブーツで隙がない。
端的に言って、全てにおいて俺の好みを体現した女の子だった。
「う、ぁ……」
あまりの衝撃に言葉が出ない。
でも、リディアが可愛いと、全身で叫んでいる自信がある。というか、絶対顔が真っ赤になっている。一目惚れをした人がいたら、きっといまの俺みたいな表情をしているだろう。
なのに――
「アルトさん、感想は?」
リディアはイタズラっぽい顔で、分かりきっている答えを聞いてくる。
「その、すごく、似合ってる」
「えへっ。アルトさん、ありがとう」
ふわりと微笑んだ。お嬢様風のコーディネートによるイメージが、その無邪気さを引き立てる。その破壊力は、魔王だって殺せるだろう。
し、しっかりしろ、俺! 惚れるんじゃなくて惚れさせるんだぞ! 少なくとも、俺が惚れるより先に! じゃないと、ろくな結末にならないから!
死の恐怖が、かろうじて意識を現実に留めてくれた。俺は必死に平常心を保って、「役に立ててよかったよ」と笑い返した。
「……うん。アルトさんの好み、私も好きかも。マダム。アルトさんが選んだコーディネートはすべて購入するわ。それに、今後は似たような系統を増やしておいて」
「かしこまりました」
こうして、俺はリディアというチートキャラに、最強の武器を与えてしまった。自業自得とはいえ、リディアに対抗できる自信がない。
一体どうすれば――と思い悩む俺を他所に、エリスがリディアに声を掛ける。
「ん、なに? どうかしたの?」
「アルト様はあまりお洋服を持っていないご様子。お洋服を選んでいただいたお礼に、リディア様がお洋服を選んで差し上げたらいかがですか?」
「――ゑ?」
なぜか、リディアが素っ頓狂な声を上げた。
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