魔王と聖女は互いに惚れた弱みを作りたい 2
とにもかくにも、リディアの護身術の先生をすることになった。互いに準備をするために一度解散し、俺は着替えるために貸し与えられた部屋に戻る。
旅人だった俺が持っている服はあまり多くない。それでも、動きやすく、かつ、リディアの目を惹きそうな服を選んで身に付けた。
待ち合わせ場所である、ホーリーローズ伯爵家の敷地内にある訓練所へ足を運ぶ。屋根付きの野外、小石が取り除かれた土が敷かれた稽古場に着くがリディアはまだいない。
さすがに、着替えるのは俺の方が早かったようだ。
「せっかくだ。どうやって護身術を教えるか考えておくか」
リディアが習得可能なスキルに近接系はなかった。
なのに護身術を学びたいという。パッシブスキルは習得しているので、身体能力は高いはずだけど……新たなスキルを獲得できるのか気になるところだ。
ひとまず、様子を見た方がいいだろう。
「お待たせしました、アルト様」
思いのほか近くからリディアの声が聞こえた。来たか――と顔を上げた俺は、エリスを引き連れてきたリディアを見て目を見張った。
サラサラの髪は後ろでシンプルに纏めている。その点だけは、運動に適していると言えるだろう。でも、上半身は身体のラインを浮き出させるようなデザインのブラウスで、下半身に至ってはホットパンツ。その下にニーハイのストッキングを穿いている。
どう見ても、運動着には見えない。
「……リディアさん。その服装は一体?」
「似合っていますか?」
「え、いや、似合ってはいますが……その、いまから護身術の稽古ですよね?」
「はい。ですが……ほら、私は伯爵令嬢ですから、襲撃されるようなときは、大抵、動きにくい服を着ているんですよ。だから、これくらいがちょうどいいんです」
「なる、ほど……?」
そういうものだろうか? 違う気がするけど、本人が断言しているのだからそうなのだろう。それに――と、リディアの姿を盗み見る。
俺がデザインした愛らしい容姿に、これまた可愛らしい服を身に着けている。
運動に適しているとは言い難いけど、もしもこれが俺を惚れさせるための服だったとしたならば、たしかに効果的な戦闘服だと言えるだろう。
まあ、相手にそのつもりはないはずだけど。
いや、落ち着け。重要なのは、俺がリディアを惚れさせて、惚れた弱みに付け込んで殺されないようにすることだ。リディアが好意的な分には問題がない。
だから、まずは真面目に訓練をしよう。
「それでは、さっそく稽古を始めましょう。リディアさん、準備はよろしいですか?」
「はい。……いいえ」
「え?」
「いえ、その。始める前に一つお願いがあります」
「……なんでしょう?」
なんだ? なにを言い出すんだ?
これまでちらつかせていた行為はすべて俺を油断させるための罠で、『ここで死んでください!』と、いきなり襲いかかってくる……なんてことはないよな?
ちょっとドキドキしていると、リディアは胸のまえで指を合わせて俺を見上げた。
「その……よろしければ、敬語を使わずに話していただけませんか?」
「え、ですが……」
「お願いします。その方が親しみを感じられるので」
――ぐっ。いまの言葉は結構グッときた。その方が親しみを感じられる――なんて、もっと親しみを感じたいという意味にしか聞こえない。
俺が彼女を口説き落とそうとしているのに、俺が彼女に口説き落とされそうになるというあべこべ。これは由々しき問題だ。
恋は戦争なんてことばや、先に惚れた方が負けなんて言葉もある。目的が惚れた弱みに付け込むことである以上、主導権を失うような事態は避けなくてはいけない。
だから、ここは逃げずに立ち向かうところだ。。
「じゃあ、これでいいか? リディアさん」
「さんも必要ありませんわ」
「分かった、リディア。でも、それなら、リディアも同じように話してくれよ」
「え、それは……」
リディアは戸惑い半分、期待半分と言った感じで俺に上目遣いを向ける――っていうか、背中が痒い。普段の自分が言わないようなセリフを言うのがむちゃくちゃ恥ずかしい。
でも、ここで負ける訳にはいかない――と、更に踏み込んだ。
「その方が、親しくなれるだろ?」
リディアの頬がさっきよりも赤くなる。
効いてる、むちゃくちゃ効いてる! まあ、いまのセリフを言った俺も恥ずかしくて死にそうだけど、とにかく効果はあった。俺の捨て身の攻撃に、リディアはこくりと頷いた。
「じゃあ、その……アルトさん。よろしくね」
リディアの纏っていたお嬢様然とした雰囲気が剥がれ落ち、その下から普通の女の子らしさが顔を覗かせた。雰囲気が柔らかくなったというか、その表情が等身大で可愛らしい。
可愛いなぁ……いや、可愛いな、じゃなくて!
しっかりしろ! いくら外見が服装込みで完璧に好みで、声や仕草が愛らしくて、性格まで可愛いからといって、惚れる――要素しか見当たらねぇ!
いや、だから、相手は聖女。俺の天敵だ。
ここで負けたら死ぬんだぞ!
死という言葉が、俺を冷静にさせた。そうだ、ここで負ける訳にはいかない。死亡フラグを叩き折るためにも、リディアには俺に惚れてもらう。
「それじゃさっそく稽古を始めるけど、ある程度は習ってるんだよな? 参考までに知っておきたいんだけど、スキルは習得できてるのか?」
「うん、レベルはまだ低いけどね」
「……なるほど」
平然を装って相槌を打つけれど、内心では結構びっくりした。キャラメイキングのときは選択できなかったのに、後から習得することは出来るんだ。そんなことを考えながら、ダメ元で鑑定を使ってみるけど……ダメだな。こっちは予想通りに弾かれた。
まあ、ここでそんな嘘を吐く理由はないだろう。もちろん、習得できる可能性も考えていたけど……うん。まぁ、あれだな。
リディアに戦闘力で上回ってなんとかするという考えは捨てよう。
「うぅん、それじゃまずは。軽く手合わせをしてみようか」
「え、本気で手合わせをするの!?」
「いや、軽くだ、本気じゃない! 護身術がどれくらい使えるか確認するだけだから」
「そ、そっか。そうだよね! あ~、びっくりした~~~」
びっくりしたのは俺の方である。
リディアは俺がキャラメイクした、正真正銘のチートキャラだ。
いくら近接戦闘が苦手でも、パッシブ系のスキルがあるので、素の身体能力はとんでもなく高い。そんな彼女と本気で手合わせしたら俺が死んでしまう。
惚れた弱みを作るまえに殺されないように気を付けないと。
「じゃあ、さっそく始めよう」
「うん、よろしくお願いします!」
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