魔王を崇拝する教団 1

 パーティー会場に残されたヴィオラが泣き崩れている。むちゃくちゃ目立っているが、誰も近づこうとしない。それどころか、遠巻きにヒソヒソと話している始末だ。

 だけど、それも無理はない。ヴィオラはさきほど、主催者の娘にしてパーティーの主役、リディアにワインを引っ掛けたばかりか、そのことを糾弾されて泣き崩れた。

 そんな娘に積極的にかかわりたいと思う者はいないだろう。


 ……とはいえ、それは周囲の人間の印象だ。ワインを零したのは背後からぶつかられたからだし、リディアにあれこれ言ったのだっておそらく悪気はない。


 これは俺の憶測だけど、ヴィオラはリディアを嫌っている訳じゃない。それどころか、ツンデレ的な感じでリディアを慕っているように思う。

 平民の俺がリディアの側にいるのは相応しくない――とか、そのまんまだ。リディアみたいな高貴な人間には、高貴な人間が相応しい。という意味だと思う。

 だから――


「ヴィオラさん、大丈夫ですか?」


 俺はいまだへたり込んだままの彼女に声を掛けた。


「……なによ。リディア様に見放された私を笑いにでも来たんですか?」

「いいえ。でも、そこで泣いていると笑われますよ」


 だから――と、右手を差し出した。彼女はその手を驚いた顔で見つめ、それからぷいっとそっぽを向いて自力で立ち上がった。

 だけど、無粋な視線はいまだヴィオラに向けられている。いや、リディアのパートナーだった俺が話しかけたことで、周囲の視線をさきほどよりも集めてしまっている。フォローをするべきだと思うんだけど、このまま目立つのは逆効果かもしれない。


「ヴィオラさん、少し会場の外に行きませんか?」


 周囲の視線が――と言外に示せば、それ気付いたヴィオラがそうですねと頷いた。

 そうして彼女を会場の外、人気の無い廊下へと連れ出した。本当なら休憩室まで案内するべきだけど、それを男の俺がすると誤解を招きかねない。

 休憩室はあちらですと場所だけ示して立ち去ろうとする。

 だけど――ヴィオラが俺の服の袖を摑んだ。


「……なんですか?」

「貴方、アルトさんと言いましたわね。リディア様とはどういった関係なのですか?」

「どうと言われましても。さきほど言った通り、パートナーですが」

「いえ、どうやって知り合ったのかとか、そういう話です」

「ホーリーローズ伯爵家で剣客としてお世話になっています。それ以上のことは……すみませんが、俺の口からは言えません」

「そうですか……」


 平民のくせに生意気な――みたいなことを言われるかと思ったけど、ヴィオラは素直に引き下がった。こうして話していると意外にまともだ。

 リディアのことが絡まなければ、わりと常識人なのかもしれない。


 ともあれ、最低限のフォローは終えた。

 今度こそと踵を返そうとすると、またヴィオラに袖を摑まれた。


「……今度はなんですか?」

「いえ、その……リディア様は怒っているでしょうか?」

「それは……かもしれませんね」


 リディアも、ワインを引っ掛けられたことは事故だと分かっているはずだ。

 ただ、あの怒り方は、ヴィオラが俺を平民として侮ったことで、女伯爵として苦労している母親を揶揄されたのだと思って怒った節がある。

 だとするなら、いまも怒っている可能性は高い。


「後悔しているのなら、謝罪したらいかがですか?」

「……それは」


 ヴィオラは唇を噛む。

 その煮え切らない態度に焦れったさを覚えた。


「ヴィオラさんは、リディアと仲良くしたいと思っているんですよね?」

「は、はぁ!? な、なななにをおっしゃっているのか、わかっ、分かりませんわ!」


 分かりやすすぎて吹きそうになった。そうして生暖かい視線を向けると、さすがに彼女も自覚したのだろう。「そんなに分かりやすかった……ですか?」と俺に視線をチラリ。


「……まあ、俺のことは揶揄しても、リディアのことは揶揄していませんでしたから」


 俺がそう口にした瞬間、ヴィオラの表情がぱーっと輝いた。


「まさにその通りです。実はわたくしの実家は子爵家とは名ばかりの、成り上がりの家なんです。それで他の貴族から成金と侮られていたんですが、リディア様だけは私の家を侮らなくて、実力がある証だ――と。だから私、リディア様のことを心から尊敬しているんです。高貴な人間とは、彼女のことを指す言葉だとすら思っています!」

「そ、そうなんですか?」


 なんか彼女のスイッチが入ってしまった。そうして圧倒される俺に対し、ヴィオラは「ですが――」と、再び表情を陰らせた。


「彼女が平民の貴方と仲良くしていると知って……その、彼女の高貴さを損なうと思ってしまったんです」

「生まれで人を見下さないからこそ、リディアを高貴だと思ったんですよね?」

「ええ、その通りです。冷静になったいまなら、私の怒りは筋が通らないと分かります。たぶん私は、アルトさんに嫉妬していたんだと思います。だから、その……さっきは失礼なことを言ってごめんなさい!」


 そういって頭を下げた。ヴィオラはリディアが高貴だと褒めちぎっているけど、自分の過ちをそんなふうに認められるヴィオラもすごいと思う。

 もちろん、リディアに素直になれないことは別だけど。


「俺は最初から気にしていません。でも、リディアには謝った方がいいですよ」

「……それは分かっているんです。でも……彼女を前にすると」

「素直になれない、か。気持ちは分かる。でも、仲良くしたいなら変わるべきだ」

「……変われるでしょうか?」

「さぁな。でも、変わろうとしなければ、変われるものも変われないんじゃないか?」

「そう、ですね。ありがとうございます。私、変わりたいです」

「そうか……じゃあがんばれ。心から謝れば、リディアは許してくれるはずだ」

「はい、ありがとうございます!」


 やはり根は素直だ。

 ツンデレなのはリディア限定、と言ったところかな?

 そうなると、またツンデレをこじらせないか心配だ。謝罪の場には立ち会った方がいいかもしれない――とそこまで考えた瞬間、視界の隅にメッセージが浮かび上がった。


『メインストーリーが開始されました』


 これは……俺がこの世界に来たときに見たシステムメッセージ? でもメインストーリー【魔王を崇拝する教団】って……まさか、リディアの身になにか起きるのか?

 そう気付いた瞬間、俺は一歩を踏み出した。


「ア、アルトさん?」

「リディアのところへ向かいましょう」

「え、いや、さすがにいまから謝りに行くのは――って、アルトさん!?」


 驚くヴィオラを置き去りに、俺はリディアがいるであろう休憩室を全力で目指した。廊下の一番奥にある、ホーリーローズ伯爵家が使う休憩室。

 急いでノックをする。


「リディア、いたら返事をしてくれ!」


 どんどんと激しくノックするが反応がない。


「くっ、悪いが開けるぞ!」


 非常時だとドアを開け放って部屋に飛び込んだ。

 そこにリディアの姿はない。

 だが、床にはリディアのドレスが脱ぎ捨てられ、窓が開け放たれている。


「……っ、遅かったか」

 

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