魔王を崇拝する教団 2

 リディアを攫われてしまった。そして、さきほどのメッセージから考えるに、攫ったのは魔王を崇拝する教団の関係者としか思えない。


 だけど、襲撃があったにしては部屋が荒れていない。近接戦闘を苦手にしているとはいえ、聖女としての彼女は世界最強といっても過言じゃない。

 たとえ不意を突かれたとしても、簡単に攫われるはずはないんだけど……って、そういえば、エリスの姿もないな。そうか、彼女が人質になったのか。


 だとすれば――と、サーチの魔術を使う。

 ……見つけた。馬車に運び込まれる二人の反応がある。

 状況から考えてリディアとエリスだろう。


「アルトさん、貴方、一体なにを……って、これは?」


 遅れて駈けてきたヴィオラが部屋の様子を見て目を丸くする。


「ヴィオラ、エリザベスさんに伝言を頼む。リディアとエリスが馬車で連れ去られた」

「……はい?」


 いまはまだ捕捉できているけれど、距離が開くとそれも危うい。ゆっくりはしていられないと、俺が開け放たれた窓に足を掛けた。

 瞬間、ヴィオラが俺の肩を摑む。


「――って、アルトさん、なにを!?」

「詳しい話をしている暇はない。とにかく、俺の話をエリザベスさんに伝えてくれ」

「待ってください。攫われた? それは本当なんですか?」

「この部屋に二人がいない。それが答えだ」

「だ、だとしても、説明ならアルトさんがすればいいじゃないですか! 私のさっきの醜態を見たでしょう? 私がそんな話をしても、エリザベス様が信じてくださるとは思えません」


 ヴィオラの泣き言を聞きながら馬車の位置を捕捉する。

 屋敷を出た馬車が、東に向かって走り始めた。


「ヴィオラ、変わるって決めたんだろ!」


 一喝すればヴィオラは目を見張った。

 それから拳を握り締め、強い意志を秘めた目で俺を見返した。


「……分かりました。エリザベス様には私が伝えます!」

「ああ、信じる」


 そう言い残して、俺は二階の窓から飛び出した。スキルで跳ね上がった身体能力を駆使して難なく一階に着地。厩舎で馬を借り、そのまま正門へと駈ける。

 それに気付いた馴染みの門番が行く手を遮った。


「……アルトさん、そんなに急いでどうなさったんですか?」

「さっき馬車が出ただろう? その馬車でリディアとエリスが攫われた。後から来る者達に、馬車の特徴と、俺が先行していることを伝えてくれ。それと――剣を借りる」

「え、あ、ちょっと!?」


 馬に乗ったまま門番から剣を受け取り、一方的に後は任せたと屋敷の外へ飛び出した。

 そうして馬を走らせながらサーチの魔術を使用した。

 馬車は目立つことを嫌ってか、夜の帳が下りた表通りを普通の速度で移動している。おそらく、まだ拉致が発覚していないと思っているのだろう。

 であれば、追いつくことは可能だ。


 それに、攫われたのなら、二人はまだ無事と言うことだ。というか、リディアのスペックを考えれば、彼女自身が酷い目に遭う可能性は低い。

 攫われたのはおそらく、エリスを助ける機会をうかがうためだろう。

 だけど、安心は出来ない。

 だって、虚空に浮かんだメッセージによれば、これがメインストーリーだ。

 これがゲームのストーリーのようなものだと考えるなら、当事者は間違いなくリディアだろう。そして、リディアは聖女で、聖女の天敵は魔王だ。


 魔王を崇拝する教団に攫われたリディアが、魔王を打倒すると決意する。物語の始まりとして、王道を考えればこんなところだろう。だが、リディアは過去にも一度攫われている。もう一度攫われただけなら、魔王を討伐すると決意する動機には弱い。

 そこまで考えれば、エリス持つ異質な過去が浮かび上がってくる。


 エリスはリディアの腹違いの姉だ。

 家庭の事情で名乗ることが出来ず、だけどいつかリディアに姉だと名乗ることを夢見ている。そんな彼女が人質になって、リディアが連れ去られる原因となった。


 ゲームで似たようなパターンならいくらでも見たことがある。そのパターンに当てはめれば、自ずとこのイベントの結末も予想できる。


 たとえば、エリスを人質に取られて追い詰められるリディア。

 それを見たエリスは、自分の身を犠牲にリディアを救う。どうして庇ったのだと泣きじゃくるリディアに、エリスは「私は貴女の姉だから――」と打ち明けて力尽きる。


 姉のように慕っていたエリスが本当の姉だった。それを知ったリディアは、最愛の姉を奪った魔王を崇拝する教団――延いては魔王を討伐すると決意する。

 ――とか。

 ありそうだ。すごくゲームにありそうな展開だ。


 もちろんこれはゲームじゃない。だけど、ゲームを模した世界。ゲームのようなシステムメッセージが出る世界だということの意味を、もう少し気に留めておくべきだった。

 どうか間に合ってくれ――と、俺は祈るような想いで馬を走らせた。

 

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